藤原北家に転生した俺氏、ファムファタール羂索に脳が灼かれてしまう模様 作:砂漠谷
「オォオオオオ!」
つるりとした面を被った忌奇が吶喊、そして突撃。
大上段から両の拳を合わせて振り下ろす。
「見え見えだ、喰らうものか!」
飛び退きながら人頭大の氷塊を連射する裏梅。忌奇はそれを拳で弾くも、凍傷は免れない。
しかし、再生しながら忌奇は俺に叫ぶ。
「ッチ、痛ったいですね……安門様、速くアレを!」
術式で作成した札――カードを地面にセットする。術式効果の向上のために、フレーバーテキストを音読して言霊の代わりとする。
「『夜より出でて宙より深く その望みを塞ぎ潰せ』『
帳を参考にして、天元の補助から『脱獄』して自由度を高めた上で魔改造した、物理耐性特化の結界術。本来なら構築に時間が掛かる結界であるため、省略するためにカード化して保存してある。
札が消費され、縦横高さそれぞれ10mほどの立方体状の結界に、三人は封じ込まれる。
「帳……?いや、硬いが帳ではないな」
裏梅は結界の縁に触れて、顔を歪める。
「エサクタ!帳は呪力に関する条件しか設定できない、それじゃ不便だろ?これは『固体と液体を遮断する』という条件を設定した結界だ。純粋な呪力や術式効果は通過するから、式神や呪霊は通行自由さ」
隙あらば
「対術師特化、という訳か……性格が悪い。狭義の結界からは外れているな……だが、狭い場所で、私に敵うとでも思ったか!」
凍気を全方位にバラ撒く前段階として、呪力を纏う裏梅。
だがんなものは対策済みだ。
「という訳で忌奇、ヨロシク」
「はいはい……それでは御開帳。領域展開——『
右手で天を指さし、左手で地を撫でる構えを取る忌奇。俺が作成した結界を外殻として展開するのは、酒精香る池と、肉が吊るされた木々が並ぶ庭、そしてそれを描こう絢爛な中華風の宮殿。
「私の術式『到来凶獣』は、仮面を起点とした、自己対象の降霊術です。無生物や他者に降ろすことは出来ません。ただし、領域展開によって自己の範囲を拡張した場合は別です。この領域、全てが私自身。術式効果は、『恒常性の維持』。ある瘋癲の戯言を真に受けた結果の産物です」
「……恒常性?なんだそれは」
術式の開示を理解していなさそうなので、俺が追加して説明する。術式の開示は相手に理解させることで成立する。少なくとも英語で説明して意味がないことは実証済みだ。
「つまりだ。温度・湿度・光度・大気成分・その他環境の変更が非常に困難、っつーこった。御得意のこおりのつぶでや冷凍ビームも無意味って訳だよ!」
「チ、ならばこちらも!」「やらせねぇからァ!」
次の札。詠唱は略して空に叩きつけ起動させる。
「『
雷を口から放つ呪霊の術式から取得した札だ。
バシャリ、と前方に強力な雷撃の網が走り、裏梅の身体を数瞬硬直させる。
即座に距離を詰め、胸部に札を叩き込む。
「零距離『
音に呪力を籠めて放つ術師から取得した札を三枚”累”て威力を増大させて放つ。知り合いの術師で、定期的に金で雇って札に術式を封じているため、結構枚数がある
ゴキゴキゴキと肋骨が粉砕され、肺に刺さる音。確実に戦闘不能にした自信がある。
「うし、肺と肋骨を潰した。脳に酸素が回らないウチは反転術式も使い物に――何?」
裏梅は、血反吐を吐き、青い顔をしながら手印を結ぶ。両手で満開の華を作るような印。
『領域展開――
その唇は、声を出さずに領域の名を呟いていた。
「ッチ、だが『太平天國』は領域の綱引きに強い非必殺領域!塗り潰せ忌奇!」
「いや、無理ですね。相手の領域が洗練され過ぎてる。こっちの領域、保って百五十呼吸、秒?です」
忌奇は、俺が教えた『秒』という概念を使う。二分半。それまでに相手を潰さなければならない。
札の束に一枚ずつ呪力を籠め、即時発動できるよう準備する。これで十秒。その間に、裏梅も内出血を口から噴き出して呼吸し始める。反転術式で肺と肋骨を再生させたようだ。脳に酸素が碌に回ってないのに反転術式か。呪術の練度が違い過ぎる。
その間にも、ぽつぽつと『太平天國』の中華風宮殿の中に雪がちらちらと舞い、それはどんどん豪雪になっていく。
「かっ、は。よくも私に、血反吐を出させてくれたな。宿儺様に捧ぐため、損傷は少なめに殺そうと思っていたが、もう、どうでも良い。蟻のように叩き潰してくれるわ!」
