ニューヨーク23丁目駅地下鉄フラットアイアンビル前はもはや戦場のようだった。
数分前にやってきたトラックが、大量の魚を設置しその周りには防護服を着た数十人の軍人が待機し、その周りには戦車や軍用車が取り囲んでいるという異様な光景だった。それと同時に全員の通信機に、米国空軍の新兵器である大型空中母艦「ランブリンク」が投入された事、航空部隊シルバーホーク隊の配置も決定した事、さらに今後はこの怪物を「ゴジラ」と呼称する旨が伝えられた。
防護服を着こんでいるニック・タトプロスの隣にオニール軍曹が待機している。彼らはマスクをつけている為臭いは通じなかったが、周囲には生臭い魚のにおいが立ち込めていた。
軍移動指令センターにもこの映像がテレヴィジョン画面を通して写っていた。ヒックス大佐をはじめとした多くの軍人はこの作戦には大いなる期待を寄せているようだったが、エバート市長はただ魚を並べただけで何ができると不審の眼で見ていた。
後はゴジラがやってくるのを待つばかり。
「ちなみに魚は何を与えた?」
ヒックスが隣の将校に尋ねると、将校は書類を読み上げた。
「ええっと、サバ・ヒラメ・カレイ・白身魚・タラ・鰤・クロマグロ・キンメダイ。念のためカニやエビなどの甲殻類や貝類も加えています」
ここの様子を見ているのはニックたちだけではなかった。すぐ近くのビジネスホテルの屋上にカメラを仕掛けている者がいる。フィリップ・ローシェの部下の一人、クロードだ。
フィリップはテレヴィジョン画面に映像が映ったのを確認すると、クロードに戻ってくるよう連絡した。フィリップはベッドに座っており、残りの部下達も機材のセッティングをせっせと行っていた。
フィリップは部下が買ってきたコーヒーを一口飲むと、またしても顔をしかめた。
「うう…これがフランス焙煎コーヒーかあ?」
「そうです。パッケージにも書いてありました」
フィリップが想像していたのとだいぶ違うような気がする。まあ彼もそこまでコーヒーに詳しいわけではないのだが。
「クリームをよこせ。苦すぎる」
するとピエールがこちらを向いて呟いた。
「こいつらイカレてるよ。街に魚をばらまくなんて」
しかしフィリップはクリーム入りコーヒーを飲みながら言った。
「いいや。あいつら頭いいよ」
ーーーーーーーーーーー
「成功するといいですね」
隣にいた若い軍曹はニックに声をかける。ニックはそうなることを祈るといった事を伝えた。
「しかしゴジラか…何だか不吉な名前だなあ」
「?」
ニックがオニールの言っていることが解らずにいると、彼はふと語り始めた。
「1954年ごろなんですけど、ビキニ環礁でアメリカの原子力潜水艦が何かを目撃したそうです。その何かを倒すため、水爆実験の名目でそいつを倒したという話を聞いたんですが、その怪物もたしかゴジラという名前だったような…」
「そうだったのか。でもこの怪物はフランスの核実験で誕生したものだから…」
「ええ。おそらく別の生物でしょう。しかし54年の核実験以来世界では様々な生物が突然変異を起こしているらしいんです」
オニールは語る。どこかの島にいるキノコが突然変異を起こし、人を襲うようになったこと、巨大な海老、牛ほどの大きさになった蟷螂や蜘蛛の話…
「…成程。僕も覚えがあるよ。チェルノブイリのミミズに、パナマにいた巨大なフナムシ…」
「それも恐らく放射能の影響でしょう。でもそれらの実験を起こしているのは…」
ああ、確かに人間だ。思えばこの怪物も、核実験さえなければただの爬虫類だったはず…
ニックはふと思った。生物学者としてこの怪物を処理するのは少々抵抗はあったが、よく考えれば怪物には元をただせば何も落ち度は無い筈だ。果たしてこの怪物を殺すことは正しいのだろうか…
心に迷いが生まれたニックの耳に、軍人の声が響いた。
「ようし、そのくらいでいいだろう」
魚をなるべく一か所に集めるため、複数の軍人が飛び散った魚を集めていたのだが、その作業がやっと終わったようだ。ニックは頭を切り替え、軍人のほうに近づいていった。
「ただ集めただけじゃダメですよ!地下に臭いを通さないと奴が気づきません!」
ニックは近くにあるマンホールのふたを開けることを提案し、数人の軍人と共にマンホールのふたを次々と開けていった。
ニックは近くの道路のマンホールを開ける。蓋を開くと暗黒の闇が広がっていた。…だけでなく何やら熱い空気が飛んできた。
「?」
ニックは何だか嫌な予感がしたが、その予感は的中したらしくすぐ近くの道路に少しずつヒビが入りつつあった。
まさか…と思ったニックの耳に軍人の声が聞こえた。
「ようし。これでいつ奴が来ても大丈夫だな!」
「あの…非情に申しあげにくいんですが…」
恐る恐るニックが告げる。軍人は何事かと聞いたが、ひびの入り始めた道路をみて顔が凍り付いた。そんな彼にニックは告げる。
「……もう来たみたいです」
ニックの言葉通りマンホール近くに巨大な穴が開き、巨大な何かが地底からせり出してきた。ニックは目の前の出来事と怪物のあまりの大きさが信じられず、その場に立ち尽くした。
中生代の恐竜を思わせる顔。口の中に生えた鋭い牙。太い腕。大きな体。巨大なステーキナイフのような背鰭。太い尻尾。
そう、これこそがムルロア環礁の核実験に耐えきった存在。核の力を身に着けた超生命体…
「……ゴジラ…」
ニックは思わずつぶやいていた。
つづく