傍に立つ君は完璧で究極のアイドル 作:カミキヒカラナイ
今更かもしれませんが、当小説の劇中劇には以下の要素を含みます。ご注意ください。
・オリジナルキャラ
・オリジナル設定の垂れ流し
・オリジナル展開
・な…なにっ 推しの子要素がまるでない
・原作の良さをボボパンするが如き愚弄
・愚弄を超えた愚弄
それでもこの大胸筋でなんぼでも受け止めたる、ワシめっちゃタフやし。というタフな方は引き続きお楽しみください。
『私を辱めた憎き忌み角ども──』
『
しかし、確かに現在この劇を観ている者の殆どは原作ファンだろうが、中にはアニメから入ったが故に現在連載中の内容までは把握していないファンもいるだろう。いや、中には何の原作知識もなくこの劇を観に来ている者もいるかもしれない。原作は知らないが、推しの役者が出演しているから観に来た、という層も一定数存在する。
故に、原作ファンをメイン客層に据えた劇とはいえ細かな世界観の説明を安易に省くことはできない。たとえ原作を知らなくとも楽しめるような脚本にするのは基本中の基本であった。
「鞘姫様、生き残りの忌み角の身柄を確保いたしました」
「よくやりました、
「ところで、忌み角とはどのような者達なのですか? 僕もそういった者がいるということは教わったのですが、詳しいことは何も知らなくて……」
「彼らが東京の地から追放されて長い時が過ぎました。知らないのも無理はありません。私も幼い時分に教育係から習っただけで実際にこの目で見るのはこれが初めてですが……私が知る範囲で教えましょう」
そうして解説役を務める鞘姫の口から語られたのは、ある意味でこの「東京ブレイド」という物語の根幹に関わる情報だった。
鞘姫は語る。忌み角とは、現在東京に根を張る鬼族と祖を同じくする存在でありながら、ある時点を境に分化した近縁種であり──
「盟刀を……!?」
「彼らは人に寄った我ら東京の鬼よりも祖の血を色濃く継いでいます。我々がとうの昔に手放した古来の秘術を今も継承しているのだとか。盟刀を生み出す技術もその一つとされています。……もっとも、それ故に彼らは迫害され、東京を追放されたわけですが」
「それはどういう……?」
「詳しくは彼らに話を聞けば分かることでしょう」
刀鬼を傍らに従えた鞘姫の前に、三人の忌み角が引き立てられる。彼らは負傷によってその場から動けず、鍔姫に置いていかれてしまった先の戦いの生き残りだった。
「さあ、聞かせていただきましょう。あなた方は何者なのか。鍔姫とどのような関係にあったのか……」
彼らの境遇は同情に値した。鍔姫によって故郷を滅ぼされ、虜囚となり無理矢理戦争に参加させられている彼らは、戦に当たって武具と呼ぶのも憚られるような粗末な短甲と鉄剣だけしか与えられず。しかもいざ戦いが始まれば策も陣形もなくただ突撃することを強要され、挙句の果てには後ろからやってきた鍔姫に敵諸共斬り刻まれる有様であった。
消耗品か何かのように粗雑に消費されるしかなかった彼らが命を拾えたのは──尋問のためという理由があったにしろ──渋谷クラスタに助けてもらえたからである。そのことを恩に感じた彼らは、強要されるまでもなくペラペラと情報を吐き出した。
彼ら忌み角は──忌み角というのは東京に住まう主流の鬼族が彼らを指して使う蔑称であり、彼ら自身は自分達こそが本物の鬼族であると思っている──本誌においては第七章「神降ろし編」にて、量産型盟刀ともいうべき「
この
まず前提として、忌み角にとっても盟刀の製造方法は既に失伝した古代技術である。それでも断片的に伝わっている部分はあり、故に彼らは本物には及ばずとも、それに近しい特殊な力を持った刀……
しかし問題が一つあった。
