ウマ娘の髪をさわりたい   作:あーふぁ

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6.ゴールドシチーの髪をさわりたかった

 笠松を受験し合格した子が転校した日の翌日、6月のはじめ。

 気にしていた彼女が無事に笠松へ行ったことで俺の心配事がひとつ減って心がやすらいでいる。

 だが、それも今日まで今は 午後6時までやっていた練習は終わって解散したなかで個人面談をしている。

 それは俺と一緒に芝生の上に座っているゴールドシチーがいるから。

 

 彼女は俺からひとりぶんの距離を取り、横座りをして見ているのは今日までのシチーの記録だ。

 元々シチーは俺が指導をする子ではなく、別の教官が教えていた子だ。

 俺のところへ来たのは彼女の面倒を見切れなくなったという理由でやってきた。

 

 彼女はモデルの仕事をやっている有名な子で、雑誌やテレビCMにも出ている多くの人が知っているウマ娘だ。

 特に若い女性に人気がある。

 シチーは遅刻や門限破り、仕事があるから途中で練習を抜ける、他の子からモデルとレースを両方やるなんてとバカにされたら怒る。場合によってはケンカも。

 教官への態度も悪く、モデルの仕事と両立なんて無理だと言われて評判がよくない子だ。

 そんな子が俺へと回ってきたのは癖が強いウマ娘を預かっているから、うまくやっていけるだろうと思われているから。

 

 面倒なウマ娘は最終的に俺へ投げればいいだろうと考えられているのはどうかと思う。それを教官という職業の人間がやってしまうのはダメだろ。

 かといって俺が受け入れなければ、他の教官でたらい回しにされるだけだ。

 ゴールドシチーという有名人で顔が綺麗だから、という理由と個人的に仲良くなりたいという下心を持って受け入れた教官は殴ってやりたいところだ。

 

 そんな有名で問題児扱いなシチーだが俺とは適度な距離感でやっていけている。

 理由は俺がシチーの顔に惚れていないからだ。別に女性に興味がないとかじゃない。

 それ以上に顔よりも髪を重視しているという話なだけで。男性でも顔より胸、尻、腹筋といった部位が好きな人がいる。

 俺は髪というだけだ。

 100年に1人の美人ウマ娘と世間では言われているが、それよりもよく手入れされている金色の髪のほうに興味が強い。

 だからシチーの美人さに見惚れず、他のウマ娘と変わりなく接している。

 

 シチーの髪はふんわりとしていて腰まで伸びているきめ細かい金色。正確に言うならプラチナブロンドで金色と白色の中間色だ。

 透明感があり、上品な印象がある色は太陽の下がよく似合う。右耳には青いリボンをつけていて、そのリボンがより髪の美しさを引き立たせている。

 腰あたりまで伸びている長い髪はクセがなく、まっすぐに伸びている。髪からは名称できない魔性の魅力が出ているようで、いつどんなときでも美しい。

 今の夕日があたる時間帯だとシチーの髪は輝き黄金のように見えている。夕日がなくてもどんな時間帯であってもシチーの髪はよいものだが。

 

 シチーが立っている、歩く。それだけでシチーの髪は芸術品となっている。

 トレセン学園の髪ランキングをつけるなら1位か2位だ。シチーと同じぐらいのすばらしい髪はビワハヤヒデしか俺は知らない。

 そんなシチーの髪を幸せな気分で見ていると、渡した紙から顔をあげて俺を見てくる。

 

「あんまり記録がよくないんだけど」

 

「芝やダート、距離は1200から3600までやっているからだ。やりたいのを絞れば早くなると思うが」

 

「それはイヤ。どれもタイムは他の子たちより悪くないじゃん。可能性を自分からつぶして選べっての?」

 

「おまえが好きな、もしくは走りやすいのを選んだほうが悩むことは少なくなる」

 

