小刻みに揺れる車内。
壁に映る映像には、何処までも続く荒野が映し出されていた。
自分以外は誰もいない空間で、俺は革張りの椅子に背を預ける。
暫くの間、忙しなく動いていて体に疲労が蓄積されている。
気を抜けば意識を手放してしまいそうで……まぁ今ならそれも悪くは無い。
意識を手放して、到着するまで眠るのもいい。
どうせ、移動中に俺を尋ねて来る人間はいない。
ヴァンもイザベラも、ミッシェルも今頃は眠っているのかもしれないのだ。
「……大変だったな……本当に」
しみじみと思ってしまう。
碧い獣を追ってノース・カメリアに入り。
そこでミヤフジという三級特別調査員の女と出会って。
大神官から話を聞き、彼が殺される未来を変えようとして……結局俺は、彼を救えなかった。
大神官はただの少年に殺されて。
市民たちは絶望の中で彼を見送っていた。
そうして、異分子たちへの目がより一層悪化していく中で。
俺は初めて生身の状態の碧い獣と相対し、驚くべき事を聞かされた。
碧い獣は俺を弟だと言って、父はノイマンと言う男だと語った。
初めは信じられなかったが、俺の記憶の中には確かにノイマンと名乗った男がいた。
顔も背格好も不明で声だけのそいつは、確かにそう名乗っていて。
奴は鍵を全て集めて、その父に届けるようにと言った。
そうすれば俺自身の過去も、俺が何者であるかも教えると奴は約束した。
正直、信用できるかと言えばそうではない。
奴は得体が知れず、最初は俺を殺そうとしていたんだ。
だが、結果的には奴は俺に手を下した事は一度も無い。
手傷を負ったのは最初の一回だけで、それ以降は逆に助けてくれた。
どういうつもりなのかは分からないが、あの不気味な視線もそういう事なのか……?
奴は本当に何者なんだ。
俺が忘れているだけで、本当にアイツは俺の兄弟なのか?
ノイマンが父親であるとは今だに思えない。
だが、憶えているのなら何かしら関係はある筈だ。
これから先で、災厄と戦って行けばまた碧い獣と会う事もあるだろう。
もしかしたら、その時になってまた記憶が戻るかもしれない。
俺は希望を見つけて拳を握る。
手が届く。たどり着ける場所にあるんだ。
俺が本当の自由を手にする日も――近い気がした。
「災厄を探して鍵を集める……でも、ヴァンとの夢もある」
あの地で俺が得たものはそれだけじゃない。
ヴァンの口から、奴の過去を知り。
そうして、奴自身の大願を聞くことが出来た。
奴が初めて見せた弱み。そして、奴が教えてくれた本当の夢だ。
奴が過去に償いきれない罪を犯していたとしても。
奴がどんなに無謀な願いを口にしたとしても――俺には関係ない。
何時か来る争いの無い世界。
傭兵や兵士たちが理不尽に命を奪う世界で、俺たちもこの世界で暴れる。
暴れて暴れて、名を広めていき。
そうして、誰もが恐れおののくような存在になり、奴らから闘争心を根こそぎ奪う。
奴は言っていた。
金持ちから金を搾り取り、その金で大勢の子供たちを助けたいと。
身寄りの無い子供たちの為の活動をしたい。
アイツはそうも言って、俺たちで作ろうと言ってくれた。
傭兵として多くの戦場を渡り。
俺たちと戦う事がバカらしいと思えるくらいの強さを得れば。
もう誰も戦おうと思わない。
そうして、俺たちが戦いの抑止力となる存在になれば、理不尽な暴力で悲しむ人間もいなくなる。
弱者を虐げて彼らから奪う者は消えて。
子供たちを戦争の道具にする人間を俺たちの手で殺せる。
もう二度と、俺たちのような存在を生み出さない為に。
俺たちのように戦いでしか生きられない人間を作らない為に――俺たちは戦う。
本当にこの世から戦いを消す事が出来るのかは分からない。
だが、争いを根絶する為の抑止力になれるのであれば、それは最高にいい結果だと思えた。
恐怖の象徴だろうと構わない。
この世が平和になるのであれば、何だってなってやる。
それがヴァンの望みであり、理想であるのなら……。
アイツ自身が犯した罪。
アイツはそれを自覚しながらも、前を見て生きていた。
奴を突き動かしたコージという男がどんな男であったか……何となく分かる気がした。
「ふっ」
俺はくすりと笑う。
そうして、何時か実現できる夢に想いを馳せる。
何年、いや何十年懸かろうとも。
俺はヴァンたちと共に戦い続ける。
あの日アイツの手を取った日から、俺の運命は決まっていた。
この男と共に、何か大きな事を成すのだと。
予感がしていたが、まさかあんなにも大それた理想を掲げていた何て……でも、いいんだ。
不可能だと思えるのどの難しさ。
険しい道のりであり、死ぬかもしれないだろう。
それでも、全力で駆け抜けた結果であれば悔いはない。
俺は災厄を探して倒し鍵を集めながら、己と会社の名を広めていく。
全ての鍵を集め終えて、俺が抑止力となれた日には――その時はその時だ。
今はまだ考えなくていい。
どうせ、すぐにはなれないのだから。
なれた日に考えればそれでいいんだ。
俺はそう思いながら、装甲バスから見える景色を眺めていた。
「……」
綺麗だった白亜の街から離れて暫く。
再び草一つ生えない荒野が広がっていて。
装甲バスは道なき道を進んでいく。
揺れはほぼ無く、快適な旅であると誰もが認識するだろう。
強い風が吹いて砂が舞う。
