「……知らない天井だ」
「知ってる天井だぞ!」
そんなやりとりで始まった、モンド城生活2日目。今日は濃密なスケジュールが事前に組まれてあって中々ベッドから起き上がりたくないけど、旅人生活が長いからか寝覚めはとても良い。一言二言やりとりすれば完全に意識が覚醒するくらいには。
――そういえば昨日は、許可無くベッドに同衾していたパイモンに驚いたせいで、天井がどうとか全く気にする余裕なんてなかったからなぁ。今日は珍しくパイモンの方が早くに起きていたからそんなことはなかったけど――パイモンの方が早起き?
「待って! 今何時!?」
「お、落ち着けって……今はまだ7時くらいだぞ」
「そ、そう……なら良かった……」
「おまえなあ……たまにはオイラだって早起きくらいするんだぞ」
そうじゃない時の方が圧倒的に多すぎて信用されていないんだ。許してほしい。
「えっと、今日は……10時くらいにガイアと『狼の神殿』に入って、午後の3時くらいからリサさんと『獅子の神殿』に入るんだったな」
「そう。昨日の晩にガイアに会えて良かった」
「じゃないとオイラたち、神殿の場所すら分からなかったからな……もし会えていなかったらと考えるとぞっとするぜ……」
――実は待ち伏せされていたんじゃないかと思っているんだけどね。
昨日、日が暮れかかった頃にアンバーを含む私たち3人はモンド城に帰った。空腹なこともあってみんなややぐったりしていたけど、アンバーとは一昨日と同じくすぐに別れた。あの後も報告書を書くという仕事が残っている勤勉な偵察騎士には本当に頭が下がる思いだ。結局神殿でもかなり助けられたし、彼女のおかげで攻略できたと言っても過言ではなかった。
別れた後、お金にあまり余裕はないけどまた〈鹿狩り〉で食べようかと話していたときに、ガイアが「偶然」通りかかったのだ。「よお、旅人じゃないか。奇遇だな」なんて言いながら。
気分の問題かもしれないけど、私たちが出発したときに比べてモンド城を取り巻く竜巻の力が弱まっているようにも感じる。これが事実で、その理由があの神殿の奥にあった石を破壊したことだとすると、やはり意味のあった行為だったのだと安心する。またそれと同時に、竜巻の弱体化と神殿とモンド城の距離を知っているガイアなら、私たちが帰ってくる大まかな時間を計算して待ち伏せることも可能なのではとも思うんだ。
「ああ……おまえあの後、『何が偶然だ』って言ってたもんな」
「あれ、声に出してた?」
「自覚なかったんだな……。けど、ガイアめちゃくちゃ優しかっただろ? もうちょっと信じてやってもいいとは思うけどな」
「優しかった……優しかった……そうだね。私たちの考えの浅さを見透かされているようで気に食わないけど」
「それもうガイアの全部に噛みつかないと気が済まないやつじゃんか!」
実際、昨日はガイアに助けられたことも事実。
『狼の神殿』と『獅子の神殿』それぞれの場所を私の手持ちの地図にメモしてくれたし、ガイアとリサそれぞれ現地集合であることと集合時間まで教えてくれた。つまり今日の予定の全部だ。
あの場で詳細を聞かなかった私にも落ち度はあるけど、それがなければ今日私たちは右往左往してるか、忙しいであろうアンバーかジンさんに時間を割いて教えてもらうかしかなかった。それでも、集合時間には大幅に遅れてしまうだろうけど。
「ったく……プライドなのかなんなのか。ほら、遅れるわけにはいかないんだし、早く支度して行くぞ」
「あ、ごめん」
私たちがこんなに朝急ぐのには理由がある。それはガイアとの集合場所である『狼の神殿』が非常にモンド城から遠いという単純な理由だ。昨日ガイアに印をつけてもらった地図を見て驚いた。モンド城から道なりに、ずーっと南東に向かえば辿り着く、くらいの位置。
なんなら同じ方角にある、リサさんと待ち合わせしている『獅子の神殿』の方がモンド城に近いんだよな……。夜は多少帰るの遅くなってもいいから逆の方が良かったとは、本人たちには言えない本音。
「いい? 今日はかなり急いでるから、なるべく戦闘も寄り道もしない。迷うわけにはいかないから、地図の通りにずっと道のりを歩いて行って、早めに神殿に着こう」
「それもそうだな。オイラが文句あるのは、ちゃんと朝ご飯を食べられなかったことだけだし……」
「それは……でも、今はお金もそんなにないし、料理をするほど時間もなかったから仕方ないと思って」
「分かっちゃいるけどさ? でも、今日はこーんなにも働くんだ、夜はいっぱい食べるからな!」
手近なお店で串焼きを数本買って、それを食べつつ目的地に向かうのはパイモンとしては気に食わないよう。いや、そろそろ本当に魔物退治とかしてお金に余裕を持っておかないと、最悪宿代だって危ないんだよ?
