朝から晩まで、ひたすらに操縦テストを行う。
午前中は機体を軽く動かしておき、午後からはシミュレーターによる飛行訓練や射撃訓練を行っていた。
一週間ばかりが経っているが……あまり上達を感じられない。
いや、上手くはなっていると思う。
しかし、その習熟スピードが遅い気がした。
その事についてバーナー博士に聞けば、問題ないと言っていたが……気を遣っているのか。
分からないが、このままでは良くないだろう。
この前も、宿舎にいる先輩パイロットが俺を冷やかしてきた。
やれ、ママの手を借りずに上手に歩けるようになったのか。
やれ、補助輪でもつけるか……はぁ。
別にそれくらいはどうでもいい。
どう思われようと関係ないからな。
ただ、これから災厄戦に向けて力を付けなければいけないのに。
俺だけが成長するどころか弱体化していれば笑い話にもならない。
何時の日か此処を離れてヴァンたちと合流するんだ。
その時までには、何とかしてものにしなければならない。
……だが、実際問題。どうやれば、上達するのかが分からない。
今まで、こんなに便利なシステムを扱った事は無かったからな。
例えるならば、今の老人たちが最先端の機器を使おうとしている場面に似ている気がする。
彼らは自分たちが若かった頃に存在したものは上手く扱えても、現代のものは手に余ってしまう。
それと同じだと思うと同時に、自分がひどく昔の存在のように思えてしまう。
「……何とかしないとな」
自室のベッドで寝転がりながら、俺は対策を考える。
博士は気晴らしに娯楽施設を利用して見たらいいと言っていたが。
こんな気持ちで遊んだとしても楽しむことは出来ないだろう。
シャワーを浴びて、寝間着にも着替えた。
後は寝るだけだが、寝るにしては早すぎる。
端末を取ってから見れば、まだ時刻は九時過ぎで……暇だな。
「……飲みにでも行った方が良いのか……いや、ダメだな」
ぼそりと独り言を漏らす。
誰もいない中で、ぼそぼそと喋っているのは不気味だろう。
自分でそう思ってはいるが、勝手に口から出てしまう。
恐らくは、ヴァンたちから離れて一人になってしまった弊害だろう。
何時もはアイツ等と話をして過ごしていたからな。
「……元気にしているかな」
天井を見つめながら、ヴァンたちの顔を思い浮かべる。
今頃は皆で食事にでも行っているのか。
それとも集まってテレビでも見ながらくつろいでいるのか。
仲良くしているのならそれでいい。そこに自分がいないと思うと寂しいがな。
くすりと笑う。
そうして、瞼を閉じてそのまま寝ようと――誰だ?
部屋のチャイムが鳴る。
誰かの来訪を知らせる音であり、俺はゆっくりとベッドから起き上がる。
そうして、傍に置いてあったマフラーを巻いてからスリッパを履いて歩く。
扉の覗き穴から外を見て……あぁ何だ。
俺は警戒心を解いて扉を開けた。
部屋の外には、ライオットとドリスが立っている。
その手にはジュースが入っていそうな瓶とコップが。
ドリスの手にはバスケットがあり、恐らくは軽食でも持って来てくれたのだろう……気を遣わせたか。
俺は二人を部屋の中に招く。
そうして、椅子を用意してからテーブルも持ってきた。
こうやって集まる時に床に座ったりするのは行儀が悪いだろう。
そう思ってオットーさんにお願いをして、使っていない椅子と机を貰って来た。
普段は折りたたんで収納していて、使う時に用意する。
二人は椅子に座り、持ってきたそれらを並べた。
「これは俺のおふくろが作っているもので……あ、そう言えば言ってなかったな! うちの実家は果樹園をやっててな。こうやって採れたての果物を使ってジュースとかジャムとかを作ってるんだよ……時々送ってくれるんだけどさ。俺はもう飲み飽きているし。良かったら一緒に飲んでくれねぇか?」
「……ありがとう」
「ん? いやいや、俺がお願いしてるんだからな……ドリスは何持ってきたんだ?」
「私は取りあえず軽めのものが良いと思ってサンドイッチを作ってきました……えっと好みが分からなかったので、卵とハムとレタスを使っただけの基本的なものしかありませんけど……良かったら」
そう言いながら、バスケットを開いたドリス。
その中には小さめの三角形に切られた白いパンにレタスやハム、スクランブルエッグが挟まれているサンドイッチが詰められていた。
シンプルな料理だが、丁寧に作っているからこそ統一感があり一切の汚れが無い。
俺は美味そうである事を伝えれば、ドリスはくすりと笑う。
ライオットはポンとコルクを抜いてからトクトクと中身を注ぎ始めた。
見れば、綺麗な紫色であり漂ってくる匂いからしてぶどうジュースであると分かった。
「零すなよ」
「あぁ……良い匂いだな……うん、美味い」
「お、気に入ったか? もしそうなら何時でも言ってくれよ。おふくろは喜んで送ってくれるからさ」
香りを嗅げば果実の豊かな香りがしてきた。
新鮮なぶどうを使っているからこそ、匂いだけでも幸せを感じる。
ゆっくりと口をつけて飲めば、口にスッキリとした甘さが広がって行った。
くどくはない。甘さだけでなく、ほのかな酸味も感じられた。
全体的にスッキリとしていながら、確かな存在感がある。
下で転がしながら飲み。ゆっくりと胃の中に流して、素直な感想を零した。
すると、ライオットはご機嫌な顔でドリスと自分のグラスにも注いでいた。
俺はドリスに頂く事を伝えて、バスケットからサンドイッチを一つ取る。
手に掴めばとても柔らかい。
ふにふにとしているが、僅かに弾力も感じられた。
