辺りが急に暗くなる。まるで大雨――いや嵐が迫っているかのよう。でも、ついさっきまで空は眩しいほどの晴天で、青空が広がっていた。私たちだけでなく、周囲にいる多くの人が不安そうに空を見上げる。
雲はどんどん厚みを増して黒くなり、風もますます強くなっていく。人々の不安が最高潮に達しようとしたその時、つい昨日聞いたドラゴンの咆哮が上空から響き渡った。
「うそっ……」
隣にいるアンバーが、顔を真っ青にしながらかろうじてそう呟く。
全身青系統の体色のドラゴンは、その巨躯をひねりながら、モンド城の上空を屋根や風車すれすれの超低空飛行で飛んでいく。すぐ近くを通る度にその風圧が襲いかかってくる。昨日とは違い曇天の下で見ているため、鱗が輝いて神秘的な雰囲気が出たりはしておらず、ただただ、城塞都市を襲っている恐ろしい巨竜でしかない。
騎士であるアンバーも、他の人たち同様空を見上げて突っ立っている。でも、現状ドラゴンは上空を〈風の翼〉での滑空以上の速さで飛び回っているため、何も打つ手がない。決して立ちすくんでいるわけではない。……多分。
「うぉっ! なんか……ヤバそうだぞ!」
これまでずっと叫んで威嚇しつつ低空飛行していたドラゴンが、突然空高くに飛び上がって静止して、何やら集中しはじめた。元素の力に触れてまだ日が浅い私にも解る。かなり濃密な元素の力がドラゴンの周りを渦巻いている――!
「おいおいおいおい! ヤバイぞ!」
「逃げるよ!」
集中させた力を解き放ちつつ、ドラゴンは翼を大きく広げて甲高く叫ぶ。
すると上空から何本もの竜巻が落ちてきた! 竜巻は何本もあってモンド城の様々な場所に落ちて、その周辺の窓ガラスや外壁を破壊したり、特徴的なオレンジの屋根瓦や植木、看板や紙など多くのものを巻き込みながら吹き上げる。
多くの住民が逃げ惑うが、正直どこに逃げたら安全、というものはない。強いて言うなら城門の外には今のところ竜巻が見当たらないから出るのが良いんだろうか。とにかく近くの竜巻から離れて巻き込まれないようにして、飛んできた物にぶつかってケガをしないように――!
「――走って!」
アンバーの叫びを受けてかそれと同時か、私たちは全力で城門の方へと走り始めた。なぜなら、まさに私たちの真上から大きな竜巻が落ちてきたから――!
――あ、これはマズいかも。
竜巻に引き寄せられ足が宙に浮く。「蛍!」気づいてくれたパイモンが全身で引っ張ってくれるけど、悲しいかな非力なパイモンでは抵抗もできずそのまま私と巻き込まれて上に――!
「うわーー!」
「パイモン! バラバラになる方が危ないからしっかり捕まってて!」
「わ、わかったぁ!」
パイモンがお腹にぎゅっとしがみついてくる。私の行動をあまり邪魔しない場所だありがとう! 腕とか足だとバランス崩れるし、首とか髪だと純粋に危険だから本当に助かる。
風の強さと飛来してくる様々な物から守るためにも眼を開けることは中々困難だし、その上でもみくちゃになりながら吹き飛ばされているから単純に危ないしもはや上下の感覚すら解らない! とにかく、今は吹き飛ばされているのだと信じて、進行方向が上だと考える!
ふっと暴風の影響を受けなくなるタイミングがあったのですかさず風の翼を展開する。
「うわ……これは……」
モンド城のあちこちに大きな竜巻が落ちて猛威を振るっていることが、上空から見ることでよりはっきりと理解できて絶句してしまう。城塞都市ゆえに横からの攻撃にはめっぽう強いけれど、上からの直接攻撃には無防備であることが露呈している。――というか上空からの攻撃に対処する方法なんて都市に着けることは非常に難しいんだけども。城壁や高台から飛んでいる敵を打ち落とすとか、そのくらいしか出来ることが少ない。
「風の翼をしまえ!」
「え? なん――きゃあぁっ!」
背後から凄い圧を感じると思った次の瞬間、猛スピードでドラゴンが私たちのいた場所を通り過ぎていった。……パイモンの指示に従っていなかったら派手に激突されて深刻なダメージを負っていたことだろう……。翼を一時的に閉じて急降下したことで事なきを得たけど、ドラゴンの脅威はまだ去っていない。一体どうすれば……。
「あれ? 風の翼って……こんなに長時間滞空できるのか?」
え? ……確かに。さっきアンバーに付いていく形で使った時はあくまで「滑空」であって、滞空なんかは出来なかった。それなのに今は落ちることなく、どころか私の意志で上昇すら可能だ。これは……?
