遅れて申し訳ない。しかもまた長い。ごめんなさい。
魔力を存分に叩きつけ、真っ白な繭へと変わった名捧げ石。老いた体には負担であったのだろう、イサナベーラの額からは脂汗が滴り落ち、喉をゼエゼエと鳴らしながら、肩を大きく上下させていた。
原作で名捧げ石を染める際、魔力差があればあるほど苦痛が増えると読んだ覚えがある。それを踏まえてこの結果を見ると、中級上がりで現在上級下位に位置する彼女と私との魔力差は、大きな開きがあるのは確実だった。
――大人の上級中位から上位程度はあるのか…?
魔力量的な現在の立ち位置がわからずモヤモヤする。
それにしても、騙し討ちをして神々と契約を結ばせ、名を無理やり奪うなど……我ながら、ガブリエーレの息子という看板を掲げるに相応しい所業だ。全くもって悍ましい。
もしユルゲンシュミットに地獄があるならば、死後はその門を叩かねばならないだろう。
「ご苦労、イサナベーラ。小部屋に下がってしばし休むといい」
「……畏まりました」
返事はするものの、立ち上がれないらしい彼女に、癒やしとついでに
なにしろ彼女はようやく手に入れた、大事な大事な掌中の駒だ。
名を握った貴重な貴族を、ヴェローニカのように使い捨てるなどもってのほか。
彼女の助けが無ければ、この先の綱渡りは厳しく険しいものとなるに違いなく、もし失えば代わりを用意するのは酷く困難だ。
病気や怪我はもちろん、高みへの招きが遠のくよう、毎日のルーティンに側仕えたちへのものと同じく、彼女にも加護があるよう、神に祈りを捧げている位だ。
もちろん、表面上はどうあれ、きっと彼女とって私は恐怖の対象だし、心の底から忠誠を誓うことなど決してないだろう。
だからと言って、名や契約を利用して使い潰したり、抑圧しようとは思わない。死ぬ覚悟で反発されては面倒だし、私が望む役目さえ全うしてくれれば、引退して穏やかな隠居生活を送ってもらって構わないのだ。
利には利を。彼女とは、そんなビジネスライクな関係がベストだと考えている。
小部屋の扉が閉まる音が響くと、残った側仕えたちに指示を出し、イサナベーラが持参した物資を整理させる。
契約を交わしてから丁度二巡り。だというのに、シュタープを使わずに調合する為の器具類に秤やナイフなどの備品、要望通りの素材に、果ては中古とはいえ、子供用フェシュピールまである。
良くぞまあ、この短期間に揃えたものだと感心してしまう。
渡した魔石は無事孫息子に適合し、時間的猶予が得られたとはいえ、やはりきちんとした魔術具がないと不安なのだろう。
もちろん約定通り、作成してやる予定だ。
さて、その子供用の魔術具だが、手順が少々複雑でややこしいものの、条件さえ整えば難しい物ではない。ただ、そのハードルがやたら高いだけだ。
まず、作成したい魔術具と同じ属性の加護と、上級以上の魔力を持つ人物に調合を依頼する。
これはだいたい父母などの親族、もしくは金銭等の対価を払って捕まえた有能な人物があたる。
そして、相応しい品質と属性を備えた魔石を含めた材料となる素材を準備する。
特にこの魔石が曲者だ。先祖の魔石から該当する物を探し、無ければ対価を支払い入手するか、同程度の魔獣を討伐するかに選択肢が分かれる。
取引で、それも四属性以上を…となると、魔石が出回る市場がある訳もなし、他領を含めた広い人脈と
討伐ならば可能性は高いが、魔石となる魔獣はおそらく強敵だ。単独など無謀の極み。親族に友人、顔見知り程度の知り合いまで総動員しても困難な道のりかもしれない。
誰もがカルステッドやエックハルトのような武勇誇れる騎士という訳ではないのだ。
ならば採取出来る植物系はどうかといえば、かのマクシミリアンの生涯を通しても一つか二つ、相当レアな代物だった。現実的ではない。
時に親族が死亡すると、財産よりその魔石を巡って争いが起きるのも当然かと、頷きそうになるから怖い世界だ。
それに、こうやって条件を並べてみると、子供から魔術具を取り上げたイサナベーラの義息子やフィリーネの父、カッシークの鬼畜ぶりが浮き彫りになる。彼らは平然と血を分けた子供の死刑執行書にサインしたのだから。
まあ、コネコネ出来る私にハードルは存在しない。
ただ、記憶の中で調合をシミュレートしたとはいえ、今すぐぶっつけ本番さあ完成、とは流石にそこまで都合良く進まない。
まずは、イサナベーラが普通品質以上なら安定して売れると断言した回復薬から始めて腕を上げる。稼ぎにもなるし一石二鳥だ。
魔術具はある程度調合に慣れ、実力がついてからとなるだろう。
少々後ろめたいが、最優先で作りたいのは私に合う指輪の魔術具。
祈る神々と同じ属性の魔石を使えば、神具でなくとも祝福は出せる。が、品質が低いものや、違う属性の魔石を使うとたった一回で砕けてしまう。
