「んじゃ、お金も手に入ったし、何か食べようぜ!」
「私のお金でしょ? 使い道は基本全部私が決めるよ」
「えっ……オイラのは……?」
「大丈夫。ちゃんとパイモンにもご飯食べさせてあげるから……」
「怖い顔だ! 悪い顔だ! おまえ、オイラが思ってるよりがめついヤツだったのか……? お金を持つと人が変わるってホントなんだなぁ……」
失敬な。私はまともな金銭感覚を持っているだけだというのに。
今までは最初からお金のない野宿生活だったから不満はそこまで出なかったけど、一度まとまったお金を持ってしまった以上、もうこの先長期の野宿にパイモンが耐えられるとは思えない。途中で野宿はもう無理、街から出たくないと言い出す姿がありありと想像できる。
そうならないためにも、あるいはそうなった後のケアのためにも、ある程度まとまったお金は持ち続ける必要があるし、そのために倹約する必要もある。そもそもお金って使い方や量によってはかなり万能なアイテムになるから持っておくに越したことはない。だからパイモンには悪いけど、財布の紐は私がずっと握り続ける――
「ふんだ! おまえがその気ならこっちにだって考えがあるぜ! いろんなところで美味しいものをいっぱい食べて、『会計は蛍って冒険者にツケてくれ』って言うぜ!」
「待ってごめん私が悪かっただから機嫌直してほら食べに行こう?」
「アンバーが言ってた〈鹿狩り〉がいいな~」
「よし行こうすぐ行こう。待っててね今地図で探すから――あった噴水広場に面したところにあるんだってさぁ出発しよう」
「おまえ……なにかお金に関してトラウマとかあるのか……?」
べ、別にありませんけど!?
〈鹿狩り〉は、思っていたよりも小さなお店だった。
広場のほど近くという好立地だけど、店の外観としては大きな建物の壁を背にした屋台のような感じで、近くのテラス席で食べる形式のよう。奥の背を向けて料理をし続けている男性のシェフとカウンターと女性スタッフの二人体制。カウンターのこちら側の面にメニューの紙が貼ってあって遠くからでも注文を考えられるようになっている。
小さなお店ながら、アンバーもオススメするだけあって繁盛しているみたいだ。お酒も提供はされるみたいだけど、やっぱり居酒屋ではないから料理のメニューはおつまみ系ではなさそう。だから並んでる人はいるけど何時間も待つほどではなさそう。
「あっお客様! 〈鹿狩り〉にお越しならご注文承りますのでこちらへどうぞ!」
「あっ呼ばれちゃった。パイモンはもう何注文するか決めた?」
「ばっちりだぞ」
なら、私はまだ決めれてないけど――というか並んでるお客さんに隠れてメニューをあまり確認できてないけど――行こうか。私はそんなに優柔不断しないし。
「〈鹿狩り〉へようこそ! 何名様ですか?」
「2人だ!」
「ご注文お決まりですか?」
「オイラはもちろん、〈にんじんと――〉」
「あ、待ってパイモン」
「なんだよ!」
るんるん気分の人に水を差すのは私もできるならしたくないけど、でも一応私にも考えがあるんだ。
2ヶ月くらいの付き合いの中で初めて見るレベルの怒りの形相でパイモンがこっちを振り返る。怖いって……。食べ物の怒りはかくも恐ろしいものなのか。
「どうせならその料理を最初に食べるのは、アンバーと一緒のときにしない? せっかく仲良くなったモンド人第一号だし、奢ってくれるって約束してくれた彼女のオススメ料理だし、そのほうがいいかなって」
「ん? ……むむむ……た、たしかにそうかもしれない……」
「じゃあせっかくだしそうしよう。あ、私は〈ホワイトソースポトフ〉をお願いします」
「おい! なんでおまえはさっさと決めてるんだよ!」
いやまぁ、私こういうところでは即決できるタイプだし。パイモンは逆に優柔不断でながいこと悩みそうだなー……だから私も少し心苦しいけど。まあ、パイモンも賛同してくれたし?
