ウマ娘の髪をさわりたい   作:あーふぁ

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1.ビワハヤヒデの髪をさわりたい

 桜の花が散り、葉桜が美しい5月のはじめ。

 教官として働いている俺は、放課後のトレセン学園の屋上にいる。

 どのウマ娘も走る、またはダンスや歌の練習をしているため、屋上にいるのは片手で数えられるぐらいのウマ娘しかいない。

 静かな屋上でフェンス越しに見える地上の景色を見ていると、俺はぼんやりと思うことがある。

 

 世界よ滅んでしまえ、と。

 

 こんな過激な、または中学生のようなことを思うのには理由がある。

 まず、俺は22歳でトレセン学園に就職し、31歳の今にいたるまで教官としてウマ娘たちの走りを指導してきた。

 教官という仕事はより専門的に鍛えるトレーナーのために教育するわけで、トレーナーの人たちよりも数多くのウマ娘の面倒を見なくてはならない。

 今の俺だと15人のウマ娘だ。

 その子たちとは俺が男だからと嫌がられることもなく仲良くできている。

 

 だが、さっきのように滅んでしまえと思ったのはトレーナーと契約して俺の手から離れたウマ娘たちのことを思ってのことだ。

 つい昨日も自身の能力不足に苦しみ、最後尾で2回連続のタイムオーバーをして未勝利のまま自主退学を決めた子が俺のところに来た。

 はじめは俺に今までの感謝の気持ちを伝えてくれていたが、感情が高ぶったらしくトレーナーや他ウマ娘、トレセン学園に恨みの言葉をたくさん言った。

 トレセン学園では未勝利で終わっても他の学科へと移動できるが、その子はしなかった。

 

 自分のプライド、親や友達からの期待、将来の不透明性による絶望。走るのは落ち込む要素でしかない。

 俺が受け持っていたときは明るかったのに、昨日は以前の明るさが見えないほどに暗く、泣くほどに落ち込んでいた。

 放っておけば死にそうだったために俺の受け持った子たちには自主練と伝え、一緒に晩ご飯を食べたあとは俺の部屋で夜通し話をする。

 それが終わったのは午前2時で、朝6時に起きた時は涙を流したあとが残る顔で感謝をされた。

 

 ウマ娘たちのレースはURAが主催する興行。

 学生たちの部活動とは違い、観客を呼んでお金を稼ぐには弱い子たちはいなくなる必要がある。

 そういう暗い部分は学園に就職する前から気づいていたが、実際に目にすると理想とは結構違った。

 きらきらと勝者が輝く一方、負けた子たちの暗い部分が見えてしまう。

 

 こういうことが今後もあると気が重い。今のうちにやめてしまおうかとも本気で考える。あぁ、心が弱い奴だと笑ってくれ

 最近はストレスで胃が痛くなることが多く、ストレスを抑える目的として使い始めた電子タバコを、黒いジャージのポケットから取り出す。

 ベイプと呼ばれる種類でフレーバーが付けられた専用の液体を蒸気にして利用するものとのことだ。禁煙にもいいらしい。

 アルミボディで作られた使い捨てのそれは、友人のトレーナーから電子タバコを勧められたので今月から使い始めたものだ。

 トレセン学園では規制がないから学園内でも吸えるが、吸う姿は子供たちに悪影響がありそうなので目立たない場所で吸っている。近いうちに場所指定がされるとは聞いているが。

 

 心のやすらぎを得られるリンゴ風味の電子タバコを吸い、口から水蒸気の煙をぷかぷか出していると足音と共に横に誰かがやってきた。

 隣を見ると俺の元教え子であり、先月にトレーナーと契約したビワハヤヒデだ。

 俺と同じ171㎝の身長で赤いアンダーリムの眼鏡をつけている美人な子だ。

 グラマラスなボディ。腰まで伸ばしている、もこもこした真っ白な髪を持っている。

 

 ハヤヒデの白い髪は癖っ毛がとても強く、跳ねている髪は決して手入れがされていないのではなく、本人にもどうしようもないほどの力強さを持ってしまっているからだ。

 後ろの髪は一房ごとにまとまって、ウェーブが強くて波のような曲線を描いている。

 本人も髪を気にしていて、常日頃からどうにかならないかと苦労をしていて、髪はとてつもなく美しい。

 トレセン学園のウマ娘全員と比べても上から5番目以内には入るほどに。

 ウマ娘たちの中にはアイドルやモデルをしている子もいるけど、その子たちに負けるどころか勝っているかもしれない。

 

