その最初の目的地は風神に守られている都、モンド城である。
「モンド……思ってたよりも遠いなぁ……」
「大きな街みたいだからね。それに、大きな風車や建物も見えるから、つい実際よりも近く感じちゃうよ」
「オイラちょっと歩き疲れちゃったぞ」
「歩いてないのに?」
「飛んでても疲れるんだ! おまえには分からないかもだけどな!」
本当かなあ。パイモンもたまには歩けばいいのに。
実情は分からないけど、ふわふわ浮いてて傍目には疲れなさそうな隣人にジト目を向ける。
「あっ! 今オイラに、『歩けばいいのに』って思っただろ」
「あ、正解。よく分かったね」
「せっかく飛べるんだから、飛ばなきゃ損だろ? それに、オイラだとおまえの3倍くらい歩かないと同じだけ進めないから、3倍疲れることになるぞ!」
だからオイラは飛ぶんだ~、と左右にふらふらしながら私を先導するパイモン。そういえば食べる時でさえ飛んでいるような気もするし、〈パイモン歩けない説〉を提唱してみる。あるいは、地面に触れられない説?
数日間ずっと雨でしばらく動けなかった時期もあったけど、今日は雲一つない快晴。ある程度慣れているとはいえそろそろ野宿生活と縁を切りたいし、早めに街で宿を取りたい……。
ふっ、と。私の周りに2秒くらいだけ影が落ちた。
「うわっ、なんだあれ!? なんかでっかいやつが……空を飛んでるぞ!」
見ると、大きなドラゴンが南西方向にある森の方へと飛んでいくのが見えた。身体や翼は美しい青色で、日光に反射してきらきらと光っている。翼を大きく広げて滑空していて、どこか近くに着地するみたい。
「森の奥に行ったみたいだ。気をつけて進もう。なんなら、ちょっとルート変更するか?」
「え、なんで?」
「なんでって……おまえはあいつが怖くないのかよ」
「怖くないと言えば嘘になるかもしれないけど……でもそれ以上に、気になるじゃない?」
「うー……分かった! 行く行く、オイラも着いてくよ」
「怖いんでしょ? 別々にモンドに向かってもいいんだよ」
「そんなことしたら、まるでオイラが怖がりみたいじゃないか!」
「そうでしょ?」
「全然違うぞ! 見てろよ!」
パイモンは空中で器用に地団駄を踏み、走らないと追いつけないくらいのスピードでドラゴンが飛んでいった方向に向かっていった。からかいすぎちゃったかな……。
森の中は鬱蒼としており、さっきまでいた平野とは違って、森というのだから当然なんだけども、太い木々がかなりの密度で生えていて、足元もそれらの根が地面から出ててかなり危うい感じ。腰から胸元くらいの高さの小さな木も多く、視界も足元も不確か。
そんな中でも、旅人や冒険者、商人などがよく通るのか、しっかり踏み固められて植物も特に生えていない道が2〜3メートル幅で続いているから歩くのには支障がないけど、日陰になったこともあって少し肌寒い。晴天なはずだけど、ここだけ薄暗い。
「ん? 見ろよ、あれ……」
追いつかれた(というか逃げる気のなかった)パイモンが、手の届かないくらい高くを飛びながら先を指差す。「あれ」と言われても見えないんだけど……。
「もう少し先だ。割と近いから注意して進もうぜ」
いつもの高さに降りてきてくれたパイモンの勧めで、少しだけ道からそれて、道と並行に歩いていくことになった。
小さい木に関しては足にチクチク刺さるし壁のようにもなってることもあるから手持ちの剣でざっくり処理しながら進みたいのが正直なところなんだけど、こっそりドラゴンに近づくのが目的だからできない。ガマン……。
歩いていたらガサガサと音は出てしまうけど、この森はリスやキツネなどの動物が意外とたくさんいるからバレないはず。それよりも姿を見られる方がリスクが高い。
ドラゴンにかなり近い位置まで運良く到達できたから、手近な木に背中をつけて全身を隠す。結構太いから、私が二人並んでも、真後ろから見たらちゃんと隠れられるくらい。 パイモンには私の頭上に移動してもらって、顔だけ覗かせてドラゴンの方を窺ってみる――。
「……怖がらないで。安心して、ボクは帰ってきたよ」
――なんと、ドラゴンに少年が対峙して、静かに語りかけていた。マズイ! 彼が殺される! と思い剣の柄を強く握りしめたけど、ドラゴンはすぐに攻撃できる体勢ではあるものの一応じっとしており、すぐさま襲いかかる様子じゃなさそうなので様子見することに。
少年は全身緑色の服装で、角度的に顔は見えないけど、長い緑のマントとまるっとしたベレー帽のようなものを着用しているのは見える。騎士や戦士のような鎧を着けている様子も、特別鍛えているような雰囲気もない。一体彼は何者……?
