Laughing at the blue sky 作:ロリコン先生
「久しぶりだね。いそーろーさん」
「見ない間に随分とイメチェンしたみたいだな。一瞬誰だか分からなかったぜ」
「まぁね〜」
そう言ってにへらと笑う目の色の違うチビ。名前は、そう。たしか、星野。ん?苗字だったか?まぁんなことはどうでもいいんだ。
ともあれ彼女はボクが以前世話になった二人のうちの一人だ。
そして会えればいいがと思っていた方である。もう一人のユニ先輩だったかなんだかの乳のでかい女はちょっと天然が入ってるから頼りにするには少し問題があった。
どうやら他のアビドスの生徒。恐らく星野の後輩達はどうやらボクと彼女の関係性は存じ上げていないようだ。そりゃそうか、ボクがここにいたのは彼女たちが入学する前だからな。知らないのも無理はないし、星野が伝えないのだって当然のことだ。
なんせ二週間程度しかいねぇやつのことを伝える理由はないからな。
「ホシノ先輩知り合いなの!?」
「おじさんのちょっとした昔の知り合いでね〜」
ヘラりと笑う星野は目の前の猫耳ちゃんに話しかけるものの、銃口と目は変わらずこちらへと向けたまま。油断も隙もねぇな。
とにかく、威嚇射撃にしろなんにしろ、怖ぇもんは怖ぇんで、何とかしないとだな。
「そういうことだ。なもんで、そいつを下ろしてやくれねぇか」
「それは無理かな」
だが、そう簡単にはいかないらしい。面倒だな。思わず舌打ちをしそうになるが、既のところで抑える。
とはいえ、どうも星野は先輩らしいし判断としては間違っちゃいない。我ながらどう見ても不審人物だからな。
しかしこの状況を切り抜けるには、随分と不利な状況には違いない。向こうには、獣耳の女が一人、乳のでかい女が一人、眼鏡の女が一人。そしてボクと同じヘイローのない人間、恐らくアイツがシャーレの先生だろう。
正しく社畜ですと言った、少しやつれた顔に、メガネ。連邦生徒会のものに似た制服に身を包んだ、成人している男性。
噂によると卓越した指揮によって生徒達を勝利へと導くのだとか。頭数揃えられて、その上優秀な指揮官までいるとなれば状況は芳しくない。
モテモテで辛いぜ。
「おいおい。ボクはどう見ても善良な清掃員だ。そんな寄って集って銃持って来られちゃ、大人しくしてろってのも無理があるだろう?」
「あんな戦い方する清掃員のどこが善良よ!そもそも清掃員でもないし」
「そーそー。少なくともセリカちゃんに手を出してたのは間違いないわけだからね〜。善良とはいかないんじゃないかな。それにあんまりそのカッコ似合ってないよ」
「そうか?でもま、そっちは似合ってるぜ」
「それはどーも」
ダメか。警戒をゆるめる気配が全くない。ま、ここらが潮時かね。
星野だけではなく、後ろのアビドスの生徒達もボクをおいそれと逃がしてはくれないだろう。懐に手榴弾を幾つかは持っているが、それを使っても逃げ切れるかどうか。部の悪い賭けだ。
そういうバットを持たずに野球をするようなリスクの高い行為は嫌いじゃない。だが、それはきっと今じゃないはずだ。ここで命をかける理由はねぇからな。
ボクは手に持っていたモップを彼女達の方へと投げる。一瞬星野と先生以外の全員が動こうとしたが、二人がそれを制した。
「“多分、大丈夫じゃないかな。”」
「でも……」
「“動くならもっと早く動いてたと思うんだ”」
「そうだね〜。それにしても……思ったより、諦めが早いんだね、いそーろーさん?」
「時には諦めの早さが肝心ってな。降参だ、降参。連行するなりなんなりご自由に」
ボクは両手を広げてヘラりと笑った。
呆気ない幕引きに、セリカちゃん、と呼ばれていた少女はポカンと口を開けて間抜けな表情を浮かべるのだった。
◇
こうして大人しく拘束されたボクは、アビドス廃校対策委員会と、安っぽいコピー用紙で書かれた紙が、表札に貼られた部屋に連れてこられた。
壁側に置かれたホワイトボードや、対面するように並べられた長机。察するに会議室、あるいはここが彼女達の主な活動部屋なのだろう。
僕はと言うと、相変わらず星野──本当はホシノらしいが──彼女に銃口を向けられつつ、手と足を椅子に縛りつけられて座らされていた。
