傍に立つ君は完璧で究極のアイドル   作:カミキヒカラナイ

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 個人的な話になりますが、作者は単行本派であるため、先日ようやく最新巻を購入し第百四十一話まで読了いたしました。

 それに関して少し語りたいのですが、多少のネタバレを含むため後書きの方に書きたいと思います。
 それに伴い、いつもの後書きを使った落書きは本文中に挿入したいと思います。

 つまり、いつもと違って後書きネタにも“ここすき”ができるということ……!
 スミカ・ユーティライネンです(・ω・)ノシ



14.猛特訓

「特別コーチっていうけど、ぶっちゃけシオたんってどれぐらい踊れるの?」

 

 切っ掛けはMEM(メム)ちょの一言だった。

 さもありなん。三人を鍛えるとは言うが、紫音(シオン)には振り付け師の資格もなければ歌手やダンサーとしての実績もない。そんな胡乱な経歴の人物がちゃんとした指導を行えるのか、不安に思うのは仕方のないことだ。

 

 いくら社長とアクアが認めていようが、実際に自分の目で見なければ中々信用できるものではないだろう。故に紫音は気分を害した様子もなく、当然の疑問であると微笑んだ。

 

「じゃあ一曲踊ってみせるから、それを見て判断してもらおうかな」

 

 そう言ったと同時、先程まで三人が振り付けの練習の際に使用していたCDプレーヤーが独りでに作動する。何事かと目を剥く彼女らを他所に、紫音は流れるように出だしのスタンスをとった。

 流れ出したのは『サインはB』。B小町の代表曲であり、つい先程まで三人が踊っていた楽曲である。耳慣れたイントロと共に、紫音は朗々と歌を紡ぎ出した。

 

「ア・ナ・タのアイドル──」

 

 ──それはまさしく、圧巻のパフォーマンスだった。

 

 中性的なコントラルトは少しトーンを上げることで女性らしい高音を表現する。感情の籠った美麗な歌声は果てなどないかのように伸びやかにスタジオに響き渡り、聴衆の耳朶を震わせた。

 

 ダンスのキレも凄まじい。体重などまるで感じさせない軽やかなステップ。ターンに際して微塵もブレない体幹。振り上げられる腕は爪の先に至るまで隈なく神経を張り巡らせているかのように隙がない。躍動する全身から放たれる圧倒的な表現力は筆舌に尽くし難く、理想的な緊張と解緊のリズムは見る者を魅了する。

 

 何より三人の目を奪ったのは、踊り出した瞬間から加速度的に圧力を増していく瞳の輝きだった。満天の星と、その中心で光輝を放つ明星のきらめきを凝縮したかのような眼差しから目が離せない。縮退星(コラプサー)の如き引力で見る者の視線を強制的に吸い寄せる紫紺の瞳は時を追うごとにその光量を増大させていく。それは彼の持つ独特の存在感と合わさり、魔性と言うべき鮮烈なオーラとなって三人の視線を釘付けにした。

 

 その様は、まるで部屋全体が彼のオーラで満たされ、空間そのものを躍動させているかのようだった。これと比べれば自分達の歌とダンスなどお遊戯会レベルに過ぎないと。紫音のパフォーマンスを目の当たりにした三人は、恥じ入るように同様の思いを胸に抱いた。

 

「──こんなものかな。どう? 我ながら悪くない出来だと思うんだけど」

 

 踊り終えた紫音は何でもないことのようにそう言った。僅かに息を弾ませることすらなく、額には汗の一滴さえも浮かんではいない。

 まだ余韻が残っているのか、その表情は普段の彼のものとは掛け離れた、溢れんばかりの輝きに満ちた花開くような笑顔だった。その笑顔一つをとっても三人とはアイドルとしての完成度に天と地の開きがある。星のきらめきを人の形にしたらこうなるだろうと言わんばかりの圧倒的なオーラ。もしトップアイドルというものがいるのならば、それはきっと彼のような人物に違いない。そう確信させる程に、たった今眼前で披露されたパフォーマンスは隔絶していた。

 

 “「アイ」の再来”──そんな言葉が彼女らの脳裏を過ぎる。ミヤコもアクアも、二人揃って妙に熱に浮かされたような表情をしていた理由がようやく腑に落ちた。確かにこれ程のものを目の当たりにすれば価値観の一つや二つ容易に狂うだろう。

 

