禪院家の面汚し 〜ゴリラとドブカスを添えて〜   作:とある禪院家のブラコン

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絶望の目覚め、そして待望の逢瀬

 

 

私は懲罰房から解放された。

それに気付いたのはお部屋の布団の上でだったけどね。

 

"ちょっと色々あったけど"私の術式の特訓は無事に終わりになった、ということになったらしい。

 

いや揉み消し方雑かよ。

明らかに私が死ぬ流れだったよね? この恨み忘れない。

 

まあ特訓の発案者は発狂してしばらく話ができる状態ではないとのことなのでいい気味である。

 

でも虚な目でうわごとのように甚爾お兄ちゃんの名前を呼んでいるとか……なんか厄ネタ作っちゃってごめんなさい、お兄ちゃん。

 

それにしてもどうやって生き残ったのか不思議だったから、見舞いに来たお父さまに経緯を聞いてみたら、どうやら甚爾お兄ちゃんの規格外さが実質的に私を救ってくれたようだった。

 

本当にありがとう。甚爾お兄ちゃん。

 

それで経緯の説明がてらお父さまから軽い尋問紛いのこともされた。

 

 

「どうやって血を手に入れた? まさか隠れてあの"猿"と会っているのか?」

 

「会ってません。懲罰房に偶然落ちてたお兄ちゃんの血片を私が勝手に舐めただけです」

 

「そ、そうか(キッショ)。"猿"の血を飲むことは今後一切禁止とする(飲もうとしたら殺す)」

 

「はい(検討します)」

 

 

こんな感じ。

動揺し過ぎでお父さまの心の声ダダ漏れだったよ。

あと縛られるのは嫌だったし心からの同意はしなかった。

 

呪術師は気軽に縛りを結んではいけないのです。

 

これでも御三家当主の娘だからね。

その辺の知識はバッチリだよ。えっへん。

 

でも確かに気軽にお兄ちゃんの血を取り込むのはやめておこうと思う。

明らかに自分の体がヤバいって感覚あったし。

 

今回は取り込んだ血が極々僅かだったこと。

そして私の術式が呪力依存ではなく血の量に依存していたからこそすぐに効果を失ったけど、お兄ちゃんの血の侵食力を考えると次こそ私の自我が完全に消滅するかもしれない。

 

私は私のプリティな姿を結構気に入っているので生き残れた上に元の姿に戻れたって点については運の良さに感謝した。

 

懲罰房にぶち込まれる運の悪さで余裕でマイナスだけどね。

はあヤダヤダ。

 

 

そんなこんなで話が終わったあと、お父さまは黙ったまま私の顔をじっと見た。

 

 

「あの……なんでしょうか」

 

「いや……五体満足でなによりだ。しかしその口元の傷は深く、治りそうにない。まるでアイツのようだと思っただけだ」

 

「……甚爾お兄ちゃんのことですよね?」

 

「その名を私の前で出すな」

 

「はい」

 

 

いやさっきから話題に出てたじゃん。

しかも今のはお父さまから名前出してたよね?

相変わらず理不尽。流石クソ禪院家の頭領。

あ、私の父親だったわ。泣ける。

 

あと人の顔に消えない傷を付けた自覚あるなら謝れよ。

 

なーんてね。

そんなツッコミができるような仲じゃないから、退出するお父さまを私は無言で見送った。

 

 

「いやーそれにしても私の術式と相性が良かったとはいえ……血だけで他人を乗っ取るとか甚爾お兄ちゃんすごすぎない?」

 

 

そして私はそのおかげで一命を取り留めたというのに、お兄ちゃんに対してまたなにもできてないから申し訳なさが募るばかり。

 

重ね重ね心の中で謝罪した。

体が治ったら挨拶に行かなきゃ。

 

 

「挨拶……行けるかなぁ。私ガチガチに監視されちゃってるよね。お兄ちゃん気配に敏感だし、監視付きの私が近付いたら逃げそう……うわ、もしかしてもう会えない……?」

 

 

なんだよ。

私とお兄ちゃんの逢瀬を邪魔する気かよ。

◯すぞ?

