傍に立つ君は完璧で究極のアイドル   作:カミキヒカラナイ

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大変長らくお待たせしてしまい申し訳ございません(五体投地)
決してモチベが失せたとかエタの前兆とかそういうことではなく、当方受験生にて単純に書く時間がなかったというのが更新に一ヶ月も要した理由でございます。本当に申し訳ない(メタルマン)

代わりと言っては何ですが、後書き含めて二万字あるのでユルシテ…ユルシテ…
ここすきをたくさんしてくれると作者のやる気がアップしてほんの少し投稿速度が上がるかもしれないぞ! 多分恐らくきっとメイビー。


30.終幕(上):開戦

 足立クラスタ、陥落。

 葛飾クラスタ、陥落。

 

 その一報は衝撃と共に東京中を駆け抜けた。

 北部有数の勢力を誇る二大クラスタの鍔迫り合いの余地なき陥落。その情報は電信技術が未発達なこの時代においては異例の速度で各地に伝わったが、しかし復讐鬼が率いる軍勢の進撃速度たるや、電撃的という言葉すら生易しいものだった。

 

 荒川・台東・墨田クラスタ東部連合、陥落。

 文京・豊島クラスタ小石川連盟、陥落。

 北クラスタ、無条件降伏。

 板橋・練馬クラスタ間で同盟を締結。徹底抗戦の構えを見せるも壊滅。

 杉並・中野クラスタ府中連合、壊滅。

 

 東京の半分が炎の海に沈むのに半月と掛からなかった。そしてそれを為した者の名が鍔姫(つばき)であると知れ渡ると、東京中に割拠する群雄達は恐怖に震え上がった。

 とうの昔に死んだと思われていた英雄(バケモノ)の復活。各クラスタの保有する最高戦力を使い潰してようやく打倒が叶った怪物が墓より蘇り再び牙を剥いたのだと、斃れ屍を晒す北部勢力の骸が何よりも雄弁に告げていた。

 

 それはまさに地獄のような光景だった。血の色に染まる天地に戦士達の怒号と悲鳴とが轟いている。地を(どよ)めかす軍靴と馬蹄はその全てが迫り来るものだ。赤色の舞台照明とモニターに映し出された血霧に煙る戦場風景が、観客にもその絶望と恐怖とをひしひしと感じさせる。

 迫る死兵の猛攻があちらこちらで味方を打ち砕いていく。村は焼かれ、町は奪われ、野には誇りの旗が踏み潰された。何人も何人も殺されていった。村人が、町人が、兵士が、貴族が……老若男女の別も身分の貴賎もなく、全てが等しく剣と槍の暴虐に屠られ物言わぬ肉塊へと変じていく。

 

 その無惨な光景は、先立っての第二幕で鍔姫の復讐の故を知った観客をして心胆寒からしめるものがあった。

 狂気だ。それはまさに狂的としか言いようのない有様であった。鍔姫にとって己以外の世界全てが敵でしかなく、本来は忌み角と長老衆にのみ向けられるべき憎悪が東京の全てに向かってしまっている。あるいはそれは覚醒した大祖の血が精神を捻じ曲げた結果かもしれないが、いずれにせよ全ては遅きに失したのだ。もはや彼女に救いはない。悪鬼に堕した彼女を止めるには、その息の根を止めるより他に手立てはないのだと。

 

「故に、もはや彼女は英雄ではない。あれは戦争を養う血流に取りついているだけの寄生虫なのです」

 

 その宣言には何の感情も込められていなかった。人とはここまで言の葉に虚無を乗せることができるのかと、思わず感嘆を禁じ得ないほどに、居並ぶ諸将らを前にしてそう告げた鞘姫(さやひめ)の声音は乾き切っていた。

 

「……そこまで言うか? 仮にも実の姉だろうに」

 

 全ての聴衆の思いを代弁するようにして、ブレイドは鞘姫にそう問い掛けた。

 

 討て、討て、鍔姫を討て、大義は我らに在り──新宿・渋谷クラスタの連合軍を前にした鞘姫の演説を要約するならそのような内容になる。彼女の主張は一貫していた。まるで肉親の情などどこかに放り捨てたかのように、鞘姫は冷厳とした物言いで実の姉を悪し様に罵り、自軍の正義を殊更に強調したのだ。

 

「貴殿こそ、この期に及んで甘いのではありませんか? 鍔姫姉さま程の怪物を相手取る上では、僅かな迷いすら致命的です。これはまさに東京の存亡をかけた一戦。敗北は即ち我ら鬼族の滅亡を意味しているのですから、形振り構っている余裕などあろうはずもありません。名誉の回復など、勝った後に存分に謳えばよろしい」

 

 要は心理操作(プロパガンダ)である。かつてない程の絶望的な強敵と干戈(かんか)を交える以上、恐れや迷いによる士気の低下は最も恐れるべき事態だ。兵士達には存分に正義に酔い痴れてもらう必要がある。

 悪にして愚かなる敵は明確にその存在を示されており、善にして凛々しい自分達はそれを打倒し、事の道理を正す立場として存在している。殴る敵と肩を抱く同胞とが用意されている。胸のすく爽快感と高揚を誘う充実感とが提供されている……そう思わされている。少なくとも表向きは。それを信じる限り、兵士達はこの戦争を美しく誇らしいものとして体験できることだろう。

 

「だがなぁ……何も知らん兵どもはそれで良いかもしれねぇが、お前さんはどうなんだよ。聞いたぜ? 何でも一番槍として最初に切り込む部隊に名乗り出たらしいじゃねぇか。あんたも盟刀使いである以上は後ろで守られていろとは言わねぇが、仮にもお姫様なんだろ? 本当に大丈夫なのかよ」

「……貴殿が心配されているのが実力なのだとすれば、まあ大丈夫ではありませんね。私の腕では逆立ちしても姉さまには及ばないでしょう。しかし覚悟を問われているのだとすれば……その心配は無用であると答えましょう。かつては片手落ちでしたが、今度は違います。私にはもう迷いはなく、それを選ぶことに躊躇いがないのですから」

 

 かつてとは何のことか。何を以て片手落ちとするのか。如何なる迷いが消えたのか。どんな選択肢を前に躊躇った過去があるのか。そしてこれから如何なる選択を為すものか。鞘姫は敢えて語ることをしなかった。その姉と同色の深紅の双眸に映す遥かな風景を、誰にも説明したりはしない。

 

「それに、誰であろうと戦場に立てば各々が戦場に試されるのです。死ぬ時は死ぬ。私でも、貴殿でも、誰でも等しく。守りたければそも戦場に出してはなりません。出さぬように守るのです。出すからには共に戦う者と見なさい。そうでなければ貴殿が死ぬのみ──貴方にも言っているのですよ、刀鬼(とうき)。こら、こちらを見なさい。何も言わなければこれ幸いと最後方に配置しようとしていましたね? 私を侮るのは結構ですが、それでみすみす姉さまに斬られて死んだら後で笑ってあげますよ」

「……それについては散々謝っただろう。もう何も言わんからこれ以上ネチネチ言うのはやめろ」

 