ノーモーションで上空から降ってくる超巨大な氷塊は、『太平天國』の環境効果で溶解しつつも、俺たちの頭に叩き込まれようとする。
「『
陰陽寮の神才、天元の補佐。宿儺さえいなければ当代最強だろうと言われた彼の術師。その式神が放つ炎の牙を封じた、一枚しかない札を解き放つ。その炎は『直瀑』を留め、溶かし潰していく。
裏梅を殺したら、おそらく宿儺の恨みを買う。可能な限り殺したくはなかったが。
「こちらも殺す気で行く。『爛生砲』、三発」
対象の肉を喰らい孵化する呪霊の式神の蟲卵。札より呼び出し相手に叩き込む。
「っ、『霜凪』。式の類か」
凍気を浴びせられ、凍結させられる三つの蟲卵。そのうち二つは地面にぼとりと落ち、一つは慣性によって直進。それを裏梅の腕が弾こうとし……裏梅の腕は蟲に噛みつかれ、その肉が喰い千切られる。孵化条件を変更していたのだ。細かい条件の変更程度なら、札を消費する時に設定可能だ。
「ぐっ!なんの!」
即座に蟲を破壊し、反転術式で再生させる。
だが二度、反転術式を使わせた。アレはかなり呪力を消耗する。
「忌奇、畳み掛けろ!」
「了解、対象が流した呪力と血から免疫を獲得。『第二・窮奇』」
面を替え、鬼神のように血管が浮き上がる面を付ける。領域展開中、彼女自身は術式を用いることは出来ないが、領域に付与された術式効果により、領域内部の枝葉が鋭く伸びる。彼女は枝葉を多量の矢のように放った。
裏梅は凍気を枝葉に浴びせかけ、その多くは凍って砕ける。
しかし、砕けなかった枝葉は凍てつく息吹に屈することなく裏梅を追尾し、十本以上の矢の如き枝が裏梅の身体に突き刺さった。
「今だ、忌奇!『領域を塗り潰せ』!」
「言われなくとも、今!やってるところです!」
裏梅の領域を、忌奇の領域が塗り潰し始める。
雪が晴れ、領域に快晴と酒精が戻って来る。
だがその最中に、裏梅はニヤリ、と悪辣な笑みを浮かべた。
「私の、勝ちだ」
ギャリギャリギャリギャリ!
『異戒断崖』が削られる音がする。冷や汗、恐怖。
彼の異形がやってきた、彼の術師がやってきた。呪いの王がやってきた。
それを知らせるかのように、『異戒断崖』に罅が入る。
俺は札を地面に叩きつけ、忌奇を引き寄せた。
「『
音がして一秒と少し。『異戒断崖』が破られ、その瞬間『太平天國』が呑みこまれる。領域を砕かれたことにより、忌奇が意識を失い、地面に伏す。
『太平天國』は強力な代わりに、領域と自分とを同一視するため、領域が砕かれたり完全に呑みこまれた場合、精神的なダメージをかなり喰らう。むしろその縛りを以って、実力不足の忌奇が何とか領域展開として成立させている節がある。
彌虚葛籠越しに見えるのは、同じく彌虚葛籠で自らを守っている裏梅。
そしてその背後に、四眼二口四腕の異形。更に、牛の骸骨を基礎として成っている怪物謹製の鳥居があった。
「ふむ。裏梅のために出力を控えていたとはいえ、御廚子を耐えるか!それなりではあるようだな」
「宿儺様!こ奴等、宿儺様の死期について噂していた様子!罰しようとしましたが、中々に強く……」
「裏梅……お前」
鳥居が掻き消える。裏梅の彌虚葛籠も掻き消え、宿儺を笑顔で見つめる裏梅。しかし。
裏梅の右肩から鮮血が飛び散る。宿儺は、指を裏梅に向けて振るっていた。
「仮にも俺の従者という立場だ。弁えろ」
「あっぐ……申し訳ありません」
頭を下げながら、反転術式を回し一命を取り留めようとする裏梅。
それを尻目に、宿儺がこちらに視線を向ける。
圧倒的な”暴”と”威”、それに魂は怯えを叫ぶ。だが、既に死を経験している俺は、何とか意志で魂と肉体を制御出来た。
「で、だ。餓鬼。裏梅が失礼をした詫びだ。死に方は選ばせてやる。何が良い?」
どうやら、俺の二度目の死は確定したようだ。魂は諦め、もはや揮発し始めている。
だが、俺の意志はまだ終わってはいなかった。俺の術式、そして相手の術式と性格を鑑み、生き延びる方法を脳が算出し始めた。
「……おい、何か言え。連れの女ごと死なせたいか?」
「今日、宿儺様におきましては、ご機嫌麗しく存じます。
「ほう……面白いことを言うな、服装の頓珍漢な餓鬼」