ちなみに使える品質の魔石を一つ作るのに山羊角を五、六本消費する。なのに間違えたら即崩壊。リスクが高すぎて笑えない代物だ。
次は調合器具の洗浄に必要なヴァッシェンの魔術具。これはA4サイズに成型した魔石に無理やり魔法陣を描いて代用している。力技の影響か、回数制限があってコスパが悪い。あと、単純にデカすぎて邪魔。喉から手が出るほど正規品が欲しい。
最後はお出かけ用の騎獣の魔石。
冬の風物詩、パルゥを採りに行きたい。原作での多様な用途が魅力的だ。
それに貴重な命属性の魔木でもある。パルゥの実が魔石になるか試してみたい。
後、マインがさっさと諦めた川魚も気になるところだ。
イサナベーラには悪いが、子供用の魔術具は時期的にも、難易度的にもそれからだろう。上級らしいデザインを設計する時間も必要だ。
「ベーゼヴァンス様、扉を開けて頂けますか?」
「ああ、すまない」
思索にふけり、意識が彼方へ飛んでいた。急いで衝立を抜け、寝台の奥に配置された扉を開けてから、側仕えたちに私の魔石を配っていく。
そうここは隠し部屋、荒れた心を落ち着かせる貴族には必須の場所だ。フェルディナンドの影響で調合部屋に使う印象が強い。
間取りは3K。十字に扉が配置されていて、天辺が入口、向かって右手が調合室、左手が栽培に使う、ビニールならぬガラスハウス、そして底辺に物置、そして中心部分にキッチンが配置されている。
アレも欲しいコレも欲しいと欲望が暴走した結果、とんでもない広さになってしまった。魔力を相当搾り取られたが、満足する出来に口角が上がる。
三ヶ月も前に完成したはずなのに家具がなく、がらんどうで物寂しい雰囲気が漂う。キッチンなんて名前だけで水場もコンロもないから、現状ただの通路である。
実は節約と早さ、一挙両得を取ろうと、神殿の倉庫で埃を被っている物や、いっそ平民が使う簡素な物を適当に入れようと提案したのだ。そうしたら、いつもは大人しい側仕えたちが烈火の如く強硬に反対した。
曰く、大型家具の搬入は、ほぼ全ての青色が観察しに来る一大イベントであり、
そんな衆人環視の中、見窄らしい家具を搬入しようものなら、どんな不名誉な噂が流されるか分からない上、洗礼後の儀式割り当てなどで
なるほど、だから家具は灰色が使う裏通路ではなく、青色が行き交う表通路から搬入される訳か。そういうものだと気にも止めてなかった……目から鱗の新事実である。
折れた。いや、負けたというべきか。無理を通せば主従関係にヒビが入りそうだし、そこまで懐が厳しいわけでもない。
おそらく、側仕え同士のマウントにも使われれるのだろう。『僕たちの主の方がスゴイ!』的なアレだ。
と言うことは……フェルディナンドの家具搬入はさぞ見ごたえがあったに違いない。
とりあえず、調合室には机と素材棚だけは先日届いたので、搬入してある。
ちなみにこの二つが隠し部屋にある家具全てである。
まあ、完全受注生産で一つの工房が順番に製造しているのだ。私以外にも客を抱えているはずだし、こんなものだろう。
基本、私の家具は緑や青、白を背景に、笹や竹などの植物と山羊を中心に彫刻された――良く言えば落ち着いた、あけすけに言うとジジ臭い――デザインが多い。時折、商人が親切心で生まれた季節の赤や、子供に人気があると言う魔獣ゴルツェなどを薦めてくるが、中身おっさんが使うには気恥ずかしさが先に立つ。
子供扱いされると、早く大きくなりたい気持ちが膨れ上がる。次の冬でもう五歳……いやまだ五歳。いつまで経っても小さな体のままでウンザリする。
ネーベルが言うには、同年代の孤児院の子供よりやや小さめらしい。魔力圧縮の副作用だろうか? だが、やりたいことや祈りたいこと、作りたい物のために、魔力はまだまだもっと沢山欲しい。
さて、隠し部屋に物資が収まると、十分休めたのだろう、顔色が良くなったイサナベーラが戻ってきた。
椅子を勧め、気に入りの笹茶を出して雑談から話題を再開する。前回、帰宅する際に小壺を一つ、土産として持たせたのだが、美味しかったと饒舌に語ってくれた。
催促か、本気か、聞き分けられないがネーベルに目線で合図を出し、帰りに渡すよう指示を出す。
「今の流行はその髪油か? ツィーネの香りが心地よいな」
「ええ、髪がしっかり纏まり、艶も香りも素晴らしいと評判です。けれど、今は注文品が遅れがちとか…そろそろ商会が潰れるかもと噂になっておりますわ」
「……はっ? 売れているのに潰れるのか?」
「約束を守らないのですもの。仕方がありませんわ。でも、人気ですから…商会長を入れ替えるくらいでお茶を濁すのではないかしら?」
「何と本末転倒な……」
『入れ替える』は勇退ではなく処刑の意味だろう。トップが殺されたら、下が逃げ出す未来しか見えない。
エーレンフェストから流行が出てこなくなる訳だ。気軽にポイポイしないでくれ……どうせ約束とやらも話し合いじゃなく、勝手に決めたのだろう?
