作業用のアームがメリウスの装甲を溶接していく音が響く。
そして、ミッシェルが新しいパーツをアンブルフに嵌め込んでいっていた。
火花が散る音に、金具を固定していくような音。
無数の音が聞こえる中で、俺とイザベラは少しだけ彼女から距離を離して椅子に座っていた。
机にコーヒーを置きながら、早朝の時間にジッとPCの画面を見つめる。
イザベラがカチリとボタンを押して映像を止める。
そうして、人差し指で画面に映るメリウスを差しながら言葉を発した。
「ここはもっと攻めた方が良い……そうだね。揺さぶりを掛けるようにと言えば分かるかい?」
「……なるほど……それなら、ここはブーストで加速して距離を縮めて変則機動で」
イザベラと一緒になって端末の映像を見る。
その映像に映っているのは敵と交戦中のアンブルフで。
歴戦の猛者であるイザベラの意見を聞きながら、俺は自らの戦い方を見直していた。
セオリー通りの戦いでは、格上には勝てない。
だからこそ、その殻を破ってでも成長する必要がある。
その為には、客観的に見た意見が必要であり、彼女ほど打ってつけの人間はいない。
顔合わせの日まではまだ少し時間がある。
その前に、少しでも練度を上げて行こうと考えていたが……やはりイザベラは凄いな。
パッと見ただけで改善点を上げてくれる。
それも俺が気づきやすいように、あえて抽象的な言い方をしてくれるのだ。
ただ答えを明かすのではなく、俺自身に考えさせて問題点を修正していく。
何度も何度も彼女と話し合いを繰り返して、シミュレーターで模擬戦闘をする。
その相手となるのはイザベラのコピーデータである。
あのシミュレータの中には、受け取った傭兵の戦闘データをインプット出来るようになっていた。
だからこそ、イザベラのデータが入っていて。
彼女はそれを使っていいから、練習相手にしろと言ってくれた。
胸を借りるようにその提案を受け入れて戦ったが。
未だに、俺はイザベラのコピーから勝利を得た事は無い。
いや、まだ戦って数回程度だが。
それでも、彼女との力の差は明確であると分かる。
此処までの強さを有していながら、彼女の最高記録はAランク12位だったらしい。
いや、十番台に入っているだけでも相当な腕だ。
もしかしたら、最上位ランカーであったのかもと思っていたからこそ。
彼女が12位だった事に驚いただけだ……つまり、十番以内の傭兵は更に強いのか。
実際に戦ってみないと分からないが。
あのアーサー・クラウンも十番以内だった。
アレほどの技量の持ち主が十人もいると思うと思わず笑みが零れそうになる。
それほどの強者がこの世界に存在してると思えば、男なら誰しもワクワクしてしまう筈だ。
俺はそう思いながら、映像を見ていて――視線を感じた。
横を見れば、イザベラが俺の顔を見ていた。
しかし、俺が視線を向ければさっと視線を画面に戻す。
一瞬感じた視線には、警戒心のようなものを感じて……あの姿を見ればそうなるか。
分かっていた。
ヴァンやミッシェルは気にするなと言うが。
本来はこんな反応をされて当たり前だ。
それでも、イザベラは嫌な顔一つせずに俺に教えを授けてくれている。
例え警戒心を持たれようとも、彼女は間違いなく優しい人間だ。
……でも、このまま彼女に警戒させたままなのは嫌だ。
俺の為に新型のメリスウを提供してくれる人の名前はセシリア・ハーランドという。
あのハーランドグループの三代目総裁であり、三大企業のハーランドをも統べる女性だ。
アレほど三大企業と関わりたくないと思っていた自分が。
今では三大企業と深く関わる様になっていて、縁とは不思議な物だと思う。
SAWに関しては懐疑的だが、ヴァンの紹介ならハーランドは信用したい。
まだ見ていないから何とも言えないが、アイツが大丈夫だと言うのならきっと大丈夫だ。
その人と顔を合わせれば、すぐにでも出発しなければならなくなるかもしれない。
そのままお別れなんて正直嫌だが、機嫌を損ねる訳にはいかないのだ。
