藤原北家に転生した俺氏、ファムファタール羂索に脳が灼かれてしまう模様 作:砂漠谷
涅漆鎮撫隊、副隊長、忌奇。
その出生は30年程前。彼女は、賤民以下の社会的階級、非人の元に生まれた。
術師の家系、というものは平安時代にはなく、そもそも、遺伝学の考え方が無かった。術師の中には高貴な血統もいたが、その殆どは非貴族であり、そのような人間の血を殿上人と交わらせる訳にはいかない。高貴な血統の術師同士が価値観の合致により契りを交わすことはたまにあることだったが、家系を作るまでには至らない。
例外は、安倍家などの陰陽寮を統括する家系であるが、遺伝という概念が曖昧にしか理解されていないため、術師の子が術師を生めば『鷹が鷹を生んだ』と特段に喜ばれた。つまり、術師の種・胎から術師が生まれることはまあまあ稀であった。
忌奇の家系は代々、術師を処刑するための仕事に従事していた。処刑人の家系とはいっても、前述したように術師は殆どいない。術師が四肢と五感を封じた罪人を、呪具を使って首を刎ねる仕事である。四肢五感を封じても呪術で処刑人を殺して逃げだす罪人もいるため、危険な仕事である。
血が呪いに馴染んだのか、その子は術式を持って産まれた。
緑の入った黒髪と、呪いが見えることを気味悪がられて『忌奇』と名付けられ、六つになった頃には親から捨てられた。仕事柄、術師を憎まずにはいられなかったのだろう。
京の路地裏で寝て、鼠や虫を狩っては食べていた忌奇。日に日に飢え、これは命運が尽きたかと思ったころ。ある貴族が目の前に現れた。
「おや、これは奇妙な娘だ。その髪色は何かを塗りたくったものか?美しい緑の染料を知っているのか?」
勘違いから娘を問い詰めるのは、藤原北家の貴族で、後に安門という子を正妻の間と設ける、若き頃の藤原佐理だった。
黒い墨汁に飽いていた頃の佐理は、娘、忌奇を屋敷に連れ帰り、一本抜いたその髪とにらめっこして、染料によるものではなく生まれつきのものだと分かった。
「だが、今更路地裏に戻れというのもなぁ……そうだ、娘。私の元で働け」
忌奇にとって、それに否は無かった。仕事を与えてくれる佐理に感謝を覚えつつ、佐理の元で術師としての仕事をこなす。
それは京やその周囲に湧く呪霊狩りであったり、藤原氏に歯向かう術師の討伐であったり、荘園の一揆の鎮圧であったり。
やがて、忌奇は、『佐理が調伏した雌鬼』と忌み嫌われ、恐れられることになる。
そこで、忌奇は運命の出会いをする。
藤原安門。その瞳は輝くようで、その
まさに天才。彼の六眼には敵わずとも、きっとこの時代の一端を担う人物になる、と思っていた。
「ああ、なんて輝かしいのだろう、我が君。詩歌管弦の無才という唯一の欠点すら愛おしい」
恋は、鬼を人に変える。忌奇は、そんな彼を愛していた。
年の差が無ければ襲ってでも契っていただろう程度には重い愛を安門に抱いていた忌奇は、しかしその気持ちに封をして、安門の乳母をこなす日常を楽しんでいた。
しかし、安門に命を救われてから、宿儺の面の字を押し付けられてから、そして、火の宮と名乗る女と出会ってから、忌奇と安門の関係性は壊れていった。
安門が面門になってからは、宿儺に恨みがある術師が面門を襲い、逃げ隠れする毎日のため、ほとんど会えなくなっていた。
更に、火の宮様に贈り物を、と蝦夷の術師と殺し合いを繰り広げて土地や呪具・呪物を奪っていく。
火の宮の陰口を言う術師を、面門はどんな手を使っても暗殺した。
少しずつ暴走していく面門に、忌奇は助けてもらった負い目から何も言えなかった。そんな時に、忌奇の前に現れたのが、蒼い目の飄々とした男。
「安倍晴明――」
「やぁ。佐理殿の女房を務めている、忌奇さんだね?君の実力を見込んで、是非やってもらいたい仕事がある」
それは無理難題。宿儺の討伐、その補助だった。
