同じ穴の狸   作:九条空

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悪魔が住むか蛇が住むか

 ヴォックスから逃げる間で、俺は来たことのない街の端っこの方にたどり着いていた。

 やや閑散としているが、大きな一つの建物がある。

 それなりに立派で、廃墟ではなさそうだ。大きな看板には「ハズビンホテル」とある。

 廃れた(has been)ホテルとはなかなかイカした命名である。捻くれ者が命名したと見た。

 

 今から街の自分の住まいに戻っては、またヴォックスに見つかってごねられまくるというのがわかっている。

 

 どれだけ廃れていようが、ホテルという看板を出しているからには泊まれるんだろうな?

 中に狂人しかいなくとも、そもそも地獄には狂人しかいないので問題がない。

 俺は興味と実益を兼ねて、その扉を開いた。

 

「こんちわ~。誰かいる?」

 

 俺の視界に入ったのは、かわいい猫のバーテンダーと、ソファでだらりと転がる悪魔――後者の方には見覚えがあった。

 

 えっ、エンジェル・ダストだ!

 V社の稼ぎ頭、知らぬ人はいないポルノ男優、セクシーでふわふわな偽胸を持ったえっちな悪魔だ!

 ここってホテルはホテルでもラブのほう!?

 彼は煽情的な笑みを浮かべると、俺に投げキッスをした。

 

「ワーオ、もしかして客? それとも俺とイイコトしに来たの?」

「きゃあー! えっち!」

 

 俺は顔を真っ赤にして、両手で顔を覆った――しかし指の隙間からエンジェルを見ている。

 見たいもんは見たい。でもえっちすぎるので直視はできない。

 俺のリアクションがお気に召したのか、エンジェルは驚愕したあと、にやりと笑って俺の方に体を乗り出してきた。

 

「なァに、超かわいいじゃん! マジで悪魔か疑いたくなるほどウブだね、俺がい・ろ・い・ろ教えてあげよっか?」

「うわァーッ! えっちすぎる!」

 

 えっちビームで脳が焼ける!

 

「どうしたのエンジェル、あら、そちらの方は――」

 

 ちょうどよく奥から赤いタキシードを着た女性がやってきたので、苛烈すぎるえっちさから逃れるために後ろに隠れてしまった。

 自前のもふもふしっぽを前に抱えて怯える。

 3Dで立体的なえっちさにオタクは慣れてないんだが!? 同人誌になって出直してきてくれ!

 

「ハッ。すまないお嬢さん、つい盾にしてしまった。ここは俺が盾にならなきゃいけないとこだよな?」

「まあ!」

 

 非礼を詫びたにもかかわらず、女性は嬉しそうに笑った。

 

「紳士なのね、あなた! 素晴らしいわ!」

「え~? えへへ、そうなろうとは努めてるけど、言われるのははじめてかも~」

 

 率直に褒められたので、俺は照れてしまった。

 

「私、チャーリー! このホテルのオーナーよ、よろしくね」

「俺はゴースト・ライター。ミュージシャン志望の死にたて悪魔さ、ジャーンッ!」

 

 謎空間から取り出したギターを適当に鳴らしてみせる。悪魔にはこのくらいのことは造作もない。

 俺は生前いくらか曲をつくっていたが、すべて打ち込みだったのでギターとかほぼ触っとらんのだ。

 死んでからも勉強できるっていいね。日本人は勤勉なのだ。

 チャーリーは喜色満面といった様子で、俺に言った。

 

「あなたこそ、このホテルにふさわしいわ!」

「えなに~、マスコットでも募集してんの? たしかに俺はふわふわのもこもこだけども」

 

 顔の横でダブルピースして「カワイイ」を体現してやる。

 KAWAIIはそのまま英語になっているほど日本の誇りだぜ。

 すると油断していた俺の背後から、セクシーすぎる声が聞こえた。

 

「かわいいもこもこちゃん、俺が撫でてあげよっかあ?」

「うわあ間に合ってます撫でるならこっちのもこもこにすればいいんじゃないかぁ!?」

「勝手に巻き込むんじゃねえよ」

 

