「さて、今日はなにするんだ?」
「忘れないうちに図書館に行こうかな。昨日の約束もあるし」
色々と……本当に色々とあって心身共に疲れ切ったその翌日。
私たちは先日のリサさんの好意に甘えさせてもらうため、モンドの図書館に行くことにした。約束したわけでも、期日を決めたわけでもないけど、早めに果たしておきたいと思ったからだ。
なんとなく成り行きでこの龍災の深いところまで関わってしまっているから、最後まで見届けようという気持ちはある。ただ、私たちは余所者だから、風魔龍トワリンに関してなどの背景知識があまりにも不足している。どうせなら当事者として、彼らと同じとまではいかずとも最低限のことは知っていたい。
「ただ……図書館ってどこにあるんだろう」
「知らなかったのか!? オイラ、てっきりおまえは知っているものかと思っていたぞ……」
「逆にパイモンは知ってるの?」
「おまえに任せてたら後は安心だと思ってた」
……嬉しい信頼ではあるんだけども。消えかかっている設定とはいえ、一応パイモンって私の〈ガイド〉とかそういう
「でも、オイラの予想だと騎士団の中にあるんじゃないか?」
「その心は」
「前にリサさんが『情報は時に何者にも勝る武器になるからね』みたいなことを言ってなかったか? 本って情報のかたまりみたいなもんだから、騎士団にあるのかと思ったんだけど」
「関係ないけどものまね上手いね」
「本当に関係ないな」
ついなんとなく茶化してしまったけど、パイモンの推理は一理ある。というかそれが多分答えだと思う。パイモンは時々本当に冴えているし、意外と難しい言葉とかも知っていてさらっと使ったりするんだよね……「
普段が食欲と金銭欲とかわいさの塊みたいな存在だからあまりそういうイメージは定着しないんだけど、実は結構旅の相棒として活躍してくれてる。一番は私のメンタルケアの要員として。次に他の人とメインで話したりする係として。そして時々頭脳面でも。
「昨日まであんな非常事態だったけど、今日は街のみんなも普段通りに活動してるみたいだから、多分図書館も開いてるでしょ」
「……でも、なんかみんな無理してるみたいだぞ……。頑張っていつも通りにしてる、みたいな。どことなく不自然というか……」
「まぁそうだろうね。最初はみんな、多少は無理して繕ってるんだと思う。けどそうしているうちに、いつの間にか本当にいつも通りに戻ってるものなんだよ」
「そういうものなのか」
そういうもの。だから、私たちもお通夜みたいな神妙な顔じゃなく、私たちらしく明るく振る舞っているべきなんだよ。もちろん無理をする必要はないけれど。
病は気からというけれど、街の活気も同じだと思っている。気の持ちようでどうとでも変わる。身体の調子と心の調子が繋がっているように、街の活気という目に見える部分と人々の心という見えない部分も繋がっている。だから、まずは多少無理をしてでも目に見える部分を改善させることで、心の部分も回復していくものだと信じている。
「さぁ、騎士団本部に行こうか。一昨日行ったから大体の場所は分かるし。もしそこになかったら近くの騎士の人に聞こうか」
「そうだな。急ぎの用事があるわけじゃないし、観光ついでに巡るのもいいかもな」
モンド城内のかわいらしい町並みはかなり竜巻や暴風によって荒らされてしまったけれど、建物の大半が石組みなこともあって想定していたよりも甚大な被害にはなっていないようだった。
窓ガラスや植木の残骸などがそこら中に散乱しているけど、ほうきを持って道の端に寄せている主婦の人の力であまり目立たないようになっているし、花壇は花屋さんなどが頑張ったのかキレイな花が植えられているものも多数見られた。――モンドの花屋は、クロリスの妹さんなんだっけ。変人の可能性が高いからあまり会いたくはないけど、少なくとも仕事は迅速のよう。
町並みは元に戻りつつあり、多少演技をしているにしろ街の人々も平常運転を心がけている。また、新しく日常が始まった感がある。騎士団の周回のおかげか、災害に乗じての強盗などがあった話は聞かないから、治安もいいし。
モンドの住みやすさが実感できる。
特に時間を決めているわけでもこの後予定があるわけでもないから、ゆっくり街の様子を眺めながら歩いているけど、本当にそう思う。
「着いた着いた。ここが騎士団本部だったな。――うぅ、この前は騎士団の人たちと一緒だったから普通に入ったけど、今は緊張するな……。ほ、本当にオイラたちだけで入っていいんだよな?」
「いいんじゃない? もし不安なら門兵がいるからその人たちに聞けばいいんだし。もし図書館がないのなら入らずに引き返せばいいんだしさ」
確かにそうか……と呟くと、すいませーん! とさっそく門兵に聞きに飛んでいくパイモン。いや本当に、その行動力には毎回感心させられるよ。一切臆することなく初対面の人に話しかけられるんだもの。
私も旅人としての生活が長いけど、あそこまでフットワーク軽くはないな……見習わないと。
「ここは
「そうじゃなくって――図書館ってこの中にあるか?」
「ああもちろん。執務室、図書館、応接室その他各種施設がここにある。図書館は入ってすぐ右側手にある。ガイドをしたいのは山々だが、あいにく仕事があるんだ。すまない」
「気にしなくっていいぞ! ありがとな!」
――ほーんとに、頼りになるなぁ……。
もう、簡単な聞き込み調査なんかは全部パイモンに任せてしまってもいいかな……。
……向かって右側の門兵に、すれ違いざま「君は怪しい者には見えないな、そのまま入っていいぞ」と言われたんだけど、気のせいだよね? 客人に対しての態度であれば無愛想で失礼な物言いだから0点だし、誰も突っ込まないけど私の服装はかなり特殊な形状の白いドレスだから、そもそも「怪しい者には見えない」の時点でアウトだし。
一体誰がこの人を採用して門兵にしているんだ……? 誰に報告すればいいんだろう、やっぱり代理団長のジンさんか?
