傍に立つ君は完璧で究極のアイドル   作:カミキヒカラナイ

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えげつないぐらい評価とお気に入り登録が増えててびっくりしました。どうも日間ランキングに乗せて頂けてたようで、皆様には感謝の言葉もありません。
初投稿でコレとかちょっとプレッシャーですが、原作パワーによるものが99割であることを弁え、今後も不定期ながら謙虚に投稿して参りたいと思います。

というわけで謙虚にキャラ崩壊させていきます。ギャグとキャラ崩壊は残酷な友人なので、仕方ないね。


第一章 今ガチ編
4.恋愛劇への誘い


 “彼”がレフ板の前に立った瞬間、スタジオから音が消えた。

 ストロボの光がアンブレラを介し柔らかく広がる。だがそんな作り物の光など不要だと言わんばかりに、“彼”自身から発される光は輝きを増していく。

 

 それは科学的に計測され得る光ではない。オーラとでも言うべき、巨星(スター)と称される一部の才人だけが身に纏うことを許される星の光──溢れんばかりの才能の輝きである。

 

 紫水晶(アメシスト)の双眸に浮かぶ明星が一段と光輝を増す。

 その眩しさに目が眩む。瞳の輝きに押し潰されそうな錯覚を覚える。小さなスタジオの中心に発生した巨星の超重力に、この場に集う全ての人間の意識が強制的に引き寄せられた。

 

「──こっちに目線お願いします!」

 

 カメラマンの男が絞り出すように声を上げた。時が止まったような張り詰めた静寂の中、彼の発したその一言で再びスタジオに呼吸が戻る。

 彼は歴戦のカメラマンだ。才ある人、あらゆる巨星の姿をレンズに収めてきた。プロとしての経験とその腕前は知る人ぞ知るものであり、裏方の中では名の知れた人物である。

 そんな彼の額には冷や汗が滲み、カメラを持つ手は力むあまり真っ白になっている。彼が極度の緊張状態にあることは明白だった。

 

 彼ほどの人物がそこまで緊張する理由など、もはや言うまでもないだろう。彼が手繰るカメラの先で佇む“彼”──その総身から発される、小柄な体躯とは反比例するような桁違いのオーラ。視線を向けざるを得ない巨星の引力。その圧倒的なカリスマが故である。

 

 遠くに視線を送っていた紫紺の瞳が合図に応じカメラを向く。一番星の輝きを湛えた双眸に見詰められ、レンズを通してそれを直視したカメラマンの肩が小さく震える。それでもカメラを持つ手は微動だにせず、図らずもそれが彼の確かな腕前の証明となった。……だからこそ“彼”の撮影には毎度毎度彼が引っ張ってこられるのだが。

 

 そして渦中の“彼”はと言えば、カメラに視線を向けたと思った時には既に姿勢を作り終えていた。

 その身を包むのは純白のワンピース。つば広の帽子にサンダルという季節を先取りした初夏の装い。最大限に素材の良さを生かすことを念頭に作られたであろうそれは、シンプルであるが故に一切の誤魔化しが利かない。だが“彼”は一切の過不足なくそれを着こなしていた。血色の良いきめ細かな白い肌は純白の生地を際立たせ、着方によっては野暮ったく映りかねないそれを完璧な姿勢制御と抜群のスタイルの良さで生かしきる。

 カメラの位置と角度を完璧に把握し、どう振る舞えば最大限に魅力的に映るか。何より客観的に自分がどう見えているかを深く理解していなければ不可能な立ち回りだ。その上でカメラマンの意図を瞬時に読み取り、表情や身体の動きをミリ単位で調整する神憑り的なセンスと体幹の妙──

 

 紛れもないプロの(わざ)である。それを発揮しているのは、しかし未だ齢十五の少年であった。

 黒紫色にきらめく艶やかな黒髪はウルフカットに整えられ首元まで伸ばされている。ワンピースの裾から覗く肩や手足は(たお)やかで、とても成長期の少年のものとは思えぬほど細く儚い。

 何より目を引くのはその顔だ。どことなく幼さを残した顔立ちはゾッとするほど整っており、作り物めいて左右対称を描く。凛々しい少女のようにもあどけない少年のようにも見える中性的な美貌は魔性であり、中心で輝く星の双眸がキラキラと眩い光を放っていた。

 