しかし、髪油か……植物性か動物性、どちらを使っても、油に匂いを付けて完成じゃないのか? そう難しい物では……ああ、もしかしてエーレンフェストは秋にツィーネが採れないのか? 後で料理人に確認してみるか――
「イサナベーラ、その商会を紹介してくれ」
「まあ、言葉選びをもっと美しくして下さいませ」
「……麗しき
「ベーゼヴァンス様は神殿にお住いですから、『花』はよろしくありませんわ。『果実』にして下さいませ」
指摘を心に刻みつつも、ポエムのような言い回しに背中がムズムズ痒くなった。
イサナベーラには、貴族らしかぬ物言いや振る舞いは指摘してくれと頼んである。
名には命じてないので、やるもやらぬも彼女の心次第。本日、数回注意を受けた時のパターンを考察するに、物言いが上から言い過ぎた時が多い。おそらくイラッとしたのだろう。
「一覧は用意できたか?」
「はい、こちらが貴族院で必要と思われる魔石と素材の一覧です。学年ごとに分けて記入してありますわ」
「ふむ、魔石は想定通りだが、素材が意外と少ないな……向こうで採取する前提か?」
「騎士らしい子ですので問題ないかと。素材集めは他領との交流のきっかけですもの。積極的に行かせますわ」
イサナベーラの話から推察するに、彼女の孫息子は言うなれば、ギリギリ留年しない男版アンゲリカだ。頭は残念そうだが空っぽではない。同年代と比べても体格がよく、属性も水風闇光とレアな上に騎士向き。
派閥が中立でやや不利だが、騎士団のトップは脳筋の代名詞、ボニファティウスだ。
魔力圧縮さえ頑張れば、上層部に食い込むのも夢ではない。
第一夫人が目の敵にするのも無理はない。
「ボニファティウス様の側近に選ばれたら終わりだ。極力近寄らないよう言い含めておくように」
「ですが、騎士ですもの…訓練は避けられませんわ」
「あー…」
「手合わせや狩りに誘われたら、わたくしの話など忘れてしまいそうですわ」
「解毒や魔術具の解除は出来るか?」
「……難しゅうございます」
「すまないが、暫し時間を貰う」
席を立ち隠し部屋に入って机に向かい、大きめの木札に釘と紐で作った手製のコンパスで円を描いていく。
マクシミリアンが生きた時代、全ての貴族が息をするように魔力を捧げて祈り、儀式も頻繁に行われていた。
国境門や各領地の礎、そしてユルゲンシュミットの礎も溢れんばかりで、神々にとっては魔力が隅々まで満ちた黄金時代であっただろう。
だが、当の貴族たちにとっては、苦しい時代でもあった。豊かな大地は人だけではなく、魔獣をも育んだからだ。
戦える者は老若男女問わず西へ東へ、北へ南へ。残された者も回復薬や魔術具の他にも衣食住を整えるため――かの時代は平民が少なかった――馬車馬の如く奔走していた。
魔獣による死者も半端なく、親を亡くした孤児たちが数多く神殿に集められ、神殿長であるアウブが親代わりとなって育てられた。
そんな孤児の一人が大人になった時、自分のような子供が減るように祈りを込めて開発したのが、反射の魔法陣だ。
初期は回復や攻撃の区別なく、良いも悪いも全て反射してしまう欠陥品だったが、男は失敗にめげる事なく、更に十年の年月をかけて完成までこぎつけたのだ。
その魔法陣は爆発的に広がった。男が薄い利だけで配り回ったからだ。
この魔法陣が反射するのはたった一回。だがその一回で救われた命は数え切れない程であったと云う。
魔法陣が乾くまで、間違いがないかと何度も見直す。勢いで描いたが、これを渡していいものか、まだ迷うが、私の知識はこれしかないと囁く。
解毒の魔法陣は指向性が強く、一部の毒しか解毒できないし、何より魔術具は防げない。
パンと頬を両手で叩き、頭を大きく左右に振って迷いを振り払った。
――まあ、いいか。孫息子君には生きてもらわねば困るのだ。
出し惜しみしたら、それこそイサナベーラが使い物にならなくなる。駒は元気で悩みなく生きてこそ、使い道が出るというものだ。
