藤原北家に転生した俺氏、ファムファタール羂索に脳が灼かれてしまう模様   作:砂漠谷

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あぁ~!千年の恋も冷める音ォ~!!

 天元。言わずと知れた、日本を覆う浄界の維持者。

 その棲家である、薨星宮に、なぜ俺が。

 

「なぜ自分が、という顔をしているね。それは――」

 

「宿儺を平安京から拒絶する結界を張り、六眼を、晴明を宿儺に差し向けたのはお前だろう。いや、その前に。晴明率いる涅漆鎮撫隊を火の宮様に差し向け、殺したのも、お前だろう! よくものうのうと、俺を棲家に呼び寄せたな!」

 

 動機は知らないが、手法はおそらく結界術の応用か何かで、領域の出口と薨星宮の入り口を『繋げた』のだろう。それはどうでもいい。

 おそらく、全てを企てたのは、晴明か天元のどちらか。確率は三対七といったところか。火の宮様も怪しいが、彼女はすでに死んでいる。

 天元は俺の詰問を眼を瞑って黙って聞く。そして、眼を開いて答えた。

 

「君の願いは分かる。だが……私は、ここから解放される訳にはいかないんだ。分かるだろう? 私が解放されれば、呪術界の発展は無に帰る」

 

 事情は分かる。だが、お前の気持ちが分からない。

 

「羂索、ああ、今生で火の宮と名乗っている術師のことだ。彼にして彼女の友情には応えたいと思っている。本当ならね。だが、奴は手段を選ばなさすぎる。私と共に呪術の世を謳歌するために、羂索はどんな手段でも使う。――価値観が、致命的なまでに合わないんだ。私たちがもう一度手を取り合うことは、もうできない。だから――」

 

 ふざけるな。ふざけるなよ。火の宮様を殺して、忌奇を宿儺に殺させて。そこまで犠牲にして!望むのが、呪術界の維持だと?

 

「お前が言う呪術界の発展なんざ、糞だね。お前がいなくても、術師共は研鑽を続ける。確かに帳は降ろせなくなるだろう。確かに呪霊が実体を持たなくなり、細菌サイズの呪霊・気体状の呪霊・人間の精神を乗っ取る呪霊なんてのも出てくるかもしれない」

 

 術師の力量が今の枠組みを破れなければ、日本は、否、人類は滅ぶだろう。

 

「だがな、術師共はさらにその上を往く! 簡易領域は帳とは違う、蘆屋貞綱の新たな結界だ。火の宮様は、胎児の呪物化を成し遂げ、俺に受肉の研究を託した!」

 

 そして、俺の前世で人類が科学によって成し遂げたように。遥か未来の呪術は、どうなっているか。火の宮様はきっと理解していたし、俺も予感している。

 

「千年後の術師は島を造り、海の底に到り、星へと手を伸ばすだろう」

 

 人間の可能性は、無限大だ。浄界が無くなった先の、黒い混沌から、きっと秩序が生まれ、希望が生まれ、発展と未来が生まれる。

 

「火の宮様の望みを、遺志を、友情を踏みにじる理由になんざならねぇんだよ! それが理解できねぇなら」

 

 ああ、そうだ。目の前の、軟弱な現実主義者(リアリスト)の下らない決意を。

 

 術式の焼き切れは――もう、治癒している。

 

「ぐちゃぐちゃにしてやる――極の番」

 

 『屠金(ときん)』。俺の術式は、呪術現象を吸収し、封印するもの。これはその極地。その呪力と魂を肉体ごと封ずる札。それを練り上げ、天元に狙いを定める。

 

「――すまない。君の望みに、応えられない。君の言う通り、浄界がなくても、この国は滅びないかもしれない。呪術師たちは発展するかもしれない。それでも、失われる命を見捨てて、この国の人々を私という揺り籠から放り投げることは、できない」

 

「国母気取りのヒキコモリババア!自意識過剰で、キメェんだよ!無理やりにでも外に連れ出してやる!」

 

 その罵倒は怒りと妬みから発されたものだ。火の宮様の望みを無為にした怒り、火の宮様から友と認められた妬み。俺ですら、種馬扱いこそすれ、夫と扱われたことがないのに。

 言葉と共に、札を放つ。黄金色に光る絵柄のない札は、人間を飲み込むほどの大きさになり――天元を、すり抜けた。

 

「――は?」

 

「だから、応えられないと言った。そして、やはり、生きていたな」「魂を封ずる領域にまで到ったね、安門君。門子ちゃんの受肉ができるまで、あと半歩ほどじゃないか」

 

 この口調は。この抑揚は。

 

 声色は違う。それでも――。

 

「火の宮、様ァ!」

 

 涙を流しながら振り返る、そこには。

 

 

 

 口が付いた、人間の大脳が。

 千年の恋も冷める、悍ましき異形が、翼竜の式神の群れに、網で吊られながら、そこにはいた。

 

「え……?」

 

 解らない。解かりたくはない。あれはなんだ。アレは――。

 

「やあ、久しぶりだね、安門君。私だ。君が火の宮と呼ぶ、術師その人だよ」

 

「藤原安門!耳を貸すな!」

 

 天元の声が聞こえるが、しかし否応なくあの抑揚の声は耳に入ってくる。

 どこだ。火の宮様は――。あれ?

