満点の星の下。
綺麗な夜空の中を飛翔する。
冷たい空気が機体全体を撫でて、風切り音が響き。
羽を広げ妖精のように舞う奴は、心の底から声を上げて笑う。
不快な声、形容しがたい感情が渦を巻き――殺意が燃える。
羽を広げて大空を舞う道化。
憎き仇を見つめながら、俺はブーストしながら奴を追う。
ショットライフルを向けて連続して放つ。
リコイルを感じながら、無数の赤熱する金属の塊が夜空を彩って。
奴はそれらの攻撃を軽やかな動きで躱して見せた。
軽い。機体が羽のようだ。
あの透明の羽が、奴の機動力を底上げしているのか。
いや、それだけじゃないだろう。
新兵器という大層な肩書だ。
絶対に他にも突出した何かがある。
警戒心を跳ね上げながら、俺は奴の動きを目で追う。
避けられる――知っていた。
更に距離を詰めて、奴の背後を取る。
そうして、奴のがら空きの背中に斬りかかった。
確実に当たる。そう思った瞬間に――怖気が走る。
ぞくりと這い上がる冷たさ。
それを感じた瞬間に、肩のショットライフルを放つ。
奴はその攻撃を背中の羽で受け止める。
羽と弾丸がぶつかり合い、キュルキュルと弾丸が回転した。
そうして、奴はばさりと羽を広げて――機体に弾丸が当たる。
バチバチと音を立てて弾丸が装甲に当たり。
無数の小さな穴が空いた感触がした。
オートバランサーが作動して、強制的に姿勢を制御する。
そうして、羽の風圧で後方へと飛ばされながらも機体を停止させようと――桃色の光が目の前に迫る。
「――!」
眼前に迫った光。
それを認識する前に手足が動き。
機体が回転して、奴の刺突をギリギリで避けた。
ギャリギャリと耳障りな音が響いて機体が揺れる。
完全には避けきれず、胴体部を奴の刃が滑って行った。
俺は肩部のショットライフルを奴の頭部に向けて――ッ!!
攻撃を中断。
そして、全力で下へと降下した。
その瞬間に、俺が元いたあ場所を青い光が通過していく。
薄い膜上のそれが聞いたことも無いような音を響かせて広がり。
俺が噴かせたエネルギーの粒子を両断する。
それを見た瞬間に、アレがエネルギーによる攻撃だと理解した。
まただ――奴は仕込んでいた武器で俺を仕留めようとした。
少しでも気を抜けば喰われる。
そう思わせる程に、奴の攻撃手段は幅が広い。
攻撃の余波が風として伝わり、レバーが小刻みに震える。
まるで、アンブルフが怯え震えているようで――俺は笑みを浮かべた。
恐怖も不安も――塗り替えてやる。
レバーを操作して宙を舞う。
奴の周りを飛行しながら、連続してショットライフルの弾丸を放つ。
奴は羽で機体全体を覆い隠して防御の姿勢を取った。
しかし、俺はそんな事は関係ないと更に攻撃を仕掛ける。
撃って、撃って、撃って撃って撃撃撃撃――撃ち続けた。
《ケハ!!》
奴が笑った。
そうして勢いよく羽を広げて、弾丸が跳ね返された。
空中には無数の赤い光が散らばって。
奴を中心にして発生する花火のように見えた。
回避不能。致命傷になり得る攻撃――それがどうした。
限界を超えて脳をフル稼働させる。
そして、時が静止したかのように感じながら。
俺はその攻撃一つ一つを分析した。
軌道を読み、範囲を特定し――道が見えた。
白い光となり、糸のように細い道が見えた。
俺はそれを認識した瞬間にペダルを踏みつける。
そうして、一気に加速しその道を翔けた。
視界は一気に揺れ動き、感覚で機体を操作して。
何かが当たり、装甲がはじけ飛ぶ――関係、ないッ!!
