どこにも焦点をあわせずに、道を歩く。
できるだけ頭をからっぽにして、何も聞かないようにする。
だがそんな俺の努力もすぐに水の泡になった。
街頭テレビがバチバチと音を立て、ヴォックスの顔になったからだ。
「やあゴースト! こんなところでどうした? ついにあのホテルが嫌になったのか、ん?」
いつもより嬉しそうな笑顔だ。そんなにハズビンホテルが憎らしいのだろうか。あるいはアラスターが。
そんなことないよ、という言葉はすぐに出てこなかった。
なんというか、そう――ぶっちゃけ半分はその通りである。
ホテルのみんなは大好きだ。みんな友達。親友。
でもホテルに押しかけてきている連中は、まだ俺の友達じゃない。
今までの俺ならひとりひとり話しかけて、友達になれないか試していただろう。
なぜだか今回は、そんな気分になれなかった。
ハスクはバーで酒を提供するのに大忙し、ニフティは掃除と客へのファンサービスに忙しく、受付をやっているヴァギー……じゃなかった、今は改名中の彼女の忙しさなど言うまでもない。
チャーリーはエッギーズからこっそりセラピーを受けているし、今はそっとしておくべきだろう。
エンジェルは騒がしいのが得意で、時折客をえっちに煽って楽しませている。
チェリーはホテルの仲間でも客でもないと言い張って、好き勝手楽しそうにしている。
アラスターはよくわからないが、ハズビンホテルで起きている大騒ぎを楽しそうに眺めているので、それなりに機嫌が良さそうだ。
俺だけ、どうしていいかわかっていない。
喧騒をかき消すように作曲や演奏をしていたが、友達が忙しくしているのに手伝わないのはなんだかな、という罪悪感が邪魔をしてうまくいかなかった。
じゃあホテルを手伝えばいいじゃないか、とも思うのだが――今押しかけている彼らが皆ホテルに宿泊すると、騒がしさが増して俺の居心地は余計に悪くなるだろう。
こんな気持ちって初めてだ。
自分がどうしていいか迷うことなど。今まであっただろうか?
きっとあったけれど、今回はちょっと悩みすぎな気がする。
なんだか心がもやもやするのだ。
どうして自分がこんな気分になっているのか、理由が思いつきそうでつかない。
俺がなんの返事もしないでいると、テレビ画面から飛び出してきたヴォックスが俺の肩を抱いた。
「ゴースト、やはりきみの才能は、あんなところで埋もれていいものじゃない」
「んー……」
「きみの素晴らしさを理解できるのはこの私だけだ!」
「あー……」
相変わらずヴォックスの褒め言葉は心に響かない。
ビジネスパートナーとして求められているんだろうなあ、という心地になるだけだ。
ヴォックスのパートナーになるなら、改名してVから始まる名前にしなきゃいけなさそうじゃん。
ヴィンセントとか? かっこいいな、俺には不相応だ。
「きみの曲はいつだって流行の最先端だ!」
「はあ……」
「唯一無二のポテンシャルを、私なら存分に活かしてやれる!」
「そー」
俺が求められたいのは友情なのになあ。
嘘でもいいからその方向性で勧誘できないのだろうか。
俺はチョロいから、それでコロッといってしまうかもしれないのに。
「V社に戻って来てくれて嬉しいぞ、ゴースト!」
「……ん?」
捲し立てるヴォックスの声は、耳から耳へと抜けていって頭に意味として入ってこなかった。
それが逆に心地よかったので、BGMにしてぼんやりしていたら、いつのまにかV社のビルの前にいた。
ヴォックスに肩を組まれたままだったから、ここまで誘導されたらしい。
「さっそく歓迎パーティと行きたいところだが、せっかくだ!」
大層機嫌よく、ヴォックスは両手を打ち鳴らした。
「まずは一緒に仕事をしよう、いつものように!」
ヴォックスのビジネス第一主義は変わりないようだ。
いつのまにか俺、復職する流れになってる? なんで?
俺が適当に聞き流してたときになんか言ってた?
困惑して、弁明の言葉が遅れた。
ヴォックスは電撃の音をさせ、あっという間に目の前から消えた。
どうしようかなあ、と思う間もなく、V社のビルからヴァレンティノとヴェルヴェットが出てきた。
「おいおいマジかゴースト、戻ってきたのか。ついにヴォックスの口説きが成功したってわけ?」
「いや、ぼーっと歩いてたらここにいただけ」
「ならちょっと手伝いなさいよ」
ヴェルヴェットにわき腹をつつかれて、俺は少し考えた。
「んえー、まあいいか。気分転換したいし……」
今はホテルのことを考えたくない。
ヴァレンティノもヴェルヴェットも友人だ。
今は彼らと――あとヴォックスと一緒に遊んでもいいかな。
「お土産買ってくるの忘れちゃった」
「あら、もうここが職場なんだからそんなのいいじゃない。昔の通りで」
「あえー、いやだから、俺戻ってきたわけじゃ……」
ヴァレンティノに肩を組まれ、V社ビルの中へ誘導される。
「でもここにいた頃みたいな雰囲気してるぜ」
「うわーお」
それってあんまりよくないかもね。
俺は自分の顔に手をやって、上から下に撫でた。