Laughing at the blue sky 作:ロリコン先生
session1 便利屋68の主任
「ねぇ、起きなよ」
人生において、大事なのはリズムだ。心臓の鼓動が一定のリズムを刻むように、人生ってのも一定のリズムを刻んで動くべきだ。
起きる時も、眠る時も。歩く時だってそう。リズムとは全てを司る、全にして一の概念。つまりこれを乱すとその一日は最悪な日になる。
「いい加減起きなってば」
たとえ世間的に遅くまで眠ることが悪なのだとしても、それが常日頃からその時間帯に起きるのが常ならば、その時間まで眠るべきだ。なぜならリズムとは一定に保たなきゃならないからだ。
生活リズム、歩くリズム、食べるリズム、呼吸するリズム。何事もすべからくしてリズムが支配する。
そう、決して乱すべきじゃない。
だから。
「あと二時間……」
「はぁ……」
うっすらと開いたまぶたの向こうでは白髪に黒のメッシュが目立つ、パンクな格好をした女、鬼方カヨコが溜息を吐いていた。
「いいから、起きてよ。朝食、食べないの?」
「それは食う」
「なら、早く起きて」
「しょうがねぇなぁ……」
ボクは渋々ながら、ムクリと身体を起こす。指で目を拭って、適当に目ヤニを取ったあとそれをぴんと指で弾いた。「汚い……」などとカヨコが文句を言うが無視だ。
未だに消えぬ睡魔のせいか欠伸が盛大に出る。軽く解すために身体を伸ばし、ようやくベッドから降りた。
「……はぁ、おはよ」
「おはようさん。それで、アイツらは?」
「出掛けてるよ」
「なるほどね」
道理で静かなわけだ。
いったんカヨコと別れて、ボクは顔を洗い、歯を磨いて、軽くシャワーを浴びてからメインオフィスに戻る。
社長が無駄に金を使って借りてる事務所だから、設備だけはいいんだよな、ここ。とはいえ金がないわけじゃない。社長の散財癖が終わってるだけで、ここに来る前の三食カップ麺生活の時よかよっぽど金がある。
依頼料はちゃんと取るからな、あんな馬鹿でも。
「んで飯は」
「特製青椒肉絲」
「いいね」
「サンキュー」と礼を言いつつ、これまた金がかかっていそうな革張りのソファーに腰をかける。
さて朝食な訳だが……。
机の上にあるのは皿が一枚。乗っているのは、椎茸とピーマンとタケノコといったシンプルな炒め物で、それが甘辛いタレに絡めてある。一口食って、二口食って、箸を動かす手を止めた。
いや、いやいやいや。ダメだろ、これ。特製だかなんだか知らねぇが、青椒肉絲を語る上で大事なものが入ってないぜ。
「カヨコさんよ……」
「なに?あ、もしかして美味しくなかった?」
「いや、味は別に悪くねぇんだけどよ……。ただ、肉のねぇ青椒肉絲は……青椒肉絲とは言わねぇんじゃねぇのか」
「……言うよ」
「言わねぇよ!」
「言う。お金がない時は言うんだ」
酷く面倒くさそうに溜息を吐くカヨコに思わず腹が立った。
「何でねぇんだよ。この前の成功報酬はどうしたよ!?」
「……やっぱり忘れてる」
「忘れてるって、何が」
「……はぁ。ちょっと待って」
彼女は溜息を吐いて、デスクでゴソゴソと何かを探す。社長のデスクだな。
「はい、これ」
「なに、これ」
「契約書」
「マメだねぇ……」
うちの社長さんは相変わらず律儀というか真面目な奴だ。
カヨコ曰くの青椒肉絲、やっぱ肉がねぇからただの中華風野菜炒めを口にしながら契約書を見る。書いてあるのを見るに、どうもバイトの契約書のようで、随分な枚数がある。
「……あー」
「やっと思い出した?」
「……夢じゃねぇかと思ってたんだがな。……現実だったか」
そういや社長のバカが雇ってたわ。すげぇ数のバイト。思い出した思い出した。本当は思い出したくなかった。
「やっぱいまいち乗らねぇなぁ……」
「まだ言ってる……」
「向こうさんのこと、多少なりとも調べてから行くべきだと思うがねぇ」
「それは、そうだけど」
「なんならボクが行ってもいいんだが……。まぁ色々あってやる気がでねぇ」
グリグリぐりと未だに残っている中華風青椒肉絲もどきを箸で掻き回しているとカヨコが再び溜息を吐く。そんなに溜息ばっかり吐いてると、幸せが逃げちまうぜ。なんて口を滑らせた暁には割とマジで怒られるのでやめておく。
何せほら、幸せが逃げる原因の一端にボクの仕事ぶりがある訳だからな。触らぬ神に祟りなし、か。
ボクも釣られて溜息を吐くのと、事務所の扉がバン!と乱雑に開けられるのは同時だった。
「帰ったわよ!主任はそろそろ起きてるかしら?」
「おーおー、起きてるぜ。全くうるせぇご帰還だな社長殿。んで何しに行ってたんだ?」
「そりゃあ決まってるでしょ!敵情視察よ」
「ほーん」
青椒肉絲をつつきながら、ボクは帰ってきた社長達の話を聞く姿勢を取った。
肉がないのに食えるあたりカヨコの料理の腕はそれなりの証拠なのだろうが、やっぱタンパク質がねぇと人はダメだろ。食物繊維だけじゃダメなんだよ。
「くっふふふ、でもアルちゃん。アビドスに辿り着くまでに道に迷っちゃったんだよね〜」
「ちょっとムツキ!?それは言わない約束でしょ!?」
「や、やっぱり私が、もう一回一人で、い、行きましょうか!?」