「そこでです。一つ約束をして頂きたいのです。それは、『二撃目は決してない』ということに御座います。一撃だけで私を屠り、万が一、否、億が一に。私を屠り損ねた場合、二撃目を私に放つことは決してない。このように縛りを結んで頂きたい」
「つまり……
「はい、
「クク、良いだろう。縛りは成立した。では……」
「ああ、それと。彼女を少し遠くに投げても宜しいでしょうか」
「フン、さっさとしろ」
腕を呪力で強化し、忌奇を安全な遠くに投げ捨てる。
腕を呪力で強化すると同時に、札にも呪力を籠める。術式が籠った札ではあるが、これで防御する訳ではないため、大した呪力も込めていない。宿儺はそれを察しているようだが、特に口出しはしない。
「はい、大丈夫です。では、行きましょう」
俺は、『最大最強の一撃』と言った。つまり、呪詞の詠唱は絶対必須である。
「チャンチャカチャンチャンチャチャンカチャン」
音楽が流れると同時に、複数の扇が具現化し、ひらひらと舞う。呪力が籠った音と踊りを札に記録していた。録画ではないため、扇を持っている人間まで記録は出来ないのが残念だが。
「ふむ、楽と、舞か。では行くぞ。『龍鱗』」
「『果敢』」
互いに、呪詞の詠唱が始まる、と同時に、掌印を結んでゆく。
「『反発』」
「『循環』」
「『番いの流星』」
「『
一瞬の無音、そして術式が双方放たれる。
「『解』」
「『
放たれるは一つの巨大な斬撃。
迎え撃つは七つの平らな結界。
一枚目の結界は素通りされるように砕かれる。それは計算通り。砕かれることを条件に、一つの斬撃の呪術的結合を吸収し、三つの斬撃に分割する——成功。
三つの斬撃のうち一つ目を、二枚目の結界で封印——失敗。威力減衰しつつも直進。
三枚目、四枚目の結界は、それぞれ二つ目、三つ目の斬撃の封印に成功。
五枚目の結界で一つ目の斬撃を吸収——失敗。威力減衰しつつも直進。この時点で斬撃を80%減衰成功。
六枚目ではアプローチを変えている、露出した斬撃の呪術的な『中枢』のみを吸収——成功。
七枚目で中枢以外の斬撃の残滓を吸収——ほぼ成功。
全体から見れば微かな斬撃の残滓のみ、俺の肉体に到達し――、呪力で強化した両腕の、掌から二の腕の骨までを切り裂き、停まった。
「あっが……がっ……腕ぇ、でも、やた、やってやったぞ、宿っ儺ぁああああ!」
それぞれ二つに割かれて四つ腕にも見える腕を無理やり掲げて、勝利宣言。
「クク、ハハハハハ!面白い!餓鬼、名前は何という?」
「覚えとけぇ、藤原佐理が一粒種、藤原安門だ!」
痛みを抑えるためのセロトニンと生存の興奮によるドーパミンで脳がイカれている。宿儺にタメ口を聞き、喚く。
「ふむ。藤原家の人間だったか。惜しいな……いや、こうしようか。藤原安門、お前は今日から
「えっ、面、え?」
「両面宿儺の『面』の字をやる。俺の餓鬼として振舞っても良い。俺が直接手に掛けることが出来ない唯一の人間に、今、お前は成ったのだ。誇れ」
「えっえっえっ、
頭が混乱して、冷や水が掛けられたかのように興奮が冷めて来ると痛覚が目立つ。
宿儺が俺の腕に触れ、反転術式によるものだろう、癒してくれた。
「あっ、ありがとうございます……」
「あと、だ。術式の名前も変えろ。かるどせぷと?とやらよりも良い名を思いついた。『喰札』だ。術を喰らう札、良いだろう。今後はそうしろ」
いや、そっちは別に受け入れても良い、術式の名前と術式の威力は大して関係ない。
問題は自分の名前の方だ。
「ふふ、面門(めんもん)か!これは良い!」
回復した裏梅が俺を指さして笑ってくる。そうなのだ。面門とは、平安時代の言葉で人中、いわゆる興奮した時に伸びる鼻の下である。
「おい、裏梅」
「はいっ!申し訳ありません!」
「いや。それはもういい。こいつと気絶した女をこいつの屋敷に連れて帰れ」
「はいっ!おい、お前。もう立てんだろうから背負ってやるが、調子に乗るなよ!」
そのまま混乱した頭で、裏梅に背負ってもらい、屋敷まで送ってもらった。ちなみに忌奇は引きずられていた。
渾沌=再生作用
窮奇=免疫作用
檮杌=ホルモン作用
饕餮=消化作用
モチーフです。四凶と人体の生理作用がモチーフです。
多分イノタクの先祖だったりする。