藤原北家に転生した俺氏、ファムファタール羂索に脳が灼かれてしまう模様   作:砂漠谷

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BATTLE FRONT OF HEIAN-KYO

「面門、裏梅を護れ」

 

 宿儺が下の両手で掌印を結び、領域の展開動作に入る。

 

「全員!簡易領域を展開!」

 

 忌奇が叫ぶ。それと同時に、涅漆鎮撫隊の術師たちが左腰に両手を当て印を結ぶ仕草を取る。蘆屋貞綱考案、弱者の領域。

 

「「「シン・陰流 簡易領域」」」

『彌虚葛籠 五つ”累”』

 

 面門は、壺を持っていないもう片方の手で裏梅を抱き寄せ、札を解放。五つ累ねた高出力の彌虚葛籠を展開したことを宿儺が確認した瞬間。

 

『領域展開――伏魔御廚子』

 

 半径200mの物質全てが、簡易領域と彌虚葛籠外部と宿儺以外の物質を切り刻む。

 

「やはりィ!伏魔御廚子は簡易領域で防げるゥ!面門と裏梅を領域外に出すなァ、出力が上がって簡易領域が剥がされるぞォ!」

 耳にピアスを開けた、辮髪の男術師が叫ぶ。京ではあまり聞かれない、海外訛りの語尾の上がり方だ。

 

「……面門。耐えろよ?」

「あと半倍までなら!」

 

 御廚子の出力が、ガクンと上がる。微塵切りにされた物質が、更にミキサーに掛けられたように粒度が下がる。

 面門の札による彌虚葛籠は削られていない。だが、簡易領域は僅かずつ、僅かずつ削られていく。簡易領域の出力は低いのだろう。

 

「十分の一刻(3分)と言ったところか」

 面門の彌虚葛籠が耐えられるギリギリで領域の出力上昇を留め、宿儺は上の右腕で握った呪具『神武解』で雷を隊の術師らに向けて放つ。

 殆どの術師は、簡易領域を張ったままでは動くことは出来ず……しかし、動ける術師もいた。

受雷樹蕾(ショレイ・シュレイ)

 辮髪の術師だ。最前にいる仲間が張った簡易領域に飛び込み、そのまま地面に手を付いて術式を発動する。

 彼の周囲十数メートルに小木が生え、つぼみを咲かす。小木は斬撃により削られながらも、そのつぼみは避雷針の如く雷を吸収し、輝きながら開花する。

「……ほう」

 

 その花弁の内側からは、雷の球に翅が生えたような式神が生まれた。

 

人造精霊(レンザオ・ジンリ)!」

 雷の式神は、撒き散らされている斬撃の禍を意にも介さず、更に宿儺が放った雷を吸収して更にその体積を増す。

 

「ふむ。現象に宿るか――精霊に近いな。それも斬撃が意味を為さない雷の精霊か。クク、随分とお誂え向きだな。媒介は土か?」

 

 吸収と放出。面門の術式を想起させるものでもある。

 雷の精霊型式神は、宿儺ではなく、面門と裏梅に殺到する。

 

『喰札 三襲(みつがさね)

 

 片手で発動した『喰札』の結界で吸収する。面門の今の実力では、式神タイプの術式効果は一つの結界では吸収できず、『外殻』『内部構造』『中核』の三つに分割して吸収する必要がある。そのため最低でも三つ『襲』ねることが必要になる。

 

 しかし、相手の式神を吸収できたことにより、面門は一瞬、気を緩ませる。

 そこに、250m上の天空から叩き込まれる、必滅の一撃。

 太陽を背に、彼は詠唱する。

 

「”Lux(光よ)””Lux quae purificat omnia(全てを浄化したまう光よ)””dele peccatum, iniquitatem, et dolorem, et dirige illum.(罪 咎 憂いを消し去り 彼の者を導き給え)”『Scala Iacob(邪去侮の梯子)』」

 

 聖歌の如き詠唱。その後に叩き込まれる、術式の消滅させる光。

 その存在に気づけていれば、面門は彌虚葛籠を裏梅に代替させて『喰札』で吸収できた。

 しかし、宿儺の圧倒的な呪力で呪力感知もバカになっており、更に天使は太陽を背にし逆光で姿を隠していた。面門が式神に気を取られた隙に、()はやってのけた。

 

 その結果。懐に蓄えていた札と、発動中の彌虚葛籠が彼の光により消し去られる。宿儺の領域もその光の内側では意味を為さないでいた。

 

 その光が失われれば、面門は宿儺の領域に切り刻まれる。結果、、宿儺も『二撃目禁止』の縛りに反して、推量不能のペナルティを受ける可能性が高い。面門は素早く判断した。

 

