うるさい。
このハズビンホテルは、入居者に与えられた部屋をどれだけ改装してもいいとのことだったので、もれなく俺も好き勝手に改造している。
俺が部屋の中でやりたいことといえば、作曲、楽器の練習、大声で歌う――ともかく周囲に多大な迷惑になりそうな騒音を立てることが前提なので、しっかりとした魔術的防音を施した。
俺の部屋の中の音は軽々には外に漏れないし、外からの音が入ってくることもめったにない。
もちろんノックの音は別だ。俺の部屋をせっかく訪ねてくれるようなヤツを、無視は絶対にしたくないしね。
つまり、俺の部屋の音が外に漏れることは絶対にないが、外からの音が俺の部屋に全く入ってこないわけではないってことだ。
もちろん、作曲なんかの邪魔にならないように、ほとんどの音はカットされるようになっているのだが――そんな俺の防音しっかり部屋に届くほどの騒音だ。
おそらくホテルのロビーからである。すごく珍しい。
だが、俺はいつものように、へ~珍しいね~では済ませられなかった。
なにしろ寝ていた。
俺は、寝起きが、クソ悪い。
寝つきも悪けりゃ寝起きも最悪。低血圧の極み。ちょっとゲロ吐きそう。
俺は耳が良いので、寝起きの具合の悪さに加えて、なんだか聞き馴染みのない誰かの声を、たとえ遠くからでも、ギャンギャンと聞かせられては、とてつもなく、不愉快になると、そういうことなのである。
重い体を引きずって、痛い頭を押さえながら、俺はホテルのロビーに行った。
見たことのない悪魔たちが複数名。
一人はチャーリーの胸倉をつかみ上げていて、隣でヴァギーが槍を突きつけている。
エンジェルは機関銃を携えて、ハスクはトランプを構えて、サー・ペンシャスは頭を抱えて、ニフティは箒を掲げている。
寝起きで働かない頭では、この状況を理解できない。
どうでもいい。うるさい。静かにしてくれ。
俺は「はぁ~」とため息をついて、腕だけを蛸の触手に変身させた。
俺の右腕は一本だが、別に腕一本に対して蛸の腕一本に変身しなきゃいけないなんてルールはない。
複数本ある触手で、騒がしい訪問客を一人ずつ捕まえた。
ギャアギャアうるさかったので、残った腕で首を絞めた。息ができなければ発声もできない。
少しは静かになった。それでもまだ腕が一本余ったので、蛸の吸盤でもちもちと訪問客を撫でておいた。
訪問客は黙ったし、ハズビンホテルのみんなも不思議と静かだったので、俺の声が良く通った。
『うるせえんだよ。死にたいって言わせてやろうか?』
俺は訪問客の一人を俺の顔に近づけるように持ち上げて、そう言った。
あはは。顔が茹で蛸みたいに真っ赤になっている。かわいい気がしてきたな。
そうしてようやく、自分が母国語を喋っていることに気がついた。寝ぼけすぎである。
俺は照れをにっこり笑うことで誤魔化して、英語で丁寧に言い直した。
「今住んでる場所が天国だった、と思えるくらいの地獄を見てえの?」
首を絞められながらも、必死に首を横に振ったので、俺は「あはは」と笑った。
「だったら静かにしてろよ。今手持ちに針と糸はねえからさ、お前の口を縫うこともできないんだ」
ロビーのひとところに、全員をまとめてどちゃっと積み上げる。
まだ窒息死していなかった数名はゼェゼェと息をして――うるせえな。やっぱ殺しとけばよかった。呼吸音ですら耳障りだ。
俺の目を見たやつらが、「ヒィイ!」と叫んで、ホテルから走って逃げていこうとしたので、俺は触腕でひっ捕まえて上下逆さにぶら下げた。
「なあ。ポイ捨てって悪いことだよな?」
「助けてくれ! 俺が悪かった!」
俺は窒息死している悪魔たちを、左手で指さした。
「お前が持ってきたゴミだ。てめえで片付けろ」
雑にポイと放ると、再び耳障りな「ヒィイ」という声を上げながら、でもしっかり本人持ち込みのゴミたちを担いで帰って行った。
全員を殺してしまうと後片付けが面倒なのだ。それから窒息死は比較的現場がきれいに保たれるので、つぶして殺すとかよりはずっとマシ。俺は血が好きじゃない。
静かになった。俺は満足だ。
やや寝ぼけが解消された頭で、俺ははたと気づいた。
ちょっと静かすぎるかも。
「ご……ゴースト~?」
「な~に~?」
エンジェルに呼ばれたので、俺はにっこり返事をした。
チャーリーも、恐る恐る俺の名前を呼ぶ。
「ゴーストよね……?」
「え? 俺今誰の顔してる? 寝ぼけて変身してた?」
自分の顔を触ったら、右腕が蛸のままだったので、ほっぺたに吸盤がぺたぺたと無数にくっついた。
そのおかげで、俺はとんでもないことに気がついた。
「うわ! やばい、恥ずかしいところ見せちゃった……触手が11本なんて! 8でも10でもなく!? 奇数!? キモ! しかも蛸なのに触腕がある、これはイカ! 杜撰! え~ん俺のこと嫌いにならないで~!」
「嫌いにはならないけど評価は変わるカモ。えーと、強かったんだね、ゴースト?」
「なにが? てかさっきの誰? うるさかったから叩きだしちゃった……もしかして誰かの友達だった!?」
「いや、全然」
ヴァギーが首を横に振ったので、俺は安心した。けど同時にちょっとがっかり。
「なんだ、残念。友達だったらまた遊びに来てくれていいのに。目覚まし時計としてすごく優秀だったよ。俺って寝起きが悪いんだけどさ」
「今身をもって知ったよ」
「そんな俺が今めっちゃ目が覚めてる! こんな短時間で頭がはっきりしたの初めて! おっきい音で目が覚めるのも悪くないね、原因をうっかり惨殺しちゃう可能性もあるけど。わ~いウキウキな一日の始まりじゃん、手の込んだ朝食作っちゃおうかな! 昨日鯛釣ってあんだよね、鯛茶漬け食べたいひと~!」
みんなが挙手したので、俺はやる気満々で自室に戻り、鯛を捌き始めるのだった。