大通りを歩いていく。
すれ違う人間たちは皆、嬉しそうな顔をしていて。
恐らくは、給料でも振り込まれたに違いない。
父親と母親らしき人間に手を繋がれた子供は笑みを浮かべていた。
今から両親と共にランチでも食べに行くのか。
俺はそんな光景を微笑ましく思った。
俺にも両親がいて、生きていれば……いや、ダメだな。
死んだ人間は生き返らない。
どんなに恋焦がれようとも、あの世で再会する以外に道は無い。
そして、今の俺は死にたいとは思っていない。
こんなクソみたいな世界でも生きてみたいと思っている。
生きて生きて、仲間と共に生きた証をこの世界に残したい。
本当の自由を手に入れる事が出来れば、きっと俺も何かを残せるようになっているだろう。
……でも、死んだ両親について何も思わない事は無い。
どんな顔をして、彼らは俺とどう向き合っていたのか。
俺は愛されていたのか。それとも、疎ましく思われていたのか。
出来る事なら愛されていたと思いたい。
しかし、俺の頭の中には両親との思い出は残っていない。
だからこそ、俺は彼らを思う事も、彼らの愛を確かめる術もない。
結局、俺は空っぽだったんだ。
異分子となった瞬間が俺の産まれた日で。
そこから俺は自分という人間を形作っていった。
悲しむ事も、後悔する事も無い。
今は寧ろ、感謝しているくらいだ。
異分子となれたからこそ、俺はエマたちに出会えた。
そして、仮初の自由を手にしてヴァンたちとも出会えた。
俺は今という時間を気にいっていて……絶対に失くしたくない。
また一人になるのは嫌だ。
孤独は辛いだけで、何も生みやしないのだ。
ただただ心が萎れて傷ついて、それだけだ。
俺は歩く。
静かにゆっくりと歩いていく。
歩く度に、すぐ近くでカサカサと音が鳴る。
俺は手に沢山のお菓子が入った袋を持っていた。
教会へと行こうとした時に。
ヴァンはこれを持っていくように渡してくれた。
アイツは教会の子供たちの為にとノース・カメリアでお土産を買っていたらしい。
チョコレートなどは溶けるから、ほとんどがクッキーなどの焼き菓子で。
気の利かない俺と違って、ヴァンは子供たちの事を考えていた。
……まぁアイツからしたら、俺が世話になった事もあるのだろう。
本当は俺が考えて行動しなければならなかったのに。
これでは保護者と子供だ。
ヴァンには感謝していて手間を掛けさせた事を詫びれば。
アイツは笑みを浮かべて「社長として当然だろ?」と言っていた……頭が上がらないよ。
「……ふっ」
兎に角、ヴァンの行為を無下には出来ない。
俺自身もアンドレー神父にはお礼がしたかった。
彼がいなければ神託にも間に合わなかっただろう。
まさか、留置所の中で暫く拘束されるなんて思わなかったが。
彼のお陰で誤解が解けて出る事が出来たからな……それに、マリアの事も気になる。
殺人鬼がいなくなって、街は平和になった。
街の人々の表情が明るいのも、それが関係しているのかもしれない。
公には広まっていなくとも、殺人事件が連続して起こっていた事は誰もが知っている筈だ。
だからこそ、人が殺される事が無くなり、先ほどの家族のように出かける事が出来るようになったのか。
自分が良い事をしたとは思わないが、マリアの不安を取り除けたのなら良かったと思う。
時刻は昼頃であり、今頃はご飯を食べ終えて。
外で遊んでいるか、昼寝でもしているのか?
子供は元気であり、何時も笑っていてくれた方が良い。
老人も大人も、子供の無邪気な笑顔で日々の疲れが取れる事もある。
それだけ、子供というのは輝いていて。
俺のような人間にとっても、その光が心地良いと思う時がある。
「……喜んでくれるか」
今の子供であれば、ゲームなどの方が良かったか。
だが、教会の子供たちは外で元気に遊んでいた。
きっとゲームよりも、外で遊べる玩具の方が好きなのかもしれない。
まぁ玩具を与えても良いが、もしかしたら危ない使い方をする場合もある。
だからこそ、ヴァンは玩具ではなくお菓子にしたのかもしれない。
足を止めて、中に入ったお菓子を一つ取る。
小麦色の箱であり、美味しそうなクッキーの写真がプリントされていた。
原材料を見たが、怪しげなものは何一つ入っていない。
体に毒であるものも、成長を阻害するようなものもなく。
体に優しいお菓子であり、ヴァンは味も保障すると言っていた。
……今思えば、あの時のカードの請求も。もしかしたら子供の為だったんじゃないか?
