茜色に染まりだした世界の中、アンバーが「見ればわかるわ」と言った直後、遠くの丘に小柄な人影が見えた。いや、あれは人影じゃなくて――
「あっ、『ヒルチャール』!?」
「逃さないで――!」
私がヒルチャールに向けて走り始めた時、先導していたアンバーはもう弓に矢を番えていた。そして、私がヒルチャールとの距離を半分も詰められていないうちに炎を纏った矢がヒルチャールの頭に刺さる。
私も走りながら剣を腰だめに据えて――ダッシュの勢いを殺さないまま振り抜く!
「gusha……」
無事ヒルチャールは絶命。剣の一撃により背中向きに吹っ飛んだヒルチャールは、地面に落ちる前に塵となって消え、その場には破損した仮面だけが残った。スライムの液体同様、魔物のドロップ品だ。
「うぉー! ナイス連携プレーだぞ!」
「……ねぇアンバー。ヒルチャールについて質問してもいい?」
「ありがとうパイモンちゃん。そしてごめん蛍。多分今のは偵察役のヒルチャール。集落が近い証拠だと思う。危険なのはまだ続いているから、集落を片付けてからね」
それまでとは違って、引き締まった表情で真剣な眼差し。「少女アンバー」から「騎士アンバー」になっている。仕事モードだ。
そういうことなら仕方ない。私達は再度気を引き締めて先に進む。ひとまず目指すのはさっきのヒルチャールがやってきた方向。集落から偵察に出ていたのであれば、まっすぐ移動したと仮定して、その道を辿っていけば見つかるはず。
仕事で討伐しているアンバーが無言で集中しているから、私もパイモンも邪魔しないように自然と口数が減る。
「おっ、集落だ! でも、高台にいるヤツがいるぞ……」
集落はある程度遠くからでもはっきりと分かった。
小さな集落ながらグルッと木で柵を作って囲っているし、なにより手作りの高台――見張り台を作っていて、その上に弓矢を持ったヒルチャールが周囲を警戒していた。
私たちは手頃な茂みが近くにあったから運良く隠れられているけど、ここを出てこれ以上近づいたら発見されて高台にから剣の届かない高さから一方的に射られるのが想像できる。もちろん弓矢のヒルチャールだけじゃなく、3〜4体の棍棒を持ったヒルチャールも見えるから、上ばかりに注意を割いてもいられない。
「ねえ蛍。あんた、さっきも手伝ってくれたけど、剣で戦えるのよね?」
「うん」
「じゃあ、下のやつらは任せるわ。上の弓矢は私が対処するから気にしないで戦って!」
そう私に言い渡すなり、アンバーは茂みから飛び出してピピピッと2~3本連続で矢を放って見張り台のヒルチャールの気を引いてくれた。いつの間にか胸元に提げていたゴツいゴーグルを着用して、パッと見でどこを見ているか、どこを狙っているかが判らないようにしていた。そして私の方なんか見向きもしない。
ありがたいけど……やっぱりアンバーって勢いで動くところがあるよね!
「パイモンは危ないからここに隠れててね」
アンバーは茂みの右側から飛び出して注意を引いてくれたので、私は反対側から飛び出して集落を目がけ走り出す。見張りのヒルチャールの呼びかけにより地上のヒルチャールたちの注意もアンバーに向いている。そこを横から衝いて崩す作戦だ。
――残り約20メートル。ヒルチャールの内の一匹がようやく私に気づいた。
――残り約13メートル。ヒルチャールが近くの私と指示を受けたアンバーとどちらの対処をすべきか迷っている。
――残り約8メートル。ようやくヒルチャールたちが狙いを私に切り替えたが――もう遅い。
私は右の手のひらをヒルチャールたちに向け、元素の溜め攻撃を放った。これは私にもそれなりの衝撃がくるから放っている間は踏ん張ってないといけないという欠点があるけれど、複数体同時にダメージを与えられるのが利点。
……ん? 少し敵を吸引しているような気もするな……。やっぱり真空の空間を作ってる?
