「はぐはぐ、うぐ、あぐ……お代わり!」
「……何でいるんだ?」
「……?」
街の散策を終えてホテルへと戻り。
夕食を食べる為にレストランがある部屋に入れば。
何故か、一緒についてきたミヤフジが飯を食べていた。
それもかなりの量を食べており、チラリと別のテーブルを見れば皿が大量に積み重なっていた。
「まぁまぁ、俺が奢るって言ったからさ……お前ら幾ら持ってる?」
「私は無関係だから」
「俺も知らねぇ」
「……ナナシ!」
「……」
俺は聞こえていないフリをする。
すると、ヴァンは俺の肩を掴んで揺さぶって来る。
俺はそれでも目を合わせる事無く、焼き魚をひょいっと掴み口へ放りバリバリ食べた。
何の魚かはよく分からないが、絶妙な塩加減で調理されているそれ。
焼き加減も絶秒であり、表面はパリッとして中はほくほくだ。
小骨も丁寧に取られており、丸ごと食べても違和感はない。
これを作った料理人は天才であり、買い出しに行ったというお孫さんが作っていると店主は言っていた。
皆も好きな物を食べていて、俺は魚を食しながら白いご飯をかき込む。
口いっぱいに頬張りながら咀嚼してごくりと飲み込む。
すると、扉を開けてエプロンをつけたお孫さんが入って来た。
目つきは悪く耳には無数の金属をつけているが、彼の腕は本物で。
プレートの上に載ったボリューム満点のハンバーグを置いてから、空いている皿を持って去って行く。
ミヤフジはその料理に向かってナイフとフォークを突き刺して食べていく。
奴の胃袋はブラックフォールであり、食欲は底なしだ。
そんな彼女に恐れおののいていれば、ヴァンはゆっくりと俺に聞いてくる。
「……それで、お前は何を見たんだ。そろそろ話してくれよ」
「……神と大神官とのやり取りだ……神は大神官が……碧い獣の手で殺されると予言していた」
「――ッ!」
ヴァンに説明すれば、目の前でカチャリと音が聞こえた。
見れば、ミヤフジがナイフを床に転がしていて。
彼女はハッとしたような顔で慌ててナイフを拾っていた。
そうして、それをジッと見つめてから静かにテーブルに置く。
「……今の話は本当ですか?」
「……確かに、神はそう言っていた……あの液体を飲んで、彼らのやり取りや未来の光景を見れた」
「……それで、大神官さんはあんな事を……変えられないんですか? 私たちで何とか!」
「無理だ。出来たとしても、彼はそれを望んでいない」
「でも! このままじゃ、あの人は!」
「……気持ちは分かるけどよ。俺たちにはどうする事も出来ないよ。未来が見えてもそれが何時で、何処で発生するのかは分からねぇんだ……まぁ恐らくは神殿内で起きる事だろうが」
ミヤフジはバンとテーブルを叩く。
そうして、キッとした目でヴァンを睨んだ。
「だったら、私たちが神殿内部であの人を守ればいいんです! そうすればきっと」
「――自分は殺されないって思ってるのか、アンタ」
「……っ」
ヴァンは冷静に彼女を諭そうとする。
こいつの言っている事は正しい。勿論、ミヤフジの意見も正しいだろう。
しかし、相手は人を殺す為にやって来るその道のプロだ。
相手が来る事が分かっているだけで、どんな奴でどんな動きをしてくるかは分からない。
碧い獣でなくとも、相手は暗殺のプロであり、経験がある俺やイザベラであっても奇襲に対抗するのは不可能だ。
それがミヤフジやミッシェルなどの非戦闘員であれば尚の事、自分が死んだことすら気づけないだろう。
助ける助けないの話じゃない。
これは出来るか出来ないかの話だ。
全員で警備しようとも、人数を増やそうとも関係ない。
神がそうなると予言したのであれば、それはほぼ確実に起きてしまう。
防ぎようは無く、俺たちにはどうする事も出来ない……歯痒いさ。すごくな。
出来る事なら助けたい。
彼は俺のような異分子にも優しく接してくれて。
この世界の異分子たちの待遇を憂いていた。