 そのやり取りに客席から笑い声が上がる。それは原作では見られない光景だった。どちらかと言えば血気に逸るのは刀鬼の方で、鞘姫はそれを諌める側に回るのが常だった。

 闘争を尊び交刃の巷に生きる刀鬼と、流血を嫌い平和を愛する鞘姫の両者は実に対照的で、主従にして婚約者という関係でなければいまいち噛み合わない人間性のキャラクターだった。だからこそ刀鬼と近しい武人気質のつるぎが介入する余地があったと言えよう。

 しかし、忘れてはならない。鞘姫もまた刀鬼と同じ盟刀使い。亡き姉より受け継いだ“支配者の剣”に認められし戦人、栄光と破滅とが激しく明滅する非日常を生きる者である。戦う者としての素養は十分に持ち合わせている。剣を取るに足る理由があり、そのための覚悟あらば、鞘姫は一人の武人としてどこまでも冷徹になれるのだ。

 

 そして、黒川あかねはその在り様を余すことなく全身で表現していた。その佇まいが醸し出すのは愚鈍怯懦の対極にある武人の尊厳そのものである。彼女は鋭敏な感覚と勇敢な精神を以て一刀を腰に佩いている。それは正しく一流の戦士の在り様だった。

 

 カップリング人気で鞘姫がつるぎの後塵を拝していたのは、偏にバトル漫画にあるまじき厭戦思想の持ち主として描かれていたからに他ならない。しかし、それだけが鞘姫というキャラクターの本質ではない。それはここまでの脚本とあかねの演技によって広く原作ファンの知るところとなった。観客席の鮫島アビ子は後方原作者面でウンウンと満足げに頷いた。

 

「まあいいや。それで、どんな作戦で行くんだ? 渋谷の怪老の噂は聞いてるぜ。何か冴えた策の一つや二つあるんだろ?」

 

 ブレイドは期待の色を滲ませて問う。

 渋谷の軍は精鋭として知られている。今でこそ情勢は落ち着いているが、過去には四方を敵国に囲まれた状態にありながらそれと渡り合い、一人と一軍を以て散々に打ち破ったのだ。その裏に長老衆の勇躍があったことはあまりに有名な話である。

 

 しかし、問われた鞘姫と刀鬼は複雑な表情で沈黙した。代わって進み出た百目(ひゃくめ)が眼鏡を指で押し上げつつ口を開く。

 

「確かに我々は長老衆より策を授かっています……まず、敵軍は忌み角と降伏した北部勢力の生き残りから構成されており、その運用においては横陣を多用する傾向にあることが分かっています」

「そうだな。寄せ集めの軍隊を使うなら横陣が最も統制を利かせやすいし、何より数の利を有効に生かせる」

「こちらも横陣を用いて対処します。敵は鍔姫様の恐怖によって強く統御された死兵とはいえ、やはり寄せ集め。数の暴力は脅威ですが、我々の軍ならば十分に対処可能かと」

「そうだな。横陣は基本の陣形だが、数で劣るこちらが無闇に突っ込めば他の戦列全てが遊軍となって包み込まれて終いだ。まさに大軍に兵法なし。だからこそこちらも安易な一点突破は避け横陣で以て対処する……道理だな」

「フフフ、ブレイド殿は見かけによらずこちらの話もいける口のようで。話が早くて助かります。ええ、はい、敵の雑兵をこちらの兵卒で以て押さえ込み、拮抗状態を生み出すのが策の第一段階。第二段階では合図と共に鋒矢(ほうし)の陣を組んだ特攻部隊による正面突破を図ります」

「なるほど。その特攻部隊に志願したのがそちらの姫さんってわけか。で? ただ意味もなくクラスタの首領を正面から突っ込ませるわけじゃないんだろう? 姫さんは見せ札で、本命の部隊を後方に回らせての挟み撃ちとかか?」

 

 ブレイドはそう考えた。あの渋谷の頭脳と名高い曲者一派が授けた策が、ただの正面突破などという凡庸なものであるはずがないと。

 

「いえ。特攻部隊には鞘姫様だけでなく、渋谷・新宿の主戦力を全て組み込み、乾坤一擲の文字通り『特攻』を仕掛けます」

「ホントにただの正面突破じゃねーか!!」

 

 長老衆の正体みたり! 渋谷の頭脳と知られる長老衆の本性は策も何もあったもんじゃない脳筋集団だったのかあっ!

 などという独語がブレイドの内心にあったかは定かではないが、彼の胸中に湧き上がったのは概ねそのような内容の感情だった。

 

 道理で鞘姫も刀鬼も形容し難い表情で目を逸らすわけである。こんな策とも言えないものを提示された彼らこそ一番困惑したことだろう。その出処が身内ともなれば何をか(いわん)や。

 

「……仕方がないのです。彼らはあくまで家老。鍔姫姉さまの時代に稀代の策士として名を馳せたのは、その優れた頭脳で姉さまという戦略兵器の運用に()()した結果に過ぎず、(まつりごと)が主戦場の彼らにとって軍事は本来門外漢だったのです。……私もそれを知ったのはつい先日のことでしたが」

「政略と軍略は別物ということだな」

「上手いこと言ったつもりか刀鬼テメー」

 

 とはいえ、同盟を組んだのはほんの半月前の話。たった半月という短期間では互いの連携を強化するような余裕はなく、各々の軍備を整えるので精一杯だった。そんな急造の連合軍、それもついこの間まで抗争を行っていた間柄である彼らに高度な連携など望むべくもない。それを考えれば、奇を衒わぬシンプルな作戦はむしろ悪くない選択であると言えるだろう。

 

「それに奇策で引っ繰り返せる強弱など、結局のところある程度拮抗した関係である事が前提なのです。どう転ぶか分からないという天秤を傾けるのが策であり状況……最初から絶望的に開いている差をそれらで埋めることは出来ません」

「付け焼き刃の連携や奇策はむしろ悪手ってことか」

「私の盟刀……傷移しの力を持つこれは元々姉さまの刀でした。己が負った傷を配下に移し替えるという力を有する、まさに“支配者の刀”と言うに恥じぬ破格の盟刀ですが……反面、これ単体ではただ頑丈で切れ味の良い刀でしかないのです」

「俺の“風丸”みたいに風を操るような特殊な力があるわけでもなく、ただ剣の腕のみで最強の名を(ほしいまま)にした剣士……そして今や奴が手にするのは最強の盟刀“神喰(かみは)み”。鬼に金棒ってこった。なるほど、確かに下手な策なんざ力尽くで食い破られそうだ。長老衆はそのことを分かっていたのかもな」

「いえ、彼らはただ姉さまの力に脳を焼かれただけの脳筋です」

「……まあ、何だ。とりあえずそちらの立案した作戦は理解した。新宿としてはそれに従うことに異論はない」

 

 元より新宿は寡兵。少数精鋭こそが持ち味である新宿クラスタは、このような足並みを揃えた軍事行動を取るにあたってその主導権を渋谷クラスタに一任することを予め了解していた。

 