障害も痛みも無視。
そして、一気に奴へと迫り――懐に入る。
《――ッ!!》
奴が息を飲む。
不快な声がパタリと止み、奴が驚愕していると分かった。
もう胸部に仕込んだ武器は使えない。
一度きりの仕込みであり、それを理解した上で――回転。
スラスターを噴かせて機体を回転させて。
遠心力を使い奴の背後へ回る。
奴はその動きを読めず。胸部に仕込んでいた散弾を放った。
知っていた。読んでいた。
たった一度きりの攻撃だと誰もが思う。
装甲をパージすれば、もう使えないと誰もが錯覚する――それが狙いだったんだろう?
お前は俺だ。
何をしようとしていたのか、何を考えたのか――分かってしまう。
奇をてらうような言動も、奇怪な動きもブラフ。
その根本にあるのは、相手を動揺させて判断を鈍らせるという狡猾さだ。
隠しきれない、お前のその醜さは見えている。
鼻をつまんでも臭って来るんだよ……腐り切った臭いがな。
回転しながら、奴へとブレードを振るう。
攻撃を実行した瞬間に回避は出来なくなった。そして、あのエネルギーによる攻撃も使えない。
羽を一度使用したのだ。再度使用するには少なくとも何秒かの時間を要する筈だ。
ノータイムで接近し、決死の覚悟で攻め込んだ。
機体は何発か貰ってダメージを負ったが――これでチャラだ。
俺は笑みを深めながら、奴のコックピッドを両断する為に刃を振るう。
奴は笑う事も出来ないまま、ゆっくりと後ろを振り返ろうと――違和感。
ゆっくりと進む時の中で、俺は確かあ違和感を抱く。
苦戦はした、かなりの時間も要した。
それでもギリギリで勝てそうで――本当にそうか。
こんなにもアッサリと、か。
こんなにも思い通りに、か。
――あり得ないだろうッ!!
俺は攻撃を中断した。
そうして、理解できないままにその場を離れようと――機体全体が大きく揺れる。
「――ッ!!?」
《はい、お終いでえぇぇすぅぅ!!!》
背後から何かが接近してきた。
ノイズが走りながらもレーダーが捉えたのは敵で――奴だった。
そんな筈は無い。
奴は確かにそこにいた。
いたのに――そこには何も無い。
霞のように消えて。
背後の奴はブレードを振るって攻撃していた。
メインスラスターの出力が一気に低下し。
装甲が裂かれたことによってシステムが誤作動を起こしている。
片手で調整するが機体の制御が出来ない。
俺は補助装置を起動して、サブスラスターだけで機体を制御しようとした。
ノイズ塗れのモニターには地面が映っている。
近づいてくる地面に怯えながら、俺は全てのスラスターを噴かせて――激突する。
「――ッ!!」
機体が激しく揺さぶられて。
機体に砂や石が当たり嫌な音が響く。
コックピッド内は真っ赤な光に染まり天上から火花が散る。
行き場を失くしたエネルギーが漏れ出して火の粉となり体に掛かる。
ヘルメットがシートに打ち付けられて頭がガンガンと痛む。
そうして、機体が何かに当たって跳ねて――激しく転がる。
勢いよく進み。やがて止まって……俺は意識を朦朧とさせた。
ぐったりとシートに体を預けながら手足を動かそうとする。
体の動きがひどくスローで、全身が鈍い痛みを発していた。
息がし辛く、骨が折れている気がした。
満身創痍、機体もほとんど大破に近いだろう。
「なに、が……?」
背後から奴が音も無く迫った。
攻撃を察知する事も、奴の機影を捉える事も出来なかった。
奴は確かにそこにいて、羽を使って俺の攻撃を防いでいた。
違和感を抱いたのは攻撃の時で……何が起きた?
