藤原北家に転生した俺氏、ファムファタール羂索に脳が灼かれてしまう模様 作:砂漠谷
目の前の六眼。安倍晴明を、じぃと見つめる。
その瞳は、俺を吸い込んでしまいそうなほど深く。空色であっても、まるで海の蒼でないのかと錯覚するほどだ。
だが、吸い込まれるわけにはいかない。
「俺は、天元を外に連れていく。俺の、俺自身の恋のために」
「二重の意味で存在しない女に恋するのは、よした方がいいね。それに、勝てると思っているのかい?この僕に」
「勝てるさ。京の外ではまだ宿儺が戦っているだろう?」
その言葉に、安倍晴明は少し眉をひそめる。
「どうして、分かる。もう両面宿儺なんて死んでいるかもしれないよ」
首を振ってそれを否定する。両面宿儺はそんなタマではない。
「千日手だ。あの式神の攻撃は宿儺に効かないか治癒する。宿儺の攻撃はあの式神に当たらない。既存の攻撃以外の解法をどちらかが見出すまで、戦闘は終わらない」
それに加えて、既存の手札にない方法を編み出すのが、宿儺は大得意だ。だが、式神はそれが得意そうにはとても見えなかった。十中八九宿儺の勝利で終わるだろう。
まあ、それを相手にわざわざ言うつもりもない。
「断言する。式神だけで宿儺には勝てないし、式神抜きでは俺には勝てないぜ、安倍晴明。逆なら、もしかしたらもしかしたかもな」
「へぇ、僕は、随分舐められたものだな。僕相手に黒閃を決めたことで、絶好調のつもりかい?」
それには答えず、相手から眼をそらさず。天元に声を掛ける。
「天元。流石に、晴明戦の後に天元戦、その後に宿儺戦という流れは避けたい。俺が晴明に勝ったら、天元、俺に協力してくれるか?」
「それは、宿儺戦に、ということか」
天元の幻像はそれに答える。
「ああ。日本を覆う浄界の維持をやめてそれをすべて宿儺対策に回せば、宿儺を殺害はできなくとも封印程度までは持っていけるはずだ。俺はそれをサポートする。術式も結界だし、結界術は得意なつもりだ」
「もしも、晴明が勝てば?」
「それは、晴明と宿儺との戦闘に俺が晴明側で参戦するさ。天元は浄界の維持をやめる必要はない」
晴明は、それを聞いてこめかみに血管を浮かび上がらせながら俺に訊ねる。
「……安門君。それは随分都合がいいじゃないか。両面宿儺を裏切った君は、どちらにしろ宿儺と戦わなければならない。味方を増やそうとしているだけじゃないか?」
「お前らにも都合がいいだろ。結局、宿儺という災害に対処しなければいけないのは、どちらも同じだ――だったら、じゃんけんで決めるか?」
「ふぅ――そうだね。じゃあ、綱引きで決めようか。『領域展開――」
笏を懐に仕舞い、晴明はおもむろに片手で印を組む。殺気の一つも感じさせず、まるで日常動作のように。
「領域すら日常ってか――!『領域展開』」
俺の領域は比較的燃費がいいとはいえ、すでに一度展開している。これを展開すれば、後はない。
『無極自在天』
『後苑闘戯場』
二重の縛りを以って対領域に特化した領域。しかし、そうであっても。
「塗りつぶせない――!」
晴明の領域がやや優位な状態で、領域の綱引きは拮抗している。
晴明の領域は蒼い空に、地面は雲。上には雲一つなく、太陽ではなくうっすらと月が昇っている。
俺の決闘場の領域が雲の上に浮いており、それが徐々に雲に削られている状況だ。
「へぇ、結構持つじゃないか」
これでは、領域の必中効果の適応や、五つの札を用いた決闘ができない。領域を使っている時間は、通常の術式は使えない。
近接戦、しかない。
上背は同程度。そして、筋力もおよそ同程度。現状の呪力量は、相手の方がはるかに上。
身体強化の力量も相手の方が上だろう、年季が違う。
勝ち目はないだろう。
「そっれっでっもォ!」
振り絞る。拳を。
半日ほど前に起こした黒い火花の残り火は、まだ俺の中に燻っている。
それを、呼び覚ませ。
振り切った拳に、黒い閃光は、再度微笑んで――しかし。
勝利の女神は、微笑まなかった。何事もなかったかのように、印を組んでいない方の手に持つ笏で受け止められる。
「なっ――!」
「ああ、この笏。黒閃を吸収できるんだ。閻魔笏、と言ってね」
くるり、と。笏を裏返して、俺に向ける。
「自分の黒閃で、吹き飛ぶがいいさ」
黒い閃光が、俺に向かい。
吹き飛ぶ。領域の外殻にまで衝突し、地面の雲にずるりと落ちた。
俺の肉体の耐久性能は低い。呪力で咄嗟に最低限の防御はしたが、それでもこの一撃だけで満身創痍。
「こんなに、あっけなく……!」
領域は晴明のものに飲み込まれる。
「くそっ……、『彌虚葛籠』!」
せめてもの抵抗、必中効果を防ぐことを目的に、両手を塞いで彌虚葛籠を発動する。
「それは悪手だよ」
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら、晴明は俺に近づく。