「す──すごいすごい! 紫音さん歌もダンスもメチャクチャ上手い! 本当にマ……アイみたいだった!」

 

 興奮に頬を染め、ルビーは捲し立てるように歓声を上げた。

 自他ともに認めるドルオタであるルビーの目から見ても、紫音の歌と踊りは非の打ち所がなかった。一言“完璧”であると評して差し支えない。限りなく究極に近いそのパフォーマンスは、まさしく彼女の実母、伝説的アイドル「アイ」そのものと言っても過言ではなかった。

 

「こんな凄いのにプロじゃないなんて信じられない! デビューしたら教えて! 紫音さんのファーストステージ、絶対応援に行くから!」

「ありがとう、ルビーさん。ステージに立つかは分からないけど、その時が来たらよろしくね」

 

 キラキラと輝く紅玉のような美しい瞳をより一層輝かせ、ルビーは憧憬の眼差しで紫音を見上げた。

 しかしルビーは当然のように紫音がアイドルないしそれに類するパフォーマーとしてデビューするものと思い込んでいるが、残念ながら当の本人は霊能力者などという如何わしい存在として自身を売り込もうと考えているのだった。

 

「ヤバい、カリスマ舐めてた……! モデルだけじゃなくてアイドルとしても超一流だなんて、天はシオたんに二物も三物も与えた……ってコト!?」

 

 わなわなと震えながらそんなことを呟くMEMちょ。

 ルビーほど露骨ではないが、MEMちょもまたかなり気合いの入ったB小町のファンである。映像だけでなく実際に現地に足を運び、生でアイのステージを目にしたこともあるMEMちょだが、その彼女をして紫音のパフォーマンスはアイのそれと遜色ないものに映った。

 「今ガチ」の撮影を共にする中で、シオンというタレントの才能は理解したつもりでいた。だが、それすらまだ認識不足であったのだ。MEMちょは尊敬の念と、それを上回る畏怖を以て底のない才能を秘めた原石の少年を恐々と見つめるのだった。

 

 そして有馬(ありま)かなは──つかつかと踵を鳴らして歩み寄ると、がっしと紫音の手を掴んだ。赤髪の少女は穴が開くほどの視線の圧力で困惑する少年を凝視し、真剣な表情で口を開いた。

 

「シオンさん」

「は、はい?」

「B小町のセンターやりませんか?」

「やらないよ!?」

 

 かなが紫音に向けていたのは、都合の良い生贄を見る目だった。

 抜群のダンスと歌唱力、女の子みたいな顔立ち、他を圧倒するオーラとカリスマ。まさにアイドルをやるために生まれてきたかのような才能だ。自分などよりよほどセンターに向いている。かなは己以外の誰かにセンターポジションを押し付けるのに必死だった。

 

「ま、まあ、冗談はこのぐらいにして……」

「冗談じゃないですけど」

「このぐらいにして!」

 

 なおも執念深く食い下がろうとするかなの手をするりと振り解き、紫音は咳払いをして場を仕切り直す。

 一度目を閉じ、開く。次の瞬間、星の光を湛えた瞳から物理的な圧力さえ伴っていそうな鋭い眼光が放たれる。三人はまるで獅子に睨まれた兎のように震え上がり、反射的に背筋を伸ばし直立した。

 

「納得してもらえたところで、早速明日から特訓を開始します。本番まであと一ヶ月もない。時間が限られている以上、それなりにスパルタとなることは覚悟してもらいます。よろしいですね?」

『はい!』

 

 畏まった口調でそう告げる紫音に、三人は声を揃えて肯定を返す。

 ──返してしまった。

 

「良い返事です。ともすれば弱音を吐くこともあるでしょう。泣きたくなることもあるかもしれません。しかし何があろうと僕はあなた達を見捨てません。必ずや皆をJIFの舞台まで導きましょう。故に、あなた達も僕を信じてついてきて下さい。どれだけ訓練が厳しく過酷であろうとも……良いですね?」

『はい!』

「よろしい。それでは明朝七時に事務所前に集合! まずはアイドルに必要不可欠な基礎体力の増強から始めます。優れたパフォーマンスは優れた体力から! 手始めに坂路往復五十本、最終的には往復百本を目指して特訓するので、そのつもりで」

『はい! ……はい?』

 

 三人が違和感に気付いた時にはもう遅かった。

 かくして、地獄の特訓が幕を開ける──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前は星野(ほしの)ルビー。

