俺は街角でギターをかき鳴らし、多くの悪魔に伝わらないであろう日本語でJPOPを歌っていた。
とりとめもない愛の歌だ。思いついたままに歌っている。
通りがかった悪魔が顔をしかめ、吐き捨てるように罵倒した。
「クッソくだらねえ曲だ!」
「いいね! 俺もそう思ってたところだ!」
俺はギターをかき鳴らしながら歌うように叫んだ。
ヤジを飛ばした男は俺からそんな反応が返ってくると思わなかったのか、虚を突かれた顔をしている。
キスしそうなほど顔を近づけて、俺は次々曲調を変えながら尋ねた。
「君はどんな曲を聞く? クラシック? ロック?」
「ろくでもねえ!」
「エレクトロニカ?」
「本気で言ってんのか?」
「おっとわかった、この
「悪くねえ」
俺はギターを4分の4拍子に変え、カッティング奏法を交えた。
レゲエのリディムに合わせてステップを踏む。
「踊ろうぜ!
「言ってくれるぜ!」
俺が煽れば、男は挑戦的な笑みを浮かべ、俺のギターに合わせて腕を振りステップを踏んだ。
「やるな
「お前もな
俺らが笑っていれば、即興のレゲエを聞きつけたやつらが、いつの間にか楽器を持ち出してきた。
ドラム、ベース、キーボード、トロンボーン、サックス、トランペット。
果てには椅子をボンゴに、酒瓶とスプーンをカウベルに、角材をクラベスに、パーカッション隊の完成だ。
音楽は大きくなり、ほとんどの悪魔が立ち止まった。
立ち止まるだけではつまらない。俺は皆を「踊れよ
この地獄はずっと続いているらしい。
死にたてほやほやの俺とは異なり、何十年、何百年、何千年とこの地獄で暮らしている悪魔もいるのだろう。
レゲエはそんな悪魔からしてみれば新しい音楽だ。俺の感覚にして50年くらい前。
知らない者も多いだろう。だが音楽はその歴史や発祥を知らずとも楽しめる。
このストリートがダンスホールだ。
ダンスする悪魔は数えきれないほどの人数に膨れ上がった。
ここら一帯の道は完全に通行止めだ。
通りがかったやつを誰かが引っ張り込んで、次々にダンスの参加者にしてしまう。なんて愉快なのだろう。
盛り上がっているところに、俺たちの音楽を上回るほどの音量で手拍子――いや、拍手が鳴り響いた。
音の発生源に目を向けると、同じくそちらを見た悪魔たちが驚愕、あるいは恐怖の顔になる。
悪魔たちは自然と場所を開け、一人の悪魔が俺の目の前に歩いてきた。
「素晴らしい!」
踊っていた悪魔たちはそれぞれ肩をすくめたり、白けた顔になって、その場から散り散りになっていった。
何事にも終わりはあるものだ。だからそれを悲しまず、余韻に浸ろう。あ~楽しかった。
俺は道に置いていたギターケースにギターを仕舞おうとして――その中に突っ込まれた金の量に驚いた。
ギターいれる隙間ねえや。しょうがないのでギターを手に持って帰るとして、ギターケースを閉じた。
しかしコインや札束に阻まれて、ケースは閉まりきらなかった。このクソ地獄、随分景気がいいらしい。
しょうがないのでいくつかの札束を取り出して、俺は無理矢理ギターケースを閉めた。
「少しいいかね?」
「ちょうどいいや、これあげる」
話しかけてきた悪魔にぽいぽいと札束を投げ渡して、俺はようやくギターケースを閉めることができた。
ケースを背中に背負って振り返ると、札束を持ってぽかんとしている顔面テレビの悪魔が立っていた。
あらやだかわいい。この地獄に俺くらいかわいいやつがいたなんてな。
「なんか用?」
「素晴らしいショウだった、と褒めようと思ってね」
俺はにっこりした。ケースにしまえないので持ったままだったギターをジャーンと鳴らす。
「ありがと! そのお金、褒めてくれたお礼ってことにするね!」
「理由は後付けか!?」
そうだ。俺は音楽のために音楽をやっている。金のためではない。
なんだ、てっきり勝手に路上で金稼いでいたことを怒って、シャバ代をもらいに来たこの辺を牛耳るゴロツキかと思ったのだが。
とはいえ、俺が渡した金は受け取るようだ。
慣れた手つきで一枚一枚札を数えている様子を見るに、集金を仕事にしてても別におかしくないな。
「金には興味がない? では何に興味があるんだ? 薬も女も、買うには金がかかるだろう」
「音楽。それだけあればいい」
「では、私が君に音楽に集中できる環境を与えよう。あるいは観客、音楽を発表できる会場、素晴らしい楽器、そのすべてをだ!」
「ふむ?」
「この数百倍は稼がせてやろう!」
現状、すでに持て余すほどの金なのだが。
だが、彼の申し出は俺の興味を引くものだった。
「面白そう。君は俺の何が欲しい?」
「すべてさ」
「欲張りだね。悪魔らしいや」
悪魔からの甘言。実に地獄らしいシチュエーションだ。
俺はノーを言えない日本人だが、嫌なことを引き受けないために相手を煙に巻くのは得意。
「俺は何も持ってないから、なにもあげられないよ。からっぽなんだ。ただ音楽だけがここにある。だからあげられるのは音楽だけだ」
「では契約を――」
「しな~い」
「なんだと!?」
意外とノーって言えた。やろうと思えば人間出来るもんだね。
地獄でも自分を変えられるとわかった。これからは時々ノーも言おう。
「あはは! 音楽はあげるよ! ただ、俺ってなんにも欲しくないから! 君からもらうものがないだけさ!」
テレビ画面に狐につままれたような顔が表示されたので、俺は高らかに笑った。
かわいいものをいじめるのは気分がいい。
「いいや、やっぱりほしいものはあった」
「なんだ?」
「君の名前を教えてほしい!」
「……ヴォックスだ」
「そうかヴォックス。スペルはv、o、x? 良い名前だね! ウォクス、ラテン語で音だ! これがなけりゃ
「……俺はそう思えないがな。君の名前は?」
「うふふ。それじゃ、次会う時までに考えとくね」
「は?」
「じゃね~、ヴォックス! またこの場所で!」
「おい、名前は!?」
だから、次会う時までに考えとくって言ったじゃないか。
俺はギターをかき鳴らし、鼻歌を口ずさみながら、このクソ地獄で名乗るに値する自分の名前を考えた。
※skank
不潔なもの。ふしだらな女。スカ(レゲエ・ハードロック)に合わせて踊る。レゲエにおけるカッティング奏法。