 ビジュアルは文句なしに抜群、本人の実力も申し分ない。これ程の極上の被写体を与えられて下手な写真を撮ろうものなら二度とプロを名乗ることはできないだろう。カメラマンとしての自負があればこそその思いは一層強くなる。

 素材は最上級、そしてそれを生かすも殺すも己の腕次第。ヒリつくような緊張感に背筋を震わせながらも、男は淀みなくカメラを操る手を動かし続けた。

 

 

「……あれでアマチュアってのは詐欺でしょ」

 

 少し離れた場所からそれを眺めていた男──鏑木(かぶらぎ)勝也(まさや)はそう独り言ちた。

 

 インターネットテレビ局「ドットTV!」所属プロデューサー、鏑木勝也。常に眠そうに目を細めた初老の男であるが、その道では敏腕で鳴らす名物プロデューサーであり方々に顔が利く。

 今回、他所のプロダクションが有する撮影スタジオにお邪魔しているのも鏑木が構築したコネと伝手によるものだった。ここの雑誌部門を統括するファッションプロデューサーは過去に彼が面倒を見たことがあり、今日はその関係で招かれたのである。

 

「先輩、ご無沙汰してます」

「やあ宮田君、お邪魔してるよ」

 

 件のプロデューサー、鏑木にとっては後輩に当たる人物がスタジオに姿を現す。宮田と呼ばれたその男は小走りで近付くと、鏑木に対し頭を下げた。

 宮田が勤めるのはあの不知火フリルも所属する大手芸能プロダクションである。そこの一部門を統括するプロデューサーともなれば、頭を下げるより下げられる機会の方が圧倒的に多いだろう。しかしこの業界は何より経験が物を言う世界。己より経歴の長い先達であり、過去に世話になったこともある──というか今も偶に世話になる──相手とあらば頭を下げることに抵抗は全くなかった。

 

 鏑木としてもそういう業界特有の上下関係は十分に知悉しているため、自分より規模の大きいプロダクション所属の後輩の態度に何か言うこともなく鷹揚に受け入れる。

 そんなことより、と鏑木はスタジオの中心に目を向ける。その視線の向かう先にあるのは当然“彼”──桐生(きりゅう)紫音(しおん)の姿だった。

 

「彼が噂のカリスマ読モ『シオン』か」

「どうですか、先輩の目から見て」

「カリスマの名に違わぬ、といったところかな。今すぐにでもプロとして頂点を狙える逸材だね。あれに匹敵するオーラの持ち主は僕が知る限り数える程しかいない」

 

 一人は不知火(しらぬい)フリル。今を時めくスーパースターであり、押しも押されもせぬ芸能界の若きカリスマ。

 もう一人はかつて一世を風靡(ふうび)したカリスマアイドル。才能だけなら不知火フリルをも凌駕しかねず、だが美人薄命の宿命を(なぞ)るが如く若くしてその命を散らした不世出の天才──

 

 アイドルグループ「B小町」不動のセンター、トップアイドル「アイ」。一番星の輝きを宿したその双眸に、鏑木はかつての頂点(トップオブトップ)と同等のオーラとカリスマを見た。

 

「カメラマンが指示を出すまでもなくその意図を汲んで動いている。それでいて非の打ち所のない完璧なパフォーマンス。あれでモデル歴一年未満のアマチュアとは恐れ入るよ」

「可愛げがあったのは本当に最初の一回きりだけでした。誰に教わったのか知りませんが、二回目の撮影からはもうプロの風格を漂わせてましたよ。そして今やご覧の通りです」

「末恐ろしい限りだ。にもかかわらず彼は未だプロの道を歩んでいない。今回僕に声が掛かったのはその辺りが理由かな?」

「その通りです。本来ならウチのプロダクション総掛かりで囲い込むべきなのでしょうが……」

 

 あれほどのオーラを持つ逸材だ。モデルは元より、役者やアイドルとしても相当な活躍が見込めるだろう。言うなれば金の成る木、金の卵を産むガチョウだ。うっかり他所の事務所に取られる前に囲い込んでしかるべきであり、こんな読者モデルなどという一般人と何ら変わりない待遇で遊ばせておくなど言語道断であるとさえ言えるだろう。

 だが見ての通り、紫音は未だ読モとしてアマチュアの立場に甘んじている。その原因は宮田や事務所ではなく、紫音自身にあった。

 

「どうも彼、芸能界そのものをあまり良く思ってないみたいなんですよ。芸能界というか、水商売全般ですね。幼くして親を失い施設で暮らしていたそうなので、その育ちが関係してるんでしょうが……」

