「扉に元素力を流すと開くの。準備はいいわね?」
そう言ってアンバーは扉に手のひらを置くと、両開きの扉はひとりでに開いた。
扉の向こう側は満天の星々のようで、白や青、赤色などの大小の光が黒い空間の中で光っている。ただそれだけの空間が広がっているようにしか見えないので、事前に聞かされているけれど、とてもこの先に神殿が広がっているようには感じられない。
「うわぁ――きれいだなあ!」
「これは秘境に行くためのワープゲートよ。場所によっては、こういった入り口だけが野外の隅っこにあったりするの。さあ、早くしないと扉も閉じちゃうし先に入るから、あんたたちもすぐに続いてきてね」
「あっ、おい待てよ――!」
行っちゃった……。というか、中に入るとすぐにすっと見えなくなった。「ワープ」だと聞いていたからこういう感じかなと予想はしていたけど、いざ目の前で人が消えられるとやっぱり怖い。
「お、オイラたちも行くぞ! ……た、ただ、手は繋いでおこうぜ? はぐれると困るしな。決して! 怖いとかじゃないからな!」
「ふふ、分かってる分かってる」
――神殿内部は不思議な石造りの空間だった。
床や壁、天井に至るまで一枚岩の石で細かな装飾が施されている。内部は松明や謎の淡い赤色に発光する石などで、ある程度の明るさが保たれていて視界に困ることはない。
ちなみに、後ろを振り返っても壁しか広がっていない。あの夜空のような不思議な空間はもう見えず、もう引き返すことは出来ないんだなと実感する。
「あ、来た来た。こっちこっち」
正面にある大きな扉のほど近くでアンバーが手を振って待ってくれていた。その脇には、胸ほどの高さがある――石でできた立方体? が斜めになった状態で床から生えている。
「この操作台を使うと、扉が開くの。扉だけじゃなくて、色んな装置を作動させることも出来たりする。秘境にはよくあるものだから、覚えておいてね。多分明日ガイア先輩やリサさんと一緒に行く秘境にもあるだろうし」
そう言いつつアンバーは操作台に手を置くと、扉が入り口のように淡い青色に発光し、ゆっくりゴゴゴ……と開いていく。下・右上・左上の3つのパーツごとにスライドして収納する形だった。その動きは予想外だったな……。
「んん……? 何この景色……」
「ん、どうしたんだ?」
「前にここに来たことがあるんだけど……その時と全然景色が違うの」
「ええっ! じゃ、じゃあ、お前も道が分からないってことか!?」
「まあ、前に来たって言っても結構前の話だから道なんて覚えていないんだけどね」
「おい」
へへっと照れくさそうに頭をかくアンバー。可愛い。
とっくに仕事モードに入っているはずなのにこういった仕草を見せてくれるのは嬉しい。――私たちが緩すぎて、それに引っ張られただけという可能性は意識的に除外する。だって、もしそうだとしたら私はもうあのカッコいい仕事モードのアンバーを見られないということになるから。
「とりあえず、先に進むしかないわね。魔物に注意して慎重にね」
扉の先は、不思議な空間だった。本当に、不思議の一言しか浮かばない。
一応、さっきの部屋と同じように石造りの床や壁ではあるんだけども、天井が完全に無くなった。壁も大半が崩れていて無いところすら多々あり、まさしく「古代遺跡」といった感じ。空はぼんやりと赤く、上から何本か太い光の柱が射している。霞がかった様子で、上空の様子を伺い知ることは出来ない。異界に来たということをゆっくりと実感してくる。
ちなみになぜか神殿内にはトゲの鋭いツル草があちこちに生えていて、アンバーが目に見える箇所は全部燃やしてくれている。
正直全部スルーするつもりだったけど、目ざといパイモンの「宝箱をツルが絡まってるせいで開けられないぞ!」という言葉により一掃することに決まった。ちなみにその後すぐにツル草のせいで通行が困難な道もあったからこの判断は正しかったと思う。私は炎の力を持っていないので全てアンバーに任せている。
「行き止まりか?」
「いや、下に部屋があるね。――ヒルチャールもいる」
「ついに戦闘か!」
「パイモンはここで待っててね」
私は風の翼を展開してヒルチャールの真上まで行くと風の翼を閉じ、まだこちらに気づいていない目標の頭に向けて剣を振り下ろした。