「アイツ……ドラゴンと話してる?」
小さくうなずいて返事する。どちらかというと華奢な印象の少年が全長15メートルを軽々超える大きさのドラゴンに話しかける様子は異様だ。ただ、ドラゴンは右前足で全体重を支え、左の前足や少年に近づけた頭によっていつでも攻撃できる体勢を取っているので、彼が何者であろうとも彼の身が危険であることに変わりはない。
今のところ少年の発言に反応を示す様子はないけれど、何がきっかけで動くか分からない。そうなってしまったら私が間に合うかどうかも分からないけれど、迂闊に動く訳にはいかないという手詰まりの状態。とにかく、動向に注意して――
――ポウッ
私の手首あたりから風元素の力が集まり、小さな爆発を起こした。
――マズイ! 手に入れたばかりの力で私の制御が足りなかったのか、それともあのドラゴンに反応してしまった不可抗力なのかは分からないけれど……そんなことは正直どうでもいい!
大事なのは元素のせいで私たちの存在がバレてしまったこと。そしてドラゴンを刺激してしまったこと!
「グワアァァァァア!!」
元素の力に反応したのか、ドラゴンが大声で威嚇し、目の前の少年に左の前足で襲いかかる。
「……誰!?」
少年はバックステップで軽々その攻撃を避けて視線をこちらに向けるけど、私たちだって出て行くわけにはいかない。ドラゴンの攻撃がこっちに向くかもしれないし、もしかしたらこの少年だって私たちの敵かもしれないのだから。
「うおぉわいえぇ……」
「くっ……」
ドラゴンを中心に強風が吹き荒れる。太い木の幹の裏に隠れているとはいえ踏ん張りきれず姿を少年やドラゴンの前に晒してしまう。それに――パイモンが私の後頭部の髪を必死に握って飛ばされまいとしているからバランスも取れないし!
いっっったいたいたい!! いや、小さくて軽いから吹き飛ばされやすいのは解るけど、でもパイモンだってそれなりの体重はある。私の髪だけでそれを支えきることは無理だって!
「――え?」
腕を顔の前にかざしてなんとか目を開けていたのだけど、少年が突然姿を消してしまった。どこかに走って行ったわけでもなく、空気に溶けていくように、忽然と。その過程までしっかり見ていたはずなのに自分を信じられない。痛みで幻覚でも見えてしまったんだろうか。
ひときわ大きく叫んだドラゴンは、目当ての対象である少年がどこかに姿を消したからか、大きな翼を羽ばたかせて空へと消えてゆく。15メートル近くある体長のドラゴンが直ぐ近くを通って飛び去っていくだけでとんでもない迫力だ。上からの風圧に草木も大きく揺れる。あまりの痛みや混乱に、私の頭も揺れる――。
「危なかった、吹き飛ばされるところだった! おまえの髪を掴んでおいて助かったぜ」
「私、ショートヘアだけどよく掴もうと思ったよね。……髪が抜けなくてよかった」
「丈夫な髪で何よりだ!」
「……本当に痛かったんだけど」
「ごめんってぇ……」
半目で睨むとたじたじに。素直で何よりだ。近いうちに頭髪に異変を感じたら、今日のパイモンのせいにしてまた責めてやろうと密かに誓った。それが仮にストレスとか何か別の原因だったとしても、それくらいしてもいい権利はあるはず。
「さっきは何があったんだ? 食われるかと思ったぞ。絶対あのドラゴンと話してたやつが関係してるよな……」
「この世界にもドラゴンがいるんだ……」
「うん、心配してるのはわかるよ……」
「いや、ドラゴンがいること自体は大して心配していないんだけど」
「え?」
だって、あのくらいの大きさのドラゴンと戦ったことは今までにも何度かあるし……いや? それは本来の力がちゃんと使えているから戦えていたわけで。逆に言うと、本来の力が制限されてて、ついさっき手に入れた風元素の力と手持ちの剣くらいしか武器のない今はかなりまずい……?
