「あら、可愛い子ちゃん。危ないのに手伝ってくれるなんて、感激だわ」
「えっ! お、オイラたち、遅刻しちゃったのか……?」
「ふふ、私がちょっと早く着き過ぎちゃっただけだから心配しないで」
――マズい。遅刻しなかったけれどそんなのはどうでもよくて、「リサさんを待たせてしまった」という事実がマズい。これを避けるために朝から行動していたというのに、ガイアよりもリサさんよりも遅く到着してしまっている。
なるべく良い印象を与えたいというのに、今日の私はこれまで本当にいいところ無しだぞ……?
「何か分からないことがあったら、お姉さんに聞いてちょうだい」
「なら、図書館司書の仕事は?」
「ああ、それならもう終わらせてしまったわよ。午前中にそれを片付けて、午後に秘境。……想定よりも1時間くらい早く終わっちゃったけどね」
「図書館司書なのに遺跡の攻略もするのか? こういうのは騎士団とか、冒険者の仕事なんじゃないのか?」
「あら、いい質問ね。そうね、私の仕事は基本的に、肉体労働と頭脳労働以外のことかしら」
「それ以外になにがあるんだ!」
――リサさんは結局、昨日から「つかみ所の無い人」のままなんだよなぁ。一緒に遺跡を攻略しているうちにガイアは良い人なんじゃないかとイメージが変わったけど、リサさんもそうなるのかな。
ガイアと同じで、すぐに答えをはぐらかしたり当たり障りのないことを言ったりするから、気さくなようでいて初対面の私に全く情報を渡そうとしていないのは事実だと思うんだけど……情報がないと推理も出来ないから厄介だなぁ。
「……どうしてわたくしがここにいるのか。その答えはもちろん、ジンがわたくしを信頼しているからよ。だから、あなたたちもわたくしをもっと信じていいわよ?」
くすりと笑ってそう言ってくれてるけど、笑顔になった分目が細くなってより怖くも感じられた……。私の穿ちすぎだろうか、いやでもやっぱり……。
というか、どうして「私たちがリサさんを信じていない」みたいな話になってるんだろう? てっきり「リサさんが私たちを信じていない」だと思ったのだけど――はっ! これも私たちの認識を上手いこと誘導して誤認させるテクニック!?
「外でも元素の乱れによるザワめきを感じるわ……。早くこの神殿を取り戻して、気分をスッキリさせないとね――わたくしも少し本気を出そうかしら」
「ここも……他の遺跡とは少し違った雰囲気だな……」
「寒くもないのにオーロラが……? 何回来ても不思議な空間……」
「あら、わたくしたちを歓迎するみたいに松明がひとりでに灯ってくれたわよ。ありがたいわね」
三者三様の感想を呟きながら秘境に入った私たち。この短期間に既に2箇所の秘境を巡ったけども、私はまだこの不思議な異空間に慣れない。多分これから先も慣れることはないんだと思う。
相変わらず人工的としかか言いようのない建物。石造りの建物に、凝ったデザインの柵。それでも、子どもが積み木遊びを途中でやめたような印象があって、多くの建物の天井が無かったりブロック状でガタガタ作りかけのような箇所がある。多分これまで行ってきた秘境も似たような印象があって、ようやく今具体的な言葉で表せた。
それにこの秘境は他とは違う特徴もあって、遠くの空には小さな足場だけが浮かんで、上下左右に移動している。大きな建物が滞空しているのとは違う、明らかに異質で危険な足場。……あそこを通らないと目的地に辿り着けないのいかな。午前の遺跡の性格の悪さ的に、きっとそうなんだろうなぁ……
「やっぱり、この神殿の奥から……非常に強い元素反応を感じるわ。――あそこ、手前の建物に隠れて若干見えづらいけど、遠くの建物が見えるかしら? あそこがきっと最深部で、力の源よ。パイモンちゃん、そこには行ける?」
「行けはするけど、行ってもなにもできないぞ」
「それもそうね。では、道を探しましょうか」
……どうしたの? 2人ともやけに淡泊……。ひょっとしてかなり疲れてたりする?
リサさんは午前中の仕事が、パイモンは昨日今日の秘境巡りで疲弊している? まぁ、それは私自身も自覚しているところではあるけど。
パイモンも、職業人としての「冒険者」になりつつあるってことなのかな……。冒険は楽しいしワクワクもするけど、それはそれとして仕事でもある、的な。リサさんは端からこれが本職じゃないから、やる気がなくて早く終わらせたいというのはあるかもだけど。
「――そうだ、昨日アンバーから聞いたんだけど、秘境に入れるのは元素力を使える人だけだって――」
「あら、ヒルチャールだわ」
バチュン!