けど、今日は少なくとも集合時間に間に合う事が優先。せっかく昨日時間も場所も教えてもらったのに、それで遅刻するとかありえない。申し訳ないという気持ち半分、彼に借りを作りたくないというのがもう半分。
「うぐぐ……段々とスライムやヒルチャールがモラに見えてきたぜ……。モラさえあれば、なんにも問題なんてないのになぁ……」
「気持ちは分かるけど。でもパイモン? 私はお金の心配をしなくてよくなっても、冒険者として色んな人の依頼は受け続けると思うよ? だって色んな場所に行って色んな人と話をしたりしたいし」
「そんなのはどうでもいいんだ。ただオイラは、食べる物や泊まるところに困りたくないだけなんだ。食べたい時に食べたい物を食べる! それこそが幸せってもんだろ?」
確かにそれは正しい。どんな世界でも食事は共通の娯楽だし。衣食住が不安定なのは流石に苦しいか。今のところ完全に理想論ではあるけど、この状態が当面の目標かなぁ。
その場合、冒険者としての活動は半ば趣味のような形になるのか。
「おぉ! いいじゃんか! 『趣味:人助け』っていつか言いたいセリフだぜ!」
「でしょ?」
「そのためには――はぁ、やっぱり最初は地道に魔物を倒すしかないのかなぁ」
「もうだいぶ街から離れたからね。こういった地域だと魔物も増えてくるだろうし」
「スルーしたけど、スライムやヒルチャールの群れを何回か見かけたしな。普通の人がこの辺に来るにはやっぱりまだまだ危険だ――待て! あっちに女の子がいるぞ!」
――こんな街から離れた場所に女の子?
パイモンが指さす方向を見ると……たしかにいた。それも「女の子」と言えるくらいの少女だ。私は同年代の中でも身長が低めなのを自覚しているけど、そんな私よりも明らかに低い。
「行ってみようぜ! なにか事件なのかもしれない!」
パイモンが先行して「おーい!」と呼びかけつつ向かう。
急いでいるとはいえ、こんな野外に女の子を1人おいておくわけにはいかない。危険な場所に行くとはいえ、騎士団の人間であるガイアに渡して一緒に帰ってもらうとか、何か対策をしないと。
「――わあ! 動物に話しかけられたなんて久しぶりだよ!」
「ど、動物?」
女の子は深い青色のワンピースを着ていて、頭には茶色のベレー帽を被っていた。背中には大きな籐のかごを背負っていて、中には様々な種類の植物がぎっしり詰まっている。
そしてこのセリフ。絶対ただ者じゃないやつだ……。
「私、クロリス! モンド唯一無二の植物学者だよ! 毎日植物と一緒にいるから、確かに動物との交流はあまりないんだよね。定期的にした方がいいとは思ってるんだけど……そうだ! 暇なら私とお話してよ! お願い!」
「こ、この辺は魔物も多いし危険だから、もっとモンド城の方に行った方がいいと思うぞ?」
「大丈夫! なんでか分かんないけど、私のことは草スライムが守ってくれるから! もしヒルチャールに襲われても、守ってくれてる間に逃げれるの」
「そ、そうか……」
ただ者じゃないやつだ。なんだろう、自称料理のプロのリンさんもそうだったけど、モンドの野外で行動する人はハイテンションで、特殊な人が多いのかな。特にこの子なんか、理解は本人も出来てないみたいだけど魔物が味方になってるみたいだし……。
うん、結構長いことこうして野外で活動しているみたいな口ぶりだし、ひとまずは保護とかしなくてもいいんじゃないかな。
「邪魔したね、じゃあね」
「ちょっと! わざとだよね! 意地悪!」
「ほ、蛍……」
「えぇ……これ私が悪いの?」
今現在急いでいるという事情を抜きにしても、あまり関わらない方がいい人だったりしない? 絶対「厄介」な人だと思うよ? この子の仕事がなのか、過去がなのか、ウザ絡みがなのか、具体的に何がとは言えないけど多分「厄介」だよ?