初めて会社にやって来た時に、イザベラがヴァンに怒っていた。
それはカードを忘れたヴァンが、無断で彼女のカードを使ったからで。
その時の請求の中には、玩具とかお菓子なども入っていた。
もしかしたら、今回の事以外でも、ヴァンは子供たちがいる施設を訪れては何かを送っていたのかもしれない。
そうでなければ、此処まで相手を気遣う事は出来ないだろう。
「……お前はやっぱり……優しい奴だな」
こんな俺の事も気に掛けてくれて。
仲間に迎えてくれた社長。
面と向かっては言えないが、俺はアイツを心から尊敬している。
此処まで来れたのもアイツのお陰で……本当に夢を叶えさせたい。
アイツの夢は立派だ。
俺が自分の目的の為に動いている中で。
アイツは世界に目を向けていた。
この世から争いを無くす為に、自らの会社を抑止力にしようとしている。
それが出来るのは俺たちだと心から信じていた。
信じてくれるのなら――成し遂げたい。
必ず、夢を叶えて見せる。
アイツの理想を現実にする為に――俺も強くなる。
そう心の中で誓いながら。
俺はハッとして再び歩き出した。
自分の世界に入ってしまっていた。
今日の目的は神父への礼だ。
助けてくれた事のお礼を改めてしに行くのだ。
だからこそ、あまり遅い時間に伺うのはダメだ。
……本当なら事前に連絡をして行くのが普通だが……何故か、電話に出てくれない。
忙しいのかもしれないが。
三回かけても繋がらなかった。
後から連絡を寄越して来ることも無く。
俺は不審に思って、様子を見に行くついでに土産を持参して来ていた。
もしも、誰もいないのであれば全員で遠出したと思って諦める。
誰かいるのであれば、礼をして土産を渡しておく。
目的を果たして、SAWからの依頼も熟して。
俺たちは遠征期間を終えて、そろそろヴァレニエに帰ろうとしていた。
もうこの地方でやる事は無く。
後は、SAWからの連絡を待ちながら、独自の方法で災厄について探していく他ない。
名残惜しいが、事務所の方も心配だ。
あそこは少し治安が悪く。
もしも強盗でも入ったら堪らない……と言ったが、イザベラはケラケラ笑っていた。
『強盗? 私の住処でかい? そんな奴がいるのなら、是非、お目にかかりたいもんだねぇ』
『……こいつ、拳銃を持った強盗たちを半殺しにして事務所の前に吊るしてたんだぜ……ちびるよな』
『姐さんは”最強”だからな!』
『……あぁ”最凶”だな』
彼女の武勇伝をまた一つ知り。
俺はより一層、イザベラへの敬意を忘れない事を胸に誓う。
体をブルブルと震わせて、俺は教会へと向かう。
歩いて、歩いて、歩いて……いるのか?
教会へと着いて、様子を伺う。
子供たちは何時も通り外で遊んでいて、修道女たちが世話をしている。
誰もいないかと思ったが、普通にいるじゃないか……なら、何故、電話に出なかったんだ?
俺は少し不思議に思いつつ、敷地に足を踏み入れる。
そうして、教会の中に入ろうとして――横から声が聞こえた。
「……ナナシ様……帰って来られたんですね」
「マーサさん。お久しぶりです……あの、これ。お土産です」
「……態々すみません……子供たちもきっと喜びます」
俺の手から土産を受け取ったマーサさん。
笑みを浮かべているが、何処となく影が差していた。
嬉しそうに見えず。何故か、ひどく憔悴しているようにも見えた。
俺は何かあったのかと思って、どうしたのかと思わず尋ねてしまう。
すると、マーサさんは暫くの間、口を閉ざしていた。
やがて、彼女は口を開いて話し始める。
「……ナナシ様がノース・カメリアに向かわれた後……マリアちゃんも少しだけ元気になりましてね……ナナシ様が帰ってきたら、もう一度アイスが食べたいって言ってたんですよ……あんなに笑ったマリアちゃんは初めて見ました」
「そうですか……それで、マリアは?」
俺がマリアは何処かと尋ねれば、彼女はびくりと肩を震わす。
それは驚いたというよりは怯えた人間の反応で……ひどく胸騒ぎがする。
胸の鼓動が早まって行って、嫌な悪寒が走る。
何か良くない考えが浮かび上がって来て。
俺はそれを必死になって振り払う。
そうして、平静を装いながら中にいるのかと思って扉に手を置いた。
「外にはいないから……中ですか?」
「……っ」
マーサさんは何も言わない。
辛そうな表情で、俺はそれが見ていられず。
何の断りも得る事無く扉を開けていった。
ゆっくり、ゆっくりと扉を開けて――――は?