「陣の前方部隊にはこちらからはつるぎを出す。つるぎ、行けるな?」

「おう、任せな!」

「……女に任せて大丈夫なのか?」

「何だ刀鬼、不安か? だがうちの猪娘を舐めないでもらおうか。おつむは足りてねえが一点集中の突破力は随一だぜ」

「だぁれが猪だ誰が! あんまこのつるぎ様をナメてっといてこますぞ男ども!」

「……本当に大丈夫なのか?」

 

 ともかくそういうことになった。ぎゃあぎゃあと抗議の声を上げるつるぎと、二人がかりでそれを宥めるブレイドと刀鬼の姿に笑いが起こる中、再び観客席が動き次の舞台へと場面が切り替わる。

 

 そして、炎がやってくる。

 東京を滅ぼす七万の兵馬が、戦火の暴虐を纏い北より現れた。

 

 会戦とは互いの口上が行われた後に戦われるものだが、あちらのそれは矢を以て為されていた。無論、実際に舞台上に矢が飛び交うことなどあり得ないが、音響設備から引っ切りなしに鳴り響く矢音が観客にも矢衾(やぶすま)の迫り来る光景を想像させた。

 

「奴さん、挨拶もなしに仕掛けて来やがったぜ!」

「分かっていたことです。敵は軍勢に非ず、姉さまの恐怖に突き動かされた暴徒の群れに過ぎない──渋谷クラスタの勇士達よ、奮い立て! 己が魂に火を点けよ!」

「おっと、新宿も負けちゃいられん。野郎共、数だけが力じゃねぇってことを教えてやんな! 武の火炎で焼き尽くすぞ!」

 

 陣太鼓の音が鳴り響く。モニター上に乱立する軍旗の影が、舞台上を大軍犇めく戦場の渦中にあることを知らしめる。

 事ここに至らば、火と刃とに打ち勝つより他に生き延びる術などありはしない。錬磨の夜だ。錆も鈍きも朝日を迎えることはない。

 

 かかる次第を以て会戦の幕は上がる。舞台袖から吶喊(とっかん)と共に続々と兵士が現れ、刀を振るい乱戦を開始した。

 

 新宿・渋谷連合の兵士が統一された装備で武装しているのに対し、鍔姫側の装備はてんでバラバラなのが特徴だった。捻くれた角を生やす兵士……忌み角が身に纏うのは粗末な短甲と鉄剣。それ以外の兵士は得物こそ普通の刀だが、身につける装束にまとまりがなかった。それは彼らが鍔姫の軍勢によって敗れた北部クラスタの生き残りであることを示している。敗残兵たる彼らは、武人の誇りも尊厳も何もかもを奪われ、東京を滅ぼす尖兵として利用されていた。

 そういった背景を表すかのように、彼らの戦い方は酷く荒々しかった。洗練された剣技を披露する新宿や渋谷クラスタの兵士達とは対照的である。恐怖に引き攣った表情。食いしばられ強張った口元。意志もなければ大義もなく、ただ眼前の敵を排除することしか頭にない、技もへったくれもない叩き付けるような剣戟。

 

 しかし、それを演じる彼らはプロの殺陣(たて)師だった。新宿・渋谷側の兵士役もまたしかり。一流の剣技を以て殺陣を演じるのがプロの技ならば、観客に技を技と認識させず殺陣を成り立たせるのもプロの技術である。本当に下手なのと下手を演じるのとでは大きく異なる。ましてそれが殺陣……模造刀とはいえ長物を扱う以上、本当に下手では自分も相手も怪我を負う危険があるからだ。

 攻め手も受け手も互いにプロ。だからこそ本能に任せたように刀を振り回していても殺陣が成立する。まさしく死兵といった有様で鬼気迫る剣技を披露する鍔姫軍。それを時代劇さながらの洗練された剣技で迎え撃つ新宿・渋谷連合軍。本物の合戦もかくやという大迫力の舞台に観客は手に汗握り、興奮も露わに身を乗り出した。

 

「……凄いなぁ。まさか2.5次元でこんなに本格的な殺陣が見られるなんて」

 

 眠たげに目を細めた初老の男性──鏑木(かぶらぎ)勝也(まさや)は感心したようにそう呟いた。

 

「でしょう? 幸いにして予算だけは潤沢にあったので……あと諸事情で舞台装置の幾つかを節約できたので、浮いた予算でプロを起用したんですよ」

「なるほどねぇ」

 

 隣に座る雷田(らいだ)澄彰(すみあき)の言葉に頷きつつ、鏑木は改めて舞台の上で斬り結ぶ役者達に目を向ける。

 実に見事な殺陣だ。ステアラが誇る最新鋭の舞台装置による演出も合わさり、本当に戦場にいるかのような迫力で以て観客を楽しませてくれる。

 

 だが、だからこそ一抹の不安が過ぎる。素晴らしい剣舞を披露する殺陣師達と比較され、役者達の演技が埋没してしまうのではないかと。

 

「ああ、それでしたらご心配なく。彼らの殺陣も中々のものですよ。決してプロの方々にも引けを取りません。特に……」

 

「……彼女達の身体能力は、ちょっと信じられないぐらいズバ抜けてますからね。大迫力間違いなしですよ」

 

 雷田がそう告げると同時──舞台の上で、勇ましい少女の咆哮が響き渡った。

 

 

「──おらおら、道を開けな! 新宿クラスタが一番槍、つるぎ様のお通りだ!!」

 

 

 その声を耳にするのと、鏑木の背筋に冷たく戦慄が走るのは同時だった。思わずハッと目を見開いて舞台を注視すれば、そこには目も眩むばかりの存在感を迸らせる、鏑木もよく知る少女の姿があった。

 有馬かな演じるつるぎが二刀を手に不敵に笑みを浮かべている。しかし、鏑木にはそれが有馬かなであるとすぐには信じられなかった。それだけ彼女から感じられる威圧感は常軌を逸していたのだ。

 

 それは殺意だったろうか。鏑木は背中に伝う冷や汗の感触を自覚した。ついさっきまで稚気すら感じられる様子でブレイドや刀鬼とコミカルなやり取りをしていた彼女から、その瞬間だけ、鋭利に過ぎる意志が放たれて戦場を貫いたかに感じられたからだ。まるで野暮な拵えの剣が実は殺戮の刃を秘めていて、その白刃が僅かに覗けたかのような……危険な光だった。

 

 天真爛漫な戦闘狂──それが「つるぎ」という少女の役柄(キャラクター)だ。あどけなさを残す可憐な容貌に反し、彼女は人の命を切り崩し、刈り取ることを以て己の生を楽しむ根っからの戦狂いである。命を尊重する敬虔さなど絶無だ。

 だが、いつの世もギャップというものは人を惹きつけるものだ。愛らしい容姿と好戦的な性格。小柄な体躯と高い戦闘能力。命惜しさに恥も外聞もなく泣き喚き命乞いすることもある一方、仲間のために己が命を(なげう)つ勇猛さも併せ持つ。矛盾する性質を人間味のある魅力として昇華し、つるぎは連載が進み登場人物の増えた今でも人気キャラクターとしての地位を不動のものとしている。

