I,逢愛哀   作:殺多鴉

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問:次の括弧に当てはまる言葉を書きなさい。
君()僕()幸せ()


苦章

 気が付けば春休みも残り三日。現在三月三十一日。

俺は蒸し暑い電車の中、人の波に押されて隅へ隅へと追いやられていた。人間の基礎体温は大体三十六度前後。気温にすれば真夏日もいい所だ。やっぱり友達同士で群れて生活するのは健康に良くないと思いました。

 ガタゴトと電車に揺られること(しば)し。ぷしゅーと云う空気が抜けるような音と共に、俺は電車の扉から吐き出された。

 えっちらおっちらと階段を上っていき、人の流れに逆らうように改札を抜ける。

 待ち合わせの時間一分前。

 もう来てると思うんだがな……、と周囲を見渡してみるが、それらしい人影は見当たらない。

 壁に寄り掛かって待っていると、同じ年頃の男女が腕を組んで目の前を通り過ぎるのが目に入った。無論知り合いでも何でもないので声を掛けられる事も掛ける事もない。

 何と無く彼等を目で追っていくと、彼等はさっき俺が出てきた改札へと吸い込まれていく。同時にその改札から此方へ駆けてくる人影が一つ。

「お待たせ。待った?」

「いや、今来た所」

 御決まりの台詞(大嘘)をサラッと吐いて俺は先程の人影に話し掛ける。

「暫くだな、猫」

「そうだね。本当に、久し振り。凪」

 実際には二ヶ月も経っていない筈だが、本当に久し振りに感じる。心理的な距離と物理的な距離が同時に遠くなったからだろうな、と俺は漠然と推測する。

 何と無く嫌いになって、何と無く話さなくなって、何と無く顔を合わせなくなって、何と無く連絡が途絶えて、何と無く二度と逢わなくなる。必至に連絡を取り合って、それで漸く繋ぎ止められる友情なんて、そんなものは友情とは呼ばないんじゃないか…。

「……凪?」

「何でもない。行こうぜ」

 俺と猫は地上へ向けて歩き出した。

 ……果たして、何が起こるやら。

猫の回答

 君(が幸せなら)僕(の)幸せ(なんていらないよ)

 大須商店街。仁王門通り、万松寺通り、赤門通り、門前町通り、裏門前町通り、新天地通りを中心に、飲食店、衣類店、家具店などが並ぶ。

 テレビか何かで良く目にする、寂れて閑古鳥が鳴いているような商店街とは一線を画す、それなりに活気のある商店街だ。

 俺は大須に初めて来た上に、土地勘が無いわ、方向音痴だわで、行く先は猫の判断に一任していた。

「で、今から何処行くの」

「えっと、『水曜日の国のアリス』って云う店」

名前からはさっぱり判断がつかない。何する店なんでしょ。

 猫を先頭に歩く事十数分。周囲のおばちゃん達の微笑ましいものを見るような視線に背中がむず痒くなりながらも、俺達二人はその店に着いた。まだ開店前だと云うにも関わらず、店の前には四十人程の行列が。

「えっと、コレ並ぶの?」

「そうだよ?」

「へー……」

 ()()()()で構成された行列が。……いや、無理だって。

 猫は感じないのかもしれないが、俺には分かる。生まれた時から悪意と忌避と厭悪に晒されてきたからこそ感じられる、圧倒的な異物感。

 弾劾せずとも空気で語る。

 声を荒げずとも差別は成立する。

 それは非言語的な攻撃であり、圧力だ。

「並ばないの?行くよ?」

 猫は俺の服の裾を握って列の中へと潜って行く。俺も諦めてそれに着いて行く。

 周りから温かい笑顔が贈られる。俺は隠れるようにイヤホンを耳に嵌め、スマホの画面に目を落とした。

 ……ように周囲には映っただろう。

 周囲の女性客が浮かべたあの笑顔。あれには良く見覚えがあった。

 微笑でも、勿論爆笑でもない。

 純然たる()()