 シチーはすごく嫌そうな表情になり、タイムが書かれた紙をにらみはじめる。

 ゴールドシチーというウマ娘は理想が高い。その理由はモデルだけじゃなく、レースをするウマ娘として見てほしいから。

 トレセン学園でシチーは人気があるが、それは美人で人気があるから。テレビや雑誌でよく見る芸能人という扱いだ。

 本人はそれが嫌で、なんとしても走りで魅せたいと言っている。

 だからすべてで強くなろうとしている。走るために頑張る姿勢は好きだ。

 だが芝とダート、すべての距離で走れたウマ娘はいない。どうにか割り切って、距離を限定して鍛えてほしいと思うところが本音だがウマ娘の希望をなくしたくはない。

 そもそも芝とダートの両方を走れる時点でシチーはすごいのだが。そこのところをわかってほしい。

 

「話が長くなるなら食堂に行くか? コーヒーを飲みながらのほうが集中して話ができるだろ」

 

「んー、そうする。シャワーを浴びてから行くから」

 

「ああ。先に行ってるぞ」

 

 シチーは俺に紙を渡すと立ち上がっては更衣室へと向かっていく。

 俺は紙をバッグにしまってから、まだ残っていた教え子たちと軽く話をしたあとにカフェテリアへと向かう。

 食堂にはトレーニングが終わったウマ娘たちがいる。俺はコーヒーを注文し、そのコーヒーを持つとその子たちから離れるように壁沿いのすみっこへ行く。

 ひとりコーヒーを飲みつつ、雑談をして楽しんでいるウマ娘たちの髪を見つつシチーが来るのを待つ。

 

 そうして20分ほどたつと女神の化身ともいえる髪を持つ制服姿のシチーが肩にバッグを下げてやってきた。

 夕日の自然光とは違い、蛍光灯の下で見る髪もまたいい。

 髪が光を反射する仕方で楽しめる。

 

「もう飲んでいたんだ。そういうのってフツーは相手を待つものでしょ」

 

「ひとりで何も飲まず、ただ座っているだけなのは居心地が悪いぞ?」

 

「昼とは違って混んではいないんだし、座っているだけでも問題ないじゃん」

 

「男ひとりだといづらいんだ」

 

「学園の男の人はみんな女性慣れしていると思ってた」

 

 そう言ってシチーは椅子に座る。

 そのときに髪はふんわりと浮かび上がり、髪の毛1本1本が芸術品のように見える。

 髪に感心していると、シチーはバッグから雑誌を次々と取り出し、テーブルの上には6冊の雑誌が積みあがる。

 

「これは?」

 

「トレセン学園に入ったアタシを批判や疑問視する記事が書いてあるやつ。これに文句を言わせない走りをやりたいの」

 

 力強く俺を見てくるシチーに目で雑誌を取るようにうながされ、俺は一番上の雑誌を手に取って読んでいく。

 雑誌の中にはでかでかとシチーの特集があった。

 

 要約するとシチーは走ることよりも美貌を生かした仕事をたくさんするべきだ、ということ。

 ウマ娘たちの中で最高に美人だというのに、わざわざ走ることをしなくてもシチーは輝ける。

 走る練習をするよりも演技や歌の練習をし、芸能の道を進むべきだと。他の雑誌も似たようなことが書かれている。

 しかし、そんなシチーへの文章がある中で気になったのが写真だ。

 文章と一緒に写真があるのだが、それはシチーの顔のアップやバランスのいい体を重視した写真しかない。

 髪をメインとしたのがなくて少し残念に思う。こういう記事のものにフェチの需要を満たすのを出す必要がないのはわかるが。

 

「それ、ひどいでしょ。アタシの気持ちを全然考えてないの。誰もがアタシを動かしやすいようにしか思ってなくて。マネジ、マネージャーも反対しているしさ」

 

「見た目だけでなく、ウマ娘としての走りを褒めてもらいたいと?」

 

「……そうだけど。なに、悪い? 他の人と同じように教官も反対するわけ?」

 

「いいや。だが、どうしたってシチーは見た目を重点的に書かれるだろ」

 

「は? なんでさ。G1を勝てば、顔がいいだけの女って言われないっしょ」

 

「結局は走りよりも顔の良さを重点的に報道されるだけだ。3冠を取ったミスターシービーだってイケメンと言われてテレビで話題にされた。アイドルも兼ねている仕事だからどうしてもそういうふうになってしまうんだ」