「裏梅!」「わかってる!」

 

『喰札』『彌虚葛籠』

 

 完全にタイミングを合わせようとし、実際合致した。喰札で天使の術式を遮断吸収、と同時に彌虚葛籠で宿儺の領域を中和。タイミングが少しでもズレれば、彌虚葛籠が天使の術式で無効化され宿儺の領域に晒されるか、天使の術式だけ無効化して宿儺の領域に晒される。

 結果、面門と裏梅にはかすり傷一つ付くことなく危機を乗り越えられた。

 だが、裏梅の彌虚葛籠は累ねていた面門の彌虚葛籠より出力が低い。宿儺の領域に押し負ける。

 

「宿儺様!私に構わずどうか奴らを磨り潰して下さい!」「待て待て待て!それだと俺も死んで宿儺も死ぬぞ!俺と宿儺の合意で『二撃目を放つ』の定義を『二発目を俺にぶつけて俺が傷を負う』に変更してんのに!」「ならば貴様が縛りを放棄すれば良いだけだ面門!」「それは絶対に嫌だ!」

 

 面門には、現代人としての感性は殆ど残っていない。だが、それでも彼は宿儺を信用していない。一個の術師としては認めている。だが、平気で良民賎民の区別なく鏖殺を発想し、癇に障ればそれを実際に行う男の存在を、面門は許容できずに持て余していた。宿儺に滅ぼされた村は片手の数では足りない。それらは全て宿儺の異形に唾を吐き拒絶した村であるという共通点は、面門含む多くの人間にとって、気休め程度でしかない事実だ。

 

「宿儺ァ!領域解除頼むゥ!」

「……」

 宿儺は領域を解除する。続いて、錫杖『飛天』を振るい、その先端にある鉄輪二つを天使に向けて飛ばす。先ほどの天使の光から残穢を嗅ぎ取り、呪力を覚えさせた後に。

 二つの鉄輪と天使のドッグファイトが開始する。天使が放つ光を鉄輪はひらりひらりと回避し、高速回転して天使に傷を与えようと突撃している。しばらくは地上に干渉する余裕はなさそうだ。

 

「天使ィ!よくやったァ!俺たちも行くぞォ!」

 

 辮髪の男が叫び、簡易領域を解いて長い辮髪を鞭のように振り回し、面門に駆け寄る。

 鞭の先端速度は音速に達する。熟練した鞭使いの打擲を回避するのは困難だ。鞭そのものではないとはいえ、長期間呪力が練り込まれ呪具化したその頭髪はかなりの威力を発揮して、面門に迫るだろう。

 『喰札』は発動可能だ。しかし、そもそも対呪霊に重点を置いた直接呪力攻撃ではなく、呪力を身体強化のみに使用した間接呪力攻撃に『喰札』は、実際のところ殆ど無力だ。他者体内の呪力操作を喰札は吸収できない。予測可能、しかし回避・防御共に不可能。面門はその鞭の強烈な一撃を、喰らわざるを得なかった。

 彼は壺を庇うように背中を向け、呪力で背中の防御力を高める。呪力感知を鋭敏にし、迫り来る鞭辮髪の打点に呪力防御を集中する。

「ッグ!」

 背骨に大きく罅が入ったが、反転術式で即時治癒を開始する。

 反転術式を回しながら、並行して振り返りざまに辮髪術師に蹴りを叩き込む。自ら飛んで威力を殺し、受け身を取る辮髪術師。

 

「お前、名前は!?」

「イェン・イーチェン!」

 渡来人であると判断し、壺を割れないように床に置き、足で守りながら、両手を自由にする。

 視点を辮髪術師ことイェンに定めたまま、視線を広げる面門。他の術師も簡易領域を解き、領域解除後術式が焼き切れ使用できない宿儺や、術式の種が割れている裏梅に攻撃を叩き込もうとしている。呪詞の詠唱を始めている者も存在していた。

 面門が、右手を引いて左手を押し出し、照準を合わせるような仕草をする。

 

「拡張術式――『記め」

 それに、警戒し、地面に手をついて、術式で防御しようとするイェン。面門と裏梅が領域対策を発動しないことで、宿儺が領域を再度展開しないと確信しているからこそできる構えだ。

 

 だが、その瞬間。

 

『伏魔御廚子』

 

 宿儺の術式の焼き切れ時間が終了し、再度領域を発動した。

「な゛」

 斬撃は、面門・裏梅の両者を切り刻まず、辮髪の男のみを切り刻んだ。他の術師は簡易領域の発動が間に合ったようだが、地に手を付けて術式効果を流し込んでいたこの男は間に合わなかったようだ。