 

嘘です。私非力な女の子。

 

しばらくは大人しくしないといけないね。

今も私のお部屋を遠巻きに観察している誰かがいる感じがするし。

 

別に監視の人たちの気配の消し方がお粗末なわけじゃない。

これは私に対する"お前を監視しているからこれ以上余計なことはするな"のメッセージだ。

 

まあそりゃそうだよねとしか。

 

血を吸わせなければいい。

だけど逆に血さえ吸ってしまえば甚大な被害を撒き散らすだろう人間を今まで通りの待遇にしておくわけはないよねぇ。

 

 

「ポジティブに考えよう。夜襲が無くなって安眠できるようになるかも。プラスでお父さまから『あまり刺激しないように』的な御触れが出てサンドバッグも卒業できるかも……? それなら結構嬉しいな」

 

 

まあ望みは薄いけどね。だってここは禪院家だから。

 

監視の人が夜襲してくる可能性も全然あるし、やっぱり安眠はできないかな。つらいね。

 

さて、怪我やら監視やらで部屋から動けなくて暇なのでさっきの会話を反芻する。

 

 

「お父さまたち、絶対甚爾お兄ちゃんにビビってるよね」

 

 

お父さまも禪院家のみんなも私に興味なんてない。

私の怪我や生き残ったことについても本気でどうでもいいと思っている。

 

ただ私が"お兄ちゃんと同一の存在になれる"ことにビビり散らかしてるんだ。

あれだけ偉そうにしてる人たちが陰で私に怯えている様子は少しおかしかった。

 

二度と私に甚爾お兄ちゃんの血を飲ませまいという禪院家の総意は、そのまま甚爾お兄ちゃんがどれだけ強くてどれだけ恐れられているかということの裏返しである。

 

我が兄ながらちょっと鼻が高かった。すごいなぁ。

 

まあちゃんと話したことすらないけどね。

逢瀬なんてしたこともないです。はぁ。

 

あ、以前に会ったことは本当だもん。かっこよかった。

あっちが家族として認識してくれてるかは怪しいけど……ま、まあいいや。

 

とりあえず生き残ることができたし、めでたしめでたし。

 

 

「……とはいかないよねぇ」

 

 

私はハッキリと自覚していた。

 

私の術式が拡張されたこと。

私の術師としての格が一気に引き上げられてしまったことを。

 

まず私は外見や内臓だけでなく、"変身対象の持つ術式すら模倣可能"となった。

 

今の私ならお父さまの血を取り込めば相伝の術式を使うことができる。

使えるだけで使いこなせるわけじゃないところがミソかな。

 

そして術式の反転ができるようになった。

 

そもそも血液は人間の情報の宝庫だ。

血を媒介に抽出した情報を利用して変身することが私の"術式順転"。

であれば血を媒介に他者から情報を抽出することが"術式反転"だ。

 

お兄ちゃんの血により"強制的に情報を叩き込まれた"私は、その確固たるイメージを少しマイルドに再現することで、取り込んだ血を経由してその人の肉体や術式が持つ"情報を抽出する"ことができるようになった。

 

こうなればあらゆる術式を使いこなせるオールラウンダーの誕生だ。

もっともっと術式の練度を高めないと実戦では使い物にならないから、まだまだ未来の話だけどね。

 

でも血を吸えば記憶や経験すら模倣することができるなんて、ますます潜入任務に向いてる術式になっちゃったな。

 

まあ、その時は私が逆に取り込んだ血の持ち主の自我に飲み込まれないように気をつけなきゃね。

 

ということで甚爾お兄ちゃんという規格外の存在を一時的にでも体に受け入れてしまった影響か、私の術式の格はとんでもなく大きくなってしまっていた。

 

嬉しい誤算だ。

 

 

「術式の解析ってやっぱり楽しいな。でも……絶対にお父さまにバレちゃいけない」

 

 

もしこれが禪院家上層部に知れ渡ってしまったら、即刻私の待遇の変更が告げられることになるだろう。

 

 

「おまえ、サンドバッグ、卒業」

 

「やったぁ(やったぁ)」

 

「代わりに、孕み袋、内定」

 

「やだぁ(やだぁ)」

 

 

こんな感じだ。

 

禪院家上層部が「現存の相伝含むあらゆる術式を発現させ得る優秀な孕み袋を手に入れた」と狂喜乱舞し、私はエリート孕み袋として一生を禪院家に捧げることになるって未来が見えまくり。

 

なんなら他の御三家や呪詛師からも狙われるかもしれない。

だって私が血を吸えば他家の相伝の術式のなんたるかを調べ尽くすこともできるからね。

 

私が他家の人間だったらこんな奴生かしておきたくない。

呪詛師だったらこんなに金になりそうな奴を放っておくわけがない。

 

それくらい相伝の術式の価値は高いんだ。

 

私は大人に散々にいじめられた挙句、死に際においしい血を舐めたと思ったらとんでもない立場に立たされていた。

 

うれしくないよぉ。

 

 