 

 だからこそ観客は厳しい目でつるぎを……有馬かなを見る。彼女はつるぎ役に相応しい役者なのかと。第一幕でシオンに負けず劣らぬ存在感を見せつけた姫川大輝、そして第二幕で確かな実力を証明した黒川あかねの存在が、期待という名のハードルをより高いものとしている中……果たして、彼女は高く聳えるそれを悠々と飛び越えた。

 

 可愛らしい童顔を獰猛に歪め、小さな口から喊声を迸らせ、小柄な身体を躍動させ──つるぎは、放たれた矢のようにして敵陣目掛けて疾走した。

 

「は……?」

 

 思わず間の抜けた声が鏑木の口から零れ出る。彼だけではない。全ての観客が呆気に取られたように舞台上に目を凝らす。

 速い。否、()()()()。発せられた裂帛の気合を合図に剣を引いた自軍の兵士達の間を縫うようにして真紅の風が吹き荒ぶ。彼女が舞台の端から端まで駆け抜けるのに三秒とかからなかった。

 

 ステアラは国内最大規模の劇場だ。その舞台は端から端まで約三十メートル近い長さがある。その距離を僅か三秒で踏破したというだけでも驚異的だが、最も驚くべきは、その三秒という時間はただ走ったのではなく、刀を振り回し敵の兵士を斬りつけながらのものであるということだった。

 それはさながら自走する銀の竜巻だった。ギザ刃を具えた二振りの小刀を縦横無尽に振り回し、まるで舞うようにして敵兵を殺傷する。必要以上に大仰に映る動作が疾風の如き速度の中にあって常人の目にも視認を可能とし、それ以上につるぎという少女が持つ生来の華やかさと高い武力を明瞭に示していた。

 

 当然ながら彼女の身にはワイヤー等の舞台装置の補助は見受けられない。完全な生身、完膚なきまでの独力にて為されたことは明白だった。桐生シオンが見せた不可思議と遜色ない怪力乱神を目の当たりとし、観客席にさざ波のように騒めきが広がる。

 

 だが鏑木が注目したのはそこではなかった。無論、その人間離れした身体能力には度肝を抜かされたが、何より彼が驚いたのはつるぎ……有馬かなが放つ存在感そのものである。

 

 目を焼くほどに眩い太陽のような、巨星(スター)の演技。それが有馬かなの持ち味だったことは当然、鏑木もよく知っている。その上で、その長所はとっくに枯れたものと思っていたのだ。純情可憐な演技で一世を風靡した天才子役は、成長と共に十把一絡げの役者になってしまったのだと。

 だが、今目の前で輝かんばかりの存在感を発揮する彼女の姿が、その判断があまりに尚早であったことを突きつけてくる。それはまさに在りし日の天才子役・有馬かなそのもの……否、それ以上の才華爛発を圧倒的なまでの説得力で以て証明していた。

 

(どう? これが今の私よ)

 

 ただ優れた身体能力をひけらかすだけではこうはならない。それだけでは大道芸と変わらない。こうも観客の視線を一身に集めて逃さない理由は、その圧倒的な身体表現力にある。

 まるで指先の震え一つからすら喜びの感情が溢れ出ているかのようで、分けても両の瞳に垣間見える輝きたるや、まるで満天の星のきらめきのようですらあった。胸中に秘された心模様を体外に表出する技量において、ともすれば彼女は黒川あかね以上の天性の才を有する。目の色や表情から始まり、剣握る腕の軌跡から足の運びに至るまで、その一挙一動が鮮烈なまでの色彩に満ちている。

 

 実のところ、鏑木の認識は決して間違いというわけではなかった。枯れてこそいなかったが、確かに女優有馬かな本来の持ち味は失われつつあった。それは偏に、子役時代にはあった強烈な自負、傲岸不遜と紙一重だった強い自己肯定感の欠如があったからだ。

 

 年齢と共に子役としての価値を失うと同時にそれまでの素行による悪評が浮き彫りになり、彼女はまさに急転直下というべき勢いで零落していった。

 絶頂からの転落は少女の精神の均衡を著しく損なわせた。今に至る有馬かなの精神性はこの頃に決定づけられたと言っても過言ではない。生来聡明だった彼女は、その聡明さ故に厳しい現実を前に癇癪を起こすのではなく適応することを選んだ。子役としての適齢期を過ぎたとはいえまだまだ子供であったはずの彼女は、急速に大人としてその精神を変容させていく。

 

 輝かしくも独りよがりだった子供から、没個性的であっても協調性を重んじる大人へと。果たしてそれは成長だったのか、あるいは劣化だったのか。少なくとも人としては成長であったかもしれないが、役者としては間違いなく劣化だったのだろう。自分に自信のない者が真に他者を魅了することなどできない。世間は正直だった。人気の低迷は止まらず、仕事は減っていく一方。彼女を頻繁に起用する鏑木とて、あくまで子役時代のネームバリュー……かなが成長と共に切り捨てた過去の栄光(ブランドイメージ)目当てなのが実情だった。

 

 だから、鏑木の認識は決して間違ってはいなかった。確かに有馬かな本来の輝きは失われていて、十把一絡げの役者の一人として大多数の中に埋没する程度の才能しか発揮できていなかった。

 

 だが、しかし。

 

 ──昔のお前も今のお前も、どっちも同じ“有馬かな”じゃねぇか。役者なんだから上手く使い分けろよ。

 ──アイドルが周りに合わせてやる必要なんかない。「私が一番」って輝きでファンを魅せるのがアイドルで、センターの役割なんだからさ。得意だろ、そういうの。

 

 ──演じて(やって)みせろよ、主役(アイドル)を。

 

 十年の時を経て再会した少年の言葉が、枯れた泉を再び水で満たしたのだ。天才子役は天才女優として返り咲き、今まさにその天稟を舞台の上で輝かしく証明している。それも、かつてとは異なる輝きで。

 

「驚いた……あんな演技もできたのか、彼女」

 

 私を見て、と(こいねが)うようなものではない。天の高きから見下ろすようにして、その眼差しは雄弁に告げていた。“私を見ろ”と、物凄まじい熱量と共に。

 

 星は自らの輝きを疑いはしない。天然自然の雄大さをあるがままに内包し、泰然自若としてただそこに在るものだ。アイドルとして研鑽を積んだ有馬かなは、まさにそんな壮大なまでの在り様で以て輝きを放っている。

 それでいて決して独りよがりではない。アイドルグループのリーダーとしてメンバーをまとめ上げた経験がそうさせるのか、ただ己のみが前に出ようとする身勝手さを感じさせない。子役時代の独善性と大人として身につけた協調性を融合させ、周囲を引き立たせつつ自分も輝くという在り方に昇華している。

 

 その様を見て、鏑木はまるで太陽のようだと感じた。幾多の惑星(ほし)を従え燦然と輝く太陽だ。今の有馬かなには、“私は特別に可愛い”という幻想(うそ)を信じさせてくれる説得力があった。

 

「アイドル活動を通じて新たな視座を得たのか……それとも、好きな子でもできたのかな?」

 