 この女性客は()()()()()()()()を見て、確かに嘲笑を浮かべたのだ。

 表情は崩さず、刹那視線が俺を値踏みする。周囲の作られた温かな雰囲気とは裏腹に、俺の心は凍てついていく。

 心が冷めれば頭が覚める。

 嵌めたイヤホンを聴く事も無く、俺は思考の坩堝へと落ちていく。

 脳が勝手に心理学を紐解き、目的のページを探し出す。

 俺と並んでいる女性客達に係わり合いは無い。なんなら初対面なまである。

 良く知らない相手を理解するのに手っ取り早いもの。

〔見た目〕と〔レッテル〕だ。

 個人を知る前に、その人物の所属する組織で、肩書きで、そして見た目で、相手に対してある程度のあたりを付ける。

 学校や会社、顔つきやなんやで、人間性を判断されてしまう事は多々ある。最近聞かなくなったが、就職活動時にまことしやかに囁かれる学歴フィルターなんてのはその最たるものだろう。

 顔つきもまた然り。同じ性能ならば見た目の良いものを選ぶのが人間だ。

女子大生らしき二人組の「あの子は内定取れたのに私は落ちたとかありえない!学力も成績も同じなのに!」「機能も値段も同じなら、可愛い携帯とそうじゃない携帯のどっちが欲しいよ?」って完全論破するのを見たときには大草原不可避だったし、実際スーパーなどには見た目のよい野菜や果物だけが並び、少しでも形の悪いものは売り物にならないからと捨てられていたりする。味に何ら問題は無いと云うのに。

 猫は可愛い。俺は大した事無い。傍から見れば不釣合いもいい所だ。俺と猫との交流なんて、猫の慈善事業にしか映らないだろう。

 言ってみれば、今のこの状況は淑女の社交場のようなものなのだ。連れている男性と云うのは一つのステイタスなんだろう。さながら人の価値を服装や鞄や装飾品で測るが如く。

 例えばこれが俺じゃなくて、ジャニーズに居るようなイケメンならば、周囲の反応はまったく違っただろう。周囲が猫に羨望の眼差しを向けるまである。

 違う人間が全く同じ行動をとっても、同じ結果が出るとは限らない。世間は数学で割り切れないし、世界は平等に不平等だ。

 ……服の端に引っ掛かりを覚える。ふと見やると、猫の手が俺の服を引っ張っている。

「凪、前空いたよ」

「ん?あ、ああ」

 列が空いた事に気づかない程に思考に耽っていたらしい。前へ進み、暫く待つと、整理係みたいな人が俺達に声を掛けてきた。

「お二人ですか?」

「はい」

 俺が答えるよりも早く猫が言う。おじいさんな整理係は今度こそ俺達を本当に微笑ましそうに眺めて、

「どうぞ、こちらへ」

 と中へ誘導した。

「それじゃ、行こっか」

 猫は服を引っ張り、俺の胸程度の高さしかない扉を潜って、店の中へと入っていく。

 ……どうせ引っ張るなら手くらい繋いで欲しいんだけどね。

亀の回答

 君(が幸せなら)僕(も)幸せ(です)

「うわぁ……」「うわぁ!」

 これが店に入ったときの俺達二人の感想だ。

 コンビニ程度の広さの店内。輝くシャンデリア。壁に埋め込まれた大鏡。赤と黒と白の三色を基調とした室内。石造りのレジの奥には一枚の絵が飾られていた。瀟洒な、とでも表現すべき、畢竟(ひっきょう)俺が入っていいような場所じゃない。

 俺が一人でこんな場所に来ようものなら、警戒心バリバリの笑顔をぺったり貼り付けた店員に「すいません、何かお探しですか?」と言われ、あまりの迫力に反射的に謝ってしまい、その意味不明な言動で自ら墓穴を掘って店員の警戒をMAX迄高めた挙句、警察に通報されるまである。

 現代日本怖いわぁ。見た目が悪いと出歩くだけで職質されるからなぁ…。

「不思議の国のアリスねぇ」

「そういう事っ」

 雑貨店なのかな?