 私には友達にも言えない秘密が二つある。

 

 母親が熱狂的信者のストーカーに刺殺された伝説的アイドル「アイ」であること。

 そしてもう一つ、私には前世の記憶があることだ。

 

 かつて「天童寺(てんどうじ)さりな」という少女であった私は生まれた時から身体が弱く、人生の殆どを病院で過ごした。

 そんな私の唯一の楽しみはドルオタの活動くらいで、特にアイドルのアイにのめり込んだ。命の灯火が消える最期の瞬間まで、私の頭の中ではアイの歌声が響いていた。

 

 だけど次に目を覚ました時、私はアイの子供として生まれ変わっていて──

 

 アイ……ママが死んでしまうまでの数年間は私にとっての宝物だった。

 そして誓った。私はママみたいになる。いつか誰かを勇気づけられるような、カッコよくてカワイくて素敵なアイドルになるのだと。

 かつての私がそうだったように、誰かにとっての道標となるような、一番星みたいにキラキラと輝く存在になりたい。そのためなら何でもやってみせる、どんな努力だって惜しまない……!

 

 ──そう、信じていたのだけど。

 

 

 

「ペース落ちてる! 辛い時ほど正しいフォームを意識して! あと一往復で二十五本目! まだまだ折り返し、こんなところでヘバってる暇はありませんよ!」

『ひぃ〜〜〜っ!?』

 

 

 拝啓、天国のママ。

 アイドルになるためならどんな困難だって乗り越えてみせる。そう信じていた私ですが──

 

 

 ごめんマヂ無理。ちょっと心が折れそうです。

 

 

「はいお疲れ様。これで往復二十五本、本日のノルマの半分を達成しました」

「もうダメ死んじゃう……」

「ぎぶ……ぎぶ……」

「ウーマンリブ……」

 

 郊外の山道をダッシュで登っては降りるを繰り返すこと二十五度。五本走るごとに三分の休憩があるにしろ、坂道であることを加味すればその総運動量は下手をすればフルマラソンにも匹敵するんじゃないだろうか。

 当然の帰結として、私達は見るも無惨な有様となって地面に転がっていた。生まれたての子鹿のように足を震わせ、滝のような汗を全身から流し、陸に打ち上げられた魚のように酸素を求めて喘ぐ様は率直に言って地獄絵図だった。

 

 確かにスパルタで行くとは言っていたが、言葉の綾だと楽観していたことは否めない。というか誰が本当に坂路を五十本も走らせるだなんて思うだろうか。いつかのぴえヨンブートキャンプが可愛く思えるレベルだ。

 

(……っていうか、私達と一緒に走ってるはずなのに何でシオンさんは息切れしてないの!? 何でこの炎天下で汗ひとつかいてないの!? おかしくない!?)

 

 何でもないような顔でペットボトルの水を呷るシオンさんの表情はあくまで涼しげだった。陽光に照らされ黒紫色にきらめく髪はサラサラと風にそよいでおり、きめ細かな肌は汗ばむこともなく透明感を保っている。

 汗みずくで地面に倒れ伏す私達とは大違いだ。これだけの運動をこなして顔色一つ変えない様は、まるで別世界の住人を見ているかのような心地にさせられる。

 

「アイドルは歌唱を極めた歌手ではなく、舞踊を極めたダンサーでもない。それぞれの分野におけるプロフェッショナルとは異なり、悪く言えばどっちつかずで中途半端な存在です。歌とダンス、これらをアイのように高水準で両立するには相当な練度を要します。ともすればどちらか片方を極めるよりよほど難しい……ここまでは分かりますね?」

『はいぃ……』

「では、中途半端にならないためには何が必要か。そう、まず何よりも優れた体力。そして優れた肺活量です」

 

 歌もダンスも全身運動であり、いずれも著しく体力を消耗する。それを同時に行おうと言うのだから、費やされる体力の量は想像に難くない。

 そして消耗した体力はパフォーマンスの低下を招く。加えて、動きつつも声を変化させずに歌うというのは相当に難しい。音程を外さないのは大前提として、更に声量を一定に保ちつつ激しく動くというのは想像を絶する負担を肉体に強いるのだ、と。

 

「故にアイドルに必要なのは一に体力、二に体力! 三、四で肺活量及び腹式呼吸並びに発声! それ以外の小技は後からついてきます。基礎なくして応用なし。あなた達一番のネックである音痴も基礎を鍛えることで十分に改善が見込めるでしょう」