「ごめん嘘。やっぱり心配」
「だ、だよなー! オイラ、ついビックリしちゃったぜ……」
「ドラゴンと話すのも普通なの?」
「いや、普通じゃないぜ。だからこそ、さっきのアイツが気になるんだよな。――ん? なんだあれ?」
パイモンの視線をたどると、さっきまでドラゴンがいた辺りに、何か赤い石が浮いていた。……「石が浮いていた」……?
「あの石、赤く光ってる……?」
「え、浮いていることは普通なの?」
「近くで見てみようぜ」
「浮いていることは普通なの?」
「気をつけろ! 嫌な感じが……する」
「聞く人を間違えてたよ……。パイモンも飛んでるもんね……」
ややぐったりしながら、パイモンを追いかける。もしかしたら価値観が全然違うかもしれないパイモンと、これから先もずっと旅を続けられるか不安になってきた……。
「こんな石、見たことない……なんなんだこれ?」
パイモンに続いてのぞき込んでみると、握りこぶし大くらいの大きさの石で、形は雫のようだった。きれいな球面じゃなくて、多面体がそのようになっている、不思議な形をしている。内側から赤く光っていて、それを見る限り石というよりは「宝石」とか「結晶」と呼んだ方が適切かもしれない。
「危ないってことだけはわかるな。とりあえず回収しておくか」
「え?」
「だって、ここに放置しておくわけにもいかないだろ?」
「いやまぁそうだけど……」
「おまえの持ってるそのカバン、何でも無限に入るんだーって、オイラに自慢してたことあったろ? オイラ、記憶力には自信あるんだぜ」
「……」
いや、自慢したことも、あったかもしれないけども。
腰元に下げてるカバンを見やる。このカバンは片手で持てるくらいの大きさ、重さしかなくて全然邪魔にならないけれど、この世界から見て異世界産のもので、かなり特殊だ。私の今着ている服と同じで、特注品。かなりお金もかかっているし、それに見合う、いやそれ以上に高性能なものだ。
このカバンはとんでもなく大容量で、見た目からは信じられないくらい大量のものが入る。それに大きさもある程度は自由で、明らかにカバンの口よりも大きいものも結構入る。それに、カバンの中で入れる場所をある程度分けられるので、本と食べ物とか、実際は混ざらないと理解はしていても精神衛生上抵抗のあるものは分けて入れることができる。
生き物は入らないとか、料理を入れたら多少品質が下がってしまうとか、色々と細かい制約はあるけどもそういったものを補ってあまりある私の宝物である。
だから、こういった得体のしれない物も入れることは可能なんだけど……。
「どうした?」
「んー…………いや? なんでもない。そうだね、回収しておこうか」
「よし、回収完了! 急いでここを出よう」
「ちゃんと空のスペースに入れたよね……不安だからもう一回確認しといて……」
「おい、何ブツブツ呟いてるんだ? 早くモンドに行くぞ。その石の正体も分かるかもなんだしさ」
……あまりここでグチグチ言っても始まらないし、モンドに行くのが一番か。それに、森の出口も近いけど日がもう頂点をすぎてて、夜になる前に着けるか怪しいしね。
「そうだね、早く出発しようか」
「ねえ――あんた! ちょっと待ちなさいっ!」
「「え?」」
突然遠くから大きな声で呼び止められた。いや、「呼び止められた」と言うより、はっきり「遠くから咎める」と表現した方が正しいかもしれない。まだ幼さの残る少女の声ではあったけど、その声には険があり、敵視とまではいかずとも親しみは感じられない雰囲気を感じ取れた。
「むむむむ――こっちだ!」
パイモンが自信を持って指さした方向の茂みから長髪の少女が飛び出してきた! 私たちの場所よりも2メートルくらい高い位置から軽やかにジャンプして――
「とっとと……」
あまりよろめくことなく着地した。
その間、私もパイモンもちゃんと立ち止まって敵対の意思が(今のところは)ないことをアピールしていたし、何よりどこから声が聞こえてきて、その主がどこからやって来るのかも分からなかったから動くに動けなかった。だから、その少女がいかに高く軽やかにジャンプしたかも、無事着地できて「よしっ」って顔になってから再度表情を引き締めてこっちに向き合うその過程までしっかり見てしまった。
なんか――憎めないなぁ、この子……。
アイテム「赤の結晶」:水滴状の結晶。赤く暗い光が流れている。あの龍が残していったものかもしれない……先程、龍と言葉を交わした者なら、これが何か分かるかもしれない。しかし、彼は一体どこに?