――戦うのが専門じゃないリサさんも、元素力使えるんですか? 使えましたねごめんなさい。本当に怖いです。
いきなり手のひらから電撃を放ち、遠くにいたヒルチャールを昏倒させるリサさん。剣や弓といった武器を使わない分動きの制限が無く自由で、そして速い。
「わたくしは魔法使いだと言ったでしょう? 武器を使うのは得意じゃなくてね」
「り、リサさんも強いんだな……」
「『強い』というのは、女性への褒め言葉としては微妙なところね。……まぁいいわ。魔物が出てきても、お姉さんに任せて。もし近づかれてしまったら、その時は可愛い子ちゃんに頼ることになるだろうけど」
あ、これは午前のガイアと同じで、私は付いていくだけの置物状態になるやつだ。役に立てないどころか、下手をすれば余計に足を引っ張ってしまって申し訳なくなるやつだ。
「ここも水が張った部屋が多いな。さっきのとこと似ている……足下に気をつけようぜ」
「スライムやヒルチャールがたくさん……。凍らせられないし、流石にこの数は苦戦するかも……」
「あら、大丈夫よ。水に濡れた敵に対して、お姉さんはすごいのよ?」
水の張った広い部屋には、ヒルチャールが5匹に水スライムが大きいものも含めて7匹。けれど水辺だからスライムはすぐに湧き出てくるだろうことを考えると、これだけの数の敵を相手取るのに、部屋は狭すぎる。
どうしたものかと思案していたら、隣でリサさんは手に持つには大きなカンテラのような物を空から取り出していた。そのカンテラは今にもはち切れんばかりの雷元素をを中に秘めていて、それを――部屋の中心に投げた!?
「ちょっとビリビリさせないとね」
カンテラは宙に浮いて周囲にいる敵に対し電撃を無差別に放ち、更にリサさんも追撃で電撃を打ち続ける。弓矢を持ってこちらを狙おうとするヒルチャールもいるけど、身体が痺れてうまく照準を定められないみたいだ。
私も前に雷スライムの体当たりを受けて身体全体がピリピリするような少し不快な感覚になったことがあるけど、濡れていたらこうなってしまうんだ……。
「濡れた状態で雷に当たると感電する。感電した敵の間には連鎖ダメージが発生するわ。摩擦で生じた雷の火花は、落ちるような恋ほどの衝撃ではないけれどね」
んー、ちょっと途中何言ってるか分からない。なんかオシャレなこと言ってるなーとは思うけど、それ以上の意味は……。正直、こんなにえっちなお姉さんなんだし、きっと恋愛遍歴も凄いんだろうし、数多くの男を誑かしてきたんだろう。興味がないと言えば嘘になるけど、深入りすると深淵を覗くことになりそうだから追求はしない。パイモンも質問とかしないでね?
解ったことといえば、水に濡れた状態で雷に当たるとヤバいこと。そしてリサさんを怒らせるともっとヤバいということ。
結局、リサさんは1歩も動かず敵の攻撃を受けることもなく、1人で部屋の魔物を一掃してしまった……。午前と同じで、今回も私は役に立てそうにない。というか2人が優秀すぎる。私はただ戦っている姿をぼぅっと見ているだけで――。
「そうだ、気になってたんだけど、その首にある紫色の大きな宝石は何? 雷を出す度にうっすらと光っていたけど……」
「嘘……本気で聞いてるの? これは『神の目』よ。選ばれた人間が元素の力を引き出すための装置ね。神秘学の視点から言えば、外付けの魔力機関とも言えるかしら」
「神の目」……聞いたことがあるような、ないような?
外付けの魔力機関で、元素の力を引き出すための装置。つまり、本来はこの神の目がないと元素力を扱えないということか。――そういえば、アンバーもガイアも、腰に大きな宝石を提げていたような?
「神の目も知らないなんて、あなた一体どこから……突然変異で知力が高くなったヒルチャールかしら?」
「おいおい、いくらなんでもヒルチャールって……」
「ふふ、ヒルチャールは吟遊詩人にもなれないほど、知能の低い怪物。逆にあなたは、魔術師にもなれるほど素質をも持ったいい子よ。――ただ、報告によるとあなたは風の元素力を使えるのよね……見たところ神の目を持っていないようなのに……」
私がこの世界の外から来たからというのもあるんだろうか? ……研究者気質なところもありそうだし、色々探られるのも嫌だから「七天神像に触れたら風元素を使えるようになった」ということは黙っておこう……。そもそも「あなた一体どこから」という質問にもうまく答えられる気がしないし。
……というか今、吟遊詩人が多くいるモンドで、吟遊詩人をすごい見下した発言をしなかった? 何か恨みでもあるの?