それが原作より百年前の出来事。原作に至るまでの百年間、鬼族同士の民族紛争に敗れ東京を追放された忌み角達は、失地回復のための戦力として、ひたすらに
そして百年の時は、彼らの文化と倫理、何より彼ら自身の価値観を変化させるのに十分すぎるほどの時間となった。兵器製造のために人魂を焚べるという
そう。彼ら忌み角にとって
故に彼らは生贄を悪行とは認識していない。今や盟神大刀製造とそれに伴う生贄行為は忌み角達の文化として根付いてしまっており、それはこの百年の間に幾度となく繰り返されてきた。
更に
いずれにせよ、事の始まりはどうあれ今や生贄は忌み角にとっての文化であり日常である。特に民族紛争以降に生まれた若い世代にとって、盟神大刀製造の儀式はもはや見慣れた光景であり、本来は後ろめたい行為であるという認識はなく、故にそもそも秘匿しようという意識に乏しかった。
だから話した。鍔姫という絶対的恐怖から解放されたという安堵による気の緩みもあったのだろうが、彼らは実に詳細に語ってくれた。
盟神大刀の生贄として攫われてきた、鍔姫という名の少女がいたことを。
彼らの目の前にいるのが、まさにその鍔姫の肉親であるとは知りもしないで。
戦地で瀕死の重傷を負い、命からがら忌み角の勢力圏まで逃げ延びた鍔姫。彼女を発見した忌み角は善意を装って自らの村に鍔姫を招き、毒を盛って身体の自由を奪うと、生贄とするべく鎖に繋ぎ牢に閉じ込めたのだ。
忌み角にとって盟神大刀の儀式は神事、人の手による輪廻転生である。悪逆無道たる
彼らが標榜する
彼らは
祓の名の下にあらゆる非道は正当化された。重傷の身に毒を受けたことで碌な抵抗も儘ならぬまでに衰弱した鍔姫に対し、彼らは喜び勇んで鎖を打ち、鞭を振るい、ありとあらゆる辱めを加えていった。それは三日三晩に渡り徹底して行われ、陽の光差さぬ地下牢はまさにこの世の地獄を現出したかの如く酸鼻を極めたという。
そして祓を終えた四日目の朝。まさに盟神の儀が執り行われようとしたその日、その村は滅んだ。
灰燼と帰した村の残骸の上に立つ鍔姫の手には、白銀に煌めく巨大な刀が握られていたという。
村に入った時には何の武装もなかった鍔姫が、いつ、どのようにしてそれを手にしたのかは不明である。しかし、紛れもなくその時こそが、史上最悪の復讐者が生まれた瞬間であったことは確かだった。
後は知っての通り、鍔姫は巨大な刀──伝説の盟刀“
しかしながら、その話を聞く鞘姫の目にもはや忌み角に対する同情の色はなかった。彼らの言い分を聞くにつれ、彼女の瞳からは刻一刻と光が失せていく。
「あの大粛清からたった数週間しか経ってねえ……なのにその短期間に仲間は
「そうじゃ……そうじゃ……! ワシの村も鍔姫の魔の手に……!」
「
「救いは……鬼族に救いはねえのか!? 俺らこのまま……死、死んで……ッ」
これは酷い。
鞘姫以下渋谷クラスタの将達の目は濁りきっていた。それを見る観客の目も死んでいた。忌み角というキャラクターを知っていたファンも知らなかったファンも、等しくドン引きさせる威力に満ちた発言だった。
忌み角達を演じる役者の熱演もそうだが、何より脚本が……というより台詞回しが秀逸すぎるほどに秀逸だった。流石は原作者監修と言うべきだろうか。たった数秒の台詞にこれでもかと忌み角という種族が持つ価値観の異質さが詰め込まれている。
「……刀鬼」
「……ああ」
「この者らの
「御意」
かくして忌み角達はフェードアウトしていった。尺の都合もあり出番はほんの僅かであったにもかかわらず、彼らは凄まじい爪痕を観客の記憶に残したのだった。
「……大丈夫か、鞘姫」
「少々眩暈がしますが、問題ありません。気分は最悪ですが」
「同感だ……よもやこの俺がブレイドの奴を羨む日が来ようとはな。今すぐに全身の血を絞り出したいような最悪の気分だ」
