「酒場かぁ……まだ午前中だし、大きくて繁盛しているところじゃないとお客さんなんてそうそういないだろうね」
「よーし! 楽しい聞き込み調査の始まりだー!」
「元気だね……」
まったく……お宝のこととなると見たことないくらいにやる気を出すんだから……。こんなに積極的なのは初めて見るかもしれない。こころなしかいつもよりも移動のスピードも速い気がする。普段からこうだったら――いや、それもそれでしんどいかも。
「1番大きな居酒屋? それはもちろん〈エンジェルズシェア〉さ」
「〈エンジェルズシェア〉に行きたいの? ほら、そこの通りを右に曲がって行ったら左側手に見えるはずよ」
「なんてったって、モンド酒造業の要、〈アカツキワイナリー〉の直営店なんだからな!」
――とのことで、聞き込みをすると全員同じ店名を口にするので調査はとても簡単に終わった。なんなら質問せずとも場所も教えてくれたから辿り着くのだって簡単。
流石に冒険者協会や〈鹿狩り〉のある大通りではないけど、かなり道幅のある大きい通りに面している、大きな2階建ての建物。午前中にもかかわらず店先で客引きが立っているくらいには繁盛しているよう。
「こんにちはー!」
「さあ、入って入って? 〈エンジェルズシェア〉サービスタイム中!」
「まだ朝って言っていいような時間だぞ!」
「だからだよ。この店は夜だけ客が入るような店ではなく、昼間も繁盛させるんだ」
「じゃあ、何か割引とかない?」
「今なら鳥肉と野生キノコの串焼きの割引券を配ってるよ、最高の酒のお供にね! そういえば……君たちは見たことない顔だね、旅人さんかな?」
「そうだな」
「なら割引券の他に、1本無料の引換券もあげるよ! どうぞこれからも贔屓に」
商売上手だなぁ……。私はお酒を飲まないけど、モンド1の酒場が居丈高じゃなくこんなにサービス良くしてくれるなら、そりゃあ繁盛もするだろう。ワイナリーの直営だって話も聞いたから、ワインをはじめとしたお酒の質も高いんだろうし。
ほら、私と同じくお酒を呑まないであろうパイモンも、店員さんの手にある2枚の券に目を輝かせて心を掴まれてる。
「な、なあ蛍! これはタダだ、0モラだ! 入って食べてもいいよな? なあいいよな?」
「わ、分かったからちょっと待って……」
自分が聞き込み場所として酒場を提案したのを忘れてるんじゃないだろうな――本来の目的がクーポン券1枚で記憶の彼方に吹き飛んでしまっている。
「『アルカディア遺跡』って場所に聞き覚えはない?」
「ふむ……いや、すまないが君の力にはなれそうにない」
「そう。なら仕方ないね」
「オイラ! さっそく入って作ってもらうぜ!」
止める間もなく店内へ。まだ券をもらってないというのに……気が早いなぁ。
勢いよく開いたドアはゆっくりと閉じていき、ドアベルの音や店内の喧噪もゆっくりと聞こえなくなる。
やれやれ、といった感じで客引きのお兄さんと顔を見合わせ苦笑い。お互い大変だねえと。
「――そうだ、初めてだろうから忠告するよ。この店の酒瓶には触れないほうがいい……」
券を受け取る時、お兄さんは神妙な顔をしてそう言ってくれた。
「この前僕が割ったやつは、前のオーナーが大事にしてた特製ワインだったんだ。……北の方に別荘があるんだけどね? ……その別荘と同じ値段のワインだよ」
「うわぁ……それは、なんというか……」
「ざっと計算すると、僕はあと48年もバイトしないといけない……もちろん飲まず食わず休まずという前提でね……。うん、いや、望みがないわけじゃないみたいだ。ただ、君の友人は――そそっかしそうだったからね。僕と同じ目には遭ってほしくないんだ」
「実体験からの忠告、どうもありがとう」
「はい、もう話はおしまい。早くこの券を持って店に入りな。僕はこれからも、自由のために働かないといけないからね、はははは……コホン……うっ……うううう……」
やば、言葉にしてしまって長いこと目をそらし続けてきた現実を直視してしまったのか、情緒が不安定になってる。これは勧められた通り早くに店内に退散した方が良さげかも。