最初は断るが、しかし、面門と宿儺を引き離せるかもしれないと説得され、涅漆鎮撫隊の副隊長に就任する。同格の副隊長には、雷を吸収する術式を持つ者もいた。当然隊長は安倍晴明であるが、彼と隊員との実力が隔絶しているため、副隊長たちと共に行動するのが一般的だ。
そして、涅漆鎮撫隊の訓練が始まった。
簡易領域の習得、体術や強化術の向上、全ての術式を六眼に晒して、拡張術式などの術式成長の方向性を晴明と共に考える。
そして領域を使える忌奇には特別な訓練も課せられた。領域展延や極の番の習得。それを経て。
「対宿儺の前哨戦だ。星漿体を拉致し、天元様との合一の儀を妨害する、かつて内裏に潜んでいた妖婦。通称火の宮を討伐する」
安倍晴明に率いられ、火の宮が住む寺に夜襲を仕掛けた――が。
結果は安倍晴明が他の隊員の尻ぬぐいしてから勝利する、という残念な結果へと終わった。二つの術式と高度な結界術で分断され、連携が取れなくなった所を晴明の式神が救った形だ。隊員の死者は少なかったことは彼らにとって不幸中の幸いである。
そこで、新たな術師を隊に入れることにした。
羽根の生えた金髪碧眼の男。『術式を消滅させる術式』を持つ、強力な術師だ。日本語が通じないのが欠点だが、そこは晴明が通訳をしてくれたため、意思疎通は可能であった。
「最期の作戦を説明する。この隊には、宿儺に対して恨みがあるものばかり集めた。これがどういうことか分かるか?」
安倍晴明が、珍しく真面目な表情で言う。それに我々は頷く。
「つまり、命を惜しまず宿儺と戦うことを期待する、ということだ。まず、君たちをぶつけて宿儺を消耗させる。全呪力を消費すれば、宿儺の呪力量だと全回復に一月は掛かる。半分でも消費させれば二週間は稼げる。もちろん、君たちの生存は絶望的だ」
愛した相手の名を奪い、その人生を歪めた。
自らの故郷の村を滅ぼされた。
目の前で妻の血肉を貪り喰われた。
その他、宿儺に恨みを持つ様々な術師が、ここには集結している。
ならばその身を三枚に卸されようと、微塵に斬られようと。
宿儺の殺害という、月に至るような目標に、自らの命で石ころ一つでも積み上げられるなら、喜んで死のう。
そういう術師らが集っていた。
しかしそれから数刻後……
術師の半分が切り刻まれ、宿儺の呪力はおよそ十分の一しか削れていない。たった三日分の呪力消費、それによって十人以上もの術師が死んだ。
正に無双の実力。しかし、忌奇が彼に託したことにより、状況は変貌する。
時間は、忌奇が死亡した直後。視点は藤原面門――否、安門に戻る。
「――――確かに、火の宮様は妖婦の類かもしれない。それは理解した。でも、彼女への愛は一片も薄れちゃいない。もし妖婦の類なら、首だけになっても生き残っているかもしれない。それは、俺にとって福音だ」
「安門様!目を覚まして下さい!宿儺と結託するのは、もうお辞め下さい!」
心の中。忌奇の生得領域と、俺の生得領域が結合したかのような世界。
極楽の中華城と、決闘場が融合したかのような風景の中で、俺たちは意見をぶつけ合っていた。
「俺は、火の宮様を愛している。だから、その愛のために行動する」
「安門様、お願いです、お願いですから――」
「だから、宿儺を裏切る」
「え?」
火の宮様の手紙から性格を読み取るに、彼女が愛しているのは呪術だ。呪い溢れる、この平安の世も、呪術と共に愛していると言っても良いだろう。
宿儺は、その平安の世を破壊しかねない。強すぎるのだ。奴は、この国の人間全て――は難しくても、その九割九分九厘を殺し尽くせる呪力量と出力を持つ。
術師が宿儺だけになった世界は、火の宮様はきっと望まない。
そして、火の宮様が手紙に記した、『友』。それは星漿体のことではなく、天元のこと。
