ゆっくりとレバーから手を離す。
コックピッド内の灯りが小さくなり。
私は静かに息を吐いた。
シミュレートを終えてハッチを開く。
ベルトを外してから外へと出れば、ミッシェルが立っていてタオルを差し出してきた。
私はそれを受け取って汗を拭いながら、新装備の感想を零す。
「威力はかなりのものだね。ただ取り回しに難点がある。大型のものだからね。メリウスの機動力を損なうものだったら、ただのデカい的だよ……そうだね。武装自体に取り付けるスラスターの出力を上げるか増設するのはどうだい? ”コア”をつけるんだったら、出来るだろ」
「……そうだよね。うん、姐さんの言う通りだ……ただ、スラスターを増設したりするんならその分のエネルギー消費量も馬鹿みたいに跳ね上がるからなぁ……かなり稼働時間が短くなるよ? 攻撃分とスラスターの分で、かなり燃費が悪くなる」
「構わないよ。元々、長期戦向きのもんじゃないからね。ただ、最低でも30分は稼働して欲しいね。でなきゃ、話にならない」
「……それくらいなら、何とか……精度はどうだった? こっちから見てたら、若干、狙いから逸れてたように見えたけど」
「そうだね。まだ慣れていないのもあるだろうが……ターゲットシステムを修正してくれるかい? やや、右下に流れてた……左に0.5、上に1ってところだろうね……バレルが長いから、風の影響は受けやすいが。まぁそれはどうとでもなる」
細かい所まで伝えるのは申し訳ないが。
メカニックであるミッシェルにとっては細かければ細かいほどいい。
曖昧に答えられるのがメカニックにとって一番困ると私は知っている。
ミッシェルはボードにさらさらと修正点を書き記す。
それを見ながら、私はこの子が生み出そうとしている兵器を思い出す。
大型の武装であり、メリウスよりも巨大なアレはほぼ強化パックのようなもので。
アレが完成し実戦で使えるようになれば、それこそジャイアントキリングも夢じゃない。
ロマンが詰まったような見た目は、恐らくはこの子の趣味だろう。
ヴァンといいナナシといいミッシェルといい……まぁ私も嫌いじゃない。
私たちが話し合っていれば、ケージの下から声が聞こえて来た。
そっちに視線を向ければ、カーキ色の繋ぎをつけた黒いアフロ頭のひょろ長い眼鏡の男がいた。
「せんぱーい! ヴァンさんが手配してくれたパーツ届きましたけどー! 何処に置けば良いですかー?」
「おう! それはすぐ使うから奥へ持って行ってくれー! それと、また色々と手を加えるから、イヴとアニーに機材の準備をしておくように伝えておいてくれよー!」
「えぇぇ!!? 嘘だろ……わ、分かりましたー!」
アフロの男は怯えたような声を上げる。
しかし、ミッシェルの顔を見てびしりと敬礼し走って行く。
格納庫の扉は開かれていて、パーツを積んだトラックが入って来る。
ミッシェルはそれを見ながら、くつくつと笑っていた。
「……あまり無茶はするんじゃないよ。パイロットより、メカニックの方が大事なんだ」
「……それは違うぜ、姐さん。メカニックはパイロットの願いを叶えてこそだ……心配いらねぇよ。ナナシが帰って来るまでは倒れる気なんてねぇ。俺のアンブルフがどんな姿になって帰って来るか……楽しみで仕方ねぇんだ」
「……そうかい……なら、見守っておくよ」
私が笑みを浮かべながらそう言うと、ミッシェルはにしりと笑い親指を立てる。
傍に置いてあったパソコンをカタカタと叩き、静かに頷く。
そうして、早速、私が提示した修正案を纏めた紙を持ってケージを降りて行った。
私はそれを見てから、広い倉庫内をぐるりと見渡す。
元々は大手の物流センターが管理していた倉庫であり。
半年前まで管理されていただけあって、手入れが行き届いていた。
埃は若干溜まっていたが、そんなのは関係ない。
メリウスなども保管していた様であり、残っていた機材の使用許可も貰っている。
後必要だったものは、ヴァンが手配をしてレンタルしてきた。
ミッシェルは此処で店をやっているという後輩のメカニックたちを連れて来た。
彼らも仕事という仕事が無く暇をしていたようで、ミッシェルからの仕事も二つ返事で了承していた。
もしも、ミッシェル一人でアレを作ろうと思えば、かなりの時間が掛かっていただろう。
運が良かったと言うべきなんだろうが……腕のいいメカニックたちだね。
ケージの柵に手を置きながら、奥の方に鎮座するそれを見つめる。
銃の形をしたようなそれ。
メリウスの武装としてミッシェルが開発したそれは、十五メートルのメリウスを遥かに凌駕するほどに大きい。
全長25メートル、軽量級のメリウス二機分の重さを有しており。