「でもバレるのも時間の問題だよね……甚爾お兄ちゃんが規格外だったから、で今は誤魔化せてるけど"私が他人の能力を再現した"のは事実だし」

 

 

ほとぼりが冷めた頃に禪院家上層部の誰かが「アイツ、術式のコピーもいけるんじゃない? 前はダメだったけど一応もう一回試してみようよ」とか言い出したら終わりだ。

 

 

「バレたら孕み袋確定。そんで安全のためにとか言って完全に監禁で人権剥奪。えーっと、女子が初潮を迎える平均年齢は十二歳……ってことは私の人生ってあと六年しかない……? 下手したらそれより短い……? おええ」

 

 

新たなタイムリミットが生まれてしまった私は絶望の余り顔を歪めた。

 

 

「これなら不意に殴られるだけの今の生活の方がマシだよ……うう、胃がキリキリするよう」

 

 

私の独り言に答える人はいない。

 

この家において私は独りだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜

 

 

枕元に気配。

 

すわ、また襲撃かと目を開けると鋭い眼光に射抜かれた。

 

ああ、これわざと気付かせたんだな。

そもそも私に気配を悟らせないなんて余裕なはずだし。

 

周囲の監視に気取られずに侵入。そして気配を隠したまま私にだけピンポイントに存在感を伝える。

 

そんなとんでもないことができるのはこの人くらいだろう。

 

 

「よぉ、ガキ。ちょっとツラ貸せよ」

 

「……ふふ。甚爾お兄ちゃんも九歳なんだからまだ子供でしょ」

 

「あー? お前、俺の妹だったか……? 名前なんだっけ。ま、いいや。喋れるならそれで良い。とりあえず連れてくぞ」

 

「私は全然構わないけど……お話しならここでした方がいいんじゃないかな。私、お兄ちゃんみたいに気配隠すの上手じゃないし。この部屋だったら普通に話すくらいは外には漏れないよ」

 

「あー……確かに。オマエ鈍そうだもんな。なんだ、ただのガキかと思ったがまあまあ考えてんじゃねぇか。全然俺に驚かねぇしよ」

 

 

どっかりとその場で胡座をかくお兄ちゃんは流石の貫禄。本当に九歳か?

強者のオーラ的なやつかな? お兄ちゃんがいるだけで私の部屋じゃないみたい。

 

あと甚爾お兄ちゃんに私が妹だってことすら認識されてなかったのは地味にショック。わかってたけどショック。

 

と、気を取り直して。

 

なんであんまり驚かなかったかと言うと夜襲慣れしてるのもそうだけど、ある程度予想がついてたからなのです。

 

 

「今回の騒動はお兄ちゃんの今後の行動にも関わる話だからね。そしてお兄ちゃんなら一番手っ取り早い方法を取るかなって」

 

 

弱いくせにプライドだけは高くて頭の固い当主に話をつけに行くより、非力な女の子とお話する方が楽だと思ったんだろうね。

 

それ正解。

 

そして私にとってもお兄ちゃんがお父さまの方に行かなくて本当に良かった。やっぱり私って運が良いのかも。

 

 

「ふーん……ま、いいか。つーか俺の妹なら当主の娘だろ。なんでそんな目に遭ってんだ?」

 

 

確かに私の体はボロボロである。

心も結構ダメージ受けちゃった。

 

でも悪いことばかりじゃない。

 

 

「あはは、元々好かれてなかった人の前で下手こいちゃったんだ。そして私はお兄ちゃんみたいに強くないからね。見事にボコボコにされちゃったの」

 

「そらご愁傷様だな」

 

「でもほら、お兄ちゃんとお揃いになったし良いかなって。お父さまもそう言ってたよ。そっくりだって。えへへ」

 

「そりゃ皮肉だろ……なんかコイツ気持ち悪ぃな」

 

「えへへ」

 

「褒めてねぇよ」

 

 

気持ち悪いのは事実なのでノーダメです。

 

そしてお兄ちゃんはやっぱり私の特別な人なんだなってわかって嬉しかった。

 

お話してる時、お兄ちゃんは私を見下さない。

家族への親愛とかそういう感情は無いけど、私に向ける視線には少なくとも蔑みの感情は乗ってない。

 

優しいお兄ちゃんとやっとじっくりお話ができるという幸運を噛み締めて、私はさらに顔を綻ばせた。

 

 

「なんでまた笑うんだよ。意味わかんねーな」

 

「えへへ。ごめんね。でも嬉しくて」

 

 

将来の嫌なことは一旦置いといて、今だけは家族との触れ合いを楽しもう。

 

そう思った。

 

 

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