 

「宿儺!」「宿儺様!」

 

 宿儺は領域の必中効果の対象を、一度領域を解除して変更したのである。新しく対象外にしたのは、裏梅、面門、そして面門が抱えていた壺。

 今まで必中効果の対象に味方を含めていたのは全てブラフ。しかし、宿儺にそのような繊細な離れ業が可能だとは、味方の二人も想定していなかった。

 

「敵を騙すにはまず味方から、ね……本当にやめて欲しいぜ」

 汗をだらだらと流し首を振る面門。

「これで、雷を防ぐ術師は消えたな。もう少し巻き込めると思っていたが、まあいい」

「氷で固めますか?」

 提案する裏梅に対し、宿儺はそれを拒否する。

「いやいい。簡易領域は、術式の完全中和は出来ないが希釈はできる。それよりも、コレが良い」

 

 宿儺は領域を展開しながら、印を結んでいない上側の右手で金剛杵・神武解を握り締め、雷を溜め、束ねて強力な雷霆を放つ。雷を防ぐ術式を持つ術師・イェンは、既に切り刻まれて死亡した。

 一振りにつき一人、さらに一人と、簡易領域を解除することも出来ず、もろに雷を受け、その身を焦がして倒れる術師たち。一撃で感電死させれば、反転術式で再生する隙も無い。簡易領域は加速度的に剥がされ、数十秒もすれば削られ切り、天使を除く涅漆鎮撫隊の全員が斬撃に晒されるだろう。

 数えて三人が雷撃倒れた時。簡易領域が剥がされ切り死ぬか、稲妻で死ぬのを待つか。それだけの術師たちを庇うように、そこには叫ぶ女がいた。

 その女の名は忌奇。彼女は、恐怖混じりの引きつった笑みで。

「あああ゛あ゛あ゛!『第四・饕餮』——」

 

 忌奇の懐から、札により封じられた神器の光が見える。

 新嘗祭の儀式で、面門や宿儺はそれを一度目にした。三種の神器の一種である勾玉、その一つだ。

 莫大な呪力と正のエネルギーが太極図の如く混交蓄積されたその勾玉を、忌奇は呑み込む。瞬間、おそらく宿儺の三分の一の呪力出力を発揮する。

 しかし、それだけでは、宿儺の領域内での生存を確保することは不可能だ。

 

(嗚呼、安門様。貴方をこの手に抱きしめたい。この手に戻ってこないならば、私諸共、死んでしまえ!)

 血の涙を流し、彼女は肉体を変成させる。

「『極の番 遍戴』」

 術式効果に長年浸され続けて呪具と化した、腰の四つの仮面が蠢き、肉体を覆う薄膜となる。周囲の術師は、それを護るために全力で簡易領域の出力を維持する。

 

「降霊術の類か——いや」

 

 宿儺は領域の展開は続けつつ、忌奇の変態には手を出さずに見守る。薄膜に雷が弾かれる可能性を考慮したのだろうか。他の術師に向けて雷撃を放った。一人斃れる。

 薄膜の内部は、魂と、高密度の呪力と、生得領域、降ろされた凶獣の霊、そして忌奇の肉体が在った。

 忌奇の降霊術の本質は、『世界外情報の取得と、世界外情報の現実への定着』。術式により喚び出された四つの異界呪力情報、すなわち凶獣は薄膜の中で、忌奇に刻まれた術式そのものと結合し、変異していく。

 忌奇の肉体と魂が高密度の呪力と世界外情報に侵食され、改竄されていく。異質な世界の情報は、それだけで存在を変質させる毒になる。

 変質の方向性は、『適応』。世界内情報を取得・分析し、それに対する耐性と対抗の術を得るもの。再生を司る渾沌、免疫を司る窮奇、肉体の変調を司る檮杌、消化を司る饕餮。それらの力を結合変質させた結果の産物である。

 本来の『極の番 遍戴』は、生得領域の自浄作用を利用し、時間経過で肉体と魂の改竄は解除される。

 しかし、それでは弱い結合しか成せず、『適応』の速度も実用に耐え得ない遅さでしかないだろう。

 故に、彼女は、不退転の白線を踏み越える。結合の強度を解除不可能なまでに高め、極の番の完成度をそれにより極限まで高めた。

 

 薄皮が、破かれる。この間、5秒ほどの間に、もう一人の術師が雷撃に倒れた。

 

「この姿は……俺か?」

「忌、奇―――?」

 

 その姿は、まるで女として生まれた、イフの宿儺のようだった。

 