店内に入り真っ先に目に入ったのは、入り口正面のカウンター席に座りウキウキと身体を左右に揺らすパイモンと、困り顔のバーテンダー。
ドアベルの音で振り返ったパイモンが「おっ」と振り返ったけど、それ以上にバーテンダーの「助かった……」という表情に胸が痛い。うちのパイモンが迷惑かけてすみません……。
「嬢ちゃん、このチビちゃんの友達か? この子、モラも持ってないのに料理を作れと言ってきてね――参ってるんだよ。君からも何か言ってくれないか?」
「本当にすみません。これ、入り口のところで客引きのお兄さんからもらった券です。2枚あるので2本作ってくれませんか」
「パットンから? 割引のに無料券も――分かった。ちょっと待ちな、すぐ作るから」
バーテンダーは券を受け取ると裏の厨房に向かった。よかった……何かトラブルになる前に対処できた。ここは酒場だし、多様な面倒くさい客には慣れてるからすぐ怒鳴ったり大事にはしないんだろうな。経験豊富な店主で助かった。
隣に座って頭を軽く小突くと、流石に食欲に思考を支配されすぎているのを恥じたのか、えへへと照れ笑いが聞こえた。可愛いからって許されると思うな。そのプラプラとせわしなく動く脚は食べ物への期待からでしょ。
しばらくすると、肉とタレが焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。そんな厨房の奥から「そうだ、飲み物の注文は?」と質問が飛んでくる。
うーん……といっても、あまり良い返事はできないよな……。
「まだ未成年だから、ノンアルコールのものがいいです。何かないですか」
「ああ、あるよ。最近はノンアルコールのものも需要が高くなっていてね。果汁ジュースはもちろん、メニューの一番最後のページに書いてある飲み物も全部酒じゃないよ」
「おお! オイラ、このググプラムのジュースがいいぞ!」
「もう決めたんだ……はぁ、私はブドウのジュースで」
「はいよ」
意外とお酒の注文じゃなくてもすんなり通ったな。思っていたよりもメニューの数も豊富だし。最近のモンド人は、お酒を控えて健康志向なんだろうか?
「最近の
「なるほど……」
逆に言うと、これが
モンドのことを少し理解できた気がする。こういう国民性かぁ……。
早々に食べ終え、私が手に持つ串すらもパイモンに狙われているところ、「そういえば」とバーテンダーが助け船を出してくれた。パイモンの意識をそらしてくれる目的なのか、単なる好奇心からの質問なのかは本人のみぞ知るけれど。
「あんたらはどうして昼間からここに? お酒も飲めないようだし、単に食事しに来ただけか?」
「あ! そうそう! 聞き込みしに来たんだよ! なっ!」
「完全に忘れてたんだね……言い出しっぺなのに……」
残念すぎる。感情のないぎこちないしゃべり方で視線を逸らしているところも含めて。それで図星なことを誤魔化せるとでも? 「えへへ」と照れ笑いする以上にもっとちゃんと反省してほしい。
パイモンの頭の中は食べ物とお宝のことしかないと考え始めているところだけど、より根源的な欲求に近いからか食欲の方が金銭欲よりも優先されるらしい。――別にこんなこと知りたくもないんだけどな……。
「――アルカディア遺跡? いや、聞いたことないな」
「そうか……」
「なら、少し店内で聞き込みをしてもいい?」
「ああ。金を払ってくれてるお客さんだし、それくらいは別にいいよ。トラブルさえ起こさなかったらな」
「――けーっきょく、誰も知らなかったじゃないか!」
「売れない吟遊詩人に、何をしているか分からない無職の男性が2人。まぁ、昼間から酒場に来て呑んでいるような人に碌なのはいないよね……」
「ここならなにか有力な情報をゲットできると思ったのに収穫なしとはな。――はぁ、やっぱり夜に来るべきだったな」
結論としては聞き込みの成果は0。エンジェルズシェアにはただ昼食代わりの軽食を食べに来ただけということになった。
店内の雰囲気とかバーテンダーさんの対応とか色々良かったし、このお店のことを知れたのは唯一の収穫と言えるかも。換気がしっかりされているのか、そんなにお酒臭くなかったし。