エネルギー兵器として運用する為に、武器自体にコアを取り付けてある。
高級な”ハイエネルギーライフル”であり、アレ一つで新品のメリウスが買えるほどだ。
対災厄戦に備えて、ミッシェルが隠れて設計していた代物で。
シミュレーターでその化け物じみた威力は既に経験済みだ。
正直、アレだけのものなら狙い何て少し外れても関係ない……それだけ威力が規格外だからね。
並のメリウスどころか。戦艦級のバトルシップであろうとも、一瞬で装甲を溶かされる破壊力。
今までにないエネルギー増幅システムを組み込んでいる。
あの後方に取り付けられたシリンダーは合計で三つもあり。
バレルの方に近づけば回転の速度が上がる様に計算されていた。
三つのシリンダーを稼働させ、その回転数を細かく調整する事により。
エネルギーの不純物を最初のシリンダーで取り除きながら、安定性を損なうことなく濃度を高めていく。
精製液を注入するタンクにも工夫があり、不純物を取り除きやすい状態を保つのは勿論の事。
特殊な管を通る時には、精製液の温度を急激に温める事によってエネルギーの精製率を九十七パーセントにまで安定させている。
通常、精製液は一定の熱を持つ事により活性化しエネルギーになるが。
熱を加え続ければ濁りが生まれ不純物が出て来る。
そうなればエネルギーの精製効率は格段に悪くなってしまう。
メリウスの長時間稼働はそれだけリスキーであり、エネルギー兵器に関してもその理論は当てはまる。
だからこそ、通常はギリギリまで冷やしたものを流し込み運用していくんだが……あの子は天才だよ。
極限まで冷やしたものを武器から独立したタンクで保管し、管を通る事で一気に熱を持たせる。
それにより、あの武器に供給されるものは状態が良く。
元々持っている不純物も、あの特殊なシリンダーによって除去される。
どんなに優れたエネルギー兵器やメリウスであろうとも、精製率は精々が八十パーセントから九十パーセント未満だろうさ。
ただ弱点があるとすれば、バカみたいにエネルギーを食う上に、チャージするまでに三分ほどの時間を有する事だ。
メリウスでの戦闘において三分の間、無防備になるのはかなりマズい。
その事に関しては最初の段階で指摘しているから、今後、改善していくだろうが……どうなる事やら。
そして、何より問題なのは大型の武装ゆえに取り回しも悪い事だ。
スラスターが無い状態では動かす事もままならないもので。
これを持ったまま戦うのであれば、護衛をつけるか強力な防御装備を付け足すか……或いは、機動力自体を上げる必要がある。
「守られるのは性に合わないし……ま、何とかなるか」
ミッシェルの口ぶりからして三十分は動かせるようにするだろう。
最低でもそれだけあれば十分だ。
武装が使えなければ、勿体ないように思うが早々にパージすればいい。
元より、対災厄戦用の武装であり、失ったところで……ミッシェルは泣くかもね。
あの子がわんわん泣いている姿を想像してくすりと笑う。
まぁでも、機動力が上がったとして発射する弾の数を考えるのであれば、最大で……五発も撃てれば良い方だろうね。
SAWから提供された写真で見る限りでは。
敵は人型をした超大型の何かであり、こいつはそういう相手ならば十分に威力を発揮できる筈だ。
ただし、そいつを実際に見なければ分からない事もある。
もしも、あの巨体を飛べたり凄まじい速さで動けるのであれば……いや、それはない。
論理的に考えて、あんな巨体が縦横無尽に動ける可能性は低い。
そもそも、それほどに動けているのであれば記録に残せる事自体おかしくなる。
だからこそ、敵は基本的に陸上で移動する個体で。
不安要素があるとすれば、街を壊滅させるほどの何かだろう。
どうやって街の人間を虐殺したのか。
そして、SAWや異分子の国の兵士たちとの戦いでどうやって逃げ延びたのか。
……アイツ等はその情報を渡してこない……いや、まだなんだろうさ。
いよいよ戦う時になれば、情報を開示するだろう。
それほどまでに、奴らは何かを警戒している。
恐らくは、情報が漏れた第三の勢力が介入する事でも警戒しているのか……災厄ってのはそれほど重要な存在か。
それらが分からない事の中で、重要な懸念事項だろう。
的が大きく鈍重である事が分かっていても、その武装が何か……警戒のし過ぎは無いね。
兎に角、一定の距離を置きながら此方は攻撃を仕掛けるだけだ。
近接戦何て以ての外であり、そんな事をするのは馬鹿しかいない。
得体の知れない相手と戦う時は、距離をおいて観察するのがセオリー。
多分だが、戦いの慣れた兵士であれば、私のように立ち回るだろうね。