 四つの瞳はそれぞれ、黄、青、白、緑の色彩を持ち、それぞれ瞳孔の形は縦長、横長、四角、三角である。乳房の乳首の代わりに、大きな二つの黒い瞳があり、それは丸い瞳孔を持っていた。腕は四つ、肩から生えているものと、その脇から生えているもの。筋骨隆々の宿儺と比べると、しなやかさと妖しさを感じさせる印象であるが、爪は鋭い。

 腹には大口はなく、円を十字で等分し、黄、青、純白、緑の色で仄かに光っていた。尾骶骨には神経束を筋肉繊維で覆ったような触手状の太い尻尾があった。

 体表は浅黒く、陽に焼けているようだが、そこには濃淡があった。顔や胴体は薄く焼けている程度だが、四肢、否六肢の先に行くほど濃くなり、爪の先や指の腹などは黒曜石の如き黒であった。

 

「気色の悪い」

 宿儺は羽虫を叩くように『飛天』を振るい、その先端の輪最後の一つを変貌した忌奇に投げつける。

 飛天の輪は、魂の汗である呪力を追尾する。そして獲物の体内にめり込み、魂を砕いていく危険な呪具だ。

 しかし、飛天の輪を変貌した忌奇は手で掴み、その口で噛み砕き、喰らった。

 さらに忌奇の呪力出力が向上していく。宿儺のおよそ半分程度まで。千年後に現れるだろう、『現代の異能』の域にまで。呪力量はそこまでではないにしろ、そこらの特級は平気で上回る量を手にした。

 

「やすかどさまを……かえぇ゛せ゛ぇ゛!」

 

 彼女は、手の先からゆっくりと簡易領域の外に出ていく。彼女以外の全てにとって、それは自殺行為に思えた。

 彼女の肉体は、伏魔殿の俎板の上に乗り、切り刻まれ、しかし。

 切り刻まれる端から再生していく。再生と細断の拮抗は、徐々に再生に傾いていく。

 腹の光が激しく点滅し、耐性獲得のため斬撃の術式情報を高速で処理していく。

 最終的に、簡易領域の外に出た忌奇は、体表に切り傷が出来ては治っていく程度にまで、宿儺の『解』と『捌』への耐性を得ていた。

 

「ふむ……なるほどな」

 

 他の術師の簡易領域を削り切るまで、宿儺は領域を解除できず、すなわち生得術式を使えない。更に掌印を組み続けなければならず、下の両手も封じられている。

 飛天の輪も既に使い切った。即ち、用いられるのは神武解のみ。

 

「ここは私が!『霜凪』!」

 裏梅が全力の凍気を放つ。凍気の結果物としての氷塊は細断されるが、凍気自体は変質した呪力、すなわち流体である。細断は意味を為さず、忌奇に襲い掛かる。

 

 忌奇の肉体は瞬時に凍り付く。

「ヨシ!」

 あとは凍った身体を砕くだけだと、裏梅が呪力を籠めた足を振るい……忌奇の手で、裏梅の草履が遮られた。

 ゴキリ。裏梅の足の骨が、草履ごと粉砕され、その後裏梅は力強く蹴とばされる。

 

「やはり、な。凍気は継続的な干渉をするし、そのタネも呪力を過冷却しただけだ。その分耐性の獲得は速い」

 

 吹き飛ばされた裏梅を尻目にもせず、宿儺は素早く判断した。御廚子の効果範囲を半径50m程度にまで狭め、更に『忌奇:その他の術師の合計』の出力を『9:1』まで偏らせる。

 

「今の俺の全力だ。——耐えろよ?」

 

 再度、忌奇の細断が始まる。忌奇は頭を四つの腕と呪力で覆い、致命傷を防ごうとするが、数秒もせずその腕が粉断される。

 彼女は、自らの命がここで潰えることを悟る。

 ならば、ここでただ微塵と切られるだけではもったいない。

 簡易領域の出力では受け止めきれないと思った忌奇は、()()()()()()()()()()、安倍晴明から教わった技術を使用した。

 それは、弱者の領域ではない。それは、強者が更なる強者に挑むための、鎧にして剣。

 

『領域展延』

 

 領域展延と既存の術式は併用できない。しかし、術式効果を『中断』して展延終了時に再開できるような技量を、忌奇は持たない。耐性獲得は、ゼロからやり直しになる。

 それは、領域展延が貫かれれば、瞬時に忌奇は粉微塵になって死ぬということを意味する。

 

