藤原北家に転生した俺氏、ファムファタール羂索に脳が灼かれてしまう模様   作:砂漠谷

6 / 11
宿儺(呪術オタク)

「で、愚かにも逃げ帰ってきたということか?面門」

 目の前に、裏梅が憤怒の表情で立ちはだかっていた。

 ここは京の外、羅城門が見える程度には近い平原である。

 宿儺は京に入らず、この場所に陣取り、広く天幕を張らせて野営していた。

「宿儺様が京に入れないという緊急の事態であるのに!貴様はのこのこと恋人の墓参りか!それも、あまつさえ敵から逃げ出し!貴様はどれだけ惨めな生き物なのか?」

「すまない、裏梅……」

「五月蠅い、小型『直瀑』」

 頭上に、大型犬程度の重さの氷が降ってきたため、手印を省略した『喰札』で防ぐ。

「すまないと思っているなら防ぐなァ!」

「防がなきゃ怪我するでしょ!」

「殺さないだけありがたいと思え!貴様が献上する古今東西の料理の知識に底が付いたら、本当に殺すからな!」

 そう。宿儺に名を一文字与えられた後に、度々宿儺と遭う機会があった。毎度毎度裏梅に殺されそうになるのが面倒なので、裏梅に料理対決を挑み、勝利したのだ。

 宿儺は美味も好むがそれ以上に珍味を好む。だから人肉などを時折口にするのだが。

 世界各国の珍味——とまでは言わないが、21世紀の日本は世界中の味が集まる国であり、それらを俺は知っている。そしてこの時代の日本にとって、その殆どは珍味である。

 殺されないように出し惜しみもしつつ、俺の知っている食材や料理を提供することで、宿儺の歓心を買っていたのだ。

 宿儺の歓心すなわち裏梅の歓心。根が料理人である裏梅は、牛乳から蘇だけでなくチーズやバターのような多様な味が作れることに感動していた。

「それで、宿儺が京に入れないとは、一体?」

「様を付けろ。結界が張られてある。それも、宿儺様個人およびその術式のみを拒絶する結界だ」

 苛ついた顔で裏梅はそう言う。結界はかなり強固なもののようだ。

「帳か?」

「おそらく基礎は帳だ。だが、天元が提供している標準型の帳とは違う、だいぶ条件や効果を弄られている」

「無理やりこじ開けられないか?宿儺の領域でも?」

 遠目に一度、その跡地を見たことがある。宿儺の絶殺の斬撃空間。京の中で発動することこそなかったが、大江山の一部が削れたのは記憶に新しい。

「様を付けろ。宿儺様の領域に不可能はない」

 すると、天幕から出てきた宿儺が後ろからそれに答える。

「領域ならおそらく可能だ。だが、すぐに帳は再生する。それに面門、お前と似た術式効果も結界に投入されている。術式の吸収、そして解析。再現効果は無いようだが、代わりにお前が持たない『適応』の効果もある……お前、『観られた』だろ?」

「見られた?誰に――ですか?」

「六眼。安倍晴明だ」

 

 その後、宿儺は安倍晴明について滔々と語り始めた。

 宿儺は安倍晴明と何度か戦ったことがあるらしい。どちらも終始宿儺が優勢だったようだが、その戦いの全てにおいて宿儺は晴明に逃げられている。

「そういうところはお前に似ている。奴の逃げ足は尋常ではない」

 というのが宿儺の言。

 安倍晴明の術式『式神創術』は、術式を持つ式神をゼロから作り出すことができる。ただし、式神の肉体構造と、それに刻む術式の構造を知悉しなければならないのが条件だ。

 安倍晴明は六眼によって、術式が刻まれた術師の肉体と、術師による術式の発動を眼にすれば、その術式の構造を全て知覚することができる。それにより、数多の術式を複合させた式神を多々作り上げることができるらしい。

「奴は十二しか式神をもたない。だがそれは同時保有数だ。作り、改良を重ね続け、時には壊して、積み重ねた知見を基に一から新しく強力な式神を作り、そうして力を蓄え続ける」

 呪力出力・量共に宿儺の三分の一ほどだが、術式の性能はあちらの方が圧倒的に上。相手にも詠唱があったとはいえ、防御を固めさせてもらっても宿儺の斬撃を完全には防ぎきれなかった俺とは蟻と象ほどの差がある。

「今回はそれを式神にではなく結界に応用したのだろう。いや、結界と式神の合一と言ったところか。足りない呪力出力は、平安京全体を儀式場と見立て、非術師の漏出呪力を全て結界の維持に充てることで補っているな。陰陽寮の全面協力がある。確実に奴の仕業だ」