 恋は女を美しくする……よく言われる言葉だが、鏑木はこの言説には一定の理があると信じていた。かつて一世を風靡したアイドルの少女も、とある出会いを切っ掛けとして大きな変化を遂げたことを知っているからだ。

 

 事実として、恋の存在がかなの内面に著しい変化を及ぼしたことは確かだった。彼女が星野アクアに向ける感情には並々ならぬものがある。彼と並び立つのに恥じぬ己でありたいという思いが、少女の振る舞いをより洗練されたものへと昇華しているのだ。

 

 アンタの推しの子になってやる──ステージの上で宣言したその誓いは、依然変わりなく有馬かなの指針となっている。“私を見ろ”というその熱は、いま同じ舞台に立つたった一人の少年に向けられたものだ。

 抜きん出た存在感を示した同世代のライバルの存在も無関係ではないだろう。世代に冠たる役者は黒川あかねだけではないのだと、対抗心より生じた克己と自己研鑽は確実に彼女の実力を良い方向に成長させていた。

 

「行くぞ! つるぎに続けェ!」

「新宿の奴らに負けてたまるか! 我らも続くぞ!」

「応!」

 

 見事な剣舞を披露したつるぎに負けじと、各クラスタの将が舞台に躍り出る。ブレイドが、刀鬼が、鞘姫が……各々の盟刀を手に、つるぎの剣の嵐を逃れた鍔姫軍の兵士と鍔迫り合いを開始した。

 

 雷田の言った通り、つるぎだけでなく他の面々の殺陣も文句のつけようがない素晴らしいものだった。ごく短い期間とはいえ、やはりプロの手解きを受けたことがパフォーマンスの向上に大きく寄与したことは明白である。

 漫画原作、それも映像化までされている作品を現実に舞台化するとなれば、やはり懸念点となるのはアクションシーンだろう。フィクションだからこそ許される非現実的なアクションの数々を現実に落とし込むとなれば、少なからず陳腐化することは避けられない。現実的に不可能なのだから当たり前である。それは観客とて重々承知していることだ。

 

 しかし、眼前で繰り広げられる光景は低かった観客の期待値を大幅に上回った。

 確かに漫画やアニメほどの非現実感はない。だが漫画やアニメと異なり、舞台とは同じ空間、同じ次元上にて行われる。舞台と客席の間には紙一枚、液晶画面一枚とて存在しない。ただ距離の隔たりがあるのみである。空気を介して肌を叩く圧倒的な現実感、空間の共有こそが舞台の真骨頂。視覚のみならず、聴覚だけでもなく、現実の質量で以て触覚にも訴えかけてくるのだ。切った張ったの非現実(フィクション)が重厚な現実性(リアリティ)を伴って迫り来る様は、観客を楽しませるのに十分な威力を有していた。

 

 だが、しかし。この場には唯一の例外が存在する。

 現実の存在でありながら、この世のものとは思えぬ非現実性を纏う現代の異能。究極の幻想をその身に秘める超越存在が。

 

 見目麗しい役者達による期待以上の演武を楽しんでいた観客は、その時確かに油断していたのだ。

 

 次の瞬間、この場に集う全ての人間の全身に鳥肌が立った。

 

 それは唐突にやって来た。横っ面に火を押し付けられたような衝撃を受けて、客席に座す幾人かは思わず腰を浮かせた。見開いた目で原因を探る。どこだ。どこからだ──

 

 ──いた。炎が揺れた。雨に消えることもない武威の火炎が……見る者を圧倒し魂を焼くかのような迫力を持つ旗が揺れる。黒一色に染まるそれは、戦場の血錆と煤による穢れである。元の布地は戦禍の汚穢に塗れもはや見えず、踏み締めた屍の数を誇るかの如き黒一色に染め上げられている。

 

 旗は振られる。漆黒に染まるそれは、尽きせぬ憎悪に心まで黒く穢れた鬼の軍旗。

 

 いつからそこにいたのか……あるいは最初からそこにいたのか。舞台左方。まるで虚空より生じたかのように、その少女は軍旗を掲げそこに立っていた。

 黒髪の流れて、双眸には赤く入り紫に奥まる虹彩が煌めく。口元に浮かぶ微かな笑みにはどこか妖しさを伴う。憎悪に黒く染まってなお損なわれぬ神々しいまでの美貌は、もはやそれだけで一つの才であり力のようにも見えるが、しかし彼女の真価からすればそれは末端の飾りであり目眩しであると誰もが知る。

 

 鍔姫。かつての英雄にして、今や東京に生きる全ての人類にとっての大敵たる怪物がそこにいた。

 

「──さあ、戦争の始まりだ」

 

 鈴の音のように美しく、月の光のような静けさを伴った玲瓏な声はしかし、竜の咆哮の如き衝撃を以て聴衆の耳朶(じだ)を叩いた。

 

「全てが崩れ落ちていく。もはや世界に炎は放たれた。誰も彼も焼かれるのだ──」

 

 ぎらりと白刃がその身を晒す。それが当然のことのようにして虚空に浮かぶ大刀が独りでに鞘より解き放たれ、くるりと一回転し吸い込まれるように手の中に収まる。

 

 原初の盟刀“神喰(かみは)み”──身の丈ほどもある巨大な刀身より放たれる神秘の渦動が大気を振動させる。

 

 先陣を切って刀を振るっていたつるぎは思わず動きを止める。まるで金縛りを受けたかのように身体が言うことを聞かない。そしてそれは彼女だけでなく、この場にいる全員が同じだった。観客も含む同空間上に存在する全ての者が恐怖に全身を凍りつかせていた。先ほどつるぎから放たれた威圧感を矢に例えるなら、今放たれ突き刺さってくるこれは槍の例えでも生温い。破城槌だ。一撃ごとに揺らぐはずもなかったものが悲鳴を上げている。

 

 恐ろしいのは刀か、それともそれを手にする悪鬼の方か。恐らくは後者なのだろう。冷たい鎖のようにして身を縛り付けてくるそれを満身の気合を総動員して振り解き、鞘姫は声に殺意を乗せて吼えた。

 

「……姉さま!」

「足掻いてみせろ」

 

 苦もなく片手で刀を保持し、切っ先を下に向け半身になって構える。それは変則的な脇構えか。鍔姫は左手に軍旗を掲げたまま刀を手に一歩を踏み出し──

 

「全員構えろォ────!!」

 

 ブレイドが絶叫するのと、白光が舞台を横一閃に斬り裂いたのはほぼ同時だった。

 

 離れたところからその光景を眺める観客が目の当たりにしたのは、空間を縦に割るようにして舞台上を駆け抜けた一条の光線。そして無数に連続する金属音と激しく瞬く火花の嵐だった。

 そのすぐ後に目も開けていられないほどの突風が舞台より吹き荒れる。風はすぐに止んだ。目を開いてみれば、眼前に広がっていたのは信じ難い光景だった。

 