呪術世界の崩壊とは、すなわち天元の崩壊でもある。天元は不死だが、天元すら殺せる能力を宿儺は持っていそうだ。そして、宿儺の性格から、壊せば面白そうなことになる天元は、いずれ積極的に殺す対象になりかねない。それも、きっと火の宮様は望まない。火の宮様が望むのは、天元の解放であり、天元の死ではない。
故に――
「忌奇、お前の言う通りだ。俺は、お前に応えよう」
忌奇の遺志が潰える前に。彼女の心を抱きしめた。
降霊を終え、肉体の情報が改竄されていく。とはいっても、大きくは変わらない。
四つの色彩に分割された真円が、頭上に浮かび、眼の色が四色混ざった奇妙な混色となる。
自分の肉体に付与された第二の術式を脳裏で把握しつつ、俺は宿儺に告げた。
「――――すまん、宿儺。俺、安門に戻るわ」
「この状況でそれを言い出すということは、
「ああ、
『喰札』から『
気休め程度に、呪力出力も上がった気がする。本来の名前の方がしっくりくるからだろうか。
宿儺と裏梅に向けて、重装構造の平面結界を構える。宿儺の領域は本来、呪力の有無以外を区別せず、無作為に対象を切断する。一度斬撃の対象外として設定した安門を再度対象内に設定するためには、一度領域を解除することが必要だった。
そして、領域を解除すれば、焼き切れた術式が回復するまでの間に涅漆鎮撫隊の攻撃が殺到する。如何に宿儺とは言っても術式なしでは無傷ではいられないだろう。
そして、宿儺と俺との縛りは未だ有効だ。宿儺は俺を傷つけられない。この平面結界も、あくまで気休め、むしろ裏梅対策としての側面が強い(裏梅の術式であれば、一枚一枚の術式強度が高まった今の俺なら三襲程度で十分防げると思うが)。
「そうか。ならば死ね。『龍舌 破却』」
だが、その思考は的を外れた。宿儺は領域を解除し、俺に向けて炎の矢を練り構える。
なぜ領域解除直後に術式が使える?というか、まさか、ここで俺と相打つ気か!?
「待て待て待て!『果敢循環百重の威迫』ゥー!俺を傷つければお前もどんな罰を喰らうか分からんぞ!」
呪詞の後追い詠唱で術式効果を何とか底上げする。炎が内包する呪力密度は半端ではない。平面結界に全力で呪力を注ぎ込み、ダメージ軽減を図る。
「知ったことか。裏切りには相応に報いる。『羅刹の紅』——■』」
放たれる炎。
一枚目から四枚目で、たった二割しか吸収できず。一本の矢のように形成されているからして、分割も難しい。
咄嗟の判断で五枚目以降は結界面積を数センチに縮め、結界強度を高める。矢から溢れる余熱で俺の身が焦げるが、忌奇から継承された術式、『適化法輪』を廻して肉体の耐熱耐炎性能を高めつつ再生する。反転術式は用いず、余剰呪力は全て『
九枚目で7割。十枚目に全力で呪力を注ぎ込み、9割まで炎の矢を減衰させる。
そして――俺の腹に、黒焦げた穴が開いた。
「あがッハ……俺の……勝ちだ、くたばれ宿儺――え?」
宿儺は、眼球が零れ落ち、脇下の腕が腐り落ち、腹の口の歯がボロボロと抜け落ちて――しかし『縛り』のペナルティを受けても、ニヤニヤと俺を見つめて立っていた。
「ようやくだ。ようやく裏切ってくれたな。ありがとう、面門――いや、安門だったか」
炭化した部分を反転術式で再生させるのは困難だ。手で腹部の内蔵をまさぐり、炭化部分を抉り取りつつ反転術式を回す。
激痛を堪えつつ、宿儺の言っている意味を薄れかけた思考で考える。
「なんで――そうか。結合双生か、クソ!」
四つの瞳と腕に二つの口。そのような異形が、個人として成立できる訳がない。宿儺の身体を、単なる奇形として捉えていた。俺の脳裏にある結合双生児は、肉体の一部が結合していたが、頭や腹などの一部が結合しているだけで、少なくとも顔は明確に二つあった。だが、それは間違いだったのだ。
「ああ。心臓は二つも要らない。鼓動のズレは身体のズレだ。脳は二つも要らない。人を殺す時に変な思考が混ざり、邪魔をしてくる。《弟》の魂は深くに沈めているが、それでも随分善良な感性の持ち主でな。善良な弱者を殺す時に心拍をズラして邪魔してくる。酷く不愉快だったが、そんな弟の魂も今、消滅した。思考に邪魔が入らず、冴え切っている、とても心地が良い――ああ、心臓と脳は要らんが、眼と口と腕は要るな。造り直すか」