 それほどまでにハヤヒデの髪は美しい。太陽の光にあたると輝くように反射し、みとれてしまう。

 そんな髪と癖っ毛のこともあって、ふわふわもこもことしているハヤヒデの髪をさわってみたいとハヤヒデが俺の元に来た中等部1年のときからずっと思っている。

 だからといって、さわるとセクハラになってはしまうが。

 ウマ娘は尻尾に対して非常に気をつけているが、髪のほうはというとそれほどでもない。

 だからこそハヤヒデの良さがよく見えている。

 

 そんな髪を持ち、放課後の練習時間だというのに制服を着ているハヤヒデは俺と同じように下で走っている子たちを見始めた。

 それを見て、俺も視線を戻してはぼんやりと走る子たちを見る。

 

「こんなところにいるとは珍しいな、教官」

 

「疲れてしまってな。教え子たちは2日続けて自主練にしてしまったよ。そういうおまえは?」

 

「下から君のことを見つけてな。屋上にいるなんて珍しいと思って来てしまったんだ。君はよく働くからな。きちんと有給休暇を取ればいいと思うことがあるんだ」

 

「この仕事をすると、休みなんか取りづらい。きらきらとした未来のために、汗水を流して走り、踊り、歌う。それらをやる子たちを見るとな……」

 

 電子タバコの煙を疲労の溜息と一緒にぷかぷかと吐きだしていく。

 穏やかな風を受けて煙はすぐに散らばり、消えていく。

 心が疲れているとマイナスなことしか考えられない。かといって遊ぶ気もせず、こうやって無為に時間を過ごすしかない。

 

「おまえはどうだ? あの女トレーナーと問題でも起きたか?」

 

「トレーナー君とはうまくいっているよ。合理的な練習とはなにかについて私と意見を戦わせている」

 

「それはなによりだ。おまえみたいにうまくいっているとうらやましいよ」

 

「教官には世話になった身だ。悩み事に付き合おうか? 私がいるときは使っていなかった電子タバコを使うぐらいに疲れているんだろう?」

 

 そう優しくされると言いたくなってしまう。

 ハヤヒデは俺の教え子だったとき、国外のウマ娘がやるトレーニング内容について意見を戦わせたことがある。

 日本の芝では有効か、国によるウマ娘の筋肉発達に違いはあるかなど。

 そういう難しい話ができる良き相手だった。

 だからだろうか。昔を思い出して、つい言ってしまったのは。

 

「ただしいこととはなんだろうかと考えるんだ。俺はきらきらと輝くウマ娘たちの手伝いをしたくて教官をやってるんだ。

 入学したばかりの子は未来に夢を持つ子。でもなかには夢が破れて自暴自棄になる子がいてな、そういう子を見るとつらくてたまらない。

 企業として優秀な子だけを選りすぐってお金を稼ぐのはわかるんだが」

 

「そういうことか。だがな、教官。私たちは自分たちで選んでここに来たんだ。自由とは望むことができること。

 まぁ家のために強制的に来る場合もあるが、それでも拒否せずに選んだ道。君が気にしすぎることはないし、私たちのことを想う人がいるのは嬉しいものだよ」

 

 大人は現実と理想をまとめるか、別に考える必要がある。

 俺にはそれがまだできていない。

 教官として3冠ウマ娘を指導したという実績はあるものの、精神はいまだ未熟。

 そのことに落ち込みつつ、昨日の出来事を話す。教え子だった子の悩みを聞き、つきあった俺のことを。

 それを静かに、ときに相槌を打っては静かに聞いてくれるハヤヒデ。

 こういう相手がいるとすごく助かるものだ。

 

「……ハヤヒデ、おまえはいいやつだな。将来、いい女になるのを俺が保証しよう」

 

「それは嬉しいことだ」

 

 少し微笑んだハヤヒデは、それから俺が何もしゃべらない時間に付き合ってくれる。

 それから1分もしないうちに、ふとハヤヒデは大きく息をつく。

 

「しかし、その子は幸せだと私は思う」

 