「いいえハルカ。その必要はないわ」
となぜだか得意げな顔をして社長、もとい陸八魔アルはボクを見た。なんだ、そんなすまし顔して。仮に誤魔化そうとしてるんなら、さっき迷ったって話はちゃんと聞いていたから意味はないぜ。
「決めたわ。主任たるあなたに改めて敵情視察をしてもらいましょうか」
「あ〜?……やっぱ乗らねぇなぁ……」
「まだそんなことを言っているの?」
「まぁ、いつも通りだけどねー」
「はぁ……」
「や、やっぱり私が行ってきた方が……」
カヨコとアルは、未だに頑なにやる気ないボクの態度に溜息を吐く。アルは良いとして、カヨコも存外やる気なのがアレだな。やっぱここのメンバーって感じがする。
ムツキは完全にいつも通り。ニマニマと小悪魔のように笑っている。ハルカ?小動物みたいで可愛いだろ。向こう見ずで暴走しがちなのが玉に瑕だけどな。
「特に罪がある訳でもない学校の襲撃ってのはなぁ……。なんつーか、ボクのポリシーに反する気がするんだよ」
「罪がないって決まったわけじゃないでしょ」
「どうだかねぇ……」
「それに今回のクライアントはかなりビッグな人物よ。受けない手はないわ」
それは分かっている。今回の依頼主であるカイザーコーポレーションは、表社会からブラックマーケットなんかに代表される裏社会まで幅広く活動している正真正銘の大企業だ。キヴォトスの企業はだいたいカイザーと頭に着いているとこが多い。
だからこそ、どうにも裏があるようで気に食わねぇな。何しろターゲットがターゲットだからだ。
「あ、じゃあじゃあカヨコちゃんアレ出せば?」
「ああ……そういえばアレがあるか」
カヨコは再び、今度は自分のデスクを漁る。社長のデスクと同じくらい綺麗に整頓されているデスクから何やら1枚のレシートらしきものを取り出した。
「はいこれ」
「なんだよこれ、レシート?」
「……ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部から、請求書が来てるんだけど」
「……」
ボクは青椒肉絲をかっこんだ。
◇
胸ポケットから煙草のパッケージを取り出して、中から一本、煙草を取る。適当にコンビニで買った百円ライターで火をつけて、紫煙をくゆらせた。
オーバーホールに出したばかりで新品も同然に磨きあげられたバイクをちらりと見る。お前のせいでやることになったんだからな。まぁ、お前が綺麗になったんならそれで構わねぇんだがよ。
そんな相棒に背中を預けて、双眼鏡で今回のターゲットの学校を見た。
『アビドス高等学校』
以前までは数千人の生徒が通う、キヴォトス屈指のマンモス校だったらしい。ただ、今はなんでか廃校寸前。所属している生徒も少ないと。
なんでもこの一帯が砂漠になったのは度重なる砂嵐のせいだと以前に聞いた。それでも大オアシスがあったために何とかなっていたが、それも枯れて今はこの有様だ。
しっかし、クライアントはなんでこんな廃校寸前の寂れた高校になんの用があるんだか。
「それにしても変わんねぇな。ここも」
口から漏れ出た呟きは紫煙と共に空へと消えていく。
社長の口から、アビドスの名前が出た時は驚いた。ボクはアビドスを知っていたもんで、驚きの反応を隠すのには苦心した。恐らくバレていないだろうが、今回の襲撃やる気が出ないのもそれが理由だった。
なんせ、彼女二人には多少なりとも世話になったのだ。ボクが何とかバイクを修理するまでの間、ここアビドス高等学校で寝泊まりさせてもらった。
恩を仇で返すようで、さすがのボクと言えども心が痛むね。義理人情に暑いというわけでもないが、飯を食わせてもらったのだから、その恩を忘れるなんてのは俺のポリシーに反する。だから恩知らずになるわけにはいかない。
いかない、んだが……。便利屋としての立場がどうにも厄介だ。
これじゃ板挟みだぜ。ままならねぇな。
「とにかく行きますかね」
とはいえ仕事は仕事。公私混同はしない主義でね。敵情視察と言われたのだから視察しなけりゃ始まらない。
バイクのシートに置いてあった帽子を手に取り頭に被り、持ってきたバケツとブラシを手に取りゃ着ている繋ぎも相まって、今のボクは完全に清掃業者。
まぁ、向こうさんは清掃業者なんて頼んでないのだから直ぐにバレるだろうが、そこはあの目の色が違うチビと会えば何とかなるんじゃねぇか、と淡い期待を抱いておくか。一応知り合いなわけだし。
「お、そうだ。一応清掃業者なわけだから社名考えねぇとな。…………めんどくせぇ、無難にリクハチ清掃会社でいいだろ」
シックスティーエイトよか頭が良さそうだし。
決まったなら早速仕事を始めるとしよう。タバコの吸い殻をその辺に捨てて、火だけは靴底をぐりぐりと押し付けることで消しておく。どの道ここら一帯は砂漠だ、ポイ捨てがどうの環境がどうのこうのなんて言われねぇさ。
ボクはブラシの先にバケツを吊るし、そして柄の部分を方に載っける。そうしてのらりくらりとゆっくりながらも軽い足取りで、口笛を吹きながら少し遠い距離にあるアビドスへ向かうのだった。
アビドス三章が嬉しすぎて書いちまったぜ……。