「ナイス! わたしの援護はいらなかったみたいだね」
「一体くらいなら問題ないよ――待って、何この音?」
遠くから「ブオォォォ――ン」と非常に低い音が響いてくる。
「まずい! 角笛の音! きっと、さっきの戦闘のせいで気づかれたんだ」
「い、いっぱいいるぞ! 4体だ! それに、みんな盾と棍棒を持ってる!」
焦った2人の声。特に上から状況を伝えてくれるパイモンの声には本気で私たちの身を心配してくれているのが伝わる、でも私はなぜか非常に冷静だった。普段と違ってアンバーという仲間と一緒に戦っているからだろうか。なんとかなるという気持ちが強い。
ほら、今もアンバーは自信に満ちた顔。
「でも……こういう状況に陥った時のために秘密兵器を用意してきたの。その名も――爆弾人形『ウサギ伯爵』!」
「……何それ」
「エヘヘ、かわいいでしょ?」
いつの間にかアンバーの手には、ウサギの耳が生えた人形――ぬいぐるみ? があった。いや、50センチ以上の大きさがありそうだから、「持っている」よりも「抱えている」の方が表現として適切か。
大きなウサギの耳をつけたその人形はどことなくアンバー本人を思わせるデザインで、人型であり、赤を基調としたデザインの服を着せられている。かわいらしくデフォルメされた顔に、アンバーとおそろいの黒に近い茶色のロングヘアー。手足の先やお腹は白い生地で作られてて、首元の白いもこもこと合わせて、非常にこだわりを感じるデザインとカラーリングだ。
そんなかわいいぬいぐるみなんだけど――「爆弾人形」?
「頼んだわよ~」
「えっ」
おもむろに、アンバーはウサギ伯爵を通路からやって来るヒルチャールの群れの中に投げつけた。
ウサギ伯爵はなんとその場で二本脚で立ち、ぴょこぴょこと可愛らしく踊り始め、ヒルチャールたちは不思議そうにそれを眺めはじめた。――なんだこれ、何を見せられてるんだろう、私は……。
「へんっふん~♪ 見ててね?」
アンバーがパチンと指を鳴らすと、ウサギ伯爵は即座に爆発し、周囲に群がっていたヒルチャールたちを巻き込んだ。致命傷とはいかずともかなりの大ダメージを受けたようで、木製の棍棒や盾も燃焼し捨てざるを得ないようだ。
……いや、「爆弾人形」と聞いていたからこうなるんじゃないかと予想はしていたけどね? でも、かなりこだわりの見える、愛着のあるデザインだったからもしかしたらと思ったんだけど……。
ピピピっと矢を連射し、アンバー1人で全てのヒルチャールを簡単に一掃してしまった。どや顔で「すごいでしょ?」って聞いてくるけど、私は「うん、すごいね……」としか返せなかった。多分顔も引きつってたと思う。
「あっ! さっきのヒルチャールたちがいた部屋に宝箱があるよ! ほら2人とも、行くよ行くよ!」
「あ、おい待てって――!」
なんだろう、ここまでの付き合いで、アンバーがとても優しくて素直な良い子なのはしっかりと理解しているんだけど。
「わぁ——いいものばっかり! 宝箱を開ける瞬間ってワクワクするね! ね、パイモンちゃん!」
「そ、そうだな」
――やっぱり彼女も、どこか世間一般とズレたところがあるのかもしれない。
パイモンが若干引いているのを見て、そう感じた。
――その後も。
迷宮のようでありながらその実一本道である神殿を、アンバーを先頭に私たちは進んでいった。途中何度かヒルチャールの群れと遭遇したけど、アンバーの正確な射撃やウサギ伯爵のおかげで危なげなく倒すことが出来た。
ヒルチャールたちが作っていた、火薬――実際は炎スライム――が詰まったタルを打ち抜いて大爆発を起こすのは流石に驚いたけど、この世界での弓使いの常識テクニックらしい。騎士団でも、空のタルを遠くから打ち抜く訓練があるらしく、これのための練習らしい。
もちろんアンバーは弓使いの後衛だから、近づく敵に関しては私が全部相手をするんだけど、今回はあまりに出番がなかった。アンバーの騎士としての有能さがよく分かる。昨日私たちが出会ったときも、そういえば彼女は1人でヒルチャールの集落を片付ける任務を負っていたなと思い出す。きっとこのくらいの戦闘は日常的にこなせるんだろう。
――そして。
「ここが遺跡の最深部か?」
「龍の気配がする! あれが力の集まるポイントかな?」
