禪院家の面汚し 〜ゴリラとドブカスを添えて〜 作:とある禪院家のブラコン
クソみたいな家訓だね。平安末期の貴族かよ。
時代錯誤だし引用元に倣ってさっさと滅んだ方がいいんじゃない?
ま、私の生家なんですけど。
私は禪院
んで、いくらクソみたいな家訓を掲げているとしても禪院家は呪術界御三家の一角で、日本という国の中枢にも普通に食い込んでる。
つまり私はいわゆるかなりのお嬢様。
しかも現当主である二十五代目の実子かつ長女。
普通ならこんなの生まれた時から勝ち組じゃん?
バラ色の未来しかないじゃん?
でも禪院家だからこそそんなことはあり得ない。
だって私が"女"だから。
さっきの家訓にプラスして禪院家には"男尊女卑"の思想が蔓延ってる。
それらを加味した禪院家でのヒエラルキーは大体こんな感じ。
・人間:禪院家相伝の術式を持つ男
・辛うじて人間:相伝じゃない術式を持つ男
・人間様の露払い係:術式を持たない男
・サンドバッグ:相伝じゃない術式を持つ女
・雑用(奴隷):術式を持たない女
本当はもうちょっと細かく分かれてるけどそれは割愛。
とりあえず上の方がえらいのだ。
そして一番大事なのは当主になれるのは"人間"だけだってこと。
小さい時からチヤホヤされながら禪院流英才教育を受けたクソが上に立つ仕組みだね。
つまりこの構造が変わることは未来永劫ないってこと。
さいあく。
あ、あと滅多にいないけど特別枠もあるよ!
・猿:呪力すら持たない者(性別問わず)
・フル稼働孕み袋:禪院家相伝の術式を持つ女
つまり女として生まれた時点でこの家では明るい未来は存在しないわけ。
まあ私は女だけど呪力あるし、身近に"とんでもない隠れ蓑"があるからか今はまだそんなにいじめられてないよ。
ほんとごめん。
あとは呪術師が自分の術式を自覚する一般的な年齢は四〜六歳だからね。
少なくとも七歳を迎えるあたりまでは、禪院家といえども男女共にそれなりに丁寧に扱われるんだ。
"とんでもない隠れ蓑"は除いて。ほんとごめん。
さて、デカい家の当主の子供らしく私には兄弟が沢山いるんだけど、もちろん彼らの内誰からも全く尊重されてないよ。
もうビシビシ伝わってくるのよ。彼らの蔑みの視線が。
怖くない? 上も下も関係無く血の繋がった男の子たちから当然のように見下されるの。
でもクソ兄弟ズの中で一人だけは私を見下してこないんだ。
というかこの人は他人を見下している暇が無いというか……うん……。
その人の名前こそ禪院
私の三つ上のお兄ちゃん兼"とんでもない隠れ蓑"その人である。
甚爾お兄ちゃんは術式どころか"呪力を一切持たない"から禪院家ヒエラルキーのぶっちぎり最下層にいる。
それはもう、凄まじいいじめられ具合だ。
だけど、みんなにとっては視界に入れるのも嫌な"猿"だけど、私は密かに甚爾お兄ちゃんと仲良くなりたいと思っている。
あっちは私に全く興味無さそうだけど……ま、まあ私が仲良くなりたいと思うだけなら自由だし。
だって甚爾お兄ちゃんは私にとって"たった一人の私を見下さない家族"だからね。
私は私を蔑ろにしない人が好きだな。
でも甚爾お兄ちゃんはマジでドン引きするくらいいじめられてるので六歳児にはどうにもできないです。
いつもなにもできなくて本当にごめんね。
役に立たない妹でごめんね。私なりに頑張ってるんだけどな。
お兄ちゃんの助けになれない無力感と、タイムリミットが迫る中自分に術式が発現するかどうかわからない焦燥感に苛まれる日々。
あと一年しかないんだよ? 焦らないわけなくない?
そりゃ六歳児にしては必死に勉強とかしちゃうよね。
炊事場での肩身は狭くなる一方だけど。
つらい。
ほどなくして私はついに待望の日を迎えた。
きっかけはいつもの炊事場で私より歳上の"可哀想な女の子"が指を包丁で切っちゃった時だった。
「いたっ……あ、ご、ごめんなさ……」
バチン! と炊事場に音が響く。
「なにをやっているの!! 術式も無い。家事もまともにできない。だったらお前になんの価値があるというの!?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
止まない謝罪と嗚咽。厳しい叱責の声。
気分悪いなぁ。
いつもなら頃合いを見て「そろそろ見苦しくってよ」とか言って私が間に入って強制喧嘩両成敗のパターンだ。
これでもお嬢様だし、なにより鍛えてるからね。えっへん。
でも、叔母さんも可哀想な人なんだよね。
七歳を過ぎても炊事場にいるっていうことは"そういうこと"だし。
もしかしたら未来の私の姿なのかもしれない。
そう考えると胸がキュッとする。つらい。
いっぱい叱るのだって、失敗したところをもし男の人に見られてたらビンタどころじゃ済まないって叔母さんが身をもって知ってるからだし。
ほんとーに病んじゃうよね。この家。
でもとりあえず止めなきゃ。
「叔母さま、そろそろ……あ……あれ?」
でもその日はそれができなかった。それどころじゃなかった。
女の子の指から流れる血。
この家にいれば見慣れるはずのソレから目が離せない。
指から流れる血は赤くてキラキラしてて、それがとっても綺麗だったから。
ドクン、と心臓が大きく音を立てた。
『ああ、そういう術式なんだな』ってわかっちゃった。
私は邪魔な叔母さんを押し退け、叱られてた女の子を押し倒して。
震えるその子のその指先でぷっくりとしている血を躊躇無く舐め取った。
「あ、おいし……」
そうして私の人生初めての術式が発動した。
瞬きの間にその場には全く同じ体格の女の子が二人いた。
頬を腫らした涙目の女の子と、恍惚とした表情を浮かべる同じ顔をした女の子。
もちろん後者が私だった。
炊事場に沈黙が満ちた。
嫉妬、羨望、恐怖、そして拒絶。
色々な負の感情を向けられた私は居た堪れなくなって炊事場を出た。
「……お父さまに報告に行かなくちゃ」
私が術式を発現させたことを。
相伝を発現させられなかったことを。
最悪は回避したはずなのに父の部屋に向かう私の足取りは重かった。