 

 シオンさんが言っていることは一々尤もだ。理屈も通っている。トップアイドルだったママでさえステージの後は汗だくで息を弾ませていたのだから、アイドルが相当な体力仕事であることは簡単に想像できる。

 だが、だからと言ってこれはいくら何でもスパルタすぎる。JIFまで時間がないことは分かっているが、こんなフルマラソンレベルの(しご)きを毎日続けていれば早晩私達は潰れてしまうだろう……そう、普通ならば。

 

「それではマッサージを開始します。まずは今にも過呼吸で死にそうなMEMちょさんから」

「ぴぃ!?」

 

 名指しされたMEMちょがビクリと震え上がる。

 しかし私は見逃さなかった。怯えたようなMEMちょの表情に、確かに期待の色が過ぎったのを。

 

 とはいえ、それは私も、先輩だって同じく人のことは言えないだろう。

 何故なら、このマッサージこそが息も絶え絶えな私達の唯一の生命線だからだ。

 

 シオンさんは仰向けに倒れていたMEMちょを起こし座らせると、背中……ちょうど心臓がある位置に手を当て指圧を加えた。

 効果は劇的だった。ゼイゼイと息を荒げていたMEMちょの呼吸が、シオンさんが手を当てた瞬間にスッと正常なものに戻ったのである。

 

「ほあぁぁぁぁ〜〜〜……!」

「外邪の滞留を体内から除きます。慎重に経絡(けいらく)をなぞる必要があるのでみだりに動かないように。ズレると破裂しますよ」

「こわい」

 

 流石に破裂するのは冗談だと思うが、ともかく私達がこのスパルタを超えたスパルタ特訓を既に数日に渡り継続できている秘訣がこれだった。

 自称霊能力者であるシオンさんの“霊能マッサージ”。最初にこれを聞いた時はあまりの胡散臭さに先輩などチベスナ顔になっていたものだが、今となってはその効果の程は疑いようがない。シオンさんに触れられた瞬間、嘘みたいに身体に溜まった疲労が抜けていくのだから。

 

 マッサージとは言うが、一般的なイメージとは違ってツボを強く押したり揉みほぐしたりするようなことはしない。指先で軽く身体の中心点を押し、そのまま手足などの末端へ向かってなぞるように指を動かすだけだ。

 傍目にはただ指先で撫でているだけに映るだろうけれど、これが本当に冗談みたいに効く。酸素不足で過呼吸状態だろうが何だろうが一瞬で呼吸が楽になり、全身はたっぷり一晩眠った直後のようにリラックスする。しかも美容や健康にも効果があるらしく、マッサージを受けるようになってから髪や肌のツヤは明らかに数段増しに良くなったし、それまで気になっていた寝不足などの細々とした不調なんかもすっかり改善された。

 

 そして何よりめちゃくちゃ気持ちが良い。マタタビを嗅いだ猫みたいな顔でぐでんぐでんになってるMEMちょがいい例だ。シオンさんに触れられたところからじんわりと広がっていく不思議な温かさは、えも言われぬ気持ち良さと多幸感で身体中を満たしてくれる。私も一度だけミヤコさんに連れられてお高いエステを経験させてもらったことがあるけれど、失礼ながらシオンさんのマッサージで得られるリラックス効果はその比ではなかった。

 その心地良さたるや、まるで幼い頃、大好きだったママの胸に抱かれた時のようで──

 

「次、ルビーさん」

「は、はいっ!」

 

 気付けば、すっかり仕上がったMEMちょが赤い顔で地面にうつ伏せに倒れていた。

 シオンさんのマッサージの唯一の欠点は、指でなぞるだけなためすぐに終わってしまうことだった。あくまで次のトレーニングのためのケアに過ぎないため仕方がないのだが、もっと時間をかけて堪能したいというのが正直なところだ。

 何故ならこの一瞬の天国のすぐ後に、また急勾配を登り降りする頭のおかしいスパルタトレーニング地獄に叩き落とされることが分かっているからである。正直言って天国と地獄の比率が釣り合っていない。

 

 しかし、疲労の極致にある身体は正直だった。一刻も早くこの鉛のような疲労を取り除こうと、この数日ですっかり躾られてしまった私は反射的にシオンさんの施術を受け入れる体勢を整えてしまう。