塩はいるかと聞かれて、俺はそれは不要だと断る。
折角作ってくれた料理に手を加えるのは失礼な気がしたからだ。
俺は口を開けてから、それを一口頬張った。
シャキシャキとしたレタスは瑞々しく。
ハムのほどよい塩気と合わさり、噛めば噛むほどに互いが引き立て合う。
スクランブルエッグの味付けは、塩コショウくらいだろうか。
しかし、このサンドイッチにはシンプルな味付けが抜群に合う。
夜食であるからこそシンプルにしていて、胃を刺激するものもないから優しい味だ。
後味もさっぱりとしていて、サンドイッチを食べて少し乾いた口をぶどうジュースで満たす……最高だな。
俺がサンドイッチを食べてジュースを飲んでいれば、二人から視線を感じた。
ゆっくりと視線を向ければ、二人は安心したような笑みを浮かべていた。
俺は首を傾げながら、どうしたのかと二人に尋ねる。
ライオットは頬を掻きながら、言いづらそうに話す。
「……いや、そのな……ナナシがテストをしている所を見ていたんだ……その……結構苦戦していた上に、先輩たちがお前の事を揶揄っているのを見て……何か、スゲェムカついてさ……お前の事が心配で、ドリスと一緒に励まそうって思ってたんだけど……飯食ってるお前を見て、その必要は無かったなって安心したよ。なぁ?」
「……はい。最初は嫌になって此処から出て行ってしまうんじゃないかって不安だったんですけど……やっぱり強いですね。ナナシさんは」
「……まぁ少しは気にしているが……別に苦痛に感じる程じゃないからな……それに、実際に揶揄われるほどの技術だから仕方がないと」
「――それは違うだろ!」
俺が揶揄われても仕方のない事だと伝えれば、ライオットは否定してきた。
俺は何をそんなに熱くなっているのかと見れば、ライオットはゆっくりと説明を始める。
「……いや、確かに失敗はしているぜ? でもさ、それは当たり前だろ……だって、ナナシはこれが初めてじゃないのか? 俺たちが普段から使っている操作システムじゃなくて。多分だけど、古いタイプのものを使っているんじゃねぇのか?」
「私もそうじゃないかと思いました。でなければ、仮にもDランクの傭兵さんがただの歩行テストで操作を誤る筈なんてあり得ませんから……Eランクは登録さえ出来れば、誰でもなれますけど。Dランクに上がるには、幾つもの任務を完遂して生き残る必要があります……ナナシさんが本当にDランクの傭兵なら、私たち以上にメリウスの操作が上手いはずです……だから」
「……そう思ってくれるんだな……確かに、脳波リンクアシストもフリーハンドオペレーションも初めてだ……軍人時代はそんなものは無い物だと思っていたからな」
俺は乾いた笑みを零しながらそう言う。
そうして、ぶどうジュースを飲んだ。
やはり美味い。丁寧に作られたこれからは、上品な甘みが感じられる。
さぞや名のある果汁園だと思いながら、俺はお代わりを貰おうとして……何だ?
ライオットとドリスを見れば、何故か目を丸くして固まっていた。
何をそんなに面食らっているのかと思いながら。
俺はグラスを置いてから、二人の顔の前で手を振った。
すると、二人は正気に戻って顔をグイッと此方に差し出してきて早口で質問をしてきた。
「ぐぐぐぐ軍人ッ!? おま、お前! お前って元軍人だったのか!!? どこ、どこの――いや、何歳なんだ!?」
「元軍人のパイロットで傭兵さんですか!!? ななな何で!!? どうして黙っていたんですか!!?」
「……落ち着けよ……別に大した事じゃないだろう……年齢はたぶん二十歳だ。カメリア青騎軍に八年ほど属していた」
「「――!」」
俺がぼそりと説明すれば、二人はわなわなと震えていた。
そんなに驚く事かと見ていれば、ライオットは顔に手を当てて震え始める。
「は、二十歳だって? 嘘だろ。俺とそんなに変わらねぇじゃねぇか……八年って。え、十二歳からパイロットを? それも”世界最強”のカメリア青騎軍で?」
「……Dランク……もしかして……あのナナシさん。傭兵に登録したのは何時ですか?」
「……まだ半年も経っていないな……それがどうしたんだ?」
「……あ、あり得ない……最低でも、一年は掛かる筈なのに……半年も経っていないのに、昇格したんですか?」
二人はぷるぷると震えている。
そして何故か、俺のことを化け物を見るような目で見ていた。
俺は訳が分からないと思いながら、お代わりをくれと言う。
すると、ライオットはいそいそと俺のグラスにジュースを注いでくれた。
「……なぁ明日って休みだよな?」
「ん? あぁ確かそうだったな……何だ?」
「……なぁドリス。俺、すっげぇ興味が出て来たんだけど……お前は?」
「……奇遇ですね。私もです……あそこに行きましょうか」
「あぁそうしよう……てことでナナシ。明日の夜は俺たちに付き合ってくれないか?」
「……? まぁ、別にいいが……何処に行くんだ?」
「ふふ、着いてからのお楽しみだ……俺たちにとってもな」
「ふ、ふふふ」
意味深な言葉を吐いたライオット。
ドリスも笑っており、俺は何なんだと思っていた。
何処へ連れて行き何をさせようというのか……ダメだ。さっぱり分からん。
俺は少しだけ明日を不安に思いつつ。
黙々とサンドイッチを食べてジュースを飲む。
こいつら二人は悪い人間じゃない。
いや、寧ろ良い奴らであり、俺の事も気に掛けてくれていた。
だからこそ、悪いようにはされないだろうが……何で笑っているんだ。
まるで、獲物を見るハンターの目で。
妖しげな光を発する瞳に怯えながら、俺はたらりと汗を流していた。