 

 そもそも、俺は、どうして、あの(ひと)に惚れていたんだっけ?

 

 今まで行動の根拠としてきた自分の感情の出元が、怪しい。それに気づくのに、時間は掛からなかった。

 

「あらら、体液と手紙を介した暗示は、解けちゃったかな。君が強くなりすぎて再暗示は難しいし――ま、いいや。私の次の身体に、なってくれるかい?いやと言っても聞かないが。ドルゥヴ、頼む」

 

 暗示? 次の身体? 理、解を、拒む言葉に思考は限界で。

 

『相分かった』

 

 翼竜の式神が鳴き、そのうち一体が突っ込んでくる。鋭いその嘴は、いとも容易く俺の身体を貫くだろう。

 

 それに反応するほどの気力は、もう俺には――。

 

 (愛しています、安門様)

 

 走馬灯だろうか。忌奇の声色で響く告白が。俺の手と呪力を動かした。

 

 『遊戯王(カルドセプト) 六襲(むつがさね)

 

 翼竜の式神は、俺が張った平面結界にぶつかり、そのまま吸い込まれて札に封じられた。

 

「へぇ? 暗示で徹底的に脆くした魂にこの精神的打撃、完全に壊れたと思ったんだけど」

 

 俺は、再度あの脳味噌を視界に入れる。吐き気をしようが、しっかりと、この眼で咀嚼する。

 

 うん。あれが、何と言おうと、やっぱり。

 

「お前は、火の宮様じゃねぇよ」

 

 迫りくる吐しゃ物を抑え込んで、脂汗をかきながら、俺は無理やりにでもニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

 脳味噌は、頭上にハテナを浮かべるかのように、口をぽかんと開ける。

 

「はぁ? 何を言っているのかな。君が恋した、いや、私が君に恋慕を抱かせた火の宮は羂索であり、羂索は私だ。それが全てだよ。君には分かるだろう、否定する根拠なんて、どこにもない」

 

「お前、視野が狭いって言われるだろ。俺が惚れてた火の宮様ってのは、もっと美しくて、髪が長くて、か弱くて、んで、もう死んでる。生きてるお前は、ただの臓器だ」

 

 火の宮様は美しい人妻で、お前は醜い脳味噌。ちょっと口調が同じだけで、同一人物だと見なす方がおかしい。

 

「人間の本質は人格ではなく肉体にある、と。そう言いたいのかな? 確かに火の宮という女の肉体は、安倍晴明に焼却させたけど」

 

「ちげぇよ、アホ。人格からしてお前は火の宮様じゃねぇ。だってそうだろう?お前は火の宮様を徹頭徹尾演じてた。俺を含む周りの人間に、その脳味噌を見せたことなんて一度もねぇ。だろう? だったら、その演じられた役柄こそが火の宮様の人格だ。俺は、お前みたいな脳味噌に惚れてたことなんて、一度もねぇよ」

 

「その恋心は――」

 

「お前の呪術が造った、って言うんだろ? 恋心なんて、吊り橋からでも生まれるし、酒や麻薬からでも生まれる。魂からの恋じゃなきゃ本物の恋じゃない、なんて童貞みてぇなこと言うかよ。大切なのは、何によって生まれたかじゃない。誰が、誰に抱くか、だ。腐れ脳味噌に押し売りされた恋心でも、俺の物だ。奪わせねぇよ、壊させねぇよ!」

 

 俺は、火の宮様の遺志を継ぐ。蠢動するこの脳味噌の讒説ではなく、妖しくも人に愛され、荼毘に付されたあの想い人の遺書を。

 

「蛇足は切り落とすに限るぜ、死ねや」

 

「チィ、ドルゥヴ、頼む。こちらも結界術で援護する」

 

 脳味噌の背後から結界を通って現れるのは、ギョロ付いた目つきの老爺。半裸の肉体には、宿儺ほどとまでは行かなくても、その三分の一程度の呪力量は持っているようだ。こちらは、元々が宿儺の二十分の一程度の呪力量。領域展開もしたため、今は最大量の三分の一……つまり、相手との呪力量は二十倍もの差がある。

 

「それでもォ! 惚れた女のために、託された遺言のために! 俺はお前に殺されやしねぇ! あっ天元様これ預かってて」

 

 天元に頼んで門子の入った壺を地面に置くと、薨星宮の結界に一瞬だけ孔が空き、壺が落下して穴が閉じる。これでとりあえず門子が殺されることはないとほっと一息つき、相手に向き直る。

 

「その遺言私が書いたんだけどな……『異界断崖』、君のをパクった」

 

 結界によって物理的に断絶された彼我を、呪力と術式だけで構築された式神は透過する。

 俺に迫る鋭利な嘴の群れ。躱すことはできない。

 

 だが。

 

「忌奇。お前の力、借りるぞ」

 

 頭上の、半透明の円盤。四等分に別たれた色に、先ほど式神を封印した札を読み取らせる。

 