そうなれば、俺はイザベラに警戒されたまま皆と離れ離れになってしまう。
俺は嫌だった。
家族のように接してくれる彼女との間に。
少しの不和でも残して行くのが堪らなく嫌だった。
俺はギュッと拳を握りながら、ゆっくりと口を開く。
「……俺には家族がいた……父も母も憶えていないが。殺されたと聞かされていた……このバンダナの下には、その時の古傷が残ている」
「……何だい? 急に過去の話なんて……無理に話さなくても」
「――聞いて欲しいんだ。イザベラに」
「…………分かったよ」
イザベラは静かに息を吐く。
そうして、かちりとボタンを押して映像を止める。
ゆっくりと椅子に座り直してから、くるりと椅子を回して俺の方に向く。
片手を差し出しながら、無言で話せと示してきた。
俺は静かに頷きながら、俺の知る過去を全て話していく。
両親が殺され一人になり、選択肢が無い中で軍の所属となって。
二年に及ぶ過酷な教育を施されてから、子供の身で戦場に出て。
多くの仲間を失いながらも、エマという少女から世界の美しさを知った。
彼女と共に何時の日か自由になり、世界を見に行こうと約束をして。
彼女を失い復讐を誓って、色々な視線を浴びながら戦場を渡り歩き。
誰も受けたがらない汚れ仕事も熟してきた。女も子供も関係ない。
世界にとって邪魔な存在は例外なく殺し、俺自身も殺される筈だったが。
俺は最後の任務でただ一人生き残り、仮初の自由を手にして外の世界に出て行った。
「……最初は理由なんて無かった……約束も忘れて、俺はただ死に場所を探しに行こうとしていたのかもしれない……エマから聞いた世界も、仲間たちとの思い出も色褪せて。俺は醜く残酷な人間たちが嫌で、仲間の元に行きたかったのかもしれない……本当は俺は誰よりも弱い。気にしていないように振舞っていても、心の無い言葉も侮蔑の視線も俺の心を傷つけて、その度に刃物で刺されたような心臓の痛みを感じていた……生きる力を失って、最後の任務でようやく楽になれると思っていた」
「……」
イザベラは真っすぐに俺を見ていた。
笑う事も悲しむこともせず。
ただ真剣な目を俺に向けて、黙って話を聞いてくれていた。
俺はそんな彼女に笑みを向ける。
「……でも、今は違う。ヴァンと出会って、俺は生きる意味を見つけた……最初は頭の可笑しい奴だと思っていた。いや、今も思っているのかもしれない……それくらい、アイツは異分子である俺を蔑むことも無く一人の人間として見てくれたから……ヴァンだけじゃない。イザベラもミッシェルも、俺の事を普通に見ている。まるでそれが当たり前のように……不思議だった。何で、そんな目で俺を見てくれるのか。何で、理不尽な暴力を振るわないのか……今なら分かるよ」
「……何でかな」
イザベラは笑う。
微笑むような笑みで、子供を見るような目であった。
「同じだから。同じ人間で、家族になったから――俺たちは対等なんだろ?」
「……気づくのが遅いよ」
イザベラはため息を吐きながらも笑う。
そうだ。俺たちは対等なんだ。
対等であり、仲間であり――家族だ。
俺は姿勢を正す。
そうして、深々と彼女に対して頭を下げた。
「すまなかった。理性を失くしていたとは言え、俺はヴァンもイザベラも傷つけた……言い訳はしない。俺は多分、二人を殺していたかもしれない……一生、俺の事を警戒してもいい。一生、その事実を憶えていてくれてもいい……でも、この謝罪と俺の気持ちだけは忘れないでくれ……俺にとって三人は世界で唯一の存在だ。掛け替えのない大切な仲間で、絶対に手放したくない」
「……だから?」
イザベラは静かに言葉を発した。
それを受けて俺は肩を震わせる。
「……殴ってもいい、見たくないのなら俺は何処か遠くへ行く……でも、俺は三人の事を忘れたくない……母さんと父さんの様に、忘れたくないから……だから」
「……だから?」
「……っ……俺は、俺は……皆の事を……」
らしくない。
だが自然と声が震えた。
これ以上何を言えばいいのか分からない。