 鍔姫が残心の構えで立っている。ただ佇む様も壮麗に辺りを睥睨するその姿は一見して何の変化もないように見受けられるが、直前までと大きく異なる点がある。

 位置だ。登場時に立っていたのが観客側から見て左端だったのに対し、今彼女が立つのは舞台の右端だった。

 

「……移動したのか? 舞台の端から端まで、三十メートル近い距離を、あの一瞬で……」

「どんな絡繰だよ……」

 

 あまりに非現実的な光景にザワザワと困惑が広がる。これと比べればつるぎが見せた超人的身体能力ですらまだ常識的だったろう。

 

 鍔姫がその一瞬の内に何を為したかは明白だった。舞台の上はまさに死屍累々の様相を呈している。今し方まで戦っていた鍔姫軍の兵士も、それと対していた新宿・渋谷連合軍の兵士達も等しく倒れ伏していた。辛うじて立っているのはブレイドや刀鬼を始めとする盟刀使いのみ。刀を盾に耐え凌いだ彼らは、一様に戦慄の表情で立ち竦んでいた。

 

「野郎……味方ごと斬り捨てやがった……!」

「異なことを言う。味方? 笑止。我が覇道に弱者は不要。死んだのならばそれまでということだ」

 

 義憤に震えるブレイドの言葉を鍔姫は冷酷に切って捨てる。

 それは狂気的な物言いという他なかった。要は彼女は己以外の全てを殺そうとしているのだ。彼女は彼女の中に全てを持っていて、完結していて、その傲慢なるものを世界へ表すことに欠片の躊躇も恥じらいもない。彼女は世界を巻き込んで彼女の我儘を通そうとしている。無自覚ならまだ良いが、きっと彼女は分かってやっているのだ。

 

 何という恐ろしい女だろう。彼女にはそもそも軍勢を率いているという認識がないのだ。鍔姫にとってこれはたった一人の戦争である。ただ己一人のみによって世界全てを敵に回し、これに勝利しようとしているのだ。

 恐るべきは、それが決して狂人の戯言ではなく、極めて現実的な勝算を有していることだろう。狂おしく言葉が轟いて、この場の何もかもを打ち据えてしまった。

 

「怠惰も妥協も許されない。対岸の火と空嘯くことも許されない。もはや事の善悪を論じる必要すらない。弱く惨めである者らは悉く死に絶えよ。足掻け。足掻け! 炎の夜に踊り続けろ──!」

 

 火を吐くようにして、鍔姫はあらん限りの声量を解き放った。それは初めて目の当たりにする鍔姫の激情、内に秘されていた狂気の正体だった。

 何と尊大なのだろう。何と不遜なのだろう。その絶大なまでの力を以て、弱者……即ち己以外万象全て死に絶えろと、彼女はそう言っているのだ。もはや際限なく増大し膨れ上がった憎悪の矛先を、彼女自身すら正しく制御しきれていない何よりの証左である。そして彼女はそれをやり遂げてしまうだけの力を持っている。他の誰にも勝る、圧倒的なまでの力を持ってしまっている。これが恐怖でなく何だと言うのだろう。

 

「姉さま……否、鍔姫。ようやく理解しました。私の知る貴女はもうどこにもいないのですね。誰よりも強く優しかった貴女は……渋谷の民を、(あまね)く衆生を救うべく王たるを目指していた貴女は……もう、どこにも」

 

 覚悟していたつもりだった。しかしまだ心のどこかで希望を捨て切れていなかったのだろう。在りし日の姉の姿を、憎悪に燃える黒き炎の奥に探そうとしていたのだ。

 だが、もはや一切の望みは消えた。あれなるは不倶戴天。生きとし生けるもの全てにとっての敵であるのだと。

 

 世界は一つきりしかなくて、人は沢山にいる。だから人は誰しも誰かを慮って、お互いに譲ったり譲られたりして、折り合いをつけて、身を寄せ合いながらも位置を調整して……そうやって“間”を共有できるからこそ“人間”なのだ。自分きりの世界ではないのだと、それが分かって初めて人間であるべきなのだ。

 

 しかし、あれはもはや違う。そういった尋常の理を逸脱してしまっている。

 化け物だ。憎悪によって人の道を外れてしまった、哀しくも許されざるべき怪物なのだ。

 

「貴女は全てを己の法度によって塗り替えようとしている。何かとても激しいものへと、得体の知れない凄まじさで以て世界の全てを作り変えようとしている……(しか)るに、貴女はもはや人間ではない。討ち滅ぼすべき化け物です」

 

 見つめつつ語るその口調は酷く淡々としていて、それが却って切実に聞こえる。

 

「ああ、可愛い鞘姫……ようやく理解してくれたのだな。良い目をするようになった。今のお前ならば……殺してやれる」

 

 それを鍔姫は笑みすら浮かべて受け止めた。壮絶なまでの美貌を上弦三日月の形に歪める。妖しいまでの色気が溶け零れて香を放った。

 

「何て素敵な宣戦布告だろう。わざわざ時間をかけて北より罷り越した甲斐があったというもの。さあ、刃を手に語り明かそう。殺したり殺されたりしよう。戦禍の流血に遊び明かそう」

 

「──戦争を始めよう──」

 

 今まで以上の殺意を濁流のように撒き散らし、深紅の双眸が紫の色を深める。それが合図だった。舞台袖より更なる増援が押し寄せる。未だ乱戦は続いている。

 如何に雑兵とはいえ無視はできない。湧き出る鍔姫軍に少なくない数の将が対処に迫られる。その中にはブレイドや刀鬼の姿もあった。

 

 つまりは孤立無援。ただ一人で鍔姫と対峙することになった鞘姫は冷や汗を浮かべて刀を構える。

 正眼の構えで鍔姫を迎え撃つ鞘姫。対する鍔姫は相変わらず片手のまま、だらりと切っ先を地面に向けたまま悠然と立っている。一見してどちらも攻勢にないように見受けられるが、事実は異なる。攻める隙を見出せぬ故に守勢を選ばざるを得ない鞘姫に対し、鍔姫の態度は厳然たる実力差に裏打ちされた余裕と言うべきものだった。

 

「……ふむ、来ないか。先手は譲ってやるつもりだったが、ならばこちらから行かせてもらうとしよう」

 

 来る──鞘姫は肩を強張らせ、観客は固唾を呑んで舞台を見つめた。舞台の端から端まで一瞬で駆け抜け、その途上にあった敵の全てをすれ違いざまに斬り倒した絶技は記憶に新しい。果たして彼女はどのような戦い方をするのか……全ての者がその一挙一動に全神経を傾け注視する中、鍔姫は鞘姫に向かって一歩距離を詰める。

 

 その一歩で、鍔姫は鞘姫の眼前にまで迫っていた。

 

「ッッッ!?」

 

 ドンッ!!! と耳を(ろう)する爆音と衝撃が会場全体に轟いた。それは踏み込んだ鍔姫の足が音速を超えたことで生じた衝撃波(ソニックブーム)である。

 無論、演出だ。本気でそのままの勢いで床を踏みしめれば大惨事は免れない。鍔姫……シオンは人外の膂力と強靭な体幹を以て足裏が地に接するギリギリで急制動をかけ、床を破壊することなく人間離れした豪脚を演出してみせたのだ。