「はは、その様子だと、あまり芳しくなかったみたいだね」
「あ、パットン! 割引券ありがとな!」
「どういたしまして。――そうだ。君たちは遺跡について調査してるんだよね」
「そうだけど……どうかしたか?」
「そこのテラス席で飲んでいる人、どうやら話を聞く限りかなり凄腕の冒険者さんらしいんだ。彼にも聞いてみるといいんじゃないかと思ってね」
パットンが指さす方を見ると、入り口近くに数席設けられたテラス席にただ1人寂しく座って酒を呷る中年の男性がいた。テーブルの上には既に酒瓶が何本も空けられていて、かなり長いことあの席に座っていることが窺える。ちょうど看板の影になっていたのか、気づかなかったな。
「こんにちはー! ――って酒臭っ! 昼間っから飲み過ぎだろおまえ!」
「ああ? 『おまえ』じゃない。スタンレーだ。俺の名前よく覚えとけ。どうした? 俺の冒険譚でも聞きに来たのか」
「いや……」
「悪いけど、『アルカディア遺跡』ってのがどこにあるのか、聞きに来ただけなんだ」
パイモンのコミュ力にはほとほと感心させられる。私はもうこの飲んだくれのおじさんと話したい気が失せているというのに、果敢に話しかけてる。まぁ、自分が提案したこの場所で、何か1つでも手がかりを手に入れたいというのもあるかもしれないけど。
スタンレーと名乗ったその男は、かなり呑んでいて赤ら顔、座っていても少しふらふらしているくらいなのに、妙に眼光は鋭く、呂律もはっきりしている。ぼさぼさの茶髪に無精髭、よれた服と印象は最悪なのに、どこか凄みを感じる。目が据わっているからだろうか。
「『アルカディア遺跡』? このスタンレーにも行ったことない場所があったとは……」
「スタンレーも知らないのか」
「そりゃ全ての場所、それも秘境に行くことなんて不可能だろうしね」
ということで、調査終了。分かってはいたけどこの人も何も知らないみたい。
さて、と踵を返すと、スタンレーが私の左手首を掴んで引き止めてくる。手首を掴んで? は? 何してんのこのおじさん? 普通にアウトなんだけど。
「まあ、アルカディアなぞどうでもいい。それより、俺が
「離してもらえます?」
「そんな暇はないんだよ。どうせ話すなら、なにか手がかりはないか、よく思い出してみてくれよ」
「あの日、俺が
「うう~~」
「もう行こパイモン。構ってたら日が暮れちゃうよ」
掴んできた手は力で引き剥がしたし、大した情報も持ってなさげ。自分語りに熱心な酔いどれ中年に付き合ってあげるほど私の優しさは余ってはいない。
夜の酒場で、酔っ払い相手に管を巻いてたらいいと思う。こんな風に異性の若者を物理的にひっ捕まえて語るのは、どんな時代のどんな国でも倫理的に許されないでしょ。
「お宝を見つけたら、オイラたちの『アルカディア探検記』の方が絶対に面白いんだからな!」
自分から言っちゃってるし……。
空中で地団駄を踏みつつ、ぷんすか怒るパイモン。そのかわいらしさに隠されてるけど、思いの外怒り心頭だ。
「もういい! こいつからはこれ以上なにも聞き出せそうにないみたいだ。次行こうぜ、次」
「ふん、俺の話を聞きに来たんじゃないなら、もう何も言うことはないな」
「あはは、ごめんね。僕が彼のことを提案したばっかりに……」
申し訳なさそうに頭をかいてパットンが謝ってきたけど、彼が謝る必要なんてどこにもない。ただ善意で、聞き込みをして回っている私たちに助言をくれただけだ。
むしろ謝るべきはスタンレーの方。未だ一切の謝罪の言葉を聞いていない。
「気にすることないよ」
「そうだぞ。それにオイラ、おまえから良い情報をもらったと思ってるくらいだ」
「と、言うと?」
「蛍、次は冒険者協会に行こうぜ。スタンレーはダメだったけど、遺跡のことなら日頃から外に出ている冒険者たちの方が詳しいだろう」
エンジェルズシェア:長い歴史を持つアカツキワイナリーに設立された酒場。店名の由来について、バーテンダーのチャールズはそう説明した。酒蔵の酒は蒸発などの原因で醸造完了時の量より少しだけ少なくなる。醸造者はそれを「天使に取られた分」と呼ぶことがよくあるため、残った分は「エンジェルズシェア」となるという。