「僕の領域の必中効果はね。相手の肉体組成を、呪霊と同じものに変生させるもの。タネは『不死』と『時間加速』さ。天元様にも教えていないことだが、不死の存在が老化の極地に到った時に、人間は呪霊となる。彌虚葛籠が砕けた後、君は一瞬で老い、そして理性のない呪霊に堕するのさ。その後は祓うも調伏して宿儺戦の当て馬にするも僕の勝手、という訳だ。じゃあ、とっとと人間をやめてくれ」
術式の開示。それと共に、領域の効果が更に強くなり、彌虚葛籠の外殻には罅が入る。
舌を打つ。黒閃によって頭は冴えており、脳は全力で回転するが、既に手札は尽きた。忌奇が遺した『適応』の術式よりも速く、俺は晴明の領域に晒されて呪霊に変ずることになるだろう。
黄金の札を取り出す。両手は塞がっているため、なけなしの呪力を使って羂索が封じられた黄金の札を持ち上げ、頭上の円盤に読み込ませる。彌虚葛籠の外殻の罅は、更に大きくなっていく。
「無駄な足掻きだね。忌奇の術式が生きていても、札の術式が焼け切れている君に逆転の術はない」
晴明の言葉は全て正しい。それは俺が一番わかっている。だが、それでも諦めきれない。
俺が読み込んでいるのは羂索の記憶と技術だ。手札が無ければ他人の手札を持ってくるのみ。だが、羂索は随分永く生きているようで、読み込みには時間が掛かりすぎる。
ならば、取捨選択するしかないだろう。羂索のうち、火の宮様のペルソナの部分だけを読み取る。
なぜそうしたのか。合理的な理由は特にない。しいて言えば。
「火の宮様っ――!」
好きな女のことを、もっと知りたかったからだ。
勝利の女神は、最後まで俺には微笑まなかった。だが火の宮様は、微笑んだ気がした。
羂索の記憶から、門子の造り方、すなわち呪物へと成る方法をサルベージすることに成功。特定の術式に依らない方法であるため、術式が焼き切れている今でも出来る。
「千年後の摩天楼で、生きてた方の勝ちだ、ボケが!」
領域対策を両手が塞がる彌虚葛籠から片手でもできる簡易領域に変更。これも羂索の記憶からサルベージした。
右の眼球を抉りだし、そこに自分の魂、術式の核、呪力を全て封じ込め、受肉の機能も追加する。そして、『受肉するまで外界に干渉しない』という縛りによって絶対的な強度を保障させる。
「んなっ……」
残骸となった肉体は簡易領域を砕かれ、その肌は皺とシミに覆われ、数秒で枯れ果てる。そして抜け殻は自我のない呪霊として、残りかすのような呪力を抱え領域内を徘徊し始める。
「クッソ、クソ!羂索と協力して、天元を脅してまでして、ようやく宿儺を殺すための手札が全て手に入る所だったのに――!簡単に封印されやがって、あの腐れ脳味噌!」
安倍晴明は、激昂し呪霊となった俺の残骸を消し飛ばす。そして呪物と化した俺の眼球を踏みつけるが、しかし子供がスーパーボールを踏みつけるように弾かれる。それでも何度も踏みつける。
「ふぅ、ふぅ……。まあ良い。不完全な手札でも、勝って見せるさ」
しばらく踏みつけ、息を整えた後、晴明は領域を解除する。そして、薨星宮に戻った時に目の前にいたのは、血涙を流して
「は?」
その童子の名は裏梅、宿儺の付き人。ただ宿儺のために生きて死ぬ、一個の術師。
「宿、儺、様……!」
血涙で既に視界は潰れている。しかし、それでも、その気迫と呪力のみで、死に体を動かす。
晴明は領域展開後に術式が焼き切れていた。宿儺と戦っている式神は消失しているのだろうか。それとも独立駆動しているのだろうか。この場所から知る術はない。
裏梅は、焼けこげた足の断面に氷の義足を生やし、激痛に耐えながらそれでも掌を大地に。
「あの方に仇なすもの、皆、死ね」
地面から、凍気と氷が湧き出す。まるで氷河の洪水のように、爆発的な勢いで。
羂索の札、ドルゥヴの札、呪物になった俺、そして安倍晴明。
裏梅は薨星宮の底で氷漬けになりながら、その呪力と術式でもって、凍気によって吹き飛ばされる。薨星宮をはじき出され、京の上空へ。
そして、京を覆う、宿儺を弾く結界の外側まで。
それ以降は呪物の感知範囲外となった。俺の知る所ではない。
最後に見えたのは、晴明の式神『嵌合神 躯象』を拳で破壊する宿儺だった。
京の付近の山に落下する、霜に覆われた眼球は、受肉するまで意識を閉じる。
父、佐理への謝罪、乳母、忌奇への感謝、娘、門子という心残り。意識を閉じる前にそれらが脳裏を駆け巡り。
しかし最後に残ったのは、火の宮という女への、恋心だった。
――――――千年後の摩天楼で。
「やあ、受肉体の少年。どんな女が、タイプだい?」
「額に縫い目がある系人妻美人だよ、ヴァーッカ!」
そんな問答があるかどうかは、定かではない。
くぅ~疲れましたw(以下略)
……いや半年放置してまじでさーせんした
今後もこんな調子でやっていくんで、あんま期待しないでください……
やっぱり見切り発車は悪ですな