「ヒルチャールは神の目を持っていないけど、元素力を操れる個体が数多く存在するわ。あなたがヒルチャールの突然変異だというのは冗談だけれど……類似点が多いのは事実よ。わたくしと違って悪い人間がそのことを知ればどうなるかは分からないわ。気をつけなさい。特にスメールの学者にはね」
――だからなんだろうか? どことなくヒルチャールに親近感を覚えてしまうのは。
ついさっきもパイモンに「この世界の常識を超えた」人だと言われたし……私自身のことはなるべく人には話さないようにしないと。どんなトラブルになるか知れない。
リサさんはさっきから私に吟遊詩人に学者にと、多方面に喧嘩を売って火種を振りまいているように感じるけど、私はそうはなりたくない。平穏に日常を送れるならそれに越したことはないんだから。……今こんな面倒ごとの渦中に巻き込まれているから説得力が皆無かもしれないけど。
「あら? 風龍水晶があるということは、もう最深部なのかしら。案外あっさり着いたわね」
「リサさんだからじゃないのか? オイラたちだけだったらもっと時間がかかってたと思うぞ……」
「それはわたくしを褒めてくれているのかしら? パイモンちゃんも良い子ね」
指先から放たれた電撃によりあっさり攻略成功。午前と違って本当に私の出番なんてなかったし、リサさんからの疑念は晴れることなく、むしろ私自身の謎を深めてしまったようで大変不本意な結末となってしまった……。
――いや、よく考えたらガイアからの疑念の眼差しもそういえば一切解消されていないな? 私のガイアへの印象が変わっただけで、ガイアから見た私の潔白さとかは一切証明できていないように思えてきた……。マズい、今日は本当にいいところ0なのでは?
「おおっ! ここのは石を壊したら宝箱が出てきたぞ! 太っ腹な遺跡だなぁ!」
「パイモ……いや、逆にパイモンはそのままでいてくれた方がありがたいか」
気分が午前よりも沈んでいる私とは対照的にテンションの高いパイモン。それは当然宝箱が出てきたからで、先にそれを見つけたパイモンに開ける権利があるからだ。生きがいの補給。
今は、むしろ気を遣わず私の見せ場を作らなかったリサさんの方が優しいのでは? ガイアのは優しいけれども残酷な仕打ちだったのでは? いやもちろん感謝はしているけども、アレは絶対に気づかいだったよな? などと沈んでいる私の方がおかしい。無事全ての秘境を攻略できて、モンド城を取り囲む暴風が消えた(はず)なことを喜ばないと。
「はぁ……」
「わぁ! また『風神の瞳』が――ってあれ? 蛍はまぁ分かるとして、どうしてリサさんまで落ち込んでるんだよ。そんなに疲れたのか?」
「いえ……そうじゃなくてね……」
ふう、と1つ小さな息を吐くと、真剣な表情でこちらに向き直った。
「東風の龍・トワリン、南風の獅子・ダンディライオン、北風の狼・ボレアス、西風の鷹・セピュロス……。それらはモンドの四方の風の守護者で、風神『バルバトス』の眷属でもあるわ」
「龍? それって――」
「そう。トワリン——それが風魔龍の名前よ。人々に風魔龍と呼ばれる前、彼は『四風守護』の中の『
浮かない顔のまま、リサさんは
「『四風守護』――四方の風の力の中で、トワリンがそのうち3つの力しか使えない原因がこれよ。彼は、初めに自身の力を燃やし尽くしてしまったからね」
「どうしてそんなことになったんだよ?」
「トワリンはどうしてそこまで?」
「多分……『憎しみ』だと思うわ」
「憎しみ……?」
「モンドに対する憎しみよ」
ここで言葉を切ると、荒々しく首を振り、また力なくため息を吐いた。……どうやらこの話をするのにはかなりのエネルギーが必要みたい。それと、覚悟もだろうか。
確か、昨日騎士団でジン団長が言っていた。「私たちの目標は、放棄された4つの神殿のうち、この3つだ。3つだけの理由については……みんなも分かっていると思うが」と。誠実そうなジン団長が丁寧に私たちへの説明をあの場で避けたのは、内情を知るモンド人としてあまり語りたくない話だったからに違いない。
リサさんは数秒間目を瞑り、ゆっくりとまぶたを開くとどこか遠くに視線を向けながらまた口を開いてくれた。
「モンドに対する憎しみを風よりも強い力にし、そして彼は魔龍になったの……」
「でも、『四風守護』だったのに、なんで……なんで守るべき都市を憎むようになったんだ?」
「…………モンドの人間としては、とても言いにくいわね。後で図書館にいらっしゃい。100年以上前の出来事に関して書かれている、とある本を貸してあげるわ」
リサ:彼女は西風騎士団の図書司書、物知りな淑女である。
噂によると、スメール教令院の200年に一人の天才魔女でもあるそうだ。
詳細は明らかにされていないが、リサはスメール国で2年間勉強した後、モンドに戻った。
現在は西風騎士団で仕事をしており、騎士団蔵書の管理を任されている。