 

 実際にシオンが踏み抜いたのは床ではなく空気。だが音速を超えたことで発生した衝撃波は本物である。生じた衝撃と観客席にまで届く風圧は鞘姫を大きくよろめかせ、決定的な隙を晒す結果となる。

 

「ぐっ……!」

「脆弱な体幹だ。鍛錬が足りんぞ」

 

 膝をつく鞘姫を見下ろし、鍔姫はそう嘯きながら大刀を大上段に構える。ゆっくりと、見せつけるかのように大きく頭上へと掲げ──

 

「……っ」

 

 振り下ろす。悠然とした予備動作の構えに反し、真っ直ぐに叩き落とされる唐竹割りは目にも止まらなかった。まるで落雷の如き斬撃が実の妹目掛けて僅かの躊躇もなく放たれる。

 防御が間に合ったのは偶然か、あるいはそのように仕向けられたのか。ゆっくりとした構えの間に何とか体勢を整えた鞘姫はギリギリのところで刀を斜めに掲げ、迫り来る大斬撃を盟刀を盾に受け止める。

 

 瞬間、これまでとは比較にならない衝撃が炸裂した。とてもではないが模造刀同士の衝突とは思えぬ轟音が生じ、建物そのものが盛大に揺れ軋みを上げる。

 

「ぐあぁ……っ!?」

 

 考えるのも馬鹿らしくなるほどの威力の斬撃は易々と防御を超えて鞘姫を吹き飛ばした。“神喰み”よりは格が落ちるとはいえ、彼女が手にするのも同じく盟刀。そう簡単に壊れはしないが、並の剣であれば木っ端微塵になってもおかしくない威力に、鞘姫は十メートルもの距離を水平に吹き飛び激しく地面を転がった。

 

「ほう、防いだか。存外にやる……並の盟刀使いなら今の一撃で死ぬのだがな。だが防ぐばかりでは私は倒せん。いつまで凌げるか……」

「しゃあっ! 隙あり!」

 

 鍔姫の口上を断ち切るようにして、雑兵の群れを振り払ったつるぎが二刀を手に踊りかかる。ブレイドが新宿クラスタ随一の突破力を有すると評したのは伊達ではない。二刀流の圧倒的な手数と小柄な体躯を活かした身軽な立ち回りで瞬く間に雑兵を制圧したつるぎは、億した様子もなく果敢に斬りかかった。

 

「お姫様はすっこんでな! 私がこういう手合いとの戦い方ってやつを見せてやる!」

「ほう……」

 

 随分と自信ありげな様子に、鍔姫は興味深そうな表情で迫り来るつるぎを迎撃する。

 鍔姫は再び足踏みのために片足を持ち上げた。先程と同様、踏み込みの衝撃で隙を作り出す魂胆である。それは首領時代から彼女が好んで使う常套手段だった。

 

 だが、それよりも速くつるぎが切り込んだ。それは息もつかせぬ怒涛の攻勢。傍目からそれを見る観客には剣筋すら目で追いきれない超高速の連撃だった。

 

「こういう技もへったくれもない怪力野郎への対処法はたった一つ、そもそも攻撃させないこと! 何かされる前に攻め切っちまえばそもそも防御する必要もないって寸法よ! このまま私の盟刀“磐裂(いわさく)”の怒涛の連撃で押し切ってやるわ! フフフ、ここでコイツを倒せばキンボシ・オオキイだ! このつるぎ様が新宿クラスタ最強の剣士だってことを証明してやるわ……!」

「ふむ、技もへったくれもない怪力野郎だと思われていたとは心外だな。どれ、元渋谷クラスタの首領は防御術においても手練であると教えてやろう」

「……あ、あらら? 一向に押し切れないのだわ……?」

 

 尾を引く銀の残光が乱舞し、嵐のような剣戟が吹き荒れる。これこそが盟刀“磐裂(いわさく)”の能力。持ち主に無類の身軽さと瞬発力を与え、獣の牙のような異形の刃であらゆる敵を喰い破る“攻勢の剣”である。

 だが激しい剣戟が鳴り止む気配はない。嵐のような怒涛の連撃はしかし、悉く大刀に弾かれただの一撃とて鍔姫の身に届くことはなかった。

 

 それは凄まじい光景だった。二メートル近い巨大な金属の塊をまるで枯れ枝を振り回すかのように軽々と片手で振るう様は、一言異様と言う他ない。軽量プラスチックで出来ているのではないかと疑うところだが、金属光沢を放つ刀身の輝きと、振り回される度に鳴り響く重量のある風切り音が現実を突きつける。

 身の丈ほどもある大刀を軽々と振るう膂力と、何よりつるぎの超高速の剣筋を見切り、的確に受け止め弾く技量を有する何よりの証左である。相対する敵の強大さをようやく悟ったか、つるぎは傍目にも分かるほど顔色を真っ青に染めた。

 

「じ、冗談じゃねぇだ! こんなバケモンとまともに戦ってられるか! そ、そこの女! アンタにこのつるぎ様と刃を並べる栄誉をあげるわ!」

「えぇ……何なのですかこの粗暴な女は。これだから新宿の田舎者は……」

「ハァー!? お高くとまった渋谷(もん)が口答えすんじゃねぇだ!」

 

 勇ましく割って入り得意げに切り込んだかと思えば、形勢不利を悟った途端に泣きそうになりながら助けを求めるつるぎ。もはや誉ある一番槍を務めた勇士の面影はない。鞘姫は思わず呆れ顔を向け、自覚はあるのか顔を赤くしたつるぎは誤魔化すように声を張り上げ捲し立てた。

 

「……大したものだ。この私を前に無駄話に舌を遊ばせる余裕があるとは」

 

 敵の眼前でぎゃーすか騒ぎ立てる胆力は見事。だが油断には違いない。鍔姫は呆れたように鼻を鳴らすと、姦しい口論を断ち切るように刀を振り上げた。

 

「続きだ。二対一ならば多少は勝ちの目もあるやもしれんぞ?」

「……ッ!」

 

 唐竹の一撃が咄嗟に刀を構えた鞘姫を襲う。鋼同士がぶつかったにしても過剰な程の轟音と共に火花が飛び散り、その威力を物語るかのように鞘姫は再び大きく弾き飛ばされる。

 返す刃で振るわれた逆袈裟斬りがつるぎに迫る。相変わらず片手で振るっているにもかかわらず、その剣閃は怖気が走る程に鋭く速い。慌てて二刀を交差させ防御を固めたつるぎは、その一閃で容易く後方に吹き飛んだ。

 

「ぐぅ……ッ!?」

 

 苦しげに呻き、激しく床に叩きつけられるつるぎ。

 しかし、実のところ巧妙にそう見せているだけで、シオンは見た目ほどの力を込めて刀をぶつけているわけではない。その身に具わった大地を砕く天蓋の膂力との付き合いもかれこれ十年以上になる。力のコントロールは慣れたもので、ショベルカーでジグソーパズルをこなすが如き繊細さで自在に己が力を操り、演出として上手く利用していた。そもそも先程からポンポン吹き飛んでいるあかねとかなの二人ではあるが、実際にそれを行っているのはすぐ傍でサポートを務めているアイの念動力によるものだった。