 

「それでは失礼します」

「あっ……」

 

 触れられた瞬間に広がる圧倒的な多幸感に思わず甘い声を漏らしてしまう。同時に辛かった呼吸が元通りになり、みるみるうちに身体中に気力が漲っていくのが感じられた。

 まるで心臓から全身に送り込まれる血流に乗ってエネルギーが身体中を巡っているかのようだった。そしてシオンさんの指が背中の中心から肩に向かい、やがて腕を通って指先に達した時、既に私の体力は完全に元通りになっていた。

 

「次、足を伸ばして」

「ふぁい」

 

 微妙に呂律の回っていない口で何とか返事をし、言われた通りに足を伸ばす。するとシオンさんは今度は正面に回り、両足の外側を指先で押した。

 腿から足先に向かって動く指先から流れ込む不思議な温かさが、あっという間に過酷な坂道ダッシュで酷使した足から疲労を押し流していく。そのあまりの心地良さに、気付けば私はすっかり夢見心地になっていた。

 

 ああ、近くで見ると本当にシオンさんのキラキラした目がママによく似ている。顔立ちは違うのに、整いすぎる程に整った顔と太陽みたいに輝くオーラが、どうしようもなく在りし日のアイを思い出させてやまなかった。

 

「ママぁ……」

「……大丈夫、ルビーさんならきっと素敵なアイドルになれるよ。あなたには無限の可能性がある。いつか必ず憧れに追いつけるよ、絶対に」

 

 甘い言葉が耳朶(じだ)を震わす。

 コーチとして厳しい態度で接していたシオンさんだったが、その一瞬だけ表情を緩めて微笑んだ。その全てを包み込むような微笑みがますますママを思い出させて、気付けば私の目尻には小さく涙が滲んでいた。

 

 ……ママ、私頑張るよ。トレーニングは厳しいけど、確かに自分が成長している実感がある。だから諦めずに頑張って、きっとママみたいな素敵なアイドルになってみせる。

 だから見守っていて下さい。私は絶対に、夢を諦めないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はぁいルビー♡♡♡ ママはここでちゅよ〜♡♡♡ ずっと見守ってるからね♡♡♡』

 

 デロッデロに蕩けた顔で捉えようによっては怖いことを言うアイ。そんな彼女は現在、交尾中の蛇みたいな挙動でルビーに纏わりつき、その全身を執拗に撫で回していた。

 悪霊かな?

 

『失礼な! これはれっきとした医療行為! こうやって触ってシオンの生命エネルギーを送り込んで、ルビーを元気にさせてあげてるだけなんだから! 合法!』

 

 確かにその通りだが、何と言うか手つきがいやらしい。本当にただ触れるだけで良いのだから、そのように全身を使って絡みつく必要はないはずなのだが。

 ちなみに現在進行形でアイからセクハラ(?)を受けているルビーはというと、すっかりリラックスした様子で寝入ってしまっている。その表情はとても安らかだ。譫言(うわごと)のようにアイの名を呼んでいたし、良い夢でも見ているのかもしれない。

 

 先ほどアイが言っていたように、僕が今行っているのはマッサージではない。霊能マッサージなどという胡散臭さ百パーセントの名前はただの方便で、これの目的は僕の生命エネルギー(仮名)を分け与えることで対象の体力を回復させることにある。

 とはいえ、残念ながら僕にはこのエネルギーを操る手段がない。センスがないのか知らないが、その存在を知覚しているにもかかわらず、僕自身の意思では僅かに操作することもかなわなかった。

 

 代わりにその役割を担ってくれたのがアイだった。彼女は僕から溢れ出た生命エネルギーを摂取することで存在を保っている。そのためかアイはある程度これに干渉することができるようで、中継機のようにして第三者に僕の生命エネルギーを送り込むことが可能だったのだ。

 

 それによって可能となったのがこの無茶とも言えるトレーニングである。流石の僕もただの人間が坂路を百往復もできるとは思っていない。しかしこうして外から生命力を補充できるなら話は別だ。

 例えるなら生命エネルギーとは機械で言うところの燃料である。本来ならば食事や休息などの尋常な生命活動によってしか回復できないこれをアイを経由して送り込むことで、彼女らは無限に等しい体力を得ることができるのだ。

 