 

 俺の言葉に納得せず、不満顔なシチーににらまれながら雑誌を読むのを再開する。

 ファッション雑誌のモデルではシチーが1番よく、髪や顔、ポーズといったものが印象によく残る。

 たしかにシチーは綺麗だ。この雑誌でもカメラマンによる最高のシチーがよく映し出されている。だが、心はそこまでときめかない。

 目のまえにいるシチーは走って泥に汚れ、汗まみれのほうが美しいから。そっちのほうがシチーは生き生きとしている。

 そう思っていると俺の言葉にいらだったシチーは耳を後ろへと強く絞り、足は床へと力強くたたきつけていて、怒っている。

 

「……それでなにを言いたいの。説教? それとも適度に鍛えて、未勝利ウマ娘で終わらせたほうがいいってか? アタシが怪我でもしたら教官の知名度がダメになるもんね。アタシひとりの脚が遅い子を守るよりも仕事を守るほうが大事だもんねぇ」

 

「おまえはバカか。俺にそんなことを思いながら練習を受けていたんなら他の教官へ行け。俺はな、そんな自己保身だけでおまえにトレーニングさせているつもりはないぞ。

 プライドと見栄だけがいいゴールドシチーだぞ、今のおまえは。走りで自身の価値を証明したいのなら、目的をはっきりさせろ。見返すだなんてあいまいなものじゃない。

 どういうふうに走り、勝ちたいかの夢を持て。それがないからおまえは自分に自信を持てないんだ」

 

 俺をバカにするのはいいが、シチーの言い方だと弱いウマ娘なんかどうでもいいというのだけは許せない。だから、それで少しだけ怒ってしまう。

 俺の指導方針は怪我をさせないのを重視している。だからといって、安全なだけのメニューで走らせているわけじゃない。

 個人ごとに細かくメニューは組めないがシチーと相性がいい子とトレーニングをさせているし、体調にも気をつけている。

 雑誌をテーブルの上へ置いてコーヒーを飲もうとマグカップを持つ。が、それは空だった。

 シチーはさっきまでは怒りか不満しかなかったが、今は大きなためいきをついては落ち着いた様子で俺のマグカップに手を伸ばし、奪い取っていく。

 

「アタシがおかわりを持ってくるよ。さっきはなにを飲んでたの?」

 

「ホットのアメリカン」

 

「おっけ。ちょい待ってて」

 

 その後ろ姿を見て、耳や尻尾は平常時へと戻っていることに安心をする

 つい感情的に言ってしまった。シチーの脚には可能性がある。だからシチー個人に感情移入しすぎてしまう。

 教官という仕事をやっているなら感情移入はそれほどしないほうがいい。トレーナーならそれでいいが。

 多くのウマ娘を指導しているんだから、ひとりにかける時間が増えすぎると他の子を見られない。

 今は自分の休暇をつぶしていれば、なんとかなっているが。

 ストレスで心がダメになりそうになったんだから、もう少し付き合いは軽くしたいと思っている。

 その一方で今のように続けないと俺が満足できないという気持ちもある。

 ……当分はウマ娘たちの髪を見て、さわることで頑張っていきたい。

 

 ひとまずは雑誌に写っているモデルさんの髪を目で愛でることにしよう。

 そう考え雑誌を手に取り、写真だけをぱらぱらと見ていく。すると途中で男性に人気の髪型ランキングなんてのがあった。

 1位はロングで2位がポニーテール。そして意外にもツインテールは上位にいなく、人気は控えめらしい。

 ツインテールの髪型はよく目立つから人気が出やすいと思っただけに驚く。トレセン学園でもツインテールの子は多いから。

 ツインテールの躍動感はすばらしいのになぁと思っていると、シチーが戻ってきたのが音でわかる。

 顔をあげたと同時にシチーはコーヒーのいい香りがするマグカップを置いてくれた。

 

「女性向けのファッション雑誌に興味あんの?」

 

「記事の写真を見ていただけだ」

 