赤色灯が灯る中で、奴が悠然と俺の前に降り立つ。
そうして、くつくつと笑いながら両手を広げる。
《理解、出来なかったでしょう? そうでしょう、そうでしょうとも……これが新兵器の力――機体システムへの”ショート・ハック”ですよぉ》
「ハッキング、だと……そんな、バカ、な」
あり得ない。
メリウスへのハッキングを触れる事も無くするなんて出来る筈がない。
いや、触れたとしても時間を要するのに。
奴は俺に触れてすらいない中で、俺の機体をハッキングしたと言う。
だが、それを認めなければ理解できない。
奴がハッキングを成功させて、俺のモニターの映像に偽の情報を送り込んだ。
そうして、レーダーすらも誤認させてきた。
初見殺しも良い所。見破れる筈がない。
本来であれば、あの一撃で機体を両断されて死んでいた。
生きているのは奇跡で、レバーを操る。
ギギギと音を発しながら、ショットライフルを持った手が上がり――奴のブレードで切り裂かれる。
バラバラと残骸が舞い。
ショットライフルは転がる。
奴はもう片方の手も抑えながら、ブレードを振るって切断する。
両腕を捥がれながらも、俺は肩部の武装を奴に向けて――ブレードで穿たれる。
残骸が舞い、オイルが飛び散る。
奴はケタケタと笑ってから喋った。
《残念でしたねぇぇ。もう少しだったのに……私も残念ですよぉぉ。本当なら貴方の事を解体したいのに、お連れの方が間もなく来てしまうでしょうからねぇぇ。お強いですよねぇぇ貴方と違ってぇぇぇいひひひ!!》
奴は俺を嘲る。
もう死に体の男であり、抵抗できないと思っているのだろう。
その通りであり、この体ではこれ以上は何も出来ない。
悔しい。悔しくて悔しくて、噛んだ唇から血が滲む。
口内に鉄錆の味が広がり。
俺はなけなしの力で拳を握る。
殺せなかった。
奴を地獄に叩き込めなかった。
エマの無念も、マリアの悲しみも晴らせず……俺は死んでいくのか。
最後に奴に聞く。
意味の無い質問だ。
それでも、聞かざるを得なかった。
「……エマを……お前が殺した異分子の少女を……憶えているか」
俺は痛みを我慢してか細い声を発する。
俺の声が聞こえていた奴は、暫く黙っていた。
しかし、ようやく理解できたのか言葉を発した。
《……んん? 藪から棒に何を言うかと思えば――さぁ、知りませんよ。何ですか、それ?》
「――」
奴は何も憶えていない。
殺した人間を覚えておらず、剰え何だと聞いた。
その口ぶりだけで、マリアの事も既に忘れているのだろうと分かってしまう。
こいつは無関心なんだ。殺すまでは憶えていても。
自分が満足した後は、ゴミのように捨てて綺麗さっぱり忘れてしまう。
その人間の人生も考えず、後悔の念に押しつぶされることも無く――違う。
こいつが俺の筈がない。
こいつが人間である筈がない。
俺が不良品なら、こいつはゴミだ。
何の役にも立たない害悪で――生かしていてはダメなんだ。
限界まで目を見開く。
そうして、歯を食いしばりながら奴を睨む。
黒く握り切った感情が溢れ出す。
憎悪と殺意が混じり合い。
黒い塊となって口から吐き出しそうだった。
終わっていい筈がない。
まだ俺は戦える。この心は折れてなんかいない。
俺がこの手で奴を殺す。
俺がやらなければ誰がこいつを殺せるんだ。
殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺――奴がにたりと笑う。
《それじゃ……さようなら!》
「――」
奴がブレードを上げる。
そうして、勢いのままに振りかぶり。
機体が引き裂かれて、目の前にブレードが迫った。
ゆっくりと俺のヘルメットに触れてそれが破壊されて。
脳に強い衝撃を感じれば、ぐしゃりと潰れる音が聞こえて――真っ暗になる。
一瞬の強い光。
その後には何も見えなくなった。
呼吸も出来ない、鼓動も感じない。
何も無い世界で――殺意だけが存在した。
心の内から溢れ出る殺意。
それが何も無い場所から溢れ出し。
黒い光となって閃光のように迸る。
まだ終わりじゃない、此処で果てて良い筈がない――まだ、戦える。
俺の心が黒い光に染め上げられる。
それを拒絶する事無く身を任せて――俺は弧を描くように笑った。