 シオンが鍔姫として大立ち回りを始めてからというもの、彼女は幽霊としての能力でひっきりなしに心霊現象を発生させていた。音響代わりのラップ音を鳴らし、建物を軋ませ、役者を吹っ飛ばした上でそれと分からぬように軟着陸させたりと、まさに八面六臂の働きをしていたのである。

 

『うへぇ〜、忙しいよ〜』

 

 ごめんね、と誰にも聞こえない声量で囁きつつ、シオンは黒髪をなびかせ急加速。一瞬で受け身を取りつつ立ち上がった二人の背後に回り、刀を鞘に納め腰だめに深く構える。

 まさに絶体絶命。凄絶な威力を予感させる抜刀の構えを前に鞘姫とつるぎは慌てて防御を固めるが、予想される衝撃に対しそれはあまりに無力だった。神速の抜刀斬りはあらゆる防御を砕き、二人を両断するだろう。

 

 キン、と涼やかな金属音が鳴り響く。鯉口が切られ、覗いた白刃がぎらりと剣呑な輝きを放った。

 

 だがその瞬間、兵士の群れを割って二つの影が飛び出す。それは弾丸のような勢いで舞台の中心に躍り出ると、窮地にある鞘姫とつるぎを庇うようにして二人の前に立った。

 

 刹那、閃光が奔った。常人の動体視力ではとても捉えられぬ速度で放たれた斬撃は容易く音を超え、光速に迫る威力で立ちはだかった二つの影を照らし出す。

 

「来たか──」

 

 まるで火薬の炸裂の如き爆轟と閃光が迸る。それが刃同士の激突によるものだと誰が思うだろう。しかし絶死の斬撃は誰の命を奪うこともなく、交差された白刃によって受け止められていた。

 

「ブレイド!」

「刀鬼……!」

 

 燃えるような赤髪をなびかせ男が笑う。蒼銀の髪の下で鉄面皮をより険しくした男が目を細める。

 

 新宿クラスタが首領、“風刃”のブレイド。

 渋谷クラスタが将、“血族の刃”刀鬼。

 

「さあ、第二ラウンドだ。刺激的にやろうぜ……!」

「鍔姫……貴女は、俺が討つ……!」

 

 両クラスタの最強戦力が揃い立ち、復讐鬼は笑みを浮かべてそれを迎え入れる。

 戦いは終局を迎えつつあった。

 

 

 

 

 

 

『キャアアアアア!! アクアかっこいいいいい!! ファンサして〜〜〜!!』

「お願いだから耳元で叫ばないで……」

 




鍔姫(つばき)/桐生(きりゅう)紫音(シオン)
 私以外全員死ねェ! を地で行く迷惑系アヴェンジャー。忌み角と北部クラスタ残党の兵士達は「死にたくなくば従え」と言われ無理矢理徴兵された鉄砲玉であり、士気は低いが恐怖に突き動かされ遮二無二襲いかかってくるため油断できない勢力となっている。
 ボスとしては某ゴッド〇レイと某モー〇ットのような戦い方をし、更に某火の〇人並のタフネスを併せ持つ。足踏みでマップ全域を覆い尽くす衝撃波を放ち、ねっとりディレイからの神速の斬撃を放ってくる。ジャンプ回避の習熟とディレイへの対応力が求められる、覚えれば何とかなるが初見だと為す術なく分からん殺しされるタイプの正統派クソボス。
 とある忌み角と仲良くなると「鍔姫の拘束具」という鎖状のアイテムを貰え、これを使用すると一定時間完全に行動を止めることができる。だが強制的に第二形態へ移行するというデメリットもあるため、ご利用は計画的に。

【星野アイ】
 これまでは愛嬌と腕力しか取り柄のない可愛いだけの穀潰しだったが、この度晴れて愛嬌と腕力が取り柄の可愛い大黒柱にジョブチェンジした。今後シオンが超能力者として振る舞う限りアイの仕事がなくなることはないだろう。最初は上機嫌で「愛の共同作業だ〜」などとほざいて喜んでいたが、金田一の演出プランが判明するにつれみるみる顔色を失くしていった。何が共同作業だよほぼ私のワンマンじゃないか騙された!

鞘姫(さやひめ)/黒川あかね】
 原作では「戦いに前のめりな殺戮大好きクレイジー」という記号的なキャラ付けをされ原作者からの顰蹙(ひんしゅく)を買っていた鞘姫だが、こちらでは「戦いも人を殺めるのも大嫌いだがそれはそれとして世界のために消すもやむなし。死ねェ姉上ェ!」という覚悟ガンギマリキャラとして描かれている。むしろ刀鬼の方が一歩引いた位置で大人しくしてる。まあ原作「東京ブレイド」では渋谷抗争編以降碌に出番なかったみたいだし、多少はね?

【つるぎ/有馬かな】
 (ヒグマ)、遂に舞台に立つ。猛獣系アイドル有馬かなをどうぞよろしく。
 原作と違って初っ端から巨星(スター)の演技全開で行ったのは、単純にそうでもしないと鍔姫(シオン)の存在感がデカすぎて引き立て役に徹する以前の問題として完全に埋没してしまいかねないのと、そもそも原作より精神的に安定しているからというのが大きい。この世界線ではアクアとあかねがくっついておらず横恋慕する必要がないため、焦りや不安に苛まれることなくアクアの推しの子になるべく真っ直ぐに己の恋路をひた走っている。こういうので良いんだよこういうので(後方腕組みカプ厨並感)

 なお前前前世からの因縁を引っ提げたルビー(さりなちゃん)のヨスガるミサイルが控えている模様。

雷田(らいだ)澄彰(すみあき)
 最近のウワサ:舞台化企画の前後で体重が十キロ近く落ちたらしい。

鏑木(かぶらぎ)勝也(まさや)
 東京ブレイド編における真の黒幕(風評被害)
 便利に使っていた重曹ちゃんの本来の持ち味が枯れていなかったことを知ると同時、一瞬放たれた威圧感を受けて二度と彼女を軽率には扱うまいと固く心に誓った。

【ブレイド/姫川(ひめかわ)大輝(たいき)
「ウオオオオ!! 南無三!!」

 恐怖を克服し稽古時から大きく成長。遂に鍔姫の斬撃の前に立つことができた。
 ちょっとチビったのは内緒だ。

刀鬼(とうき)/星野アクア】
「ハアアアア!! 南無三!!」

 恐怖を克服し稽古時から大きく成長。遂に鍔姫の斬撃の前に立つことができた。
 ちょっとチビったのは内緒だ。

 次回は君とメルト君の見せ場なんだから気張りや。

【キザミ/鳴嶋(なるしま)メルト】
「もうさァッ! 無理だよあいつゲッターなんだからさァッ!」

 画面外で内心半ベソかきながら七転八倒していた。
 次回は君とアクアの見せ場なんだから以下略
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