そんな人間は少なく、それが地位のある人間なら片手の指でも数えられるほどだろう。
神は何故、大神官を助けないのか。
神は何故、死ぬ運命を知っていながら未然に防ごうとしないのか。
分からない。何も分からないのだ。
俺たち人間の頭では、神の考えも意思も見抜けない。
奴は俺たちの遥か上で全てを見ていて、合理的に動いていく。
この世界の人間たちを正しい場所へと導き、誤った判断をさせない。
だが、その中に異分子は含まれていない。
奴は碧い獣が暗殺者であると決めつけていた……しかし、俺が見た限りでは碧い獣ではない。
だが、そうだとしたら色々と矛盾が生まれて来る。
先ず一つは、完璧である筈の神が予知を間違った事。
これは絶対に起こり得ないミスであり、そんな間違いを奴が下すとは思えない。
いや、実際に神に会った訳では無いから分からないが……それでも、ミスをするとは思えない。
そして、もう一つはジョンからもたらされた情報で。
碧い獣は確かに、ノース・カメリアに訪れると言っていた。
奴の情報に間違いは無く、神の予知でも碧い獣の話が出ていた。
この二つの情報は、俺が見た事によって歪な物となる。
碧い獣は暗殺者ではないが、ジョンは碧い獣が現れると言った。
この二つの事を合わせて考えるのであれば……まさか。
神の未来視は外れていない。
しかし、神は大神官に対して”嘘”を言った。
碧い獣は姿を現すだろうが、彼を殺すのは奴ではない。
都合よく、奴を犯人にでっち上げただけの事だ。
それは何故か……奴が異分子の国の兵士で、神にとっては目障りな存在だから。
異分子の国は神に対して明確に牙を剥いている。
神もそんな奴らを排除しようとしていて、何十年にも渡って彼の国に兵士を送り続けていた。
それも奴らの士気を削ぐ役割を合わせるように、同じ異分子の兵士をだ。
――神はこのタイミングで、異分子の国に対して何らかの影響を与えたいのか?
その目的があり、異分子である碧い獣を利用しようとしている。
奴を異分子であると公表し、民衆のヘイトを一気に向けるつもりか。
しかし、そうなれば関係の無い異分子たちにも弊害が出る。
民衆の異分子への行いはエスカレートし、より過酷な環境に置かれる事になる。
そうなれば、二度と異分子と人間たちは和解する事は出来ず。
互いに憎しみあったまま、戦争はより苛烈なものとなる。
そうまでして、神は異分子を排除したいのか。
そうまでしなければ、異分子を殺せないと言うのか……だが、妙だ。
ヘイトを向けるだけでは、戦争が終結する事は無い。
士気は向上するかもしれないが、それだけで倒せるような相手ではない。
ならば、神の目的は別にあると言える。それは何か……いや、ダメだ。情報が少なすぎる。
現時点では何も判断が出来ない。
神の狙いも、大神官の暗殺事件を利用する真意も。
だが、そこには必ず意味があり、奴は絶対に何かを企んでいる。
それは何か――
「もういいです! 私だけでも行きます! ごちそうさまでした!」
「ちょっと待てよ! 危ないからやめろって! 絶対に死ぬぞ!」
「し、死ぬなんて怖くありません! そそそそ、そんな事は日常茶飯事で!」
「……震えるのもか?」
「ぅ!」
出て行こうとした彼女を見る。
すると、がくがくと足が震えていた。
恐怖を感じていて、体が勝手に震えているのだ。
無理をしているのは一目瞭然で、こんな状態の彼女が行ったところで何の意味も無い。
寧ろ、警備の人間の邪魔になるだけだ。
俺が正直にその事を話せば、彼女はストンとその場にへたり込む。
「……分かっています。私が役立たずな事は……でも、それでも……大切な友達を……アルレンドさんを死なせたくありません……あの人は、こんな所で死んでいいような人間じゃないんです」
ミヤフジは自らの気持ちを吐露する。
彼女は彼女なりに大神官の事を思っていて。
何とかしてあの人を救おうとしていた。
自分には何も出来ない。
