「さあ、次のエンジェル・ダストは彼女だ!」
ヴォックスがご機嫌で連れてきたのはひとりの女性悪魔であった。
彼女の顔には僅かな戸惑いと、大きな期待が浮かんでいた。
ヴォックスの甘言に惑わされ、自ら望んでここにやって来たのは明白だ。
スターになりたい悪魔を探すのは簡単らしい。
Veesの皆があっという間に探し出してはプランニングしていくのを、何度も見てきた。
やれやれ、なんだってみんな注目を浴びたがるのだろう。俺には理解できない心理だ。
誰かをプロデュースする、という側であれば多少は理解できる。
人を笑顔にするのは好きだし、人が楽しそうにしているのを見るのが好きだ。
そういうのをV社の仕事のやりがいにしていた時期もあるけれど、それは過去の話だ。
どうせ最後はみんな笑顔じゃなくなる。やれやれ。
ヴォックスは俺に、いつものように仕事をしようと言った。
ならばやることは明確・簡単だ。彼女の曲をつくる。
既に顔を見て声を聞いたから可能である。
俺が彼女だったら、世間に受け入れられ、注目を浴びるためならば、こういう歌を歌う。
そういうメロディはすぐに頭に浮かんだ。
俺がギターケースを開け、楽譜を並べている間に、新しいスターはどんどん作られていった。
ヴェルヴェットに衣装を変えられる。
ヴァレンティノに唇をぷっくりへ変えられる。
好き勝手やられている女を尻目に、俺は椅子の上で足を組んだ。
ギターを持ち、時折メロディを奏でながら、白紙の楽譜にペンを突き立てる。
絶え間なくペンを持つ手を動かしながら、ヴァレンティノに声をかけた。
「ヴァル、適当に扇情的な口説き文句いっぱい言って」
ノータイムで発禁級の単語が返ってきた。
それがどんどん続く。俺はいっそ感心しながら、音符の上にそれらを書き連ねた。
これは仕事だ。いちいちえっちとか言ってられん。
それからヴァレンティノがえっちだと思う言葉は、俺にとっては色々越えすぎていて、いっそ冷静になってしまうのである。
うわー、すげー、そんな言葉、プレイ、知らん、へえー、みたいな。
現実味がなさ過ぎて、ファンタジー小説を読み聞かせられているような気持ちになる。
地獄ならではの過激なプレイは、凄まじすぎて俺の頭の中では上手く再生できないのである。
それから、ヴァルの中ではエロとグロが時折ごっちゃになっている気がする。
突き詰めるとエロいってグロいのかもしれない。哲学的な話だ。
「はいできた」
俺はペンを投げ捨て、楽譜をギター、ベース、ドラム用に分け、V社所属の社員に渡した。
難しくない楽譜だ。テンプレ的でよくあるメロディとリズム。すぐ覚えられるだろう。
またくだらねえ曲をつくってしまった。
俺は今バズろうとしている彼女に化けながら、ギターを肩にひっかけた。
かつてのように退屈だが、不思議と憂鬱は遠くへ行った。
仕事をしていると気がまぎれる、と聞いたことがあるが真実なのかもしれない。
「ライブでやるでしょ」
「もちろんだ!」
ヴォックスについていけば、ライブ会場が既に用意されていた。
ベースとドラムの担当は既に会場にいた。
別にギター要員も用意してくれて構わなかったんだけどな。
俺が弾き語りをやれということだろう。ギターを構え直す。
観客までいる。相変わらずヴォックスの段取りは完璧だ。
マイクの前に立ち、語りかける。
俺が今化けている彼女の性格は知らない。
口調の再現はできないから、俺は適当に喋った。
「能書きはいらないよね。きみらは歌を聞きに来たんだから。聞かせたげる」
それだけ言って、ギターをかき鳴らし、歌い出しのために深く息を吸い込んだ。
俺はゴースト・ライター。
他人になりきり曲をつくって、歌う。
発禁級の単語だろうが、歌になってしまえば俺は恥ずかしげもなく口にできる。
歌だからだ。メロディに乗せればそれは音楽で芸術だ。
一回歌えばそれで充分。
あとはこの録音を流しながら、本物の彼女が口パクで何度もライブをするだろう。
踊ったりもするのかもしれない。振り付けは俺の専門外だ。
衣装はヴェルヴェットが考えて、ダンスはヴァレンティノかな。
歌いきれば、観客は歓声を上げた。
盛り上がってくれて何よりだが、こいつらセンスねえなあとは思う。
そのまま乱交騒ぎに移行しそうだったので、俺は手をひらひら振って、急いでその場を後にした。
舞台袖で変身を解く。
そろそろ0時だ。約束は果たさなければ。
靴が脱げないように気をつけながら、ホテルへの道を急いだ。