教会の中心部には祭壇のようなものが置かれていた。
綺麗な花々やお菓子などが供えられていて。
白い布の上に置かれたそれらは、まるで何かへと捧げているようで。
神ではない。小さくな祭壇であり、その中心には少し大きめの写真立てがあった。
俺はゆっくりとその祭壇へと近づいていく。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと……そうして、写真立ての中にいる”彼女”と目が合う。
長い綺麗な金色の髪で、綺麗な青い瞳をしていた。
小さく微笑みながら、小さく華奢な手で本を持っている。
彼女を知っている――――彼女を記憶している――――彼女の、名前は――――
「マリ、ア……?」
「――っ!」
背後から女性のすすり泣く声が聞こえる。
感情を吐き出しながらも、外の子供たちを心配させまいと声を押し殺して。
しかし、そんな彼女を心配できる余裕は俺には無い。
俺は呆然と写真の中の彼女を見つめる。
変だ。可笑しい……いや、あり得ないだろう。
彼女は遂最近まで、いたじゃないか。
俺と話をして、アイスを食べていて……ぇ?
何で、彼女の写真が此処に……?
何で、マーサさんは泣いているんだ……?
何で、マリアの姿が見えないんだ……?
何故、何故、何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――――あぁ。
「――っ!」
理解した。
全て分かった。
彼女がいない訳も、彼女の写真が飾ってあるのも――分かっていた。
瞬間、俺の心臓が強い痛みを発した。
握りつぶされるような痛みであり。
呼吸が出来ないほどに苦しくなる。
咄嗟に口を手で押さえれば、声にならない何かが出そうになっていた。
視界がぼやけて何も見えない。
雨の日の水面のように揺れていて、頬を何かが流れていく。
俺は必死に手を伸ばして写真に触れた。
何も感じない、何も無い。
冷たいだけの写真であり、そこに彼女はいない。
何故だ、何故、彼女はいない。
どうしてだ、どうして彼女はいなくなった。
強い悲しみ。
胸を締め付けるほどの苦しみ。
そして、心の中で渦を巻く――怒り。
エマを失なった時に感じた感情だ。
忘れていた感情であり、俺の全身が熱くなっていく。
喪失感と共に冷えていった体が。
ゆっくりと心から熱くなっていく。
悲しみを超えて、強い殺意と怒りが心をぐちゃぐちゃにしていく。
誰だ、誰が――この子を奪った?
まだ幼い少女だ。
未来ある子供であり、この子は何一つ悪い事をしていない。
この子の未来を奪う権利は誰にも無い。
この子を殺していい人間なんて存在しない。
それでも、彼女は死んで――殺されたのだと分かった。
何故かは分からない。
まだ誰にも話を聞いていないのに。
俺の心が、彼女の未来を何者かが奪ったと教えてくれた。
誰だ、誰が。
誰が、こんな事を――殺さなければ。
絶対に、殺す。
如何なる理由があろうとも、そいつは殺す。
どんなに命乞いをしても、家族がいたとしても――殺す。
怒りと殺意が混じり合う。
そうして、俺は口から手を離した。
目に溜まっていたものは全て流れ落ちて行って。
今なら写真の彼女をクリアに見る事が出来た。
「……ごめんな」
低く小さな声で謝罪を口にする。
そうして、踵を返して去って行く。
見れば神父が泣いているマーサさんの肩を抱いていた。
彼女はゆっくりと顔を上げて――短い悲鳴を上げた。
恐怖に染まった目で俺を見ているが、どうでもいい。
神父は俺の顔を見て黙っているだけだった。
そんな二人を無視して、俺は教会から出る。
そうして、倉庫へと戻ろうとして声を掛けられた。
ゆっくりと視線を横に向ければ、幼い少女が立っている。
彼女は俺の顔を見て怯え切っていて。
それでもずいっと俺に何かを差し出してきた。
俺はそれを見つめて、静かに受け取った。
手紙らしきものを渡した彼女は、そのまま逃げるように去って行った。
「……」
何がしたかったのか。
分からないし知ろうとも思わない。
だが、この手紙からは不思議と何かを感じた。
異分子から感じる何かであり、これは……マリアか?
宛名は無い。
何も書かれておらず。
封蝋もされていないそれから、マリアの気配を感じた。
彼女が俺に充てて書いた手紙。
それを認識して、俺は手紙を大切に持ちながら倉庫への道を歩いて行った。