隠し部屋から出て、木札を渡す。
「これは……」
「敵意がある攻撃を一度だけ反射する魔法陣だ」
「そんな都合のいい物が存在するのですか……?」
「書き間違えはないと思うが、まず自分用に一枚縫って試してみほしい。
発動しなければ対応するので、木札か魔術具の手紙で連絡を」
「刺繍だけなのですか? お守りに刻んではいけませんか?」
「外し忘れたら手合わせでも発動するから、装飾品には向かないのではないか? 小さく畳んで小袋に入れやすい、ハンカチが向いてると思ったのだが…」
この魔法陣は魔術具に刻むには大きすぎる。【コピーしてぺったん】ならばお守りにも出来るだろうが、流石に教えたくない。
「仰る通りですわ。ハンカチに刺繍してみます」
イサナベーラが頷いたのを確認し、ウェストポーチから名捧げ石を取り出した。
「すまないが、名に命じる。
魔法陣を刺繍したハンカチは、必ず上下から別布で挟んで縫い、読み取れない工夫をすること。
貴女用は三枚まで、孫息子用は五枚まで許可する。破損したり、発動して所持数が少なくなった場合は、私に報告して指示を仰ぐこと」
イサナベーラの全身が一瞬、硬直してうめき声を上げた。
「向こうの第一夫人の様子は定期的に報告してくれ」
「畏まりました」
「お茶を入れ替えて一息入れようか」
残念ながら、まだ本題が残っている。
冷めたお茶が素早く入れ替えられ、茶請けとして用意していたおやつが添えられていた。
「まぁっ! 可愛らしい」
「だろう?」
イサナベーラの凄ぶる良い反応に、思わずニッコリ笑ってしまう。
前世の話だが、当時お付き合いしていた女性に、好みじゃないスイーツを奢ってしまい、その日が終わるまでブチブチと責められた経験がある。
今世も、いや、娯楽が少ない分、根に持たれる可能性がありそうだ。そう思い、今ある材料で工夫したのが――
「これは【シュミルの揺り籠】です」
前世の物より更に細かく、シュミルに似せて飾り切りされたラッフェルが、氷のように薄い飴細工で出来た揺りかごに乗せられ、空いた場所には同じく飴で出来た花が散らされていた。
慎重にカトラリーを操り、揺り籠ごと一口大に切り分けてゆっくりと咀嚼する。甘酸っぱいラッフェルと甘ったるい飴細工が懐かしい記憶を呼び起こした。
綺麗にまとまっているが、お祭りの縁日で売ってるアレ……そう、りんご飴である。
「お砂糖を使ってますのね……ご無理をされたのでは?」
「いや、気にしなくて大丈夫だ」
「わたくし、ガブリエーレ様のお茶会で一度頂いたきりですわ」
「では二度目だね。さあ、遠慮せずにどうぞ」
笑顔で再度促すと、イサナベーラは恐る恐るカトラリーを動かし切り分ける。緊張し固まった皺だらけの顔が、一口含んだ途端、花が咲き誇るように瞳が輝き、満開の笑顔を見せてくれた。
口元を上品に押さえながら噛みしめるその姿は、心なしか皺が薄くなり、十歳は若返って見えた。
「とても甘くて美味しゅうございます」
「土産にするから、娘や孫と共に楽しむといい」
「えっ!? でも、高価なものですし、遠慮させて頂いた方が……」
そう、固辞していても、嬉しそうにソワソワと揺れる肩と指先が彼女の言葉を裏切っている。
「貴女の土産はもう包んでしまったし、遠慮はもういいから食べましょう」
「……ありがとう存じます」
噛みしめるように零された礼の言葉は皮肉にも、今まで一番気持ちが籠もっていた気がした。思わず笑いそうになってしまい、隠すのが大変だった。
実はこのお菓子、砂糖はアクセント程度しか使ってない。
麦芽をヴァッシェンで乾燥させて石臼で挽いた粉と、カルフェ芋をアレヤコレヤした物を混ぜてしばらく待つと完成する、水飴の一種。通称、いも飴だ。
一番手間が掛かる麦芽の乾燥作業が、ヴァッシェン一つで解決するからには作ってみたくなるのが人の
おかげさまで、いも飴なら食べ放題だ。うちの側仕えたちのご褒美に出すようにしたら、あの問題児だった二人がキビキビとした働き者になった。全くもって現金な子たちである。