 安倍晴明はここ十数年間の間、陰陽頭の役職に就いている。

 陰陽寮は戦闘に不向きな術師が結界術などの研究をして呪術の発展に努める研究機関であるため、儀式関係の知識はかなり蓄えられている。

「事前に溜め込んだ呪力次第では、産土神が数十体分から、多ければ百体分の呪力量が結界に注ぎ込まれている。正攻法で溜め込んだ呪力全てを削り切るには、専念してもおそらく()()はかかるな」

 そういえば、宿儺の噂が広まる前は、京の呪霊の数がかなり多かったと言われている。宿儺が呪霊を狩っていたとてっきり思い込んでいたのだが、呪霊が生まれる土台である非術師の呪力漏出を安倍晴明が横取りしていた、ということかもしれない。

 

「事前に準備した儀式と、お前を見て結界の発現直前に盗んだ術式。それらをこうも精妙に編み上げるとはな。クク、壊しがいがある……」

 

 完全に食べるモードから殺すモードにシフトしている宿儺様である。

 ダブルで腕を組み、宿儺は京の内側から俺たちに焦点を変える。

「裏梅、面門。お前たちにやってもらうことがある」

「はっ!何でしょう」

「なんです?呪物の受肉の研究に着手したいんで、あんまり時間がかかるのは嫌です」

 

 俺はこの子を、門子を受肉させなければならない。

 火の宮様に託された大切な子供だ。早くこの手で抱きしめたい。

 しかし、宿儺から発されたのは、意の外にある言葉だった。

 

「天元の、封印だ」

 

 宿儺が言うには、この結界の核は二人()()()()()

 天元と晴明、そして京の人々全員である。

「帳である時点で、天元が提供する帳の標準機能を結界の主が使用していることは確定している。陰陽寮の権力を使って平安京を儀式場にしていること、そして結界の性能自体から晴明も結界の中核だ。そして平安京に住む十数万の人間共も、呪力を供給していることから核と言える。このどれか一つでも機能を停止もしくは殺害出来れば、結界の機能は停まり、俺が京に入ることができる」

 宿儺曰く、そこから先はこっちのものだそうだ。

「そして、お前たちは晴明を封印することも、平安京の非術師全員を殺すことも難しいだろう。後者は可能だとしても、俺が平安京に住む理由が失われてしまう」

 人が多ければ、食文化の多様性も呪術戦の多様性も豊かになるということだろう。

 『非術師は蛆のようには湧かない』が宿儺の口癖だ。『蚕のように育ててから収穫した方が、苦悩の実りも良い』とも。非術師が蛆のように湧く時代に彼が生まれていたら、どう動くか末恐ろしいところではあるが。

「消去法で、天元だ。薨星宮に侵入するために、コレを遣る」

 錫杖から何かを外し、それを裏梅に放り投げる宿儺、それを受け止める裏梅。

「覚えさせた呪力を飛行・追尾して、その呪力の核――人間であれば魂――を砕く杖槍、『飛天』……の輪の一つだ。これで、薨星宮の『隠す結界』は突破できるだろう」

「しかし、天元の呪力なんてどうやって覚えさせればよろしいのでしょうか」

 裏梅は疑問を覚える。

「そこの壺に残穢がべったりとくっついているだろう。多少コイツの残穢も混じっているが。星漿体の呪力と天元の呪力の質は同一だ。だからこそ抹消の儀に使える。それを嗅がせれば良い。そして……いや、来たな。七日を一月に引き延ばすための、捨て石共」

 宿儺が張らせた、半径数十メートルの天幕の円の外側に十数人の人影が見え、その内の一人が天幕で刀を切る。

 刀を持つのは、緑の入った黒髪に、藍の服を着た長身の女。

 

 俺はすっかり忘れていた。

 安倍晴明はこの結界を張り、火の宮様を弑し、その友人である星漿体・天部人御を殺そうとしている。怨敵だ。

 そして、安倍家の呪術的頂点に立ち、菅原家余党を吸収して涅漆鎮撫隊を構成した張本人でもある。

 故に。涅漆鎮撫隊の副隊長の一人、忌奇が俺の前に立ち塞がるのも、当然の帰結である。

 

「面門――いや、安門様。帰りましょう」

「お前も火の宮様を殺した一人か、忌奇ィ!」

 

 恋は、人を鬼に変える。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。