言い方は悪いが、馬鹿にも利用価値はある。
そいつらが攻めて行ってくれるお陰で、私たちはじっくりと観察が出来る。
時間があるのなら、全ての武装を見て弱点を割り出して……そこまでは上手くいくかどうか。
「……得体の知れない化け物……面倒だね」
金が見合っていなければ、絶対に受けようとは思わない。
いや、どんなに金を多く積もうとも、敵の情報が少なすぎる。
私が受けたのは、ナナシという存在がそれに関わっているからだ。
アイツの秘密を暴くつもりは無いが、それでアイツの目的とやらに近づけるんだったら……恩を売っておくに越した事は無い。
私は小さく笑う。
そうして、此処にはいない弟分の顔を思い浮かべる。
アイツは律儀な奴だ。
受けた恩は一生忘れない。
だからこそ、私は奴に恩を売って置く。
この先で何が起こるか分からない上に……嫌な気配を感じる。
私の勘は、悪い時にはそれなりに当たる。
外れてくれればそれでいいが、もしも万が一、ヴァンやミッシェル……ナナシに何かあれば。
「……恩を返してくれって言えば……アイツも私の話を聞く気になるだろうさ……我ながら卑怯な女だよ」
卑怯で結構。
例えそれでナナシに疎まれたとしても、私は最善の選択を取る。
家族を守る事、仲間を導く事……それがヴァンとコージの望みだから。
瞼を閉じれば、今はもういない仲間たちの顔が思い出せた。
楽しい日々であったが、もう彼らはいない。
遠くへ行った奴、喧嘩別れした奴……今を見ろ。
ゆっくりと瞼を開ける。
視線の先では、ミッシェルが後輩に指示を飛ばしていた。
私はくすりと笑ってから顔を引き締める。
そうして、休憩を終えて、もう一度コックピッドの中へと入って行く。
止まっている暇は無い。
過去を思い出す時間も無い。
時間は有限であり、私のこれまでの人生の中で一番になるかもしれない脅威が迫っている。
ハッチを閉じて、シミュレーターを起動しようとする。
コックピッド内に光が溢れていく中で、私は口角を上げる。
「災厄だろうと関係ない。家族を傷つける奴らは――容赦なくぶち殺す」
視界に広がる荒野。
右手にはハイエネルギーライフルである――”カグツチ”が握られていた。
大地が揺れて、コックピッド内に僅かに振動が伝わって来る。
遥か彼方より歩いてくるのは、黒い靄に包まれた巨大な人型で。
私はレバーを握りしめながら、スラスターを噴かせて一気に上昇した。
リンクした武装を奴へと向けながら、私はエネルギーをチャージしていく。
シリンダーが激しく回転し、碧い光が迸る。
甲高い回転音が響き渡り、周りの景色が僅かに揺れる。
まるでサウナの中のように、空間が歪んでいるように見えた。
熱い。本物はもっと熱いんだろうさ――良いじゃないか。
熱を持ってこそ武器だ。
冷めたもんを振るっても、心が湧き躍る事は無い。
体をじりじりと焼くほどの熱を感じて、機体全体が揺れるほどの衝撃を感じてこそ――心躍るってもんさッ!
チャージは完了した。
私は笑みを深めながら、カチャリとボタンを押す。
その瞬間に、濃度を増したエネルギーの塊が放たれた。
太い線となって放出された濃い青色の光が一直線に進み。
機体全体が激しく揺れて、武器に取り付けられたスラスターが稼働し懸命に武器の位置を固定させていた。
眩いばかりの光。それが徐々に収まって行って――見えた。
「……本当に、おそろしいね」
そこには何も無い。
半ばから消されたそれ。
燃えカスのようになった黒い靄がチリチリと消えていく。
触れた地面は真っ赤になってドロドロになっている。
まるで、宇宙から巨大な隕石が落ちて来たかのようなクレーターが出来上がっていて。
私は何度目かになる光景を目に焼き付けながら、乾いた笑みを零していた。
何度見ても慣れない。
こんな化け物じみた破壊力の武器を未だかつて見た事が無い。
これであれば勝てる。
どんなに恐れられた過去の伝説であろうとも、一発でも当たれば必ず。
油断も慢心もしていない。
ただ純粋に勝利を確信しているだけだった。
それほどまでに、目の前の光景は圧倒的で……私は声を発した。
――まだだ。本物はこんなにやわじゃない。
音声コマンドにより、敵の情報をアップデートしていく。
攻撃を仕掛けてこなかったから、最初の設定に戻ってしまっていたのだろう。
敵の装甲強度を高めて、遠く離れた敵をすぐに視認するようにして。
攻撃パターンも弄っておき、より強力な敵を作り上げる。
何が起きるかは分からない。警戒のし過ぎ何て絶対に無い。
どんなに強い敵であろうとも倒せるだけの準備を……私は災厄という存在に怯えているのかもしれない。