「やっとだ……ここまでくるのに本当に長い道のりだった」
この場所は東京でも比較的田舎の方にある廃ビルの中。コンクリートに囲まれ、周りからは地の底からくるような不気味な風の音が吹いている。
「なぁ? 今、俺がどんな感情を抱いてお前の目の前に立っているか……分かるか?」
「分からないね。価値のある命を持たない君に興味なんてものはないのだから分かるはずもないよ」
俺の目の前には俺自身の生きる意味であり、復讐対象であるカミキヒカルが立っていた。
俺はカミキヒカルを呼び出すため、アイの復讐のために15年の嘘という映画を公開し、世の中に事件の真犯人の存在を匂わせておいた。
そこにまんまとカミキヒカルが乗っかってきたわけだ。
「お前が俺に興味がないなら何故、この呼び出しに応じたんだ?」
「ん〜そうだね。特に理由なんてものはないけど。強いて言うんだったら僕の息子を一目でいいから見ておこうかなと思ってね」
体が熱く火照ってくるのを感じる。無意識の内に頭に血が上ってきていたんだろう。
「そうか。まぁ、この際なんでもいいか。お前を殺して俺も死ぬ。どうせ死ぬんだ……そんな細かいこと、今更気にしたって意味ないだろ。」
俺は人生を投げ打ってでもこの復讐に全てを捧げてきたつもりだ。そんな俺が復讐を果たした時、一体何を目的にして生きていけばいいのだろうと考えてしまったことがある。
復讐を果たし、人を殺した経歴を持つ俺がその後真っ当に生きていけるとは思えないし、生きようとも思わない。だから俺自身も死ぬことを決意し、計画に組み込んだ。
こんな早く逝ってしまったらアイはなんて言うだろうか?
褒められることはないだろうな……
「『お前を殺して俺も死ぬ』か……君にそんなことができるとは思えないけどねぇ」
「は? どういうことだ」
カミキヒカルは不気味さを感じさせる笑みでこう告げる。
「君には残してるものが多すぎるよ。君が死んだら一体ルビーはどうするの? 他の子もいたよね。確か、黒川あかねちゃん……だったかな?」
実際、こいつの言っていることは的を射ているのだろう。
俺だって考えなかったわけじゃない。俺がもし死んだらあいつらはどうするんだろうって考えたくなかったが考えるしかなかった。
「あいつらはもう既に俺から引き離した。俺の心配なんかする奴はもう誰もいねえよ」
考えても考えても、最後には不幸になるような未来しか考えつかなかった。だから、見て見ないふりをしようと決めた。俺はやっぱり最低だと思う。そもそもこの世に生まれたことさえ最初から罪だったのだ。
「覚悟しろよ、カミキヒカル。今日で俺もお前も終わるんだ」
俺はナイフを取り出し、カミキヒカルに向かって歩み出す。
「お前をアイと同じように殺してやる。アイと同じ苦しみを……いや、それ以上を味あわせてや………」
「お兄ちゃん! ダメ!!」
「!?」
カミキヒカルに向かって歩み出していた俺の脚は聴き覚えのある声によって歩みを止める。そして、俺は静かに後ろの声がした方に顔を向けた。
「る、るびぃ?」
想定外の事態が起きてしまった。なぜルビー達がここにいるんだ?
「お前ら……どうしてここに……」
俺は一度こいつらを突き放したはずだ。それなのになぜここにいる?