 これによって実現する、本来ならば不可能な量と密度のトレーニング。少なくとも三日かけて行うべき鍛錬を一日にまで短縮できるであろうことは確実だ。これならば本来の想定よりも遥かに短い期間で彼女らに圧倒的に不足していた基礎能力を鍛えることができ、それによって生まれた猶予は振り付けなどのパフォーマンスの鍛錬に充てることができる。

 加えて、副次的な効果として膨大な量の生命力は彼女らの美容や健康にもプラスの影響を与えていた。僕からすれば雫の一滴にも満たない程度の量であっても、常人にとっては埒外のエネルギー量となる。それはトレーニングによって失われた体力の回復だけには留まらず、寝不足や肌荒れ等のバッドコンディションの改善、新陳代謝の増強といった形で如実に身体に現れていた。

 

『多分私がどんどん強くなっていってるのと原理は同じだろうけど、すごいよねー。見てよこのルビーのお肌! プルップルでツルッツルのタマゴ肌! 生まれたばかりの赤ちゃんだった頃と変わらない……いやそれ以上の肌ツヤだよ! シオンも触ってみなよ』

 

 触りません。マッサージの体を保つために軽く触れてはいるが、本来ならば僕自身は彼女らに触れる必要は一切ないのだ。なのに不必要にその身に触れるような真似をするわけにはいかない。セクハラで訴えられたくはないのでね。

 

「さて、お待たせしました有馬さん」

「あ、ありがたいんだけど……ちょっと提案が……」

「……聞きましょう」

「メムもルビーも死ぬほど疲れてるみたいだし、もうしばらく起こさないであげた方がいいんじゃないかなー……なんて……」

「問題ありません。二人ともリラックスのしすぎで寝入ってるだけで、体力は全快しているはずですから。有馬さんの施術が終わり次第叩き起こします」

「……………はい」

 

 そういうことじゃねぇんだよ、と言わんばかりの苦虫を百匹ぐらい噛み潰したような顔をする有馬さん。

 

 気持ちは分かる。順番待ちで最後になった有馬さんからすれば、回復したと同時に即座にトレーニング再開となるため休んだ気がしないのだろう。

 しかしこれもJIFでの華々しい成功のため。恨むならば三人の中で一番体力があった自分自身の優秀さを恨んでほしい。MEMちょさんとか早く回復させないと本当に酸欠でぶっ倒れかねなかったからね。

 

「安心して下さい。このままのペースで行けば半月と待たずして軽々と百往復ぐらいこなせるようになるでしょう。そうすれば後はダンスの振り付けやフォーメーションなどの細かい調整を繰り返すことになります。辛いのは今だけです」

「この急勾配を百往復ってそれもう人間技じゃないから! なに!? コーチは私達をビックリ人間にでもしたいの!?」

「良いですね。世界一体力のあるアイドル。ギネスにでも挑戦します?」

「しないわよ!?」

「まあそれは冗談として、本当に体力はあるに越したことはありませんから。いずれ名が売れるようになれば全国ツアーなども行うようになるでしょう。短い期間で幾度もステージをこなすとなれば、蓄積される疲労は並大抵のものではありません。時間に余裕がある下積みの内に基礎を完成させておくのがベストなんです」

『ツアーはほんっとに体力使うからねぇ。移動だけでもヘトヘトだったよ〜』

 

 アイもこう言っている。というか僕が彼女達に送っているアドバイスは全てアイからの受け売りだった。コーチ役もアイがルビーのレッスンを見たいと言うから引き受けただけで、僕自身はこれといってアイドル業に造詣が深いというわけではないのだ。

 まあ、知らぬとはいえかつての伝説的アイドル本人から間接的に教示を受けられるわけだから、三人にとっても悪い話ではないだろう。生命力の譲渡もアイという中継役ありきとはいえ僕にしかできないことだし、全く役に立っていないというわけではないはずだ。

 

 それとこうまでして執拗に三人を鍛えるのには、ただ体力を付けさせるという以外にも理由があった。

 これに関しては完全に私情によるものなのであまり大っぴらには口にできないが、僕は彼女達三人にアイと同じ末路を辿ってほしくないのだ。

 

 新生B小町の三人……特にアイの実子であるルビーにはアイドルとしての確かな才能がある。それがアイと同等のものかまではまだ分からないが、それに迫るものであることは確かだ。

 既にその片鱗は随所に見えている。ならばそう遠くない未来、新生B小町はかつてのアイ率いる旧B小町と同じステージに至る可能性は十分にあるだろう。

 