鬼族と忌み角は血筋を辿れば同じ祖先に行き着く。外見的には生えている角が真っ直ぐか捻れているかぐらいしか違いがない。
その事実が悍ましくて堪らない。かつて憧憬と共に仰ぎ見た、実の姉のように慕っていた女性の尊厳という尊厳を蹂躙した人面獣心の者らと近しい血が己にも流れているのだという事実に、刀鬼は今にも気が狂いそうな思いだった。
「姉さまが忌み角どもを虜囚と呼び、あたら使い潰すような真似をしていた理由についてはこれで理解できました。……ですが分からないことがあります。何故姉さまは東京に攻め入ったのでしょうか?」
何故当代最強の盟刀使いの名を
「……それについては、長老衆が何か知っているだろう」
渋谷クラスタには長老衆と呼ばれる一派が存在する。それはまだ渋谷クラスタが小さな集落が寄り集まってできた村でしかなかった時代、各集落の長達が知恵を出し合い、村民を導き、渋谷を
長老主義的な思想のもとに生まれた長老衆の役目とは、渋谷クラスタの首領を補佐する、言うなれば家老のような立場の者達だった。刀鬼や匁、百目ら盟刀使いからなる少数精鋭の馬廻衆が軍事の要であるとすれば、長老衆は首領を政治的な面から補佐する渋谷の頭脳たる存在である。
鍔姫は「あの老人どもから何も聞かされていないのか」と発言した。かつて渋谷クラスタの首領として采配を振るっていた彼女が老人と言うからには、それは即ち長老衆のことに他ならないだろう。
舞台は再び切り替わり、畳張りの舞台セットが姿を現す。そこは渋谷クラスタの居城において最上の格式を持つ応接会議室である。
派手さを排していてもなお薫る贅の重厚というものがあって、それは天井の高きから人を押さえ込むようにして威儀と静謐とを強いてくる。足に踏む畳の柔らかさも同様だ。寛がせるためのものではない。体重に応じてか責任の重さに応じてか、確たる感触で以て熟慮熟考を要求してくる。
ここはまさに渋谷の中心であり権力の最高所。そこに座す老人達もまた、空間に満ちる威容に何ら劣らぬ貫禄を醸していた。
彼らこそ渋谷クラスタの頭脳、武ではなく智で以て首領を支える懐刀。その老いた体躯に漲る覇気は刀鬼ら盟刀使いと比較して何ら劣るものではない。何故なら渋谷クラスタの頭脳たるを自負する彼らもまた一人の戦士であるからだ。
若さとは戦場の勇敢と結びつきやすいものだ。柔弱惰弱の反対側を生きること、英雄たることは確かに痛快である。しかし落ち窪んだ眼窩の下に智の鋭利を閃かせる彼らは知る。老いと病の日常こそは、辛苦耐久の長戦場であることを。
渋谷の居城には怪老が住まう──そう実しやかに囁かれ、渋谷クラスタは近隣諸国から今も恐れられている。かつて鍔姫がクラスタの首領だった時代。国境を接する全ての陣営を相手取って戦線を展開するという無謀を断行し、それでもなお他を圧倒したのは決して鍔姫の武力だけが理由ではない。彼らの頭蓋の下には、確かに怪物が潜んでいるのだ。
「……なるほど、鍔姫様が忌み角を率いて現れたのですか。であれば、隠し立てするわけには参りませんな」
鞘姫は驚愕に目を見開いた。そう言葉を発した長老衆の声色が普段と違ったのだ。どんな時も……それこそ相手の心を殺す辛辣を吐く時ですら穏やかに響かせるはずのそれが、乱れ綻んでいた。
怯えているのだ。渋谷の怪老と呼ばれるクラスタきっての曲者達が、声の震えを抑えられないほどに。
「お話しいたしましょう。告解いたしましょう。我ら長老衆、渋谷の首領たる貴き方の懐刀を自認する我らが、あろうことか仕えるべき主を裏切った……許されざる蛮行、決して雪ぐこと能わぬ罪深き謀略を」
語られる内容はあまりに衝撃的だった。
長老衆は裏切ったのだ。主を。鍔姫を。渋谷を守護するために振るわれるべきその智力を、彼らは仕える主を陥れるために使ったのである。