うう……子ども(とパイモン)のキラキラした視線には少し弱いな……。
「じゃあ……あなたの家族は?」
「家族かぁ……妹のフローラのことは知ってる? お花が好きな彼女はモンドで花屋を開いたんだ」
「フローラ? いや、オイラたち最近モンドに来たばっかりで全然知らないな」
「彼女より、私の守備範囲はもっと広いからね、植物なら全部興味があるよ、珍しいものほど好きなんだ! こうしてみると、やっぱ私の方がお姉さんだよね……はあ、不甲斐ない妹だよ……」
「そ、そうなのか……」
家族のことを質問して、妹の話を始めたはずなのに一瞬で自分語りに移行したのは流石としか言いようがない。流石だ。自己愛に溢れている。これにはパイモンもやや引いている。
ねぇパイモン? 私の判断は正しかったと思わない?
「ごめん、私たちこれから急ぎの用事があって、そこに行く途中だから」
「えっ……も、もう行くの?」
「そ、そうそう! もう時間がヤバいかもしれないんだ! またな!」
「さようなら」
「なら仕方ないか……。今度、フローラの方にも顔を見せてあげてね! さようなら!」
「なんなんだろうな……。絶対にあの子は悪いヤツじゃないじゃんか。妹思いだしさ。けど、どっか人とズレてるというか、会話がかみ合っているようでかみ合っていないような――上手く言葉にできないぜ……」
「長く野外で活動する人は、ああいった精神的な強さが必要なのかも、とは思ったね。良くも悪くも特殊な人じゃないと、危険が多い外で活動するのは難しいのかも」
「なるほどな! 一理あるぜ」
――その場合、懸念されるのは私までもが他の人から見て「特殊」だと判断されかねないこと。私は普通だと信じたいだけで、実は私も「特殊」側の人なのかなぁ……。
と、パイモンと話しつつ自分を客観視することの難しさに頭を悩ませていると、もう神殿の入り口に辿り着いた。昨日アンバーと一緒に行った神殿の入り口とほとんど同じデザインの大きな門だったため、遠くからでもすぐ分かった。この辺りは平地が多いからというのもあるけども。
「――来たか」
「時間には間に合ってるよな?」
「ああ心配しなくていい。問題ないからな」
よかった……正直一番の懸念だったから、無事集合時間に間に合ったのは安心感が大きい。
「近くに来てくれ。何か匂うか?」
「……何も」
「炎スライムが焦げた匂いがするぞ」
「え、何その匂い」
「ははっ、確かに炎スライムも香るかもな」
本当に?
「お前たちが来るまでに神殿の周辺を調査したんだが、少し予想外のことがあった。スライム、ヒルチャール……それから、風魔龍が残した魔力の繋がり。神殿の外でこれだけたくさんの魔物や痕跡があるんだ、中はきっと賑やかなことになってるだろうな」
「危ないか?」
「ああ……賑やかだが、危なくはない。アンバーからの報告によると、お前も中々戦えるんだろう? 問題ないさ」
一体アンバーからどのような報告を受けたのか分からないけど、その報告を信じているかどうかも疑わしいな。ガイアの言動はいちいちが少し大げさで、芝居がかっている。だからこそ、何が本心なのか判断できないことが少しずつストレスになっていってる。
今回は昨日とは違う。私のペアはアンバーではなく、ガイアだ。昨日以上に気を引き締めないと……。
「『北風の狼』の神殿がこんな風になるなんて実に残念だ。――さあ行こう旅人。『四風守護』は祀られなくなったが、古の風が消えることはない。『四風守護』の周りを掃除してやろうか」
クロリス:モンドで唯一無二の植物学者。