 であればどうしてもあの可能性がついて回る。そう、あのアイをも死に至らしめた熱狂的ファンによるストーカー被害である。

 アイドルにはよくある話だと言えばそれまでだが、こうしてすぐ隣に被害者の霊がいる以上は無視できない。僕がボディーガードのように常に張り付いておけるのならともかく、現実にそんなことは不可能である以上、次善の策を講じる必要がある。

 

 それがこのスパルタを超えたスパルタトレーニング。アイとの話し合いの末に辿り着いた答え。

 即ち「新生B小町魔改造計画」であった。

 

 簡単に言うと僕の生命エネルギーを利用した猛特訓により三人の身体能力を底上げし、物理的にストーカーに負けない肉体を作り上げてしまおうという作戦である。

 とにかく走らせているのはいざと言う時に迫る危険から確実に逃げ切れる脚力と持久力を作るため。そして事ある毎に生命エネルギーを注ぎ込んでいるのは、逃げることすらできない状況──例えばアイの時のように自宅に押し入られ、逃げ場のない状況に置かれた時──に陥った際、考え得る最悪の状態から生還できるだけの生命力を獲得させるためだった。

 

「というわけなので、さっさと霊能マッサージを受け入れなさい。時間も押していますので、終わり次第すぐに残り半分のノルマをこなしてもらいます。それが終わればいつも通り、最後に発声練習ののち解散です」

「ま、待って!」

「待ったなし! これもJIFのため……!」

「いやそうじゃなくて! そ、その…………えっと…………」

 

 何だろう。有馬さんが地面に座り込んだまま妙にもじもじしている。早いところ疲労を抜いた方が楽になれると思うのだが。

 

「その────……さ、先にお手洗い行ってきていい? このままリラックスすると、その……色々と限界と申しますか……」

「……恥ずかしいのは分かりますけど、そういうのはもう少し早く言いません?」

「う、うるさいうるさい! しょうがないじゃない!? こんだけ暑い中で走りまくってりゃ喉はめちゃくちゃ渇く! 喉が渇けば水が飲みたくなる! 水を飲めば出るもんは出る! 生理現象なんだからしょうがないでしょお!?」

 

 うん、まあ確かにしょうがないけれども。それならそうと早く言ってくれれば一つ前の往復の時にトイレ休憩を挟んだのに。

 いや、そんなことより一つ問題がある。

 

「有馬さん、一人で歩いて公衆トイレまで行けます? ここから少し距離ありますけど」

「…………」

 

 有馬さんは無言で立ち上がろうとする。しかし足は生まれたての子鹿のようにぷるぷると震えるばかりで、とても立ち上がって歩くことなどできそうになかった。

 

「…………わたしここでしぬのかなぁ…………」

「死にませんから落ち着いて下さい。僕がおぶって連れて行きますから」

 

 爆睡している二人が少し不安だが、こんな所に人の往来など殆どない。行ってすぐ戻れば僕の足なら五分と掛からないだろうし、問題ないだろう。何かあってもこの距離なら気配を察知するのは容易いし。

 

「よいしょ……じゃあなるはやで行きますからしっかり掴まってて下さいね」

「……何であれだけ走った後に人一人背負ってまだ走れる体力があるのかとか、色々聞きたいことはあるんだけど……とりあえずあまり揺らさないでね? マジで限界一歩手前だから……」

「はいはい」

『シオンにおんぶしてもらうとかうらやまー』

 

 ケラケラと茶化してくるアイを無視して有馬さんを背負い、注文通りなるべく揺らさないように意識して走り出した。

 とりあえず、有馬さんの尊厳は守られたとだけ申し添えておこう。

 

 


 

 

桐生(きりゅう)紫音(シオン)

 新生B小町のコーチ役に就任したが、その実アイから言われたことをそのまま伝えているだけ。シオン自身は別にドルオタというわけではなく、アイドル育成の経験も勿論ない。

 しかしアイが満足いくクオリティに仕上げるためにはシオンの協力が不可欠。そう、「新生B小町魔改造計画」成就のためには二人の化け物が力を合わせる必要があったのである……!

 言うなれば力の一号。全人類を合わせたよりも多いアホみたいな量の生命エネルギーで縁の下の力持ちとなり、新生B小町を化け物フィジカル集団に魔改造するのだ!