「あらら、それは根が深そうだ。確かにそういう環境で育ったのなら芸能界を敬遠するのも分からないでもない。安定という言葉とは程遠い所にある世界だからね」

「興味が全くない、というわけではないみたいなんですが……あと、妙に自己評価が低いんですよね。芸能界は見てくれの良さだけでやっていける世界じゃない、僕には荷が重い……って」

「……間違ってはいないけど、それも程度問題でしょ。あのレベルのビジュアルなら顔の良さだけである程度は食っていけるだろうに。……とまれ、事情は分かった。確かにそういう手合いに強引な勧誘は逆効果だ。宮田君が手をこまねいてる理由は理解できたよ。他所のプロダクション所属の僕をわざわざ呼んだ理由もね」

 

 プロデューサーとは制作活動の予算調達や管理、スタッフの人事などを司る制作全体を統括する職務であり、現場における権限は極めて大きい。

 中でもプロデューサーという職務の手腕を問われるのが制作に携わるキャストやスタッフの人事……所謂(いわゆる)キャスティングと呼ばれるものの成否に関わる部分である。

 

 鏑木勝也という男は、ことキャスティングの手腕に関しては特に非凡なものがあった。彼は方々に顔が利き、様々な事務所や業界人にコネや伝手を持つ……即ち、それだけの関係を構築するコミュニケーション能力の持ち主であることを示している。

 

「その気がないタレントやスタッフをその気にさせるのはプロデューサーの仕事。そして僕の十八番(おはこ)でもある。何せそれでご飯を食べてる身だからね」

「先輩のそれは真似しようにも中々真似できるものじゃありませんけどね」

「君はなまじ大手にいるからその辺鍛えられないんだよ。一度無所属(フリー)を経験してみるといい。否が応でも鍛えられるからさ」

「ははは、一度味わうと大手のブランドは中々手放せないですよ」

「それはそうだ。……さて、早速だがシオン君と少し話してみたい。いいかな?」

「はい、お願いします。──シオン君! ちょっと良いかな?」

 

 撮影が一段落ついたのを見計らい宮田が声を上げる。それに気付いた紫音は周囲の撮影スタッフに断りを入れると、ワンピースの裾を翻してこちらに歩き出した。

 サンダルの踵を鳴らして歩きつつ、紫音は一度目を閉じる。そして次に目を開けた時、あの周囲を押し潰さんばかりだったオーラは消え失せていた。

 依然として星の瞳は吸い込まれるような輝きを放っており、思わず目を引かれてしまうカリスマ性まで消失したわけではない。だが明らかに先程までの他を圧倒する超然とした雰囲気は鳴りを潜めていた。

 

(オンとオフの差が激しい子だ……)

 

「お待たせしました。ご無沙汰してます、宮田さん」

「こうして会うのは半月ぶりかな? 今日の撮影も見事なものだったよ」

「ありがとうございます。……あの、そちらの方は?」

 

 星の輝きを宿した紫紺の瞳が向けられる。至近距離からその瞳と目を合わせた鏑木は、思わず背筋が泡立つような感覚を覚えた。

 

(やはり似ている──)

 

 宵の空に一層強く輝く明星を浮かべたその瞳。かつて一つの世代を支配した絶対者、アイドルという群雄割拠の魔境(コンテンツ)の頂点で燦然と輝いていたあの少女に──

 

「紹介するよ。この人は『ドットTV!』の統括プロデューサー、鏑木勝也さんだ。僕がまだ新人だった頃にお世話になった、この道のベテランだよ」

「鏑木勝也さん、ですね。ご挨拶が遅れて申し訳ありません、桐生紫音です」

 

 全く違和感なく女性物の衣装を着こなした少年は丁寧な所作で一礼する。今は女性として振る舞っているからか、あるいはこれが素であるのかは分からないが、鏑木の目から見ても今の紫音は可憐な少女にしか見えなかった。

 特に声が良い。高めの男声にも低めの女声にも聞こえるコントラルトは耳に心地よく、歌えばきっと多くの人を魅了するだろうと確信させるものがあった。

 

「初めまして、桐生紫音君。君のことは宮田君から聞いているよ。……シオン君、と呼んでも良いかな?」

「はい、勿論です」

 

 知った仲である宮田の紹介ということもあってか、紫音は警戒した様子もなく鏑木と言葉を交わす。鏑木としても勧誘を行う上で紫音の為人(ひととなり)を知る必要があったため、スムーズに会話が進むのは歓迎するところだった。