キョロキョロとあたりを見渡しながら思わず漏らした独り言にも、猫は明るく答える。

 この笑顔も今は別の誰かに向けられているんだよな…。

 胸がチクチクと不快に痛み、思わず歯を食い縛る。

「……凪?」

「いや……、何買うんだ?」

 自分でも吃驚する位下手に話題を逸らす。猫は一瞬不思議そうな顔をしたが、あまり気にしなかったようだ。

「うーんとね、前の奴壊れちゃったからブレスレット」

 ブレスレットねぇ。そんなのしてたっけ。

「普段着に合わせても似合わないからね。いつもは付けないんだよ。いつもは指輪だけ」

 猫はそう言って右手を俺に見せる。猫の白い手には見覚えの無い指輪が二つと、見覚えのある指輪が一つ。ローマ数字の刻まれたソレに、俺は確かに見覚えがあった。

「それって……。まだ持ってたんだな」

「うん。……気に入ってる」

「そか」

「うん」

 なんとも形容しがたい気まずい雰囲気が流れ、それっきり俺達は黙ってしまう。

 暫く猫がブレスレットを矯めつ眇めつ付けたり外したりしているのを眺めていると、猫は気に入った一品が見つかったらしい。腕に嵌めたそれを見せてきた。

「コレとかどうかな?」

「どうって……」

 猫が選んだのは、針金に装飾を施したようなタイプのブレスレットだ。南京錠に蔓が絡みついたようなデザインで、個人的な意見を言わせてもらえば猫に良く似合っていた。

「いいんじゃねえの、それで」

「そっか、じゃあコレにしよっと」

 猫はそう言うと俺の手を掴んでレジへと向かった。思わぬタイミングで猫に手を握られて、俺は思わずドキッとしてしまう。昔は何度も繋いだ筈の手なのに、その小ささと柔らかさを再認識させられる。

 と同時に軽い寂寥感に襲われた。

 再認識させられた、と云う事は、多少なりとも距離と時間を置いていたと云う事実に他ならないじゃないか?なんてそんな物事を過負荷(マイナス)にしか考えられない自分に嫌気が差す。

 吐き気にも似た胸の痛みを覚えつつ、俺は猫の手を一度だけ強めにギュッと握って、離した。

 レジの順番が回ってきたからな。

凪の回答

 君(と)僕(の)幸せ(は別物さ)

 猫の買い物を済ませ、商店街を一通りグルリと見て回ってから俺達は昼飯を食べた。ファミレスや屋台ではなく小さな喫茶店のような場所で、俺達みたいな見た目の輩が入っても浮く事は無かった。

 そういえばさ、「何食べる?」「何でもいいよー」って言っときながらこっちが案を出すと「えー、それは無いわー」とか言っちゃう女子って何なん? 何でも食べますから!(何でもとは言ってない)みたいな感じなのかな?それともアレか。こちらにあえて選ばせる事によって、女の子(笑)への理解力(笑)とセンス(笑)を測ろうとかそういう魂胆なのか。何ソレ女心難し過ぎでしょ。一方世の男子の行動原理の九割近くは「モテたい」だから分かりやすい事この上ない。

 結局俺は昼飯にサンドウィッチとコーヒー。猫はそれにチョコレートパフェを追加した奴を食べた。パフェは俺も一口貰ったけど……。まぁ、何だ。甘かったよ、色々と。次からスプーンは変えようね。味とか分かんなくなっちゃうからさ。

 そんな感じで昼飯は食い終わり、代金をワリカンで払って店を出る。

 さて次は何処へ行こうかや、と商店街を猫とぷらぷらしている所で、俺は目の端に公園を見つけた。

 正確には公園と言うよりは広場に近い。広めのスペースの真ん中には噴水が設置され、周りにはちょっと座れそうな椅子と机が複数個。一種の休憩スペースみたいな場所だ。

「凪、鳩だよ! 鳩がいる!」

「ん?あぁ、せやな」

 声に応じて俺が猫へ目を向けると、彼女は既に鳩を追い掛け回して遊び始めていた。鳩の固まりに単身突っ込んで行っては、慌ててバタバタと逃げる鳩を眺め、別の場所で再び集まり始めた鳩を文字通り蹴散らして楽しんでいた。