 頭上の円盤はくるくると周り、すぐに読み込みが完了する。

 

 俺の肉体に付与された、第二の術式。忌奇の極の番。『遍戴』によって融合した四つの凶霊の力。

 

 俺の肉体は、あの翼竜に完全に『適応』した。

 

 式神の群れは、俺の身体に触れる寸前に、ぼろぼろと崩壊していく。結果として、俺の肉体に嘴が触れることはなかった。呪霊が正のエネルギーで消滅するように、特定の式神を消滅させる逆位相のエネルギーを纏っただけだ。

 

『何ィ!儂の式神がァ!』

 

 ドルゥヴとかいう老爺が再度印を組む。だが、それを俺は『虹彩投射』によって遠隔で見通していた。

 老爺が印を組む隙に、『虹彩投射』を媒介に発動させるのは金に輝く札。

 

「極の番"屠金" ブッ封じた」

 

 老爺の封印術への耐性は、かなり脆かったようだ。結界術の理解が浅かったのか、抵抗は少なく、老爺の存在は札に封じられた。

 

 俺の手元に金色の札が戻ってくる。べちゃりという音と共に、『異界断崖』は解除される。

 

 残ったのは、地面に落っこちた脳味噌と、俺だけ。

 

「……ふふ。以前と比べて、随分強くなっ」「今さら火の宮様面はやめてくれないか?羂索」

 

 ちょっとウザいキャラじゃないか? この脳味噌は。

 

 火の宮様()()()()この脳味噌の正確も、だんだんと分かってきた。というか、手紙の内容は三分の一くらい素じゃないか?とも思ってる。きっと文章によるメソッド演技法という奴なので、この脳味噌に俺が惚れているということはあり得ないが。

 

「はん、可愛げがないな、クソガキ君。さっさと殺したらどうだ?」

 

「いや、気が変わった。殺しやしないよ。お前、天元ともう一度友達になりたいんだろ? 火の宮様の役柄を使ってでも、それを成し遂げたかったんじゃないのか?」

 

「ん……今はまだ、そうだね。浄界が無くなった日本を見たいのが半分。天元と世界各国呪術観光をしてみたいのが、もう半分かな」

 

「じゃあ、俺がその願いを叶えてやる」

 

 その言葉に、羂索は無い眼を見開くように、脳の皺を歪める。

 

「いいのかい? 君は私の敵だよ? それに門子ちゃんも……」

 

「俺の心を弄んだのは許してねぇよ。だけど、多分お前の暗示がなくても、火の宮様に惚れてたぜ俺は。天元は門子を殺すような奴じゃないってのはお前が分かってるだろ。あと、門子って、多分火の宮様の娘じゃねぇだろ?」

 

「あはは、バレた?」

 

「いや、勘だ。脳味噌本体に辿られるような呪術的縁を作ることは、お前はしないだろ」

 

「うん、そうだね。胎は火の宮だけど、君に恋していた女の子、忌奇ちゃんの経血を使った。呪術的には彼女の娘だ。良い術式ができると思ってね」

 

 意外なところからボールが飛んできた。代理母とか先進的過ぎる。ある意味では火の宮様の娘でもある、ということか。

 

「そうか。……そうか。忌奇は怒るだろうな」

 

「いや、案外嬉しいかもね? 腹を痛めることはできなくても、想い人との愛の結晶さ」

 

「女ってそうなのか?」「そうなんだよ」「いや、お前は女じゃねぇだろ」「確かに今はどっちでもないね」

 

 下らない談義に突入しかける。案外、惚れたキャラクターの声優と語っているような心地よさを感じる。声優オタクの気持ちが始めて理解できたかもしれない。まあ、それはともかく。

 

「一旦、札に封ずるぜ。事が終わったら、適当な人間の頭にぶち込む。多分、お前レベルの結界術使いであれば、内側からでも数十年かければ解放されるだろうが」

 

「……信じよう。声に嘘の色はないね」

 

「お前みてぇな器用な演者じゃねぇからな。『極の番 屠金』」

 

 抵抗なく、金の札に、脳味噌を封じた。

 

 その直後、天元、の幻影が俺の傍に現れる。

 

「先ほどのは本気か。藤原安門。騙されたと分かっていて、それでも羂索に従うか」

 

 天元に振り向き、満面の笑みで答えた。

 

「羂索じゃなく、火の宮様の遺志に、だよ。『友達に運命から解き放たれて、自由になって欲しい』。彼女は手紙に、こう書いていた。その友達が星漿体じゃなく天元だってんなら。俺は天元、お前を無理にでも解放するさ」

 

「そうか……ならば、こちらも全力で抵抗する。私では勝てないが……奴がな」

 

 天元は、その幻像は指を上に掲げる。

 結界上部に穴が開き、天井から黒い束帯を来た人間が、ゆっくりと舞い降りてくる。

 

「安門君。僕は、今の箱庭が好きなんだ。天元様によって整えられた、一定の法則に基づく整合性ある呪術がね。無限の可能性なんて、要らないよ」

 

 空のように蒼い瞳が、瞼を細めて俺を見つめていた。

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