「なんでそうなるんだ。夢をあきらめたんだぞ?」

 

「こう言ってはなんだが、数多くいるうちの1人だ。教官が知らないだけで、その子のような子はたくさんいる。

 だからこそ、教官という親身になって話を聞いてくれる人がいるのはすばらしいことだと思う。

 恨んでいるのなら感謝なんてしない」

 

「そう言ってくれて少し楽になった」

 

「助けになったのなら私は嬉しいよ。私にできることがあったら言ってくれ。協力することを約束しよう」

 

 電子タバコを吸うのを止め、ハヤヒデの顔をまじまじと見つめてしまう。

 ハヤヒデも俺を見ていて、優しく笑みを向けてくれる。

 

「昔は理詰めでしか物を考えれなかったのに成長したな」

 

「君の方針の影響を受けただけだよ。それぞれのウマ娘たちと面談の時間を多く取り、相談や話し合いの時間を取ってくれる教官なんてそうはいない。

 メンタルは将来のトレーナーに任せ、体を鍛えるのを優先するものだから」

 

「俺は何のために走るかということを考えてもらいたかったんだ。それが1番優先していることで、他の相談事は全部おまけだ」

 

「そのおまけに助かったのは私以外にもいるだろう。もっと自分に自信を持って欲しい。それでだ。私にして欲しいことはないのか」

 

「そうだなぁ……」

 

 心に余裕はできた今、もっと自分の癒しを追求したい。

 そう思ってハヤヒデの顔を見つめ、思ったことが口へと出てしまう。

 

「ハヤヒデの髪をさわりたい」

「髪を? 私のをか? こんな波状毛と捻転毛がある、美しくない毛の塊を?」

「そこまで言うことはないだろう。俺はハヤヒデの髪は美しいと思っている。おまえは自身の癖がある髪をたいそう嫌ってはいるが、手入れをよくしているから綺麗なんだ」

 

 髪をさわりたいといった途端、ハヤヒデは顔をゆがめては俺の頭がおかしくなったんじゃないかという目つきで見て来る。

 ビワハヤヒデは手入れをあんなにしているのに、まっすぐにならない髪に劣等感を強く抱いている。

 それは俺の元からいなくなっても変わらず、いや、余計に悪化しているかもしれない。

 ハヤヒデのトレーナーは黒髪が美しい新人女性トレーナーということもあって。

 

「ハヤヒデは自身の髪を好きではないが、俺は好きなんだ。おまえは嫌っているが、見ただけでも手入れをよくしている。そんなおまえの髪は美しいに決まっているだろ?

 髪だけでなく肌も。キメが細かくて誰もが魅了される。遠くからでもそれはわかるし、ハヤヒデがライブをするときは大歓声になるに違いない」

 

 そう言った途端、屋上にいた3人のウマ娘たちから喜ぶように黄色い歓声があがるがなんでだ。

 髪を褒めただけだぞ? いや、もしかしたらセクハラしているという意味か?

 

「すまない、ハヤヒデ。これはただ俺の正直な気持ちを伝えただけで下心は──」

 

「わかった! わかったから静かにして欲しい。まったく、教官の言葉はまっすぐで心によく響くんだ。……君は変なところで熱くなるな。まぁ私の髪をさわりたいなら好きにさわってくれ」

 

 ハヤヒデは俺に背を向け、ボリュームがある魅力的な髪がすぐ目の前へとやってくる。

 俺は慌てて持っていた電子タバコをポケットにしまい、両手をジャージで強く拭く。

 汗や汚れを簡単に落としたあとは深呼吸をし、心を落ち着ける。

 そうでないとせっかくの機会をゆっくりと味わえないから。

 心を落ち着けていくとビワハヤヒデの後ろ姿だと長く白い髪の毛が強調され、見ていると犬を連想する。

 

 それは超大型犬のグレートピレニーズだ。

 白くふわふわもこもことした長い毛並みを持つ、美しい犬。

 体重50から60㎏もあり、2足で立ったときには170㎝の人間以上にでかい。

 1度思うとビワハヤヒデは犬のようにかわいいんじゃないかと気づく。

 犬だったらなでまわしたいところだが、ウマ娘相手にそれをやると警察沙汰だ。

 今はただ髪をさわるだけにしておかないと。

 