 お前その内進撃の鳩に駆逐されるぞ……。

 俺はそんな猫を椅子に座って眺め、暫くすると猫も満足したのだろう。フスー、とか言いそうなホクホクした顔でこっちにやってきた。猫は俺と机を挟んで反対側に座る。

「楽しかった?」

「楽しかった!」

「そうかい」

 猫の満面の笑みから逃れるように俺は目を逸らす。猫の笑顔は見ていたいのに。封じ込めた筈の猫との想遺出(おもいで)を思い出してしまいそうで。その事で当時の猫を攻め立ててしまいそうな自分が居る事に気付いてしまった。

 過去があればこそ、断絶が生まれればその溝は比例して大きくなる。一緒に積み上げるのと、それぞれが別々に積み重ねるのは全くの別行為だ。積み上げた高さは同じでも、それは全く別の峰であり、違う頂へと至る。その違いは本人も知らず知らずの内に様々なものを変えてしまう。立場や環境、名前の呼び方さえも…。

「……凪?」

「ううん、何でも。最近どうなの?彼氏さんはよ」

 直接猫に聞いた訳ではないが、俺は猫が俺と別れた後直ぐに別の年下の男と付き合ったという情報を掴んでいた。まぁ同じ同好会のメンバーから聞いただけなんだが。

「わかんない」

「分かんないって?」

「あの子が本当に私の事好きなのか分からないの」

 広場の中心に置かれた噴水。そこから吹き上がる水の音。合わせて子供の歓声。窘めるような大人の声。それらすべてが俺に聞こえなくなる。

 黒いさざ波が心中に巻き起こり、顔も良く知らぬソイツへの怒りがふつふつと湧き上がる。

「へぇ……。それで?」

「メールはいつも私からだし。返信もいつもそっけなくて。私と二人きりになることなんて滅多に無いし。私が亀と居ても何も言ってこないの。別にどうしろって訳じゃないんだけどね、…ちょっと位心配とか、妬いたりして欲しいな、って」

「……他人はどうでもいいけど大切な人は自分で守れ、ってのが俺の方針でね。…気に喰わねぇな、ソイツ」

 短い時間とは言え、手を重ね、刻を重ね、心を重ねた仲だ。猫の求めるものが庇護と居場所なのは俺の良く知る所。だからこそ、猫の彼氏の行動が、何も猫の為になっていない事に腹が立つ。

 猫は話し続ける。

「マイペースで鈍感でヘタレで。そういう子だから。私はこれから変わってくと思う。向こうが変わらないなら私が変わればいい。……そう思うから」

「無理して変わってまで寄添いたいような奴なのか?

