俺は己のためだけにあてがわれた、小綺麗なオフィスの一室で、テレビの悪魔に怒鳴られていた。
「なんだと! もう一度言ってみろ!」
「じゃあ言うけど、仕事辞めるね~」
俺は辞表を叩きつけに来たのだが、それを必死に引き止められている。
まったく自慢じゃないが、俺は超優秀であるので、そりゃそうなるのだろうけど、でも辞めてえのだ。
「どうしてだゴースト! いったい何に不満がある、金か? いくら欲しいんだ? 確かに君の働きに対して少ない対価だと私も思っていたんだ、倍でどうだ?」
「だから、金より時間が欲しいんだよ」
欲しいもん買えるだけの金ならもうあるし、これ以上はいらない。
だから欲しいのは遊ぶ時間なの! こいつ――ヴォックスは話を本当に聞かない。
前に同じ相談をしたときは結局話が通じなさ過ぎて、俺の給料が倍になっただけで終わったのだ。
ちな倍になるのはこれで4回目だ。そんなに何度も倍にして平気なのか? V社って金あるな~。
俺はただ辞めたいというだけなのに、ヴォックスにとってただの賃上げ要求みてえになってねえかこれ。
今回もそうなりそうな流れを感じるので、俺は今回こそ絶対に、折れないぞと強い意志を持つ。
俺はわざとらしく口をむすっとさせ、腕を組んで、そっぽを向いた。
怒ったりすねたりするのは苦手なので、これは怒っているときのヴェルヴェットの真似である。
それを見たヴォックスは画面に表示していた怒りの表情をすっかりやわらげ、猫なで声を出してみせた。
「時は金なりだぞ。金さえあれば時間など買える。何が欲しいんだ、かわいこちゃん。私に教えてみなさい」
「だから時間だって。楽器練習したいし曲作りたいし」
「曲なら私のところでつくればいい! この間の番組のためのOP曲は最高だった!」
「そういうんじゃなくてさァ、わかってないなヴォックスは」
ホンマこいつは芸術のことがなんもわからんのだ。期待もしてないけど。
この地獄でテレビ放送のすべてを支配している上級悪魔のくせに、マジでセンスがねえのだ。
「あれは売れるための曲なんだよね。俺が作りたいのは俺のための曲なの」
「売れる曲がつくれる君は天才だ! それの何が悪い、売れる曲だけつくればいい」
ホンマこいつは芸術のことが(以下略)
俺はふかふかの己のしっぽで、ヴォックスのケツをぶっ叩いてやった。
細身のヴォックスは「アウチ!」と叫んで勢いで一回転していた。ちょっと面白い。
「ヴォーックス、ヴォックスちゃァん、君はヴァレンティノのご機嫌を取るのがうまいのに、俺のご機嫌を取るのはいっつも下手だ。ヴァルのことは好きなのに俺のことは好きじゃないんだ、えーんえーん」
泣きまねをしてみせると、ヴォックスはため息をついた。
「どうしてそうなるんだ。それは君の心が複雑で思慮深いからさ。ヴァレンティノが単純すぎるんだ。あいつは銃と的さえ与えておけば大人しくなる」
「それとおんなじで俺にも余暇頂戴よ。よォし、ヴァルに与えた銃と的の数の日数だけ有給もらうね、じゃね~」
「それでは永遠に帰ってこないのと同じだ! 待ちなさい!」
ヴァルにいくつあげてんだよ銃と的。あんま甘やかすなって。
俺はヴォックスのやっている番組のために、いくつか曲をつくったり、SEをおろしたりしているが、ンなもん芸術とは呼べない適当さでやっている。番組は山ほどあって、つくる時間などまともに確保できないからだ。
思いついたもんそのままぽんぽん投げてるだけ。
自分でもマジで駄作だと思うクソ曲ばかり。絶対もう一回聞き直したくない。
だがこのクソ地獄には俺以上のものがつくれる悪魔はいないらしく――それだけでマジで絶望するしかない世界なんだけど――ヴォックスは俺のことを重用している。
「ヴォクシー、俺は君と友達だから協力してるだけで、契約してるわけじゃないし、なんなら社員でもないんだぜ」
「だから幹部の座はいつでも君のために開けてあると言っているだろう」
「ヴォックスちゃんは本当に……」
俺の言いたいことが全く伝わっていない。
それなりに長い付き合いだというのに――えーと3年くらい? まあまあ長いよな、高校生だとしたら入学から卒業まで一緒なわけだし。
というか俺が死んでからまもなくの付き合いなので、これは長いのだ。俺はまだ死んでから3年しか経ってない。
だというのに俺の思いは一切伝わらない。
俺は従業員になりたいわけではない。ヴォックスの友達になりたいのだ。
こいつ、口では俺の友達だというくせに、本音は俺を従業員に、役立つ駒として使いたいというのが見え見えなのだ。
「そうだ、君の音楽番組をつくるというのはどうだ? 裏方に徹するのはもう十分なんじゃないかね、今まですべてを匿名で、顔も出さずにやっているのだから。ついに名声に興味が出たか、ン? いいことだ!」
馬鹿野郎、日本人が顔出ししてえわけねえだろ。
こんなに一緒にいるのに俺のことがなんもわかっとらん!
俺は再び、ふかふかのしっぽでヴォックスをぶっ叩いた。ヴォックスは二回転した。
「このサイコパス野郎! もう来ないからね~!」
ヴォックスってばマジのサイコパス!
能力的には優秀だし人をうまく使うのも最高に上手だけど、人の心を本当には理解できないんだ。
「待つんだ、ゴースト! 君がいないと困る!」
こういうとき嘘でもいいから友情に訴えること言えよな!
困る(金が儲けられなくて)だろそれは、情緒を理解しろカス~!
ヴォックスは電気を操ることができるし、彼自身電気になることもできる。
あらゆる電子機器を通り抜けて瞬間移動じみたことをやってのけるが、俺はそれより上手に逃げられる。
俺は元日本人の悪魔だ。
だからここでは狸の悪魔をやっている。
日本人が思い描く丸っこいデザインはしていないが、腹を叩けばぽんと愉快な音が鳴る。
それから日本人は全員忍者なので、隠れるのが得意だ。
日本人は全員忍者なのだ、いいね?
狸らしく、俺の特技は変身だ。
頭に葉っぱを乗せればどろん、ぶんぶく茶釜、なんにでも化けられる。
道行く悪魔、転がる枯れ木、宙を舞うチラシ、あらゆるものにころころ化けて、あっという間にヴォックスを巻いてみせた。
ほんっと、ヴォックスの馬鹿野郎。
なんで俺そんな野郎と友達になろうとしてんだろうなずっと!
できないことをやろうとするのがおもしれえかなって! 地獄だしさ!
クッソー! やっぱできねえもんはできねえのか!
あのサイコパス野郎、ぜってえ最後には俺のこと恋しがって泣かせてみせるからな!
今では俺が抜けたことによる金銭的穴がデカくて泣くのが関の山だ。
そういう意味では俺、優秀な金稼ぎマシーンになんかなってやるんじゃなかったかな。
でもサイコパスの気を引くためには優秀なとこ見せないと、見向きもされないからなァ……。
そもそも破綻しているのか、サイコパスお友達計画は! クソーッ!
とりあえずいっぱい休んで好きなことして、そっからまた考えることにしよう。