『縛り』によって腐り落ちた部位のうち、必要な部位を反転術式で造っているようだ。その部位の魂が消失しているのにも関わらず、弟の魂が消えた場所に、自分の魂を塗り広げてくように。
「魂ごとの再生――そんな離れ業も出来たのかよ」
「弟が邪魔でな。俺の魂で身体を埋め尽くせば出て行ってくれると思っていた時期もあった」
魂ごとの再生により、随分呪力は消耗したようだが……あの調子だと、まだ四分の一は残ってそうだ。こちらも腹部の炭は全てえぐり出し、ほぼほぼ再生は完了した。こっちはまだ半分ほど呪力が残っているが、それでも今の宿儺の十分の一も無い。
「
天使が急降下し、ラテン語らしき言葉を叫びながら、術式を消滅させる光を放つ。反転術式を妨害しようとしているようだ。
宿儺はそれを飛び跳ねながら回避し、反転術式を回し続ける。
「お、俺も……」「今だ!」「俺たちも行くぞ!」
それに続いて、涅漆鎮撫隊の隊員たちも簡易領域を解除して、消耗した精神に鞭打ち宿儺に殺到する。
「■――
宿儺は再度炎を構えようとするが、炎の矢はタメが必要なようだ。タメの最中に、天使にかき消される。斬撃を使ってこないことを見ると、『斬撃』の術式の方はまだ焼き切れているようだ。
おそらく、宿儺本人の術式が斬撃で、宿儺の肉体に宿っていた弟の術式が炎。宿儺の弟の魂は消滅しているが、肉体に刻まれた炎の術式までは消滅していないと推測できる。
「だがァ!炎の出力は落ちているみてェだなァ!さっきの炎の再現とお前の炎、どっちが強いか勝負しようぜェ!『龍舌 破却 羅刹の紅』ィ!」
十枚の札の束を掲げる。
札に術式名は書かれているため、術式名を宣言せずとも呪詞の詠唱だけで十分だ。
十枚の札の束が、炎の矢に姿を変える。宿儺は咄嗟に炎を構え、タメ無し詠唱無し術式宣言無しで俺に炎の矢を放つ。それと同時に、俺も炎の矢を放った。
二つの炎の矢は衝突し……相殺し合った。宿儺は炎の矢を放った隙に、涅漆鎮撫隊の呪具や術式によって手傷を負う。もちろん隊員側も、『神武解』や『飛天』の柄部分を振るわれ、何人も返り討ちに遭って死んでいる。
宿儺の再生が、終わろうとしていた。御廚子の掌印が組まれるその直前。
平安京に張られていた『帳』が上がる。
瞬間、門子の壺の内側から触手が飛び出し、そこから放たれた水弾によって掌印を組もうとする掌が弾かれた。
「門子!?」
ではない。その腕は、呪物・門子の呪力とは明らかに性質が違っていた。
壺から巨大な、暗い青色の海月が這い出て来る。海月だけではない。墨で塗り潰したような色の人頭大のおたまじゃくし、青い鱗を持つ二足歩行の竜。
最後の一つは見覚えがあった。式神創術で造られたあの式神だ。
宿儺の眼は、一つだけ式神群を視界に納め、他の三つは平安京に向けられていた。
平安京から、光が飛んできた。光り輝くナニカが一瞬で、宿儺の近くにまで到達する。
光が収まり、シルエットがだんだんと形を成していく。
その男は、黒の束帯に、強力な呪具であろう笏、そして雲一つない空のような、底知れない青色の瞳を持っていた。
「安門君に殴られておいて良かったよ。その隙に壺の内側に呪符を貼れた」
「クク、俺を目の前にして他人に挨拶か」
「挨拶?事情を説明しただけだよ。さて、改めまして君に挨拶だ。両面宿儺――君を殺す準備が、ようやく整った。世界と僕の平穏の為に、死んでくれ」
「安倍晴明。俺の享楽のために、死ね」
準備をすれば平安最強と自ら謳う、安倍晴明。
準備をせずとも平安最強と自他ともに認める、両面宿儺。
両者が、相対する。
連続投稿は終了です
砂漠谷の次回投稿に気を長くしてお待ちください