「当時敵対関係にあった全てのクラスタに情報を流し、操作し、有力な盟刀使い達が徒党を組むように仕向けました。そこに偽りの情報を囁き鍔姫様を向かわせたのです」
「何故……そのような……」
「鍔姫様は忌み角の血を目覚めさせてしまったのです。近年の学問においてはこれを隔世遺伝と呼ぶのでしたか……あなた方も見たでしょう。彼女の頭蓋より生え聳える、醜く歪み捻れた片角を」
確かに、鞘姫の記憶が確かならば、鍔姫に生えていたのは髪飾りにも似た金属質の細い角が一本だけだったはずである。鞘姫の両側頭部にも生えているそれは、彼女が純粋な鬼族ではなく、人ならざる上位者の血をもその身に継承する混血であることを示している。その血筋が故に鞘姫は血族の長として祭り上げられ、渋谷クラスタの首領として君臨しているのである。
しかし再会した鍔姫の頭から生えていたのは、忌み角であることを差し引いてもあまりに巨大な、
「確かに我々鬼族と忌み角は共に同じ大祖から枝分かれした種族ですが……あり得るのですか? 後天的に片方の血に寄るなど……」
「事実あり得てしまった。だから我々は彼女を裏切ったのです。百年前の確執の時代に生きた我々には、どうしても忌み角の血を受け入れることができなかった……その理由は、実際に奴らの本性を目の当たりにした鞘姫様ならば理解できるのではありませんか?」
「…………」
「奴らのあれは我ら鬼族への憎しみがそうさせているのではありません。そも忌み角とはあのような存在なのです。限りなく人族に近い価値観を有する我ら鬼族と異なり、奴らは荒ぶる鬼神であらせられた祖たる大鬼の、より本能的な性質を色濃く受け継いでいるが故に」
だから裏切った。忌み角を主に戴くことはできぬと。謀略によって周辺勢力の盟刀使いを連合させ、鍔姫とぶつけ、潰し合わせた。鍔姫は徒党を組んだ盟刀使いの集団に嬲り殺しにされたという噂があったが、それは正確ではない。総勢二十余名からなる盟刀使い達を相手にして鍔姫はなおも圧倒し全滅させ、しかし深手を負い……長老衆が放った刺客に背後から不意打ちを受け、致命傷を負ったのである。
誤算があったとすればその後だった。長老衆の想定では盟刀使いの集団との連戦と刺客の暗殺によって確実に仕留める算段だったが、鍔姫の生命力はその想定を上回った。背後から心臓を貫かれ、しかし生き延び……後は知っての通りだった。裏切りの理由を忌み角の血にあると察した鍔姫は、故に忌み角の勢力圏に落ち延び、そこで人の世の悪夢を知ることとなる。
信頼する家老から裏切られ、同族であるはずだった忌み角からも裏切られ、全てから裏切られた鍔姫は遂に狂ったのだ。もう止まらない。一木一草悉く、己以外の全てを灰燼に帰すまで彼女は止まらない。
史上最強にして最悪の復讐鬼。何という皮肉だろうか。それをこの世に生み出した因果が身内にあったなど。
「我々は間違えたのです」
「忌み角の血を恐れ排斥するのではなく、受容する道を模索するべきでした」
「そう思い至れなかったことが我々の限界だったのでしょう。……我々は老いすぎた。鍔姫様への忠義よりも己が保身に天秤を傾けた時点で、どうしようもないほどに耄碌していたのです。どうしてあの時それに気付けなかったのか……」
「如何なる罰もお受けいたします。我々はあなたの姉君の仇なのです、鞘姫様」
告げられる懺悔の言葉に鞘姫は色を失くす。彼ら長老衆は長きに渡り渋谷クラスタを支えてきた屋台骨。伝統そのものだった。
鞘姫も相応の信頼を彼らに抱いていた。二心なく血族に仕えてきた彼らの忠誠を疑ったことなど一度としてなかった。しかし今、自分の中のそれが……重代の鉄柱とでも言うべきそれが、動揺している。
「鞘姫様、如何いたしましょう」
「……処断いたしますか?」