頭で考えた言葉はすべて消えていく。
こうじゃない、これではない。
そう何度も何度も思考しながら口を小さく開けて――彼女が笑う。
「――ぷ、あははははは!!」
笑い声が聞こえた。
顔を上げれば、イザベラが腹を抱えて笑っている。
彼女はバシバシと俺の頭を叩いて来た。
俺はそれを黙って受け入れる。
暫く笑っていた彼女は、ゆっくりと俺の頭に手を置く。
そうして、指で目に溜まった雫を拭いながら「あぁ馬鹿らしい」と言う。
「らしくなかったかもね。こんなに警戒するなんてねぇ……私が馬鹿だったよ。お前はお前だ。子供みたいに純粋で、そんな恥ずかしいセリフを素面で言えちまう。同じ酒好きで、見かけによらず傷つきやすい繊細な心の持ち主で……私にとって可愛げのある弟分だ」
彼女は俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。
彼女のゴツゴツとした手は男らしい程で。
しかし、その手から伝わる温もりは何よりも心地よかった。
俺はそれを黙って受け入れながら、静かに言葉を発する。
「……また、家族として……接しても……ぅ!」
彼女が撫でるのを止めてぱしりと頭を叩いて来た。
俺は頭を摩りながら、何をするのかと彼女を見る。
すると、彼女はムスッとした顔をしながら目を細める。
「それ、やめな。一々顔色を窺って聞く事じゃない――家族だ。他の誰かが否定しても、私たち四人は家族だよ」
「……っ!」
俺は目を大きく開く。
俺がジッと彼女を見つめていれば、彼女はコップを取って冷めてしまったコーヒーを飲む。
そして、静かにコップを置いてから窓の外に視線を向けた。
「……私が元Aランクの傭兵だった事は知っているね……何で元なのかは分かると思うが。私はとある任務で失敗して、大きな怪我を負った。それこそ、現代の医療技術でも完全には直せないような大怪我だ……その結果、私は下半身不随なっちまってメリウスに乗れなくなっちまった……笑えるよ。満足に死ぬ事も出来ずに、生き恥を晒したんだから……幸いにも、現役時代の貯蓄があったから生活には困らなかった。ただ私は周りから憐れみの目を向けられた上に、腫れものを扱うように接せられるのがクソほどムカついたよ……怪我が何だ。私は人間で、お前たちと変わらないって言ったやったよ……ま、そんな事を言っても障害者の戯言にされちまう。社会ってのは残酷だね」
イザベラは何でもないように言う。
しかし、俺には彼女の痛みや苦しみがほんの少しだけ分かる気がした。
彼女も俺と同じように苦しんでいたのだ。
それを知って、俺は何もいう事が出来ずにいた。
イザベラはそんな俺には気にせずに話を続ける。
「……何とかして足を動かそうとした。無茶なリハビリも、違法な手術を受けようともした……でも、どれも意味が無かった。リハビリはそもそもが無意味で、手術なんて成功確率は一パーセントも無い……いや、分かってる。足を動かすだけなら幾らでも方法はあった。脊髄インプラントでも埋め込めば日常生活くらいなら問題ないさ……けど、私はどうしても傭兵に戻りたかった。碌な理由もないけど、あそこだけが私の生きる場所だから……絶望したよ。私は一生このままなんだって。もう二度と戦場に出て、戦う事は出来ないんだって……そんな時に、私はアイツと出会った」
「……ヴァンか」
「あぁ、私もアンタと同じだ。酒場で絡まれていた私を助けて、お礼を言って別れようとしてもしつこく付き纏って来た。聞いてもいない事をべらべらと喋って、私については一切聞こうとしない……変わってるよね。本当に……最初は胡散臭いと思っていたし、その癖、チョロチョロと私の周りを付け回してくる。うざったい上に本気で殺してやろうと思っていた時もあった……でもね。そんな風に思っても、アイツだけは周りとは違っていた……アイツは絶対に私に対して憐れみの目を向けない。アイツは安易に私に手を貸したりしない……無神経に見えるかもしれないが。本気で困ってもいない人間を勝手に助けようとする奴とは違う……何時しかアイツを家に招いて語り合うようになって。アイツは私の為に必死になって怪我を治療する方法を考えてくれて……その結果、私は体の一部を機械化する事によって障害を克服した。ここ、触って見な」