特段大きなトラブルもなく、無事神殿の最深部まで辿り着くことが出来た。「神殿」と言えるような祭壇なども特に見つけられなかったくらいに変容していたので、最悪最後まで目的を達成することが出来ないのではと危惧していたけど――そんなことはなかった。
遺跡の最深部にはウサギ伯爵より少し大きいくらいの石が鎮座しており、それがかなり濃密な風元素の力を纏っていた。元素初心者の私ですらこんなにはっきりと感じられるほどだ。よほど強大な力に違いない。
……でも、慎重に扱わないと。何せこれは風魔龍の力。下手に刺激するとかえって悪影響を及ぼすかもしれないし――
「よしっ、壊そう!」
「え?」
気づいた時には、風元素の力を纏った石は放たれた矢に射貫かれていた。意外と中は空洞で脆かったのか、あるいは矢の威力が高すぎたのか、簡単にガラガラと崩れる石。考える暇すらなくただ呆然とする私たち。達成感に満ちたアンバー。
「ふぅ…疲れた。でも、これで任務完了ね!」という声が聞こえるまで、時が止まったかのようだった。
「これで少しはジンさんの役に立てたと思う」
「お、おまえ、本当にアレを壊して良かったのかよ?」
「うん? だって、絶対にあの石が原因だもの。壊して力を散らすのが一番じゃない」
「それは……そうかもだけど……」
2人共の意見どっちも分かるんだよなぁ。……ただ、今回の場合、もし可能ならモンド城にまで石を持って帰って、ジンさんやリサさんのような有識者――そうでなくとも上司に判断を仰ぐのが正解だったような気もする。だって壊した結果が未知数だもの。
どうやって持ち運ぶかは――火薬の詰まっていないウサギ伯爵とかにお願いするとか。歩くことが出来ていたし、きっと何体か用意すれば可能なはず。
「以前なら、城内の安全を死守することはできた。まあ、それもジンさんの力があればこそなんだけど。でも今、風魔龍がモンド城内を直接襲うようなことがあったら……」
「うぅ、考えただけでも恐ろしいな……。ジンさんがどれだけ強くても、あんな竜巻をいくつも出せるようなドラゴンに、どうやって勝てるんだって話だもんな……」
「そうね。――コホン。『風向きが変わったのなら、策も変えるべきよ』」
「ん?」
急に声色を変えて、いつもと違う口調で話したアンバー。いい言葉だ。いい言葉なんだけども……誰かの真似で、アンバーが考えたわけじゃないよね?
「これはリサさんの口癖だよ」
「似てない!」
「ちょっ、本当に? けっこう自信あったんだけどなぁ」
割とショックを受けた様子だけど、本当です。申し訳ないけど、答えを聞いた上でなお似ていないと感じてしまった。大体はその場でピンとこなくても、答えを聞いたら納得出来るはずなんだけどな……。
「道中にもあったけど、最深部にもやっぱりあったね。――この植物でできた輪っかが秘境の外へ出る門だよ。仕事も終わったし、お腹も空いたから早く帰ろう?」
「おう! そういや、今日は朝ご飯を食べてから何も食べてないからペコペコだぞ……」
「お昼ご飯を食べる暇なんて無かったからね。今日は忙しかった」
「そういえばそうじゃない! ごめんね、こんなに長いこと付き合わせる予定じゃなかったの!」
「――そうだ、前に話した『四風守護』の話だけど、過去の歴史に興味があったら、リサさんに聞いてみるといいよ」
「『四風守護の話』?」
秘境からの帰り道、私がカバンから取り出したリンゴを全員かじりつつの会話。パイモンがまたリサさんの下手なものまねをイジっていたらふと思い出したらしい。
「秘境に入る前にした話だよ。……先に言っておくけど、わたしが歴史苦手とか、そういうんじゃないからね! 図書館司書の知識が偵察騎士を上回っているのは当たり前のことでしょ?」
「おやおや必死だな~? さては本当は苦手なんだな?」
「そんなことないから! い、一応一通りは勉強したし!」
リサさんか……明日どうせ会うことになるし、秘境の攻略が終わった後にでも質問してみようかな。あまり気は進まないけど、これは質問することに対してではなく、明日2人きり――3人きりになることに対してだし。そしてリサさんの前にはガイアと秘境の攻略の約束をしているから今更と言えば今更な話だし。
爆弾人形:ウサギ伯爵の家系には長い歴史がある。ウサギ893世からアンバーは数えるのをやめていた。