 背後からエンジェルにえっちなおさわりをされそうになったので、全力で走ってバーテンダーの後ろに隠れた。

 ごめん猫ちゃん、俺と同じくらいふわふわだったのでつい盾にしてしまった。

 

「もちろんハスクでもいいよ♡」

「間に合ってる」

 

 猫ちゃんバーテンダーはハスクというらしい。

 とてもかわいらしい見た目だが、声は渋い。

 新参者である俺からすれば大抵の悪魔は全員数十歳以上年上なので、きっと彼もそうなのだろう。

 

「もう、エンジェルったら、お話しさせてちょうだい! ここは贖罪ができるの! 罪を償って悪魔を更生させるホテルなのよ!」

「ワオ、すっげえ! そういうチャンスあったの、地獄に!?」

「前例はないけど、だからってできないと決めつけるには早いわ!」

 

 なんだ、前例はなかったのか。

 俺が知らない間に、誰かが罪を償って天国にいくなんて抜け駆けをされているのかと思った。

 まだ誰もやってないならいいや。俺が第一号になるって言うのも悪くないな。

 

「面白そうだね~。じゃあ俺もクソ曲量産してきたっていう罪を浄化するために入居しようかな。本腰いれてちゃんとした曲作りたくてさ、お仕事辞めてきたとこだったんだよね~今ニートなの~あはは」

「ま……まさか!」

 

 今は家に帰りにくいし、ちょうどいいやと思って言ったのだが、チャーリーは口を両手で覆って、信じられないという顔をしている。

 

「え、俺なんかまずいこと言った? 無職は死すべきってこと? ワオ、イエローモンキーって言われるよりはマシ?」

「本当に入居してくれるの!? やったわ、ホテル始まって以来の入居者よ!」

「俺って入居者が先にいんだけど?」

 

 エンジェルの言葉は大興奮したチャーリーには無視された。

 

「ヴァギー、エンジェル、ハスク、ニフティ、アラスター! 来てちょうだい、新しい入居者の歓迎会をしなくっちゃ! ゴースト、みんなを紹介するわね!」

「もう紹介された気がするが、てかちょっとまて、アラスター?」

 

 最近聞いたばかりの名前が聞こえた気がするな。

 

「お呼びですか?」

「ウワーッ、ラジオの悪魔だ!」

 

 影からズズズと姿を現したのは、先日街ですれ違ったイカした声のアラスターであった。

 俺は慌ててチャーリーの肩を組むようにして引っ張ると、囁いた――囁いているつもりだったが声量は控えられなかった。

 

「ちょっと聞いてないぜ、チャーリー! 彼もここ住んでんの!?」

「ああえっと、アラスターは噂より怖い悪魔じゃないのよ――」

「えっなに、やっぱ噂されるほど有名なの? 俺聞いたことねえんだよ彼のラジオ、どんな感じ!? ああいややっぱいいやネタバレは、自分で聞けるのを楽しみにしておこう、よっしゃアラスター! 俺も今日からここ住む! よろしくな!」

「ハッハッハ、奇遇なこともありますね」

「しょうがねえな~ラジオで流れるくらいになっとくっていうのは間に合わなかったから自己紹介はしとくね~。俺はゴースト・ライター、好きな食い物は醤油と米、血とか喧嘩とかドラッグは好きじゃないよ、あとえっちすぎるのも苦手、よろしくね~」

 

 俺が悪魔らしからぬ健全なことばかり口にしたので、悪魔のみんなはわりと引いている。

 チャーリーだけが「なんてすばらしいの」と感動しているようであった。

 左目にばってんをつけた女性――ヴァギーかニフティのどっちかだろうな――が腕を組んだまま、俺に聞いた。

 

「アンタなんで悪魔なんかやってるの?」

「神はいないから」

 

 ああ、と全員が納得した顔をした。

 しょうがねえだろ、悪魔になってからだって神様見てねえんだから。

 見てないもんは信じられないよ。天使と悪魔はいるけど。

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