これを市場に流せたなら懐が膨れ上がるのだが、おそらくバレると魔術具で頭を覗かれ、処分されるに違いない。
この世はままならないことばかりである。
私はさっさと食べ終わり、お茶のおかわり飲みつつ、大切そうに一口一口味わうイサナベーラを観察する。
むかつくいけ好かない婆さんだったのに、事情を深堀りしてしまったせいで、すっかり憎めない婆さんになってしまった。
情が湧くと何かあった時に切り捨てられなくなると言うのに…。
――全く、困ったものだな。
「どうされました?」
無遠慮に見つめていたせいか、怪訝そうな顔で首を傾げている。
「いや……そろそろ本題に入ろうか」
指を振ってテーブルの上を片付けさせ、イサナベーラが持ち込んだ魔石を箱から出し、品質と属性ごとに分けて並べていく。
「随分数が多いな。貯めていたのか?」
「先日お話をお伺いした、平民の魔石屋に使いを出しましたの」
「ふむ、いくらで売られていたのだ?」
「買い取りがクズ魔石一個、百リオン。販売が五百リオンでございました」
「はっ!?」
思わず手から魔石を取り落としてしまい、カランと乾いた音が足元から響いた。
「ええと…いくらだって?」
「クズ魔石が一個、五百リオンですわ」
イサナベーラは契約により、私に嘘偽りを話せない。それを強制した側のはずなのに、彼女より伝わったその事実を、信じられずにいた。
「……安すぎではないか?」
「左様でございますね。わたくし、買い占めさせました」
「……さもありなん」
これぞ正しい、さもありなんである。
百リオンは中銅貨一枚。販売はその五倍とはいえ、たった中銅貨五枚、五百リオンで魔石が買えてしまう。ド肝を抜かれる販売価格だ。
ちなみに原作で、ギュンターがエーファから貰った飲み代が銀貨一枚、一万リオンである。
平民のぶっ飛んだ相場に目眩がしてきた。指でコメカミをグリグリとマッサージして平静を取り戻す。
「あー…とりあえず集計は終わった。
クズ魔石が百二十七個に小魔石が二十三個。
【交換比率は一対十】。
初回記念におまけして、中魔石三個に小魔石六個分だ。
属性はどうする? 闇光水風なら在庫がある。他の三属性なら次回だな」
魔石を効率よく搾りと――違う、集めるため、編み出したのがこの魔石の等価交換だ。
下位品質の魔石十個を一つ上の品質の魔石一個と交換する。
いずれ、品質は今の大雑把なものから細かく分け直したいが、今のところ、【特大>大>中>小>クズ】この形で進めていく。
交換先の属性は自由に選んで良いが、複数属性…例えば水と風の混合小魔石が欲しい場合、クズ魔石を二十個出してくれれば、水と風の小魔石一個と交換する。
魔石屋の販売価格で計算すると、小魔石が大銅貨五枚、五千リオン。中魔石が小銀貨五枚、五万リオンとなる。安すぎて、イサナベーラは魔石を右から左に流すだけで、大した財産を築けそうだ。
「では水の中魔石を三個、頂きますわ」
「わかった。小魔石の中から六個、持ち帰るのを選ぶといい」
真剣な目で乱小魔石を選別し始めるたのを横目に、懐から水の中魔石を取り出して、側仕えが差し出すトレーへ乗せる。
「すまないが、コレも名で縛る。
回復薬はともかく、騎士でもない貴女が魔石を大量に売買し始めたら、目立つどころの話じゃない。
私が許可を出す迄、魔石を売らないように。但し、少しづつならば買取は許可する」
「…ッ。畏まりました」
「目立たないよう、
内心、酷く動揺していたせいだろう、ポワンとではなく、どこぞの本狂いをリスペクトしたかのような、ドシャァァと滝の如き祝福がイサナベーラへ降り注いだ。
――豪雨かスコールかな……?
眼の前の現実を直視したくない一心で、窓の外に広がる小憎たらしい程青い空をしばらく見上げ続けた。
兎に角眠いので、誤字脱字は朝起きてからします。
読んで下さってありがとうございました。