ほら、次の人が来てパイモンを待ってるかもしれないよ――と急かしてなんとか〈冷製肉盛り合わせ〉を注文させた。「本日のおすすめ」と書かれた立て看板に書いてあったものだ。……正直どのくらいのボリュームか分からなくて不安だったから選ばなかったんだけど――まあ、パイモンなら大丈夫か。
「ご注文以上でよろしいですか?」
「あ、お酒以外の飲み物はありますか? 私とこの子でも飲めそうなやつ」
「もちろんありますよ! オススメはアップルサイダーですが、〈ホワイトソースポトフ〉には合わないと思うので……牛乳などもありますよ。メニューは右端の紙に載っています」
ということで、私とパイモンはそれぞれ〈夕暮れベリーティー〉を注文することにした。
合計で約8000モラ。モンドでの初めての夕食だし、特に金額の上限も設けなかったけど、1食の金額だと考えると結構痛い出費になったな……。朝食や中小もこうしてお店で食べると仮定したら、食事代だけで1日1万モラは定期的に消えていく計算になる。そこに宿泊費が積み重なるのは確定だし、その他にも色々と入り用な物もあるだろうから……と考えると、資金にゆとりは全くない。
「街の生活って……お金がかかるんだね……」
「ん? 何か言ったか? ――お! あそこの席、2つも空いたからオイラたちも座れるぞ! 早く行こうぜ!」
「そう、だね。先のお金のことを今から悩んでも仕方ないか」
「そうだ! 悩んだときはおいしいごはんを食べるのが一番だ!」
よほど楽しみなのか縦にクルクルと3回転もして全身で喜びをアピールするパイモン。ついさっき串焼き1本は食べたはずなんだけど……あんなものじゃ足りなかったのか、それともお店のご飯は別扱いなのか。
この大食い妖精の食欲、そして想定される食費に思わず身震いする。
「おおー! うゎはぁー!! とってもおいしそうだぞ!」
「うん。それは本当にそうなんだけど、パイモンのそれは明らかに数人前のお酒のおつまみだよね?」
パイモンが注文した〈冷製肉盛り合わせ〉は、大皿にハム・ベーコン・ソーセージがたっぷりと盛り付けられている。お肉の下には野菜も敷かれているけど、お肉との割合で考えたら微々たるもの。葉物やトマトはあくまでも口直し的な役割だろう。どの種類のお肉も長期保存のために加工されたものだから塩味は濃いはず。それに加えて2種類のソースまで用意されてるのだから、本当におつまみとして優秀だと思う。まぁ私たちは飲まないんだけど。
「……私のポトフ半分あげようか?」
「いいのか!? じゃあオイラのも半分おまえにやるよ!」
「いや、そんなにはいらない」
私が注文した〈ホワイトソースポトフ〉は、クリームで煮込まれたポトフで、こちらもごろっとした大ぶりなお肉がいくつも入っている。もちろんそれだけじゃなくにんじんやじゃがいも、それに……なんだろう? 何かの花や葉っぱも入っている。
まぁそれなりに量があるし、パイモンとシェアしても問題ないはず。私はカウンターの店員さんに取皿と追加のスプーンをもらいに行った。お肉の方は大皿だから最初から分けあう前提てフォークが2本ついてきてたけど、ポトフは1人用だからスプーン1本しか渡されなかったからね。
――そして。
「――いやぁ、満足満足……」
「思ってたよりも夢中で食べちゃってたね……」
もしかしたら食べ切れないかも――とか考えていたのはいつの話か、気がついたら皿の中は空に。ハムとベーコンとソーセージ、どれが一番おいしいかという議論にもなりかけたけど、しばらくぶりの外食だったからか「まぁどれもおいしいしいっか!」となり白熱することなく平和に分け合い。ポトフも濃厚なソースと口の中でほろほろと溶けていくお肉に魅了されて、また食べにくることを誓い合うくらいだった。