静かに問い掛ける百目。匁は震えながら鯉口を切る。鞘姫が一言命じれば彼らは迷わず長老衆を斬るだろう。
そして長老衆は従容としてそれを受け容れるに違いなかった。むしろ彼らはそれを望んでいる節さえあった。言うに言えなかった罪を、この好機に断罪されたがっている。
──それは、酷く受け容れ難いことのように思えた。
「……いいえ、許しません」
「鞘姫様?」
「あなた方は死に逃げようとしている。己が罪の象徴から。悪鬼と化した姉さまを敵として目の当たりにすることを恐れている。そんな勝手は許されない。許してなるものですか」
「死になさい。処罰の刃によってではなく、使命のために死になさい。渋谷のために戦ってきたあなた方は、最期まで渋谷のために戦って死ぬのです。脳髄が捩じ切れるまで智慧を振り絞り、血の一滴に至るまで全てが風化し消え果てるまでその老躯を酷使なさい。それこそが真の贖罪であると知れ」
老人達は断罪されたがっていた。鍔姫を裏切ったその瞬間よりずっと後悔の日々を生きてきた。だから鍔姫が生きていたと知った時、彼らは怯えつつも安堵したのだろう。これでようやく罪は白日の下に晒され、正当な裁きの刃による死を以て
故にそれは、ある意味で何よりも残酷な言葉だった。鞘姫は彼らに、命ある限り罪に追われ続けることを強いたのである。それを告げる鞘姫の声には怒りと、感情を上回る合理の冷酷があった。
鞘姫はクラスタの首領として、一つの国を運営する為政者として理解していた。彼らの力がなければ、鍔姫に抗うことはできないのだと。
どだい盟刀使いなど戦争においては鉄砲玉のひとつでしかない。個としての力は絶大だが、戦術的にはともかく戦略的に盤面を覆すほどの影響力は持たない。例外があるとすればそれは歴代最強との呼び声も高かった鍔姫ぐらいのものだが、今や彼女は敵として在り、しかも忌み角の群れを率い軍勢としてやって来るのだ。
軍に対抗するにはこちらも軍を率いるよりなく。そして渋谷クラスタにおいてその運用に最も長けるのは、百年の戦乱の時代を生きてきた目の前の老人達をおいて他にない。
だから鞘姫は心を殺して告げるのだ。戦争に生きてきたお前達の死に場所は断頭台ではなく、戦火に炙られた修羅場でなければならないのだと。
「あなた方は大いに死んで時代の区切りとならなければなりません。戦乱の時代を生きてきたあなた方は、民の意識を戦後へと転換し、槍持つ手に鍬を握らせ、奪うことよりも直すことに力を使わせなければなりません。戦争よりも復興を戦わせなければならない……平和を齎すために、あなた方は、戦争の権化として死ぬ必要があるのです。故に、この場で死に逃げることは許しません。大いに戦い、この国のために──
軍事も政治も、どちらも突き詰めれば効率だ。情緒という装飾は後からやって来ても十分に間に合う。軍人であれ政治家であれ、危急の時にその判断を過つべきではない。
非情を告げる鞘姫の声は冷たく乾いていて酷く痛々しい。それは如何なる苦難をも苦難と感じることを許さない声だ。後悔することも許さない。鼓動の限り責め立て、命ある限り最善を尽くせと強迫する……それは為政者たる者の完成形であり、紛れもない英雄の一喝だった。
それを一歩下がった位置から眺める刀鬼は、酷薄なまでに鬼気迫るその姿に、王たる者の威容を見た。
涙に濡れる深紅の瞳が凛然として光を放っている。華奢であることから脱皮せんとする躍動が小躯に熱を帯びさせていて、内に宿す才の豊かさが芳醇な香りを立ち上らせている。そこには確かに姉より受け継がれた誇りがあり、刀鬼はその希少さに奇跡を見る思いだった。
王たる器がここに在り、それを支える懐刀として己がいる。鬱屈として見やっていた閉塞の未来はもはや掻き消えた。代わって栄光と充実の一本道が強く遠く伸びている。