 自分を押し殺してまで傍に居たいと思わせるような人間なのか?」

 何処か諦めすら含んだ猫の声とは対照的に、俺の声は一言一言尖っていく。

「痩せ我慢して、辛抱して、耐え忍んで、歯を食い縛って、虫を殺して、涙を呑んで、目を瞑って、自分の言いたい事も言い出せない。そんな恋愛の何が楽しい?」

「っ、……」

 猫は言葉を詰まらせる。小さな手を震える程に強く握り締め、俯く。漸く開いた口から出てきた言葉は、驚くほどにか細い。

「放って於けないから……。

 マイペースだから、自分の時間が欲しいのは分かる。

 友達が大切だから、友達と居たいのも分かる。

 わからないから、臆病になるのも分かる。

 経験が無いから、鈍感なのも、分かる」

 自分は理解してるから。それで良いのだと猫は主張する。

「理解出来るなら、理解出来てる方が変わるのが、楽、でしょ。

 変わる方向が見えてる方が変わるのが、楽、でしょ。

 だから、これで良いって、私は思う」

「そか」

 何処にも意味など無い、上っ面で横滑りの空虚な時間。そんなものを真っ直ぐ望む子ならば、俺は絶対の自信を持って猫の言葉を否定する。

「でもな?」

 俺は猫へと微笑む。

 故人を偲ぶような、幼子を見るような、そんな取り返しのつかなくなったものを懐かしむような、見る人の心を苛ませる笑み。

 心の余裕が無くなった時にこそ、人間は感情を、正確には心を剥き出しにする。

 怒らせる。イライラさせる。馬鹿にする。おちょくる。貶す。罵倒する。

人の心を乱す手段なんて幾らでも存在する。

 表情は穏やかに、口調は冷淡に。その差で猫の心を刺激しながら、俺は緩慢に言葉を紡ぐ。

「顔色を窺って、御機嫌とって、連絡を欠かさず、話を合わせて、それで漸く繋ぎとめられるような恋人なんて、そんなものは恋人じゃない」

「……」

「そんな煩わしい過程を青春と呼ぶのなら俺はそんなもの要らない。

 ぬるいコミュニティで楽しそうに振舞うなんて自己満足となんら変わらない。

 そんなものは欺瞞でしかない。唾棄すべき『悪』だ」

「それでも、私は、……これ以外の最善を見つけられないんだ」

「見つけられないなら教えてやるさ」

 卑屈に笑う俺。

 大仰に腕を広げ、ワザと芝居掛かった声と口調で猫へ話す。

「人間関係に悩みを抱えるなら、それ自体を壊してしまえば悩む事はなくなる。負の連鎖なら元から断ち切る。それでいいんだ。逃げちゃ駄目だなんて強者の考えでしかない。それを強要する世界こそが間違っている」

「そっか。私は、辛くても、苦しくても、私が犠牲になって、他が笑うなら、それでいい」

「逃げたく無い、立ち向かいたい、壊したくないだなんて『甘えるな』。お前が傷付くなら俺は笑えねぇんだ」

 先程迄無数に居た筈の鳩は既に何処かへと消え、場違いな程元気な子供が走り回る。ゲーセンの爆音が矢鱈遠くに聞こえた。

「……ごめん。言い過ぎた」

 俺は目を伏せる。今にも泣き出してしまいそうな雰囲気の猫に、罪悪感。

「ううん……。いいの。ありがとう。ごめんね?」

 俺の頭にポンと軽く置かれた手。それが猫の手だと認識する迄に数秒掛かった。

 赤子をあやす様に優しく、ゆっくり撫でられる。顔を上げると少し赤い目の猫と眼が合った。それから猫は笑った。昔俺が取り戻させた、猫に一番似合うと思う、花が咲いたような大きな笑顔。

「蛇が私の事本当に大切に思ってくれてるの、伝わったから」

 ……歪んだ否定に隠した本音、「心配なんだ」と素直に言えない俺の心迄、猫に読まれてしまっていたらしい。表面だけしか見ない見やしない人間には、まず分からない。

 やっぱり優し過ぎるよ、猫。

「……何であんな酷い事言ったのに、そんな風に笑えるのさ……」

「蛇だって私がいっぱい苦しめて傷付けたのに、それでも私から離れなかったでしょ?」

「それは俺が猫を……」

「うん。だからそれでいいの」

 猫はピョンと立ち上がり、クルリと此方に振り返る。空は徐々に夕焼け色に染まりつつある。

「それじゃ、行こっか。あともう一つ欲しい物があるの」

 自然に俺へと伸ばされる手。俺は一瞬だけ躊躇い、それからその手を握って椅子から立ち上がる。

 誰の言葉だったか。

 思考は言葉となり、言葉は行動になる。そして、その行動は習慣となり、習慣は性格となる。性格はいつか運命となる。

 果たして俺は、何がしたいんだろうか。

 

蛇の回答

 君(は)僕(と居て)幸せ(でしたか?)

 

 この日最後に行った店は最初の店とは別の雑貨店だった。

 猫がネコの絵がプリントされたハンカチを二枚買って、今日の遊びはおしまい。

 別れ際に猫がそのハンカチをくれた時は正直驚いたけどね。

 御揃いのハンカチ。

 まぁ、せいぜい大切にさせてもらいますよ。

 そのハンカチは今も俺の鞄の中だ。

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