万魔殿の情報局が通る! 作:はっひっふっへっほ~()
なので初投稿
「……つまり、私に潜入した後輩の支援をやって欲しい、と?」
磁器のような白い肌に浮かぶ双眸が、後輩を捉えて離さない。
陰影を帯びたその部屋は羊皮紙の本を入れた収納棚によって覆われていて、窓は締め切られている。
吸血鬼としての本能が、タツコ本人の感性が、その部屋をそうさせ、圧迫感を生み出している。
「はい、そうです」
「それは良く良く悩んだ結果と言う事かね?
君たちの要求は私の自由行動を認めるもので、君たちの案件の達成と成長に寄与しないのではないかね?
君たちは君たちの挫折と葛藤がある筈だろう?私に解決させても無意味だと思わんか」
「それは…アビドス生の行動に答えを見出そうと思うのです。先輩には……その」
「成程?私にはアビドスを苦しめて欲しいと。
ふむ、ちょうど“シャーレの先生”と関わりたいしな、わかった」
成程成程、そう何度も咀嚼する様に局長は頷き、アビドスに向かうことを了承。
茶色いソフト帽とスーツを身に着け、青色のネクタイを締めて、局長はアビドスに向かった。
──武器は長い間馴染んできた汎用自動小銃とトランプ。
小鳥遊ホシノ、彼女の強さは恐らく三大学園最高戦力に匹敵する筈だ。
おまけに“シャーレの先生”の指揮能力でありますかァ…腕が鳴る。
局長は愛車である魔改造された黒塗りのベンツ700Kに乗り込み、アクセルを全開にしてアビドス自治区“付近”まで駆けだした。行き先はアビドス=ブラックマーケット、人口減少に歯止めが効かないアビドスの行政能力縮小に伴って、反対に治安と秩序を最低限獲得し、キヴォトス有数の犯罪地域と成り果てた、その場所に。
カイザーへの嫌がらせの一環として便利屋をアビドスに誘導したのはこの私だ。
社長の2年生は善人で、そして金策がド下手……如何しよう凄く不安になってきた。
ま、まぁ?カヨコ女史がいらっしゃるらしいから、ね?大丈夫──
『──……便利屋68。今やっているかね?アルハンブラと言うものだが』
『……っ!?カ、カヨコ。例の人からの連絡よ!え、ええ。大丈夫です』
『そうかね、それは助かるよ。君たちに依頼があるんだ。アビドス自治区でカイザーの動向を探って欲しい』
『ま、任せて下さい!』
──マズったかも。これ止まる気配無かったかも。
もう後は抗争でも戦争でもどうにでもなーれ、取り敢えずアコ行政官に伝えておきますか。
エデン条約推進派の風紀委員会なら先生を拘束しようと思うはずだ、拘束出来ればエデン条約の変数は消え、失敗すれば風紀委員会に問題と責任を擦り付け、影響力を削る。どちらに転ぼうと万魔殿は被害を被る事は無いし、今後の動きに制限がかかる事のない立場につける、我々にとってアビドスへの介入は非常に利のある結果を生む筈だ。
「風紀委員長の犬ことアコ行政官殿?もしもし」
『あらお久しぶりですね、万魔殿の飼い犬さん?』
「便利屋はやはりアビドスに居ます、そして…ハハ、いやはや面白い事に“シャーレの先生”も其処に。
これは確定された事です、前にお伝えした時とは違い、アビドスは滅びゆく学園ではなくなりそうですなァ?」
『“シャーレの先生”、ですか』
唾を吞む音が聞こえた。
良いぞ、動揺しろ、焦るんだ。
行政官は視野狭窄に陥り易い悪癖がずっとあるんだ。落ち着け、焦るな、声を歪ませるな、笑みを浮かべるな。
「廃校必至のアビドスを救い出す唯一の可能性、連邦生徒会長でさえ成し得ない事を先生はやってのけるでしょう。生徒に頼まれて、その生徒に納得させるだけの背景と理由を与えられてしまえば」
──エデン条約の破棄、それにとどまらず、戦争を起こす事だって。
「口が過ぎましたな、では」
ああ、如何しても笑みが止まらない。
『……ご協力、感謝いたします』
通話が切れる。
刹那、タガが外れた様に口元は歪んで、笑い声は滲み出す。
何よりも自由と混沌を見たい。
足掻いて、藻掻いて、泣いて、堪えて、擦り減ったアビドスが、この混沌を前に如何立ち振る舞うか。
成都の事を第一に考えると言うらしい“先生”の本性は如何なのか。
「さて、どうなるかね?」
妙な確信がある、きっと先生なら、遍く全ての生徒たちを、奇跡と呼ぶしかない奇術で救い出すだろう。という、証拠も理屈も論理も何も無い様な、馬鹿馬鹿しい確信。
たった一つの写真に写る“良い大人”の顔。
……あの時に来ていれば、何か違ったのかもしれない。
局長はそんな思考の靄を振り払うように首を横に振った。
未練と弱さに溺れて死んだ“誰か”の輝きをルームミラーの向こう側に見出して、アクセルを強く強く踏む。
改竄された自分の学生証と用意された偽装暗号資産。
そして“アルハンブラ”という仮の身分とその設定の諸々の資料。
“局長”として準備させた機密であり、嘘の塊を撫でる。
トリニティで失ったモノ、ゲヘナで得たモノ──
──自分自身の奥深くで渦巻くナニカを知る為にも、先生とは必ず会わねばならない。
そう確信を抱いて、彼女はアクセルを強く強く踏み込んだ