「たまにはこういったお店で外食もいいかもね」
「たまじゃなくて毎日でもいいぞ!」
「その分のお金は?」
「ほ、ほら、これからは冒険者として色々活動するだろ? もちろんオイラも手伝うし」
しばらく幸せな余韻に浸りたかったけど、並んでるお客さんもいるので早めに退席することに。
「ごちそうさまでしたー!」
「あれ、空いた食器持ってきてくださったんですね、ありがとうございます! 旅人さんですよね、どれくらいモンドに滞在するか分かりませんが、どうぞこれからも〈鹿狩り〉をご愛顧ください!」
「あ、そうだ。聞きたいことがあるんですけど、今大丈夫ですか?」
「ん? なんですか?」
「モンドについて教えて」
せっかくこんな大きい都市に来たんだし、色々見て回りたい。夜の街しか見れていないから確かなことは言えないけど、大通りは活気があるし、門の外からでも見えるような大きな神像もある。風の都だってパイモンからも聞いていて、大きな風車もたくさん見かけたから、観光して回っても面白いと思う。
「なるほど……あなたは、旅人さんですね? モンドは確かに観光にぴったりな都市です。ここは気候が穏やかで、水も綺麗。そして全テイワットでも有名なリンゴがあります」
「テイワット?」
「あぁ、この世界、この大陸のことを〈テイワット〉というんですよ。……あれ、いくら旅人さんとはいえテイワットを知らないなんて……どちらからいらっしゃったんですか?」
「いやいや! 単に忘れちゃってただけだから、大丈夫です! たまにありますよね、知ってるはずの言葉が急に飛んじゃって真っ白になること」
「分かります分かります! 私も仕事に没頭することが多くってその他のことを失念しがちで……あっ、私たちの〈満足サラダ〉はモンドのリンゴを使ってますよ。食べてみませんか?」
仕事人間だ……。自分のお店のPRに余念がない。モンドの質問をしていたはずなのに隙あらば〈鹿狩り〉の話にすり替わっていた。
パイモンが横で「オイラにも聞けよ!」とアピールしてくるけど、あなたはモンドの住人ってわけじゃないよね? 私は現地住民の忌憚のない意見が聞きたいの。やっぱり地元の人の目線って大切だと思うし。
水が綺麗で気候も穏やか。食べ物も美味しいとなると――長期滞在するにはぴったりな場所だな。どうしよう、必要以上に長く留まることにならないか心配……。
〈鹿狩り〉の店員さん――サラさんというらしい――はまだまだ忙しそうなのでお礼を伝えて早めに立ち去ると、私たちは宿屋に戻った。お金がなかったことで門前払いを食らったところ。
「ん? また来たのかい。私も鬼じゃないけど……お金は用意できたの?」
「ひとまず、これで2泊させて下さい。シングル1部屋で」
宿屋の女将の前にモラの入った袋を置く。中には合計20000モラ。さっき来た時は「流石にその条件でも1泊8000モラはないと……」と言われたことを受けてのこの金額。割と妥当な金額になったかな? という予想。
「お、おい。女将は8000モラだって言ってなかったか?」
「それは最低金額でしょ? 多分長期滞在させてもらうことになるし、適正な金額で良好な関係を築かないと」
「まいど! モラがあるなら大切なお客様だ。あんたらが帰った後シングル1部屋綺麗にしといたから、そこを使いな。これは鍵ね」
今日の収支。収入約50000モラ、支出約30000モラ。
差し引き手持ちの残金は20000モラ。
鹿狩り:一番賑やかな場所…えっと、酒場以外なら、一番賑やかな場所はいつも料理の香と楽しい雰囲気がするレストランだ。予約していない場合、テイクアウ卜の力ウンターで注文するしかない。