「モンドはもうすぐ。――ほら、もう城門が見えてきたでしょ?」
西の空が赤みがかってきた夕暮れ時、ようやく目的地付近まで辿り着いた。割と遠くからでも街の姿は見えていたけれど、大きな建物だから実際よりも近く見えてしまっていたんだろう。
「やっとか! うぅ、ここまで長い道のりだったけど、ようやくあったかいご飯とベッドがオイラを待っているんだな……」
「ちょっとパイモン? あったかいご飯なら毎日作ってあげているでしょ?」
「へえ、あんた料理できるんだ」
もちろん。そうでないと、正直長いこと野外中心の旅なんてできない。
私の持っているカバンには料理も入れることができるけど、どうしても時間が経つと冷めてしまったり乾燥してしまったりと少し品質が悪くなってしまうから、できる限りはその都度料理するようにしている。もちろん調理器具は簡易的な物とはいえ、全て腰のカバンに入っているから便利。
「ん? なんだあれ……いいにおい!」
元々食欲に忠実で、更に今日はかなり色々なことがあった上で、普段ならもうそろそろ食事にする時間、と色々と条件が揃ったパイモンが驚異の嗅覚でもってごはんの匂いをキャッチ。普通の人間である私とアンバーはまだその匂いは感知できていないけれど、その匂いの元とやらに勝手に一人飛んでいってしまった。
「ちょっと! ……はぁ」
「まあ、さすがに城門近くだしね。ヒルチャールの料理ってわけじゃないだろうから大丈夫なんじゃないかな」
「だとしたらもっとマズいかも。誰かに迷惑かけてないといいけど……」
とは言いつつ。実際はそこまで心配している訳じゃないのでゆっくり歩いてパイモンに追いかけることに。私自身もお腹空いているから走ったりしたくないというのも本音の一つだけども。出会ったばかりのアンバーの前で大きなお腹の音なんか鳴らしたくないし。
「おぉー! 何作っているんだ!?」
「これはね――」
パイモンと相手の女性の会話が聞こえてきた。ここまで来ると流石においしい匂いが私たちにも感じられるようになった。香ばしい、お肉の焼ける匂いが風に乗って届けられる。
「こんにちは。ごめんなさい、私の仲間が迷惑をかけちゃって……」
「全然迷惑なんてかかってないわよ。むしろ、美味そうだとか料理が上手とかとっても褒められちゃって逆に恥ずかしくなっちゃったくらい。――ん? 君たちも冒険者なの?」
「通りすがりの旅人だよ」
「私は
「魔物や悪人じゃないなら誰でも歓迎よ、いらっしゃい」
茂みの向こう、モンド城のすぐ近くに鍋など調理道具を広げていたのは、20代前半くらいのお姉さんだった。
話を聞いていると、彼女――リンさんは冒険者協会に所属していて、料理の研究をしているらしい。料理人というわけではないけれど、新たなメニューや食べ合わせ、より簡単で美味しくなる調理法などを調べているのだとか。
「『腹が減っては冒険が出来ぬ』というのが、『サバイバルの心得』の第一項目だからね。だから今のところは自称だけど、私はサバイバルのプロよ。いつか名実共にプロになってみせるわ」
「すごい……」
何をどうやったら誰にプロと認められるのかとか、その辺りは全く知らないけど、とにかく一つの大きな目標に向かって努力を続けられるのはそれだけで賞賛されるべきだ。私も今までは大きな目標とかを掲げて生きてきたことはないけど、今はお兄ちゃんに会うという目標がある。だから多少こじつけかもしれないけど、リンさんに自分を重ね合わせて考えてしまう。
――ダメだダメだ。こんな調子だと、自己肯定感が際限なく下がってしまう。きっと城内には大きな夢や目標に向かって日々努力している人が数多くいるはずで、そんな人たちに出会う度にこんな調子だとメンタルがもたない。
「オイラ、冒険についてはよく分かんないけど、ピクニックなら大好きだぞ! それに、仲間の蛍も料理が得意だぞ。そうだろ?」
「得意と言えるかどうかは……。でも、料理は好き」
「おお! 鍋の準備はできてるから、腕前を見せて!」
「え?」
「こうやって切磋琢磨しながら料理できる機会は珍しいわぁ」
「リンさん……?」
「キノコと鳥肉が桶に入ってるから、それで〈鳥肉と野生キノコの串焼き〉を作って」
「おーい……ねぇアンバー。モンドの人って、みんなこんな感じなの……?」
アンバーは騎士という特殊な立場の人だから別カウントとして、モンド人一人目でこうも私の話を聞いてくれなかったら、先行きが不安すぎるんだけど……。「違うから安心して。この人だけだから……」とフォローしてくれたけど、果たして?
パイモンは食欲に支配されてるから「早く作ろうぜ! お腹ペコペコなんだ!」しか言わないし。――仕方ない、ひとまず料理しよう。
リンさんの用意していた調理道具は簡易的な物だけど流石に私のものよりは大きめで上等なもののように見える。移動の時は背負っているのかな……。料理の研究家? サバイバルのプロ? はすることが違うな……。
用意されているのは水の入った桶や同じく水の入った鍋。鍋は木の支柱を三本組み合わせて三脚のようにしたものに吊るされていて火にかけられている。腰の高さくらいの小さめの作業台もあって、まな板や包丁、刃渡りの異なる二本のナイフも置かれている。また、塩と胡椒、そして何か調味料が入っていたであろう空のビンが置かれている。
冒険者らしいし、あちこち旅をするんだろうけどここまでの調理道具を常備しているのは本当に凄い。私みたいに便利な収納アイテムもないだろうし。
さて、〈鳥肉と野生キノコの串焼き〉だったっけ……?