「ごめんね、お兄ちゃん。実は今日の朝から隠しカメラを仕掛けて企画として生放送してたんだ。その時に見ちゃったの。お兄ちゃんが机の中に遺書を入れてるのを……」
全然気づかなかった。隠しカメラなんてあったのか。
「それを見て私達、気づいちゃった。アクア君が復讐を終えると同時に死のうとしているって。だから、私が映画の試写会の時にアクア君のバックにこっそりGPSと盗聴器を仕込んでおいたの」
迂闊だった。かつて俺がしたことがそのまま自分に帰ってくるなんて思ってもいなかった。
「ね、ねぇ。アクア? そんな馬鹿なことしないで帰ろ?」
右手にナイフを持った俺を見て震えながらも勇気を振り絞り、俺のことを連れ戻そうとする有馬。
「……」
思わぬ人物達の登場に驚愕し黙り込む俺にカミキヒカルが呆れたように話しかけてくる。
「はぁ、だから言ったでしょ? 君は復讐はおろか、自ら命を絶つことさえできないって。所詮、君はアイの復讐すら果たせないような哀れな僕の息子なんだよ!」
狂気に満ち溢れたような顔でカミキヒカルは俺のことを挑発してくる。
「な、なんだと……!? 誰が復讐を果たせないだ!?」
怒りで先程よりますます体が熱くなってくるのを感じる。俺の眼の星はとても深く黒い輝きを放っていた。
「………!? いいね! これが君の価値か! ふふっ……」
「お前だけは俺の手で殺す! 絶対に殺してやる!! カミキヒカル!!」
「……!? 駄目だよ!! アクたん!」
カミキヒカルを殺すため、走り出した俺に向かってメムが身を挺し、背中に手を回して抱きつくように止めに入ってきた。
「殺す! 殺す!! 殺す!!!」
「三人とも手伝って!」
それまで動きを止めていた三人はメムの声を聞くと俺のことをメムと同じように抱きついてくる。
「お兄ちゃん止まって!」
「アクア君駄目!!」
「邪魔だ!! どけ!! どけって言ってんだよ!!」
「アクアぁぁー!」
泣き叫ぶ有馬のことを考える余裕など今の俺にはなく、復讐のことしか頭にはなかった。
「じゃあ僕はこの辺でお暇させてもらうよ。じゃあね? 僕の息子。また会おう」
「待てぇ! 逃げるなぁ! 逃げるなぁ!! 絶対に殺す! お前だけは絶対に殺す! 離してくれ! お願いだから離してくれ! あいつが逃げる! おい! 待てぇぇぇ!!!」
* * *
いつの間にか、俺の目の前から復讐対象であるカミキヒカルは消えていた。
俺は膝から崩れ落ちてしまった。何年も追ってきた相手を目の前にして逃げられたのだ。必ず殺すと誓ったはずなのにもかかわらず……
「アクア……」
「あーくん……」
「アクア君……」
「アクたん……」
四人から俺の名前を呼ばれる。
俺が危険な目に合わせないようにと、覚悟を決めて突き放した大切な人達。さっきだって振り解こうと思えば振り解けたのだ。でも、それをしなかったのはこいつらを傷つけてしまう可能性があったから。それだけ大切だったのに、それなのに今の俺にとってはただただ不快な存在でしかなかった。
「俺の名前を呼ぶな……」
「「「「え?」」」」
「なんだよ。なんで来たんだよ……なんで俺の邪魔をするんだよ………」
「それは、みんなアクア君が心配で……」
「だったら! なおさら邪魔なんてするんじゃねえよ……」
「……」
「俺は俺自身の手であいつを……カミキヒカルを殺さないと駄目なんだ」
「アクたん……」
俺は今の今まで復讐のためだけに生きてきた。復讐を辞めるなんて考えは元より持ち合わせていない。
「お兄ちゃん……ねぇ、せんせ? 復讐なんてもうやめて帰ろ? せんせが傷つくぐらいならもう復讐なんてしなくていい。せんせがこれ以上傷ついてる姿なんて見たくないよ……」
ごめん。さりなちゃん……
僕はもう堕ちるところまで堕ちてしまったみたいだ。
「もういいよお前ら……」
俺はもう戻れない。
「本当にお前らのことが大っ嫌いだった。今もお前らの顔を見るだけで虫唾が走る」
俺はお前達の元にいていいような人間じゃない。
「いいか? 今後一切俺の目の前に顔を見せるな! ルビー、お前もだ。俺はお前と家族の縁を切る。金輪際、俺に関わってくるな」
こんな最低な俺はやはり死ぬべきだ………
だが、それは復讐をきっちりやり遂げる必要がある。また今回のような過ちを起こさないようにルビー達を今度こそ引き離さなくてはならない。
「じゃあな。ミヤコさんと壱護さんにもよろしく言っといてくれ」
後ろで何かを言ってくる声が聞こえるがすべて無視する。
既に復讐の念に駆られてしまった俺はその場を離れた。復讐はまだ終わっていないのだから。
今回はついにアクアがカミキヒカルと対峙しました。ついにとはいってもまだ二話目ですけどね。
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