「落ちないように、ボクが千年の流風に助けてもらったんだ……」
「うわぁ! この声……誰だ!? 一体どこから!」
「まぁまぁいいから。ほら、あの龍を追いかけて。」
直接脳内に響くような――違うな、遠くから風に乗って届いてくるような、優しい男の子の声が突然聞こえてきた。声の正体は不明、目的も不明、内容もわざとはぐらかしているようで何を言っているのか分からない。
ただ、このタイミングで私たちを助けているような口ぶりなので、おそらく味方なのだろうと判断する。
「想像してみて、この風を集中させるんだ。雲を突き破るようにね……」
「風?」
私が風の翼を使ってドラゴンを追いかけることが出来ているのは、下から吹き上げてくる気流のおかげだ。進路変更はもちろん重心の移動など自分でしなければいけないけど、上下の移動に関しては私が上に上がりたいと思うだけでそれに呼応して上昇気流が強くなって私の身体を上げてくれる。
――私の意志で、風を自由に操ることができるならば。
「雲を……突き破るように!」
「おぉっ!」
濃密な風元素のエネルギーを手の内に集め、発射する。
これまでに何度か使ってきた風元素攻撃とは比べものにならないほど強力な攻撃だけど、不思議と自然に撃つことが出来てしまった。今まで自力で撃ってきたものは、一度撃つともう一度元素の力を集中させるのに時間や集中力を必要としたのに対して、今回のはそういったものが一切ない。ただやろうと思えばできる。それだけ。
……なんだろう、リスクなしでこんなに強力な攻撃ができるのは少し怖くもあるな。
「効いてるっぽいぞ! この調子で連射しようぜ!」
「うん、大丈夫そうだね。それじゃがんばって」
――この声、どこかで聞いたことがあるんだけどな……いつ聞いたんだろう。
とにかく、今は「この攻撃でドラゴンを倒すのが先決ってことだよね!」
「やれやれー! ――うぉわぁっ! きゅ、急にどっかに逃げちゃったぞ……! 追いかけるか?」
「いや、とりあえず追い払えただけで良しとしよう。それに……私に纏ってた風の力が急になくなった。ほら、普通の風の翼の性能になったから高度がだんだん下がっていってる」
「お? たしかにそうだな……。残念だ。もうちょっとな気がしたんだけどなぁ……」
「アンバーのところにこのまま戻ろうか。――高すぎて全然見えないけど、アンバーがどこにいるか分かる?」
「じゃあ、先にオイラだけ下に行って探してくるぜ! おまえは危ないから風の翼は広げたままにしとけよな!」
今まで見たことがないようなスピードでパイモンが急降下していった。自由落下の力もあるだろうけど、パイモンってあんなスピード出せたんだ……。
――さて、これでしばらく暇な時間ができたから考えるくらいのことはしよう。今は風の翼を広げて、バランスを取るために両腕を広げていることしか他には出来ないから。
まず1つ。今回の出来事で、モンドの面倒なゴタゴタに巻き込まれる可能性が非常に高くなってしまったこと。本来ならアンバーのような騎士団が対処すべき事案を、よりにもよって身分を証明できない余所者である私が解決してしまったことで、否応なくモンドの政治や防衛の深いところと関わらざるを得なくなったであろうこと。それが良い方向に転がるか悪い方向に転がるかは分からないけれど。
そしてもう1つ。モンドにおいてドラゴンという特異(であろう)存在とは出会ったけれど、ここまでの大事件になってなお、風神とは出会えていないということ。さっき風に乗って届いた声が風神のものである可能性は高いけれど、姿を見せる気はないことの裏返しともとれる。しつこいくらい繰り返すが、私がパイモンの勧めでモンドに来たのは、風神に話を聞くなどして、お兄ちゃんやお兄ちゃんを連れ去った神についての情報を聞くためだ。それが達成できそうにない。
はぁ……。当初の目的が達成できそうにないのに、問題は次から次へと山積みになっていってる感じがする。それも、私のあずかり知らぬところで。
元々私は旅人だし、きままに旅をすることも、道中で出会った人の頼み事を解決することも日常で、大して苦には感じない。ただ昨日今日はあまりに色々あったし、おそらくこれから数日は怒濤の日々になるであろうことを考えると、少しだけ憂鬱な気分になる。
「見つけたぞー! 大聖堂の前の、でっかい風神像の近くだ! おまえのことをすっごく心配してたし、早く元気な姿を見せてやろうぜ!」
「ありがとう。すぐ行く」
まぁ、あまり先のことばかり考えて塞ぎ込むのも良くないか。とりあえずは目先のことを考えよう。例えばアンバーに心配かけちゃったからどう謝ろうとか。
大聖堂も風神像も大きいので、上空からでもよく見える。というか、パイモンを待っている間にそれなりに高度は下がったし。暗い気分になったときにすぐに明るい雰囲気にしてくれる、ムードメーカーや精神安定剤のような役目を果たしてくれるパイモンの後を追って、アンバーの元へと滑空する。――実はかなりパイモンに助けられていて、感謝もしていたりする。伝わっているかは怪しいけど。
風魔龍:モンドを席巻するハリケーン