この世界では鳥肉にはあまり頓着なく、基本どんな鳥であろうとも「鳥肉」として扱うらしい。だから「鶏肉」などの表記はしない。個人的にはとてももったいないことだと思ってる。今回の使用部位は胸肉ともも肉がメイン。桶の中には既に胸肉やもも肉に分けられているのが大小様々入っていた。今回は〈串焼き〉とのことなので小鳥のものであろう小さめの胸肉を取り出す。
キノコに関しては、森の中に「THEキノコ」といった感じの手のひらサイズくらいの大きさものがよく生えている。カサは薄い茶色で、歯ごたえも食べごたえも十分な種類。その他にも小さめのキノコを何種類か見かけたけど、串焼きには向かないし、この桶の中にはそもそも入ってなかった。
桶から食材を取り出しているとリンさんが串を作業台の上に用意してくれたので、必要なものが全て揃ったので軽く調理を始める。
鳥胸肉は両面に塩と胡椒をかけて馴染ませる。キノコは縦に切って塩のみで味付け。鳥肉、鳥肉、キノコの順で串に刺していく。キノコは柄の部分、カサの部分と2ヶ所刺す。鍋が火にかけられているけど今回は使わないのでどかす。本当は網とかを用意すればいいんだろうけど、面倒くさいので手持ちで直接火にかけることに。
火は少し小さくなっていたけど、1分くらい串を火にかけていると鳥肉から脂が滴り落ちるようになったので、火力の心配はなくなった。串は全部で4本作って、両手に持って2本ずつ火にかけている。リンさんがお皿を4皿用意してくれたので、しっかり火の通った完成品をそれぞれ乗せる。
「はい。リンさんとアンバーに」
「えっ、オイラのは?」
「これから作るから……。今日初めて会った2人を優先するのは当然でしょ?」
「うう……それは、そうだな。仕方ない、ガマンする」
パイモンに運んでもらって私は残りの2本――私とパイモンの分を火にかける。
「もうできたの? うん……いいにおいがするわ!」
「ありがとね、蛍」
2人は「いただきます」と言って料理を口にしたけど、それからしばらく反応がない……。たまたま私は2人に背を向けているし、無反応本当に怖いんだけど……。
「うーん! 思ったより美味しい! 君やっぱりセンスあるわね」
「わぁ、これ本当に美味しいよ。『鹿狩り』で食べるのと同じくらい!」
ほっと胸を撫で下ろす。好評でよかった……。パイモン以外に手料理を振る舞うのなんて数ヶ月ぶりだから本当に不安だった。もしかしたらパイモンは私に気を遣って「うまい」って言ってくれてるのかと思ったこともあったけど、割とズバズバものを言いそうなリンさんがこれほど手放しで褒めてくれたのだし、もう少し自信を持っていいかも。
「はい、これはパイモンの分ね」
「待ってました!」
既に肉の脂で強火になってたこともあり、私とパイモンの分はさっきのよりも早く焼き上がった。「いっただっきまーす」と串を受け取るなりすぐに真ん中の肉にかぶりつくパイモン。お皿を使う気はないらしい。
「君の腕ならもっと難しい料理に挑戦してもいいかも。私の荷物に食材がまだあるから、君にあげるわ。料理のお礼よ」
「え? いいのか? おまえが食べるもの無くなっちゃうぞ?」
「大丈夫よ、野外探検で食材はたくさん手に入るから。君たちも周りをよく観察することね。食材を見つける眼と料理の腕。それと……きれいな水かしら。それだけあれば野外で餓死するようなことはないわ」
パイモンがすごいスピードで食べ終わった頃、リンさんがそう提案してくれた。正直、私はカバンのおかげでそんなに鮮度を落とすことなく大量の食材を長期にわたって保存して持ち運べるんだけど……ここで遠慮するのもかえって悪いか。
私たちはパイモンの選別で、キノコや鳥肉、小麦粉の入った袋、鳥の卵を貰うことにした。
「それと、モンドにある『鹿狩り』では料理だけじゃなくて雑貨店にはない食材も販売してるから、時間がある時に寄ってみるといいわ」
「うんうん、情報ありがとう。じゃあ蛍、もう一本〈鳥肉と野生キノコの串焼き〉作ってくれないか?」
「何が『じゃあ』なの。嫌だけど」
「えーならしょうがないなー、モンドに着いたらその『鹿狩り』って店に行ってみようぜ!」
「それが狙いなわけね」
「ほら2人とも、そろそろいきましょ。失礼しますね、リンさん!」
私たちは慌ただしくその場を離れることに。
「うん、また縁があったら会いましょ――ちょっと、食材持っていくの忘れてるわよ!」
「――なぁ蛍。なんでもらってすぐにカバンに食材入れなかったんだ? どうせ入れるんだし、途中まで抱えて移動するの大変だったぞ」
「あの人の目の前で明らかに入るわけない大きさのカバンに次々物を入れてたら絶対質問攻めに合うでしょ? それが嫌だから」
「ああ……」
鳥肉と野生キノコの串焼き:キノコと鳥肉を組み合わせた串焼き。ジューシーな鳥肉が香りのいいキノコを引き立てる。食べる時に好き嫌いをしないように。