「ふーん……あ、そうだ。教官の趣味、思い出したよ。髪が好きなんだってね。さっきの怒ったおわびをさせて」

 

 そういって、シチーはその場でゆったりと半回転をした。

 すると黄金に輝くロングヘアの髪は体の動きに合わせて少し浮かび上がり、そして重力にしたがって落ちていく。

 その落ちていく髪の1本1本の動きは大変に繊細な動きをする。

 俺が髪に感心の声をあげるとシチーはモデルさんがファッションショーでやるような洗練された歩き方で5mほど歩いていき、そして戻ってくる。

 

「どう? アタシの髪は楽しめた?」

 

「最高。普段の歩く姿と違って髪に新しい動きがついていてよかった。雑誌で見た写真よりもこうして動くシチーのほうがずっといい。髪がすごくよかった」

 

 自信がある笑みを俺へ向けてくるシチーに対し、元気に拍手をしてシチーの髪をこれでもかと褒める。俺が拍手したのに応じて、食堂にいた子たちもシチーへ向けて拍手を送っている。

 言ってから気づくが、これほど髪を変に褒めてしまうのは気持ちが悪いんじゃないかと気づく。写真写りが悪いとも言ってしまっているし。

 そして相手はシチーだ。俺に対して遠慮がなく言うから罵倒されるだろう。

 身構えて待つもシチーはまわりの子に手を振ったあと、なにも言わずに椅子へと座り、俺の顔をじっと見つめてくる。

 

「怒られるかと思った」

 

「しないって、そういうの。教官は他の男の人と違って、アタシの動きを褒めてくれたし。ただ見た目がいいだけで綺麗となにも考えずに言う人たちよりずっといいし」

 

「俺は思ったことを褒めただけだ」

 

「……ねぇ、教官はなんで髪が好きなの? 男の人は顔や胸、お尻で女性に価値をつけるけど髪だけにしか興味がないのは珍しいよね」

 

「俺だってある程度は顔や胸に価値を見出している。髪が綺麗な人はすごいんだ。それこそ毎日トレーニングをし続けているウマ娘のようにな。

 髪を洗い、乾かし、セット。1時間とか時間がかかるものを毎日できている人を尊敬する。俺たち男は自分自身の髪に手間とお金をかけないからな」

 

 教え子に自分の性癖である髪が好きな理由を言うのはなんだか恥ずかしい。

 こういうのはからかわれると思っていただけに、シチーがなにも言わずなにかを考えている雰囲気だとどう反応したらいいかわからない。

 だから俺は場をごまかすようにシチーが持ってきてくれたコーヒーを飲んでいく。

 

「有名なファッションモデルの人が『髪の毛っていうのは、絵画で例えると、肌がキャンバス、髪は額縁。額縁である髪がキレイだと、肌にも自信が持てる』って言っていたからアタシもそれを実行しているだけ。アタシがすごいだけじゃないから」

 

「そうは言うが、それをできる人はなかなかいない。それは走る練習でもだ。モデルと走りを両立し、どっちにも手を抜かずにできているシチーはすごいよ。将来はどちらでもうまくできるさ」

 

 シチーは耳をきょろきょろと動かし、尻尾はばさばさと揺れ動いて視線も落ち着かずに挙動不審になる。

 褒めただけなのに変なことを言っただろうかと心配になってきた。かといって続けて言う言葉も思いつかない。

 

「アタシもコーヒー飲む!」

 

 落ちつくのを待っていたら、そう投げ放つように言ったシチーは席を勢いよく立ち上がると注文をしにいった。

 髪をさわれはしなかったが、いい髪を見られてとてもよかった。……でもさわりたかったなぁ。1度逃してしまうと髪をさわるチャンスなんてそうはない。

 まぁ、俺にとってそれは残念だが、今までのやりとりでシチーのいらいらがおさまったようだし、これでこれからの話は落ち着いてできるな。

 俺が思うシチーの適正と本人の希望をすり合わせ、より効率よく練習をするための話をこれからやっていこう。




前話のアンケートでツインテールの票が少なくて驚きました
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