 展延が刻一刻と削られるのを感じつつ、彼は宿儺を無視し、忌奇の変貌後、呆気に取られている面門に向けて疾走する。神武解を振るって忌奇を妨害しようとする。

「忌奇様を護れェ!」

 だが、簡易領域の内側から、隊の術師たちから様々な術式攻撃が宿儺に向けて放たれる。

 神武解の雷撃はその術式を迎撃、もしくは発動前に術師の命や意識を刈り取るために放たれた。

 宿儺と裏梅の数歩後ろから、忌奇の変貌を呆気に取られていた面門。

 彼は咄嗟に『喰札』を構えて防御姿勢を取る。その足元には、白い壺、呪物・門子も存在する故。

 だが、『喰札』という術式の効果は『放たれた術式効果の吸収とカード化』。領域展延は、『術式効果を持たない空の領域』。それ単体であれば吸収できる訳もなく。

 『喰札』の平面結界は忌奇を素通しし、面門はその四つの腕に抱きしめられた。

 

雲路(くもぢ)追う 君の襟首 取り損ね さらば愛しき 瘋癲(ふうてん)の君」

 

 命が軽い平安の術師の殆どは、『自分の命を対価にした縛り』を現実的な選択肢として持っており、時折それを行使して死ぬ。その際、術式効果を更に底上げするために用いるのが、辞世の句である。辞世の句を事前に定めておき、心の中で何度も詠むことで自分の魂と馴染ませ、呪詞とする。それを口に出して詠んだ瞬間、定められた術式『終の式』は自動発動し、発動が終了すれば術者の死亡は確定する。

 

「『終の式 偽勅僭詔(ぎちょくせんしょう)』」

 

 彼女の最期の術式。それが選択したのは、呪力の制限解除――ではなく。

 ()()()()の制限解除。彼女は、本来不可能な他者に対しての永続的な降霊――当然この場合は面門――を行った。

 降霊は、通常込められた呪力が尽きるか降霊対象の呪力が尽きるかすれば終了する。

 しかし、例外はいくらかある。例えば、呪力を全く消費しない情報を降ろした場合。

 もしくは、降霊対象と情報の結合が強力過ぎる時。

 降霊は、対象が死亡するまでの、半永続的な変貌と化す。

 

 彼女の肉体が『伏魔御廚子』によって粉砕される。しかし、術式は既に発動されており、終了までそれは止まることがない。降霊術『遍戴』によって変質した彼女の術式は肉体だけでなく魂にも刻み込まれている。

 粉微塵となった血肉は全て、面門へとまとわりつき、その肉体に溶け込む。まるで、水が布にしみ込むように。そして、直後。面門の肉体が変貌する。

 降霊によって、忌奇と面門の、肉体と魂の情報が統合される。

 彼らの精神世界では、忌奇と面門の凄まじいまでの主導権争いが繰り広げられていた。

「安門様!あなたは、鬼の側に、神の側に、魔の側にいるべき人間ではありません。今からでも遅くはありません、宿儺の義息子として様々な暴挙を行ったと聞いていますが、まだ今なら引き返せます!佐理様の所に帰って謝罪しましょう!」

「五月蠅い、黙れ!お前は、お前らは、火の宮様を殺したんだ!俺の、初恋の……俺に髪をくれた、あの光る美貌を血塗れにして!」

「……?確かに私たちは火の宮と戦いました、が。我々は撃退されたのですよ?そして、安倍晴明との対決になった後、結界に覆われて結果は分かりませんでした。ただ、安倍晴明は黒い壺を持っていたので、そこに首が入っていることは察せましたが。直接的に殺したのは安倍晴明です。安倍晴明は我々に何も語りませんでしたし」

「っ!それは屁理屈だ!お前も、それを幇助した一因だろ!それに、星漿体を天元の生贄にしようとしてるのも!」

「星漿体にも執着してるのですか、安門様」

「当然だ!火の宮様に託された彼女の友だぞ!」

「……いや、それは違うと思います。星漿体は、実験体のように扱われていたようですし。詳しい状況は星漿体本人が口を割らないため分かりませんが」

「……え?(たしかに友達に自由になって欲しいとは書いてあったが、それは星漿体だとは書いていなかった。だが、あの文脈だとそう読み取るしか……叙述トリックを、火の宮様は俺に仕掛けた?)」

 嘘偽りを書き込んだ文章に呪術を込めるのは困難である。『嘘偽りが文書にはない』縛りによって呪術出力を底上げすることで、ようやく開封者の指定や焼失条件の指定が可能になる。

 だが、それは論理的に嘘がなければの話である。相手が勝手に誤読する限りには一向に構わない。それは口頭での術式の開示などの『縛り』とやや趣が異なる。

 今、面門の心の中には、火の宮と名乗る愛しき女への、疑念が生まれつつあった。

 

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