元素攻撃を放ち終わり、衝撃波で全員を吹っ飛ばした後は、剣を取り出して各個撃破に移る。起き上がりざまに振り下ろしで一体、横から棍棒を振り上げて来る別の個体の横腹に一閃。
もう一体は――
「蛍! 後ろだ!」
パイモンの叫びを受けて時計回りに勢いをつけて回転斬りを――
――手応えはなく、私の剣は空を斬った。私から見て右から左に吹っ飛んだヒルチャールの側頭部には、炎を纏った矢が深々と刺さっていて、その身体は塵へと変わっていった――。
「ふぅ、楽勝楽勝~。でも、正直あんたもこんなに戦えるなんて思わなかった……」
戦闘後、アンバーは肩の荷が下りたのか鼻歌交じりにそう話しかけてきた。
「支援ありがとう。それに、いきなりの指示にも従ってくれて。ねぇ、戦ってどう思った?」
「楽勝」
アンバーに倣って同じように答えておく。まぁ実際、これくらいなら楽勝だったし。アンバーがいなくても無傷で乗り切れたし。本当に本当。危険な場面も一部あったけど、今回は逆にアンバーという味方がいつもと違っていたから調子が崩れていただけ。
「なんでこんなところにヒルチャールが現れるんだ? こういうヤツらは普通、都市から離れたところに巣を作るよな?」
右手を顎に、左手を腰にやり、さながら名探偵のような姿勢でパイモンが疑問を呈すると、アンバーも右手を顎にやしつつ答える。
「そうね、本来だったら荒野にいるはずね。でも最近、風魔龍が頻繁に出現するようになって、キャラバンのルートに影響があったの。暴風が発生する度に怪我人も多数出るし……騎士団はその被害から守らなくちゃいけなくてね」
「だから、こいつらの活動範囲もだんだん城の方に?」
「そう。でも、今日また一つ巣を片付けられたから進展はあったわ」
なるほど……森の中にいたときは普通に何体も遭遇したからそういうものだと思ってたけど、確かにここはモンド城からそこまで離れてないから不自然といえば不自然か。
「じゃあ、私も質問。『ヒルチャール』って一体何者なの?」
ヒルチャール。
小柄の人型で身長は私よりも少し低いくらい。小型の人型で、棍棒や盾を持っていることもよくある。頭はかなりのボリュームのあるベージュの体毛で覆われていて、頭頂部からは黒い角が二本生えている。どの個体も仮面を着けていて顔は見えないが、何か言葉を話すのは確実。
倒すとその仮面をドロップ品として遺し、また身体は塵になって消えるので魔物であることは確実なんだけど……人型ということもあって、どうもそれだけじゃないというか、親近感を覚えてしまって躊躇してしまう時もある。
「何者って言われてもね……。ヒルチャールはヒルチャールよ。人に似ているかもしれないけど人とは違う魔物で、集落を作っては度々人々を襲う。大陸の全土にいるとも言われている……倒すべき魔物よ」
「そう……だよね。ごめん、変なこと聞いた」
「そうだぞ? オイラも前にアンバーと同じようなことを説明した気がするし……ヒルチャールの何がそんなに気になってるんだよ」
「いや、人型だから気にしすぎちゃってるだけだと思うから。もう大丈夫」
二人とも「んー?」と腕組みして首を仲良く傾げてたけど、「まぁいいか」と解放してくれた。私の個人的な興味というか疑問だから、あまり他の人をそのことで振り回したくないし……。まさかヒルチャールに少し親近感というか同情しちゃって剣が鈍ることがあるだなんて、とても二人には言えない。
「さあ、わたしについてきて! 真面目で優秀な騎士が、あんたたちを城まで守ってあげる」
「おいおい、オイラたちはおまえに守られるほど弱くないって、今ので分かっただろ?」
「んー、少なくとも蛍の方はね」
「オイラをなめるなよ! バトルの時だってサポート上手なパイモン様なんだからな!」
ぷんぷん、とオノマトペが聞こえてくるくらい分かりやすく「怒ってます」と全身でアピールするパイモン。空中で地団駄を踏みながら(音は当然しない)腕組みをしながらほっぺを膨らましてアンバーを睨んでいる。かわいい。
「まあ……いいか。それよりも〜……えへへ〜」
「な、何よ急に……」
そこからゆるゆるの笑顔に急変したパイモンにアンバーがたじろぐ。
「もう出発するんだよな? じゃあ、あいつらが持ってた宝箱はオイラが開けてもいいか? いいよな?」
「え? あ、うんそうね。すっかり忘れてたわ」
「やったー!!」
たっからっばこ〜、たっからっばこ〜とウキウキしながら集落の隅に置いてある宝箱に飛んでいく。さっきの怒りがただのポーズであることがよく分かる変わり身の早さだった。
「宝箱に目がないのね」
「生きがいの1つが宝箱を開けることらしいからね」
ちなみに普段は、道端や魔物が持っている宝箱を先に発見した方が開ける権利を持つことになってる。私も宝箱を開けるワクワクは感じたいけど、それだと魔物を倒すのは私だから、貢献したのは私だと主張するとパイモンは言い返せない。こうなるとパイモンにとって不平等になる――という主張を受けてなるべく平等になりそうなこのルールになった。
「キレイな羽飾りにー、風の印にー、おっ! モラもいっぱいあるぞ!」
宝箱の前で、上に下に、右に左に飛び回りながら宝箱の中身のそれぞれに喜びを表している。こっちにぶんぶんと手を振って、「おーい蛍! 早く回収するぞ!」と呼びかけてくる。パイモンそのお宝たちとさっきのよく分からない赤い結晶とが同じカバンに入れられることをどう思ってるんだろう?
「……かわいいね」
うん。かわいい。
「だからもう、パイモンちゃんのことを『非常食』って言うのはやめるのよ?」
「…………」
「返事は?」
「……はい」
ヒルチャール:テイワットの荒野を彷徨う原始住民。
人に似ているが、知能と精神はすでに失っている。存在自体は千年をも超えるが、歴史や文明に関する記録はない。
500年前の暗黒な災い以来、大地の隅々に広く分布している。力は弱く、組織性も乏しいが、時にはトラブルを引き起こす可能性がある。