イザベラはそう言って背中を触る様に言ってくる。
背中を向けて来た彼女の指示に従うように指で服越しに背骨に触れて……硬いな。
骨のような感触よりも、更に硬い感触がした。
恐らく、脊髄自体を取り除いて人工のものを取り付けてあるのか。
脊髄が損傷したのであれば脊髄インプラントを埋め込むのが早いが。
メリウス乗りとして戦うのであれば、繊細なインプラントでは衝撃などに耐えられない。
だからこそ、脊髄自体を取り除いて丸ごと機械化させたのか。だが……。
「言いたい事は分かるよ。莫大な治療費が掛かった。保険なんて適用しない。そもそも人工脊髄なんてのは合法じゃないからね。正規の医者は扱えない上に、品質がクリアされているものはそもそも市場に出回らない……それでもアイツは私の為に必死で探して、何とか手術できるように手配してくれた……あのお人好しはその上に、金も全部肩代わりしようとしやがった。後で返せなんて言っていたけど、アイツは絶対に忘れるつもりだって思ってね。それだけは絶対に嫌で、貯蓄が全部パーになった上に昔の家も土地も全部売り飛ばして無一文になっちまったが。何とか払う事が出来た……あのバカに何でそこまでするのか私は聞いたよ。何か裏があるんじゃないかって思ったさ……くく、そしたらアイツなんて言ったと思う?」
「……助けたかったから?」
イザベラは笑いをこらえるように言う。
俺がこんな事を言ったんじゃないかと伝えれば「まだマシだね」と言う。
「さぁ、何となく? だってさ……ぷ、あははは!」
「……ヴァンらしいな」
俺は笑う。
ヴァンらしい言い方であり、理由なんて無かったんだろう。
スカウトするつもりだったのかもしれない。
しかし、途中からは何も考えていなかったのか。
ただそうしたいと思っただけなのかもしれない。
アイツらしい考え方で、本当に凄い奴だと思った。
「私は笑ったよ。久しぶりの馬鹿笑いで、そこから私はアイツの事が気にいっちまった。話しのネタで傭兵の派遣会社を作ろうとしているって聞いてね。こんな風にさせちまった責任取って雇ってもらったよ……これが私の過去だ。どうだい、大したことないだろ?」
「……そうか?」
「ふふ、そうさ。大した事なんて無い……過去は過去だ。今が輝いているのなら何だって良い。過去には戻れないが、未来を創っていく事は出来る……こうしてお互いの過去を知って分かり合えたんだ。だから、うじうじ考えないで良い。
コーヒーを飲むイザベラ。
俺はそんな彼女の言葉を心の中で噛み砕きながら。
ゆっくりと自分のコップを掴んだ。
既に冷めてしまっていて熱はまるで残っていない。
それをゆっくりと口に含んで飲んだ。
胃の中へと流し込んでから息を吐く。
苦い。砂糖もミルクも入れ忘れたから。
温かかったものが冷めたせいで苦みも増している。
だけど――今はこれがいい。
苦いだけの飲み物。
しかし、これこそがコーヒーというものだ。
ゆっくりと口角を上げながら「美味い」と一言いう。
イザベラは微笑む。そうして、言葉を送ってくれた。
「その時の熱を失っても、物事の本質は変わらない……感じるままに生きな、ナナシ。少なくとも私は応援するよ」
「……あぁ、そうするよ……良かったら、今夜、飲みに行かないか?」
「お、良いねぇ。勿論、分かっているね?」
「ふふ、あぁ俺の奢りだ……沢山は飲まないでくれよ」
「……ダメだねぇ。そこはどっしり構えてなんぼだよ……よし、教育がてら自分の限界を」
「――やめろ」
俺は真顔で彼女を制す。
すると、彼女はケラケラと笑っていた。
バシバシと肩を叩かれながら、俺は無言でコーヒーを飲む。
そんな彼女の笑顔を見ながら、俺も小さく笑みを浮かべた。