「やだねぇ。ヘイローのない非力な人間にこの仕打ちとは……」
「少しだけ心が痛みますが……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。おじさんこの人が結構やる人だって知ってるからね〜。これくらいしないと簡単に逃げられちゃうからさ」
「ん、先輩が言うんだから間違いなく必要」
「逃げられても困りますからね〜」
「ほんと、油断も隙もねぇな」
どうやら罪悪感を抱いてるのはメガネちゃんだけで、他のメンバーは特にそうでもないだ。セリカちゃんなんか勝ち誇ってねぇか。
しっかし、これじゃ頭を掻くことすら出来ねぇな。それと便利屋の方にはどうやって報告したものか。まぁ、なるようになるか。
「“ホシノ”」
「ん?どしたの先生?」
「“やりすぎないでね”」
そう言って彼は一歩後ろへと下がった。どうやらあくまで彼女らのやり方を尊重し見守るらしい。
「うへ〜。おじさんも加減くらいはわかってるよ〜……。それじゃはじめよっか」
「お手柔らかにな」
ヘラりと笑えば、ホシノもにへらと笑い返す。ここだけ見れば、平和そのものもだ。
しかしボクが縛られていて、銃口を突きつけられているとなれば話は別ってね。
「名前は……おじさんは知ってるけど一応聞いておこうかな」
「あ〜、名前、ね。そうだな、どうしようか」
「どうしようかって……名前ないの?」
「いやある」
「あるんですね……」
困ったような顔をして眉を下げるメガネちゃん。この娘はセリカちゃんともども反応が素直でやりやすい。
逆にあっちの無表情獣耳っ娘と、乳のでかいホワンとした女は、言葉でどうこうするのは難しいだろうな。
「言い辛いみたいなら代わりにおじさんが言おっか〜?」
「待て待て待て。たっく、しょうがねぇなぁ……」
「ほんとに拘束されてるつもりある……?」
呆れたような目を向けられる中、僕は窓の外を向いて、ぽつりと呟く。
「……青井 ソラ」
「へ?」
「青井 ソラだ。今はそれで通ってる」
「いやその場で考えた名前でしょ!?」
「窓の外見てましたもんね〜」
「絶対に偽名」
「さすがに騙されません!」
総ツッコミを喰らった。
なんでだよ。
「なんだなんだ。そんなにボクの名前が可笑しいか?」
「ん、その場しのぎの嘘に見える」
「いやいや、これがマジなんだ。だろ?」
「……信じられないけどホントなんだよねぇ」
「“青井 ソラ……”」
誰も彼もが懐疑の籠った目を向けてくるが、ボクとしては本当にこれが名前なので弁解のしようがない。
ま、勿論これは偽名なのは確かだ。
ただ、ボクの本当の名前はここではなんの意味も効力も持たない。ただ向こうの世界においてボク個人を区別するものでしかなく、そしてそれはココキヴォトスにおいてはボク一人しか知らない。なら、そんなものはないも同然だ。
たとえ親から貰った名前だろうと。ここと、あっちは違うのだ。
ともあれ、キヴォトスでのボクは『蒼井ソラ』だ。それ以上でもそれ以下でもねぇのさ。
「“聞いたことがあるような……ないような”」
「……先生、何か知ってるの?」
先生のつぶやきに一番近くにいた、狼耳の少女が反応する。
「“前にどこかでその名前を聞いたことがあってね”」
「先生、あんたはミレニアムに行ったことがあるか?」
「“あるよ”」
「なら、きっとそこで聞いたんだろ。あそこにいたのが一番長い」
「“なるほど”」
彼は納得すると、また口を閉ざした。
ホシノにまた喋るのを譲ったのだろう。
「それじゃ、なんでアビドスに来たのかな?」
「そりゃあ……清掃のボランティアさ」
「いや、無理があるから……」
「そうか?」
「そうよ!」
カラカラと笑えば、ボウッ!と火が着くように声を荒らげるセリカちゃん。弄りがいがあって楽しいねぇ。
とはいえ、目の前のチビは冗談は通じないらしい。弄りがいがなくて悲しいねぇ。
「そういうのはいいからさ〜……。本当の目的、教えてよ」
カチャリと、銃が再度しっかり構えられる音がする。
「……敵情視察さ」
瞬間、ピンと張り詰めたような雰囲気がこの部屋を覆った。
ボクは乾燥した唇をペロリと舐めた。