その日。
海岸沿いの道路を走っている自動車の運転手の多くが、海から突如出現した巨大な物体を目撃した。
陸に上がったそれは柱のように大きな足を道路に踏み入れ、大雨の降りしきる中驚くばかりに大きな体を人々の目の前にさらしたのである。
背中に無数に立ち並ぶ巨大なステーキナイフのような背鰭、鋭い爪が生えた腕と脚、中生代の生物を思わせる醜悪な顔。どれをとっても、見たすべての人に脅威を感じさせるには十分な迫力だった。
怪物は耳をつんざかんというほどの大きな鳴き声を上げ、邪魔者を踏み砕きながら街を目指して進んでいったのだった。
路上の人々に襲い掛かったのはこの怪物だけではなく、上空から降ってくる漁船もその一つだった。
怪物の背鰭に無数に引っかかっていた漁船は、路上にいる人や車に降り注ぎ容赦なく潰していく。と思いきや次には怪物の巨大な足が踏み込んできて大きな振動を立てた。
落下した漁船から飛び散った魚がタクシーのフロントガラスに降り注ぎ、目の前が見えなくなった運転手はフィッシュマーケットに突っ込んでしまった。
恐れをなし、逃げようとする人々に容赦なく漁船や巨大な足が襲い掛かる。普段は多くの客で賑わうこの場所はたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「怪物だー!逃げろー!!」
「急げ!踏み潰されるぞ!!」
怪物は地響きを立てながら魚市場を進んでいく。その進行方向にいる人間はなすすべもなく踏み潰された。怪物は一台のトラックに目をつけ、それを口に咥えた。存在に気付かず雑誌を読んでいた運転手は突如自分のトラックが宙に浮いたことに驚き、外の様子にやっと気がつきパニック状態になった。
驚いたのは、トラックの荷台にいる荷物の積み込みをしていた者たちも同様だった。突如コンテナの左右がら突き出てきた巨大な牙に驚き、トラックが空中に持ち上げられたと同時に次々とトラックを捨てて脱出していった。
しかし運転手のほうは完全に逃げ遅れ、ドアを開けた時には完全にトラックは宙に浮かんでいた。運転手はハンドルにしがみついて落下しないよう必死になっていたが、怪物がトラックを激しく揺さぶったため、とうとう地上に落下した。それと同時にトラックのキャブ部分と荷台部分が完全に千切れ、落下したキャブは地上に落下し下にいた人々を下敷きにした。
魚市場の人々は次々と逃げ出し、車に乗っていたものも車を捨て走って逃げていくが怪物が足を踏み出すと小さな小屋は倒壊し、路上に人々が倒れ伏せる。そこを足が情け容赦なく潰していく。
怪物はどうやらフェデラルホール方面に向かっているようだった。
ーーーーーーーーーーー
フェデラルホールでは今、エバート市長が市民に向けて選挙演説をしていた。
「それではご紹介いたしましょう!明るいニューヨークを作る男、エバート市長です!」
市長の部下であるジーンがそう叫ぶと、市長であるエバート市長が舞台に進み出て、支持者たちは歓声を上げた。
「皆さん、こんにちは!この素晴らしい天気にもめげずよくお越しくださいました!」
エバートがそういうと、支持者の群れから笑い声が上がる。
「四年前、私が市長に選ばれた時には犯罪が減るとはだれも予想しなかった。でもやった!私は明るいニューヨークを作り上げた!」
市長の演説が続く中、支持者の中の数人、撮影しているカメラマン、そして路上にいる警備員が小さな異変を察知した。
それは演説会場から少し離れた場所にも伝わった。
突如路上に駐車している車が揺れた。近くにいる人にもその揺れは伝わった。
最初は地震かと思ったが、それは少しずつ大きくなり、尚且つ規則性を持ってきた。
その揺れはエバートの演説会場にも伝わってきて、エバートがよろけた。一体何事だとその場にいる全員が思い始めたとき、けたたましい咆哮が響き渡り人々は次々に逃げ出した。
やがて遠くにあるビルが崩れ落ちた。爆炎の中から巨大な怪物の影が現れたときに、もう地上に立ち止まる人間はおらずすべて逃げ出していた。
怪物はビルを突き崩しながらフェデラルホールにその巨体を現せた。エバートは腰を抜かし、警備員に抱えられながら演説台から降ろされた。怪物は地響きを上げながら前進していく。足元の人間は潰されるだけだ。フェデラルホールに響いているのは今や市長の演説ではなく怪物の叫び声だった。
ーーーーーーーーーーー
オードリー・ティモンズ所属のテレビ局では、ケイマンが仕事の事で電話していた。
「…が新しくなるのは感謝するよ。でも君が放送したんだろうが、それとこれとじゃ話は別だよ。何故最初に韓国のスーパー強盗事件を取り上げなかった?」
その時、すぐ近くの受付の電球が消え、電話が繋がらなくなった。
係員は後ろで未だに電話を続けているケイマンに繋がらなくなったことを報告しようとして、窓際に恐ろしいものを見た。
巨大な顔だ。しかも人間のそれではない、もっと古い時代の、SFマニアが好みそうな顔だ。顔はノッシノッシと歩き、外を通り過ぎていった。
「そんなもんはくそくらえだよ。もっと身近な事件のほうがいい」
「あの…」
係員は声を震わせて、ケイマンに告げた。ケイマンはそれに気づいて会話を辞めた。
「身近な事件は、たった今窓の外を通り過ぎました…」
「え?」
ケイマンはふと外を見る。
係員が見た顔は、もう過ぎ去った後だった。
「何?」
ケイマンは再び通話を再開したため、窓の外ギリギリを巨大な尻尾がかすめていった事に気付かなかった。
つづく