パラパラと車両にそれが当たる。
音は聞こえないが、確かに当たっていた。
そうして、転がっている枯草や骨がころころと転がり砂と共に消えていく。
あの美しい街がこの先にあるなんて。
何も知らない人間であれば予想も出来ない筈だ。
それほどまでに、街とこの荒野の景色はかけ離れている。
人の手から離れれば、世界はこんなにもみすぼらしくなるのか。
荒野にあるのは死体となった鳥獣と、それに群がる獣くらいで。
後は埋葬される事も無い何かの骨が転がっているくらいだ。
神はこの世界を管理している。それに間違いはない。
だが、それなら何故、こんな場所を作ってしまったのか。
全ての場所があの白亜の街のように整えられて美しければ。
装甲を纏ったバスに乗らずとも、行きたいところへ気軽に行けるだろう。
神は何故、この世界の在り方を容認するのか。
神は何故、自らの手で人を動かそうとしないのか。
出来る筈だ。
やろうと思えば、世界中の異分子を消す事も出来てしまう。
そして、この世から争いを消す事だって出来る筈だ。
「……やらないんじゃない……本当に、出来ないのか?」
何度も考えてきた事だ。
神はやらないのではなく出来ない。
だからこそ、神託という形で人々に意思を伝える事しか出来ないんだ。
この世で最も完璧な存在は……誰よりも不自由なのかもな。
俺はそんな事を思いながら、ゆっくりとグラスに入った飲み物を飲む。
炭酸の刺激が口内を刺激して、リンゴの甘みとほのかな酸味が感じられる。
高級感のあるジュースに口角を上げながら、俺はミヤフジの事を考えた。
停留所で見送りをしてくれたミヤフジ。
目が少しだけ赤かったから、泣いていたのは分かる。
しかし、誰もそれを指摘する事無く、互いに笑顔で別れた。
彼女もあの街へ帰るのかと思ったが、一刻も早く委員会本部に帰らなければならないらしい。
大神官の死を間近で見ていた彼女だ。
彼女の上司も詳しい状況などを聞いて、その記事を纏めたいのかもしれない。
彼女にとっては休息が必要な筈なのに、特別調査員という仕事も楽では無いんだ。
俺たちは彼女を気遣い、彼女は大丈夫だと言って別れた。
今頃は彼女も別の装甲バスに乗っているのだろうか。
そんな事を考えながら、俺は端末を取り出してアドレス帳を開く。
その中には、SAWの営業であるミムラの名前があって……ヴァンを信じるんだ。
ヴァンは言ったんだ。
俺に任せろと、なら俺はそれを信じるだけだ。
ゆっくりと端末を操作して、アドレスからミムラのデータを消す。
そうして、端末を仕舞ってから息を吐く。
これでいい……これで良かったんだ。
後悔が無いと言えば嘘になる。
でも、ヴァンの言葉を本気で信じるのであれば俺自身も迷いを断ち切らなければならない。
これを消す事によって、俺はミムラとの縁を切った。
奴が俺のアドレスを調べて掛けて来る場合もあるが。
俺から自発的に掛ける事はもう出来なくなった。
「……」
これでいい、これで良かった。
そう自分に言い聞かせながら、俺は胸のざわめきを抑え込もうとする。
だが、一向に胸のざわめきは消えていかなかった。
何故なのか。
それは俺にも分からない。
が、何故だか――街へと近づいていく度に、ざわめきが増していくような気がした。
§§§
街へと戻り、周りに目を向ける。
時刻は既に深夜であり、人々は眠りについている頃だろう。
街灯の灯りだけが灯っていて、停留所には酔っぱらった老人くらいしかいない。
ヴァンたちは荷物を手に持ってから、周りを見ている俺に声を掛けてさっさと戻ろうと言う。
この地域は夜は冷え込むので、少しでも温かい倉庫に戻りたい気持ちは分かる。
だが、俺は先ほど見えた光景が気になって仕方が無かった。
夜だというのに、警官たちが数名動いていた。
それも水路の周りを動いていて、ライトでそこを照らし長い棒で中を突いていた。
ダイバースーツを着た人間も数名待機していて、何やら慌ただしかった。
小型のドローンも飛んでいて、水路の中へと入っていき調査をしていたように見えたが……。
あの水路は流れが早く、雨の日は特に危ないと酒場の人間が言っていた記憶がある。
一度中へ入ってしまえば子供であれば流れに逆らう事も出来ずに流されて。
そのまま下水道まで行ってしまう……誰かが誤って転落したのか?
地面を見れば濡れている。
大きな水たまりも出来ていて、それだけで何となく状況は分かる。
恐らくは雨が降っていたのか。
この濡れ方からして、暫く降っていたのかもしれない。
つまり、水路に水が溢れた状態で、地面が濡れていた事から足を滑らせて……。
不幸だとは思う。
しかし、それも人生としか言いようがない。
人間誰しもいつかは死ぬ。
それが今日か明日かは誰にも分からない。
ご冥福を祈るほどのものでもない。
俺はただただ不幸だったんだと思いながら、視線をヴァンたちに向けて駆け寄る。
どうでもいい事だ。
何の関係も無い赤の他人が死んだだけだ。
それに対して思う事は何一つない……でも、何故だろう。
胸のざわめきが一層増した気がする。
まるで、目を背けるなと言わんばかりで。
俺も不気味な感覚に戸惑いながら、心臓に手を当てる。
ドク、ドク、ドクと変わらずに鼓動するそれ――今日は少しだけちくりと痛みを発しているような気がした。