──この時この一瞬、アクアは己が星野アクアであることを忘却した。
げに恐ろしきは黒川あかねの感情演技。桐生シオンのように暴力的なまでの熱量はなく、姫川大輝のような波涛の如き情報の密度があるわけでもない。
だが、とにかく深い。演技中のあかねは見る者を己の世界に引きずり込むような引力を放っている。それはもはや自己催眠の域にある役作りのなせる技か、あるいは自他の境界が曖昧になるほどの強い情動的共感性によるものか。いずれにせよ、彼女の演じる様は誰と比較しても異彩を放っていた。深く、深く、どこまでも誰よりも深く役に入り込むその在り様は周囲にも影響する。アクアもまた影響された者の一人だった。
星野アクアは役者である。突出した才能はなくとも、演技に費やしてきた時間は子役から続けているだけあって人並み以上にあり、多くの経験と研鑽とが彼の演技を堅実なものにしている。普段であればそう容易く周りに影響されて役を崩すような無様は晒さないのだが、しかし今アクアは身に生じた震えを抑えることで精一杯だった。
何がどうして己は震えているものか……その正体を思い、アクアは観客席からは見えないよう注意しつつ唇の端を噛み締めた。
高揚感だ。
我知らず戦意が高まり、これから重囲へと騎馬突撃でも敢行しようかという勇猛に心が燃えているのだ。初舞台に胸を高鳴らせる初心でなし、アクアが今更このような場で鼻息を荒くする理由がない。であれば、これは心身の内側から自然と湧いた情動ではない。そして脳裏に閃くものがあった。
刀鬼だ。これは刀鬼の心の高揚なのだ。本来は架空の役でしかないはずのそれが、あかねのあまりに深い演技を目の当たりにしたことで影響され、己を刀鬼であると錯覚したのである。なるほど確かに、眼前にて王威を示す彼女が黒川あかねでなく鞘姫として在るのなら、近侍として傍らに侍る己が星野アクアでなく刀鬼であるべきなのは道理である。まるで本当に刀鬼に変身したかのようにして、己が心身は猛り震えているのではないだろうか。
そうと自覚したアクアは、そのままあかねの演技に合わせることを選択した。理屈としてはあかねがシオンの威圧を受け流したのと同じものだ。無理に反発するのではなく、受け止めるのでもなく、あるがままに受け容れる。否、利用するのだ。そうすれば、“独力ではなし得ないほどに深く役に入り込んだ自分”という武器を労せずして手に入れることができる。
己以外の役者からの影響を自覚した上で冷静に利用せんとする、この咄嗟の機転こそがアクアの強みだ。それは智が柔軟性を保持していることを意味する。機に臨み変に応じることができるということだ。
「命令を、鞘姫。俺は……俺達は貴女の刃だ。貴女の意に従い、如何なる敵をも打ち倒し、貴女の行く道を切り開く」
「もはや如何なる感傷も不要。ただ渋谷の……東京の敵として、鍔姫を討ちなさい」
振り返った鞘姫は跪く将兵らを見下ろし決然と告げる。声音こそ平常であるも、深紅の双眸の奥には白光を帯びた星の瞳が強く光っていて、断固たる圧力を放っていた。
照明を受けて豪華に光る髪、長く優美な睫毛、凛々しく整った顔立ち。戦場の粉塵とは一線を画したところで冴え渡っているかに思えた彼女は、今、刀鬼達へと誠実な眼差しを向けていた。そこには共に戦う者の瞳があった。
「承知仕った。我が刃を以て、必ずや新たな王の未来を──」
誓い約したならば、そのために全力を尽くすことこそ武人の生き甲斐である。この瞬間を契機として、渋谷クラスタは本格的に“国盗り”の大偉業に向けて富国強兵の道を邁進していくこととなる。
その奮起は、後の世に新宿クラスタと双璧を成し東京を二分する最強の軍団を誕生させる結果となる。白地に桜色の双月を描いた軍旗を掲げるその軍を指揮するは、幼い甘さを過去の思い出ごと捨て切って、その命をただ一つの願いに思い切った鞘姫だ。
