ちょっと気晴らしに、というより、新しい曲のヒントでも落ちてないかと思って、俺は久々に一人で飲みに来ていた。
そう、酒場である。
でも俺は超下戸で酒が飲めないので、もちろんノンアルコールだ。
こういうノイジーな喧騒の中の方が、なにか新しい音楽が降ってくるかなとか思って……。
そして俺は突然でもないが、知らない男に胸ぐらを掴みあげられている。理由は知らない。それが地獄というものだ。そこにいるだけで難癖つけられる。
でもこの間それをハスクに言ったら「お前が特別絡まれやすいツラしてんだよ」と言われたので俺だけかも。
俺は口を三角形にしてぼんやり罵倒を聞いていた。
何か新しい、オリジナリティ溢れる語彙が見つからないかなと、最初の方はきちんと罵倒を聞いていたのだ。
でも駄目そうだった。
陳腐なワードしか出せない、頭悪いタイプのチンピラだったので、まともに聞くだけ無駄だと思ってぼーっとし始めてしまった。
「聞いてんのか、てめえ!」
チンピラに噛みつかれるほど顔を近づけられてようやく、俺はハッとした。
「全然聞いてなかった、聞いてたほうが良いこと言ってた?」
べちんと頬をぶっ叩かれた。いて……くねえ! えっ力弱い!
俺は急に哀れな気持ちになった。
地獄にいるようなやつだから、きっと手加減なんかしてない。
なのにこのべちんという威力……俺がもふもふの毛玉であるために威力を打ち消していることを鑑みても、あまりにかよわい。これでは相当苦労してきただろう。
この悪魔の……悪魔か? 別の種族かもしれんな、地獄ってサキュバスとかインプとかいるらしいし……わからないけど、大変そうな人生を思って、俺は耳をしょんもりさげた。
しっぽもしんなりした。眉毛も下がったし、口もへの字にした。
今なら悲しい曲が書けそうだ。いい感じかも。
俺はもう少しこいつに感情移入したくて、改めて話を聞こうとした。
「ハッ、今更泣いてもおせえんだよ」
俺のことを泣かせたら大したものだ。
もうちょい哀れエピソード来ないかな、と待機する姿勢を見せたが、男が俺を掴み上げる手は、別の男によって掴み上げられた。
「私の友に何か用かね?」
「ヴォ、ヴォックス!? い、いや、なんもねえよ!」
ヴォックスは上級悪魔なので、それ以下の悪魔たちから恐れられている。
まあちょっと権力振りかざせる有名人みたいな感じだよな。
尻尾を巻いて逃げていくチンピラを馬鹿にしたように鼻で笑ったヴォックスに、俺は手を振ってあいさつした。
「ワオ、ヴォックスも飲みに来たの? なんか珍しいね、ひとり?」
「もっと他に言うことがあるだろう?」
もちろん、ある。
俺は喜びのあまりにっこり笑顔になって、しっぽをぶんぶん振った。
「ヴォックスって俺のこと友達だと思ってたんだ!」
「そこからか!?」
「てっきり曲製造マシーンだと思われてんだと。友達って言葉にしてくれたの初めてだろ?」
「……そうだったか? だが、君のことはもっと素晴らしい言葉で表現してきただろう?」
……それこそそうだったか?
素晴らしい作曲家とか、比類なき音楽家とか、唯一無二の才能とか、そういうことは言われてきたが。
それは友達とはジャンルの違う言葉だし、ちょっとセンスがな……いやいや。
俺が考え込んでいると、ヴォックスはため息をついた。
「では、私は仕事があるので失礼するよ」
ヴォックスが来た時と同じ方法――電気になって監視カメラ経由で帰ってしまいそうだったので、俺はヴォックスの服の裾を掴んで阻止した。
「悲しい曲を作れそうな気がしてたけど、君が来てからハッピーな曲作りたい気持ちになった。でも今はそんなことより、ヴォックスとお話ししてたい気分。もう行っちゃうの?」
「……1杯だけだぞ」
俺はサイコパス友達計画がうまくいき始めたと思って超ご機嫌だった。
友だってよ! あのヴォックスが俺のこと! 友って言ったー!
この調子で俺の機嫌をよくする言葉を学習してほしい。
人の心を理解できなくとも、理解した風に完全に振る舞うことができるのならそれは心を理解しているのと同じだ。