「――よし、もう大丈夫。お腹も膨れたし、『獅子の神殿』に向かおうか」
「えっ、もうか!? オイラまだ食べ足りないんだけど……」
「あとカバンの中には、調理してない食材しかないよ? 生肉とか火を通してないナッツとかが食べたいならあげるけど……」
「そ、そうか――いやいいぞ! 出さなくて! オイラが悪かったから!」
パイモンが私に優しくしてくれる時間は非常に短かったみたい。食事となるといつものわがままモードに入ったけど、すぐに黙らせることができた。……次からもこの方法を使おう。大丈夫、カバンの中に料理が入っているかどうかなんて私しか知ることができないんだから。
えっと、たしか最後の神殿は、朝来た道を引き返して、途中で北方向に曲がるんだったっけ――? 地図があると大体の位置や方角は分かるけど現在位置を見失うこともあるし、明確な目印が無い場合も多いから難しいな。
逆に、モンド城から狼の神殿までは楽だった。遠かったけど、ずっと道なりに沿って歩けばいいだけだったから。
「そういえばさ、さっきから気になってたんだけど」
「ん?」
「あの木の上でキラキラ光ってる青いのって――何?」
最近禍々しい感じの赤黒く光る結晶を拾ったばかりだから、得体の知れない物をそんなに持ちたくないという気持ちはあるんだけど。好奇心には抗えない。遠くに見えるあれは、どちらかというと優しい感じの光に見えるし。
「ああ、あれは風のかたまりみたいなもんだ。絶対拾った方がいいぜ! 行こう!」
「え、ちょっと待ってよ――!」
……近づいて見てみると、神秘的な雰囲気で不思議な形状をしていることがよく分かった。中心にはきれいな球があり、大きく一対の翼のような模様が入っているのが分かる。そしてその玉をふんわりと包むように、両サイドから羽のような形の物が纏っている。
ただ特筆すべきは、球そのものもその両脇にある飾りも、全てが独立して宙に浮いているということだ。そして球からも飾りからも淡い緑色の光――そうだ、あの七天神像から出てきたオーブと同じ色の光りを放ち続けている。
「――ということは、風元素に関する物ってこと?」
「そうだな。モンドの人々はそれを、『失われた風神の瞳』って呼んでる」
「失われた風神の瞳……」
「まぁ、それに触ってみるとよく分かると思うぜ?」
――恐る恐る指先で触れてみると、一瞬強く発光した後、光の粒となって空気に消えていった。ただ、私の胸には何か暖かいものが入り込んだような……。
「それは風の塊みたいなもんだ。だから、カバンに入れたりする必要はないし、お前の中に風神の瞳の力が入っていったって感じだな」
「ええ……それ、大丈夫なやつなの?」
「良いことづくめなはずだぞ! そういえば、狼の神殿が意外と早く終わったから、まだリサさんとの待ち合わせには時間があるな……先に、風立ちの地にある七天神像に行かないか? それを神像に捧げるんだ」
「風立ちの地? それってどこだっけ……」
神殿の位置が書き加えられているモンド全域の地図を開く。……獅子の神殿からはそう離れていないのか。
太陽の位置的に、現在は12時を少し過ぎたくらい。これくらいの寄り道は――まぁ、問題なさそうかな。
「風立ちの地って行ったことあったっけ」
「行ったことはないけど、結構有名だぞ。ひろーい平原の真ん中にでっっかい木が生えてるんだ! 確か行きしにも遠くから見えたはずだけど……あんまり覚えてないか?」
「言われてみれば見かけたかも……? その後の植物学者の女の子に全部持ってかれたけど」
モンド城を出て南に歩いて行くと割とすぐにある本当にだだっ広い平原。数キロ先に何があるかまで見えそうなくらい広いそんな平地に、それこそ数キロ先でもはっきりと判る存在感のある巨木が生えていた。青い光の柱がその巨木の付近から上がっていたはずだけど、あれが七天神像だったんだろうか。