彼女の願いとは、その手で一人の英雄を討つことである。
それを願った瞬間を以て、彼女もまた英雄の道を歩み始めていたのだった。
Q.どうして推しの子の小説で東京ブレイドの二次創作をしてるんですか?(電話猫)
A.その説明をする前に今の銀河の状況を理解する必要がある。少し長くなるぞ。
【
鍔姫「油断して一人で主戦級盟刀使い二十人と戦ったらうっかり骨折してしまった(HP残量:70%)上に背後から凶手にアゾられてしまった(HP残量:50%)! そのまま百キロ近い距離を歩いて忌み角の勢力圏まで逃げ延びた(HP残量:40%)ら毒を盛られた上に鎖に繋がれて三日三晩にも及んで壮絶な拷問を受けてしまった!(HP残量:15%)」
長老衆「何でそれで死なないんですか???」
大体は二十二話でアビ子先生が長文解説した通りの来歴の人物。受けた傷を配下に移し替える能力の盟刀に選ばれた、生まれついての貴種にして支配者。しかし鍔姫はその能力を反転させ、配下の受けた傷を逆に自分に移し、それを持ち前の異常な耐久力と回復力で無効化することで擬似的な不死の軍勢を実現していた。鍔姫が率いる限り全く兵力が損耗しないため、気力と兵站が続く限りいつまでも戦い続けることができる。
勿論一人で戦っても滅茶苦茶強い。戦場に鍔姫を放てッ と雑に放り込むだけで相手が数万の軍勢だろうが盟刀使いの集団だろうが小一時間もあれば全て平らげて無傷で帰還するため、当時の東京は本当に渋谷一強状態だった。そんなだから編集から没食らうんやで。
当然ながらこんな理由もなく雑に強いキャラを安易に登場させるとパワーバランスが滅茶苦茶になるため、原作では“神喰み”と出会うことなく
【忌み角】
どこかで聞いたことあるような設定の人達。既に鍔姫によって完膚なきまでに破壊されたが、彼らの本拠地は
刀鬼や鞘姫達東京の鬼とは祖先が同じだが、象と鯨レベルでもはや別種族であり、特に精神性というか価値観が別次元レベルで異なる。劣化版盟刀の材料として生贄に使われた者は来世で善き人に生まれ変わるんやでとか本気で抜かすため、コイツら頭おかしい……と判断した鬼族によって迫害され東京から追放された。残当。
【長老衆】
「許せなかった……鍔姫様が忌み角の血に目覚めたなんて……!」
言うまでもなくオリキャラ。何か知力カンストの最強軍師達みたいな描写されているが、実際は当時最強の戦略兵器であった鍔姫を最も効率良く運用することに特化していただけで、軍師としての作戦立案能力は並程度。彼らの能力で本当にカンストしているのは政治力で、鍔姫の進撃で野放図に広がった版図を過不足なく運営することができるだけの処理能力と人材運用能力を持つ。
力の鍔姫、技の長老衆、二人合わせて力技の渋谷クラスタ。両者の関係に問題がなければ、盟刀とは関係なしに国盗りは成っていたことだろう。
でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、鞘姫。
だから、この話はここでお終いなんだ。
【
アビ子先生が本誌で本当にやりたかったことが全て詰め込まれているため、もはや原作とは別人レベルで覚悟完了している。壮絶な悲劇によって復讐鬼と化した姉との訣別を経たことで、この世界線の鞘姫は統治者としてだけでなく“戦う者”としても早期に完成し、夢想の甘さを捨て去った完璧なボスとして渋谷クラスタに君臨する。姉さま、姉さま、正しく死んで下さいな。
闘争を尊ぶ刀鬼はそんな戦う覚悟を決めた鞘姫にゾッコンであり、晴れて刀×鞘は成り二人は幸せなキスをして終了って寸法よ。イェーイ! 刀×つる派の読者の皆見てる〜? これから刀鬼は鞘姫と二人で国盗りしちゃいま〜すwww
【
もはや