自分では運命を変えられない。
かつての俺もそう思った事が何度もあった。
仲間を死なせて自分だけが生き残って……でも、今は違う。
俺の傍には仲間がいて。
彼らは死ぬことなく、俺と一緒に戦ってくれる。
辛い時も嬉しい時も一緒で……ミヤフジにとっての仲間はあの大神官なんだ。
俺はゆっくりと席を立つ。
そうして、ミヤフジの傍に腰を下ろしてから彼女に顔をあげるように言う。
彼女は目を潤ませていて鼻水が少しだけ垂れていた。
俺はそんな彼女に笑みを向けながら、言葉を発する。
「……分かった……俺が行く」
「ナナシ! お前!」
「……分かってる。何も出来ないかもしれない……でも、何もせずに黙ったままなのは性分に合わない……らしくないかな?」
「ナナシさん!」
ヴァンは俺を止めようとした。
しかし、彼女の気持ちを聞いて黙っているのは嫌だった。
こんなことをしても意味は無く。
運命を変える事は出来ないかもしれない……それでも抗う事は誰にでも出来る。
ヴァンはジッと俺を見つめる。
そうして、くしゃくしゃと髪を掻いてから大きなため息を吐く。
「……分かったよ。好きにしろ――ただし! 俺も行く」
「は? いや、お前は」
「……言ってなかったけどさ。俺も昔は現役のパイロットだったんだよ。対人戦の経験もある」
「本当だよ。経歴までは知らないけど、何度か手合わせした事もある……安心しな。こいつを殺せる奴は、神様くらいのもんさ」
イザベラはそう言って笑う。
すぐに信用する事は出来ないが。
イザベラがそう言うのであれば本当なんだろう。
俺は少しだけ不安に思いながらも静かに頷いた。
「よし、そうと決まればもう一回神殿に戻るか! 念の為に、アンタもついてきてくれよ?」
「は、はい! 行きます! 絶対に!」
彼女はガバリと起き上がり、何度も頷いていた。
ゴシゴシと腕で涙を拭ってから、パッと笑う。
俺はそんな彼女を見ながら、早速向かおうと言う。
食事は済ませて準備は万端だ。
恐らくは、明日か今夜の内に碧い獣の偽物は現れるだろう。
「行くぞ! 勝手にクエストその1! 暗殺者から大神官を守れ、だ!」
「おー!」
「……?」
天高く拳を突きあげるミヤフジ。
俺もその真似をして拳を挙げた。
そうしてヴァンは腕まくりをして出て行こうとして――視線を感じた。
見れば、レストランとフロントに繋がる扉が少しだけ開いていて。
ジト目のお孫さんが俺たちを見ていた。
まるで、食い逃げかと言いたげな目であり、ヴァンはだらだらと汗を流しながら。
ポケットから財布を出して「い、いくらですか?」と聞いていた。
「……二万三千六百バーク」
「……あれ、聞き間違いかなぁ……も、もう一回」
「二万三千六百バーク」
「――は、はぁ!? いやいや可笑しい可笑しいって! 幾らなんでもそれは……あ、領収書ね。はいはい」
ヴァンはスッと渡された紙を見ていた。
そうして、静かに天を仰ぎ見てからゆっくりと紙幣を渡した。
「何で、何でそんなに食ってんだよ。遠慮しろよ……もう二度と奢らねぇ」
「ごちそうさまです!」
「うるせぇ!!」
怒っているヴァンと猫のように笑うミヤフジ。
そんな二人を見ながら、本当に大丈夫なのかと思ってしまう。
いや、戦力的な問題では無く。いざという時の判断に関してで……俺が何とかしないと。
静かに大神官だけでは無く、二人を守る事も決めて。
何とかしなければと思いながら俺は――肩を叩かれる。
「心配すんな。お前の相棒は、簡単にくたばりはしねぇぜ?」
「私も逃げる事には自信があります!」
「だってさ……一人で何でもしようなんて思うな。仲間を頼るんだ。いいな?」
「……そうだな……俺は一人じゃない」
二人の言葉を聞いて俺は静かに頷く。
そうして、イザベラたちに此処は任せると言う。
彼女たちは「気を付けな」と言って手を振って。
俺たちは静かに頷いてから、レストランから出て行った――