「さわるぞ」

 

 と、緊張しながら言う。

 トレセン学園に来てから初めてさわる女性の髪。

 そのことに緊張しつつ右手を伸ばす。ふれるかふれないかぐらいの接触で、柔らかさと弾力がある明かるい灰色のなめらかな感触を感じ取れた。

 次に左手を伸ばし、両手で髪をさわっていく。

 髪の一本一本が俺にとっては宝石と同価値に思え、優しくなでていくたびに髪の素晴らしさに気づいていく。

 近くで見ても枝毛が少なく、髪が痛んでいないということに。

 

 癖っ毛だからさわっても髪は流れるようにさらさらとしてはいない。

 でもだからこそ、髪の弾力性をよく味わえるというものだ。

 

「よく手入れをしている。綺麗な髪だ」

 

「そう言ってくれて嬉しいよ。髪は特に気をつけているからな」

 

 こちらからは顔が見えないものの、なんとなく恥ずかしがっている気がした。

 2年間の付き合いだから、耳や尻尾の動きで少しはわかる。

 さわりかたで嫌がられずにすんでよかったと安心しつつも、髪をなでる手は止まらない。

 始まりから先端まで。ハヤヒデの長い髪にうっとりしつつ、感触を楽しむ。

 

「元気が出てきた。さっきまでは教官をやめようかと考えていたが、ハヤヒデと話をして髪をさわったから落ち着いた」

 

「それはなによりだが……君がこんなにも髪が好きだったなんて知らなかった」

 

「大人だからな。自分の好きなものだからとはいえ、手は出さない」

 

「それも今日までだが。私の髪に手を出したことは歓声をあげていたウマ娘たちに知れ渡ってしまったぞ?」

 

 そう言われて背筋が一気に寒くなり、ハヤヒデの髪から手を離して他のウマ娘を探す。

 だが屋上には俺とハヤヒデ以外の姿はない。

 さっきは髪に集中するあまりに他のウマ娘のことなんて気にすることはなかった。

 今になって事の重大さに気づく。これはセクハラだと言いふらされるだろうと。

 合意とはいえ、人は自分の都合よく言葉を変えていく。

 ハヤヒデは髪を手櫛で整え、俺へと体を向ける。

 

「ハヤヒデ、俺はおまえの教官だったことを誇りに思う。退職したら──」

 

「待て待て。そう早まらなくてもいいと思うが。教官にとって悪いことは起きないと思う」

 

「俺は教官として知名度があるから話題になってしまいそうなんだが」

 

「教官は説教好きで顔が怖いという評判はあるが、とても生徒思いだというのは接してきた子は全員知っている。だから大丈夫だと私は思っているよ。

 あぁ、それと嘘をついていたことを謝りたい。私がここに来たのは教官が親身になって相談してくれた子からお願いされたんだ。

 心配だとね。その子は地方トレセン学園への転入を考えると言っていた。君のおかげで希望を見つけ、走る楽しさを思い出したとのことだよ?」

 

 ハヤヒデにそう言われ、よかったという安心感と同時に俺は役に立てるんだという自信が出てくる。

 

「困ったときは相談に乗るし、落ちこんだときは私の髪をさわってもいい。では私は練習に行ってくる」

 

「今回はありがとな。助かったよ、ハヤヒデ」

 

 お互いに手を軽くふり、ハヤヒデがいなくなってから俺は電子タバコをポケットから取りだす。

 それを口にくわえると、大きく吸い込んでは水蒸気の煙を空へと吐きだす。

 俺が今まで頑張ってきたことは、ウマ娘たちの役に立っていると実感があり、嬉しくなる。

 そして、こっちがメインではあるがトレセン学園に来てから9年。

 風になびくウマ娘の髪をついにさわれた喜びは強い。

 

 なんてったって毎日のように走るウマ娘たちの髪がなびくのは、俺の心をつかんで離さなかったからだ。

 ウマ娘の、わがままを言うのなら他の子たちの髪もさわりたいという想いがある。 毛布や動物とはてざわりが違う、髪の毛ならではの感触を。

 1度、こうやって己の欲望を解放してしまったから、我慢がしづらい。

 だが教え子に手を出すわけにはいかず、これからは髪をさわりたい欲求を抑える日々が始まる!

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