「うわぁ――」
「神秘的だよなぁ……」
近づいてみるとより実感として、その巨木の威容さを理解できる。
今まで見たことがないような太さ、そして規模感の木だ。……「規模感」なんて一本の木を表すときにこれまで使ったことがないくらい異様でもある。自然の神秘、なのだろうか。モンド城の大聖堂の方が縦にも横にも大きいはずなんだけど、こっちの方がより圧倒される。
近くを流れる小川から水分や栄養分をしっかり吸収し、またその巨体を支えるために太い根が付近の大地を縦横無尽に張っている。地表から出ている箇所もあるけど、その根の太さだけでも他を圧倒するサイズなことを理解させられる。というかその根のせいでそこの土地だけ隆起していて丘のようになっている。
で、そんな巨木のふもとに七天神像は立てられている――けど、遠近感が狂ってしまっているのか、以前見たのと同じ大きさなはずだけどやけに小さく見える。
「さて、供物を捧げて、神がどう答えるか、見てみようぜ」
「供物?」
「さっきのやつだよ、『失われた風神の瞳』。ほら、また神像に手を置くだけでいいからさ」
「う、うん……」
なんか、やけに強引だな。珍しいとまで言ったら嘘になるけど、食べ物やお金のこと以外でこんなに率先して動いたりするのはあまりないかもしれない。……いや、それもそれで行動原理が酷いから考えものなんだけど。
とりあえず、パイモンに促されるまま神像に手を伸ばす。前回は自らだったけど、今回は促されてだな……。いや多分、良いことが起きるだろうからそういった違いは関係ないんだろうけど、なんとなくふと気になった。
手を神像につけると、身体の中心からすうっと何かが神像に吸い込まれる感覚が、次いで何か暖かい力が反対に私の中に入ってきた感覚がした。吸い込まれたのはきっと「失われた風神の瞳」だろう。けど、入ってきたのは一体……?
「どうだ? 七天神像の祝福を感じたか?」
「祝福って言われても……この前みたいな解りやすい実感はないかな……」
「うーん――まあ、毎回毎回あんなすごいパワーアップされてもオイラも困るけどな……」
うーん……私としては早くパワーアップしたいんだけどね? なにも高望みをしている訳じゃなく、ただ元の能力を取り戻したいだけ。
きっと、弱体化される前の私を見たらパイモンはびっくりするんじゃないかな? それとも、「おまえはおまえじゃん」的な感じで案外普通なんだろうか。
ともかく、実は劇的な変化を期待していたことは胸の内にしまっておく秘密。
「『失われた風神の瞳』っていうのは、神像の眼窩へはめ込むのに値するって意味なんだ。目として作られた宝石をツバメが咥えて飛んでったって逸話もあるけど……実は、『失われた風神の瞳』に実体はないんだ」
「うん、そうだろうね」
だって私の身体の中に吸収されたし。カバンの中に入れるようなことなく持ち運びができたし、神像に捧げることもできた。実体のないエネルギー――元素力の塊だと言われた方がよほど納得できる。
「神像に触れるだけで元素力を使えるようになるっていう、この世界の常識を超えたおまえなら……神像に風神の瞳を捧げると、祝福をもっともっともらえるんじゃないか?」
「今はそんなに実感ないけど、そしたら祝福の恩恵をちゃんと感じられるかな」
「絶対そうだぞ! 他のやつらも、瞳集めをこまめにしているって話を聞いたことがあるしな。それって絶対、なにかメリットがあるからやってるんだよな?」
まぁ確かに?
なら……これから会うリサさんにも聞いてみようかな。あの人は比較的怠惰そうで、外に出て瞳探しをするようなタイプじゃなさそうだし。
「よし、じゃあそろそろ獅子の神殿に行くか。時間もちょうど良いぐらいだしな」
失われた風神の瞳:強烈な風元素エネルギーを集積させた物質。風の神像に捧げると長い年月で失われた力を補える。