 

星野(ほしの)アイ】

 鬼のコーチを裏から操る陰の実力者。その正体はかつてその名を轟かせた伝説的アイドル「アイ」その人であった……!

 幽霊故に直接指導することはできないが、シオンを通して自身の経験を伝授するほか、その身に蓄えたシオンの生命エネルギーを三人に分け与える役を担う。

 言うなれば技の二号。的確なアドバイスと本人よりも卓越した生命力操作技術により、新生B小町を完璧で究極のアイドルグループに魔改造するのだ!

 

 ちなみにどうしてシオンが自分自身の生命エネルギーを操作できないかというと、それができてしまうとすぐにでもアイが実体化してしまうからである。確かにハッピーエンドだが物語が成り立たなくなるので、逆ご都合主義によりシオンはオカルト音痴になった。力技のV3!

 

星野(ほしの)ルビー】

 愛する母を思わせる雰囲気の美人な男の子とドキワクのアイドルレッスンだヤッター! と喜んでいたのも束の間、始まったのは怪物を超えた怪物によるスパルタトレーニングだった。バブみを感じる余裕もねェ。

 しかし合間に挟まる霊能マッサージが気持ち良すぎるため何とか頑張れている。「もうマヂ無理」と「ママ、私頑張るよ!」を行ったり来たりしており、情緒の反復横跳びを繰り返しつつも順調にフィジカルお化けへの道を歩んでいる。

 

 そして魔改造の結果、近い将来愛するセンセを物理的に地の果てまで追い掛けられる完璧で究極の肉体を手にすることになる。なんてことだ、(アクアが)もう助からないゾ♡

 

MEM(メム)ちょ】

 恐らくこのスパルタを超えたスパルタトレーニングで一番恩恵を受けているのは彼女である。二十五歳というメンバー最年長ながら、シオンから与えられた生命エネルギーのアンチエイジング効果により、最低でも向こう十年ぐらいは今の外見のままでいられることだろう。お金なら幾らでも払うから定期的にこのマッサージ受けさせてもらえないかな、と思っている。

 

有馬(ありま)かな】

 「今ガチ」で危うくアクアとくっつきかけたシオンをそれなりに警戒していたが、最終的にあかねとくっついたこと、番組でのあれこれはあくまで演出であったことをアクア本人から聞いたことで一安心。

 ……などとけっこう呑気していた彼女だったが、突然コーチ役に就任したシオンの登場により状況は一変。アクアのみならず社長の脳をも焼いた彼のアイドル(ぢから)と顔面圧力にはビビった。高一が出していい色気と凄みと品位じゃねぇだろ美人が歌って踊るんじゃねェぶっ飛ばすぞ、と内心思ったが口には出さない程度の理性はあった。

 

 そして始まる怪物を超えた怪物によるスパルタを超えたスパルタトレーニング。芸歴と演技力以外の全てにおいて自分の完全上位互換であることが判明し、辛うじて残っていたプライドと負けん気は体力と共に初日に全て圧し折られた。歌もできてダンスも完璧でどれだけ走っても汗一つかかねぇとかなにバカの考えた完璧超人か何かですか? と内心思ったがそれを口に出せるほどの体力的余裕はなかった。

 

 しかし胡散臭すぎる謎マッサージが気持ち良すぎたため全て許した。疲れは一瞬で吹っ飛ぶわ髪と肌のツヤがすごいわお通じも良くなるわで良いこと尽くし。これで地獄のトレーニングさえなければ完璧なのにおいやめろその美人すぎる顔面を近づけるなジュネーヴ条約違反だぞそれは。





※微量のネタバレ注意です※



 単行本派である作者は先日最新十四巻を購入し、第百四十一話まで読了いたしました。
 期待を裏切らない面白さで最高オブ最高でしたが、突如判明したカミキヒカルの「哀しき過去…」にはちょっと頭を悩ませました。本作はカミキ君を普通に悪役として描写するつもりだったので、少々予定が狂った形になります。
 まあ何が悪いかと言えば軌道修正する実力もねぇのに未完結作品の二次創作に手を出した自分がいっちゃん悪いんですけどね。とりあえず拙作はこのまま突っ走りたいと思います。俺は所詮……原作のシリアスとアニメのアイロスに耐えられずギャグに走った……先の時代の“敗北者”じゃけェ……!

 あ、ちうがくせいのおにいちゃんはめちゃくちゃ可愛かったです。
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