「うわぁ――広い部屋だなぁ」
「図書館だから静かにね」
「わ、わかってるぞ……」
騎士団本部の床はタイル敷きだったけど、図書館は細長い板が敷かれている。建物の半分がぶち抜きで広い1つの部屋となっていて、壁や柱の一面に本棚が設けられている。
この1階部分だけでなくワンフロア下、地下空間も吹き抜けであり、同じく壁一面に本棚があるのが見えるそして、閲覧・自習スペースもかなり多く設けられていて、多くの机椅子が置かれている。机の上には積まれた本や書きかけの書類もある。
室内は部屋中央に下げられた大きなシャンデリアや各所に設置されたランプ、あとはすりガラス越しに入ってくる日光により一定の明るさは保たれている。ただ若干薄暗くも在り、きらきらと神秘的な雰囲気も感じられる。ほこりではないはず。
「カウンターには……リサさんいないのか。ここかと思ったんだけどな」
「あ、ほらパイモン。ここに図書館ルールが書いてあるよ」
「どれどれ……? 『図書館ルール・バージョン7。以前もルールをたくさん作ったけど、効果は見られなかった。今回は必要でないルールを全てなしにしてみた。図書館を利用する者は以下のルールだけを覚えてちょうだいね』――このきれいな字はリサさんが書いた物か」
その下には、
〈1.図書館の中は静かに。〉
〈2.図書館の所有物を壊さない。〉
〈3.借りたものちゃんと期間内に返す。〉
〈ルールを破ったらどうなるかみんな分かってると思うから、ここは割愛させてもらうわ。〉
と書いてある……。
「ひえっ! お、オイラ絶対に静かにするぞ……」
「ルールを破ったらどうなるんだろうね……」
「あら、気になるのかしら?」
「「ひぃ!!」」
びっっっくりした! まさか音もなく背後に忍び寄ってくるなんて……。しかもリサさんはハイヒールの靴を履いているというのに。
「あらあら。ふふ、ダメじゃない、そんなに大きな声を出しちゃ」
「い、今のはリサさんが驚かしてきたからだろ」
「驚かせた? いいえ? わたくしはただ質問をしただけじゃない」
こういうのがあるから、リサさんは苦手なんだよなぁ……。内心も行動も読めなかったり、時々からかってくるようなことをしたりするし。「可愛い子ちゃん」という謎のむずむずする呼び方をしてくるし。
「昨日話した、モンドの歴史について書かれている本を借りに来たのね。実はすぐに来るんじゃないかと思って、もう用意はしているわ。」
「そうなんだ。あ、でも、あんまり難しい本だとちょっと読めないかもだぞ……」
「ふふ、安心して。歴史書というよりかは、面白い物語として読めると思うわ。――はい、これね。『森の風』よ。貸し出し手続きはわたくしがやっておくから心配しないで」
『森の風』……ペラペラと適当にめくってみる感じ、叙事詩ってところかな。
枯れ草のような色合いの表紙で、二重円にダイヤマークのデザイン。固い表紙でもあり、とても分厚いというわけではないけどそれなりの重さがある。
「それで、えっと、貸出期間のことなんだけど……」
「貸出期間は1週間。希望すれば10日から2週間程度に延ばすことも可能よ」
「1週間! な、なら読み切れそうだぜ……よかった……」
「安心しないことね。読んでも返すまでが1週間よ。まだ余裕があるからと読むのや返すのを先延ばしにしていたら……あっという間に過ぎちゃうわ」
肝に銘じます!
期間内に返すなどの図書館ルールを破った際のペナルティ。具体的にどうなるのかは知らないし、正直知りたいという気持ちも大いにあるけど、だからといってこの身で体験したいわけじゃないので!
リサさんにお礼を言うと、足早に図書館を去ることに。
あれ以上一緒にいたら、下手に口を滑らせたりして、何をされたり言われたりするか分からないし……戦略的撤退というやつだ。うん。
パイモンは素直で私よりもよっぽど良い子だけど……素直すぎて思ってることをそのまま口に出しかねない。私はそんなパイモンにすら「もう少し言動に気をつけろ」と言われる程の人間。ありがたく本を借りたら図書館を離れるのが最良の選択だろう。
「さて、本は借りれたし、これからどうする? 宿に戻って読むか?」
「そうだね。うっかり期限を過ぎても怖いし――」
「まずい、これはまずいことになったな……どうするか……」
「――ん?」
あ、何か聞いたことのある声だ。内容とは裏腹にそんなわけない大きさで呟いている。明らかに私たちに聞こえるように言ってるから「ぶつぶつと」という表現なんてできそうにもない。
――どうやらこれは、またトラブルの予感。
北陸の書籍が集う場所:「館蔵の書物の大半は自由に借覧可能。ただし、返却期限にはご注意を…」