 立ち話も何だからということで場所をスタジオ内の休憩スペースに移す。一年以上も宮田からの勧誘を躱し続けてきた相手ということで気難しい性格を想像していたが、鏑木の予想とは裏腹に会話自体は穏やかに進んでいった。

 

(なるほど、大体理解できたかな)

 

 一連の会話の中で分かったことは、思っていた以上に紫音は芸能界に興味関心があるということだった。

 だがそれ以上にリアリストであり、彼は芸能界というものに全く夢を見ていない。聞けば四歳という幼さで両親を失くし、ずっと施設で生活していたらしい。苦労の多かったことは想像に難くない。水商売の筆頭と言うべき芸能界を忌避するのも無理はない話だった。

 

 そして自分に自信がない。外見的に人より優れていることぐらいは自覚しているようだが、それが芸能界で通用するレベルのものだとは思っていないようだった。

 自信というものは人生における成功体験の数に比例するものだ。成功の数だけ自分の能力や価値を高く評価する自尊心や自己肯定感を高め、それが自信に繋がる。

 それを踏まえるに、どうやら紫音は自分の外見で得をした経験に乏しいらしかった。思えばあのアイも最初は自分の外見やファッションというものに無頓着だった。施設出身という特殊な環境が影響しているのかもしれない。

 

(相応に俳優やアイドルなどのタレント業に憧れはある。だがその育ちから水商売というものに忌避感があり、芸能界に入ることに二の足を踏んでいる。また特殊な環境で育った影響か成功体験に乏しく自分の魅力に自信がない。だから自分の実力が芸能界で通用するとは思えない、と)

 

 これなら何とかなるかもしれないな、と鏑木は内心でほくそ笑んだ。

 要は自信を付けさせてやれば良いのだ。芸能界でも自分の魅力が通用すると思わせてしまえば、後は憧れのままに突き進んでくれるだろう。

 

 そして鏑木は丁度お誂え向きの仕事を抱えていた。自分と他者との実力を比較・可視化しやすい同年代との仕事であり、またその性質故に演技力はあまり問われない。良くも悪くも自分というものを曝け出す必要のある仕事だが、だからこそ役者経験のない紫音にも勧めることができる。

 

 だが同年代の若者同士の共演ということは、これから花開くであろう若き才能に劇物を……桐生紫音という自覚なき超新星をぶつけることと同義である。

 自分に自信がなく、故に己が芸能人としてどれ程の水準にあるかを自覚していない紫音は、言うなれば動物園の猛獣のようなものだ。要は加減というものを知らないのである。先程の撮影時のような巨星のオーラを垂れ流しにしては、下手をしなくとも同年代の今は未熟な才能を潰してしまいかねない危険性を孕んでいる。

 

 だが、それが何だと言うのか。未来ある若き才能を潰してでも引き入れる価値が桐生紫音という少年にはある。例え紫音が参加したことで他の全ての共演者が自信を喪失し芸能界を去ったとしても、彼一人を芸能界に引き込めたのならそれで十分にお釣りが来る。

 

「──シオン君。恋愛リアリティショーに興味はないかな?」

 

 故に鏑木に躊躇はなかった。紫音に自信を付けさせる。ただそれだけのために同世代の若き才能を潰すことに、彼の良心は一切の呵責を覚えなかった。

 生かすべき才能を生かし、時にそれ以外は容赦なく切り捨てる。その取捨選択もまた、紛れもないプロデューサーたる彼の仕事であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星野アイは激怒した。必ず、かの面食いのプロデューサーを除かねばならぬと決意した。

 アイには恋愛が分からぬ。アイは、紫音の守護霊である。(アイドルソング)を歌い、紫音と遊んで暮らしてきた。けれども紫音に近付く泥棒猫の気配に対しては、人一倍に敏感であった。

 

『恋愛リアリティショ〜〜〜? ふーーーん、シオン恋愛するんだぁ? ふぅーーーん?』

「何でそんなに不機嫌なんだ……? 鏑木Pが話を切り出した時は何も言わなかったのに」

『空気読んだからに決まってるじゃない! 他の人の目があるところで話したらシオンが虚空と会話するヤベー奴だと思われるでしょ!』

「その配慮をどうして入学式の日にできなかったんですかね」

 

 その日の撮影を終え鏑木とも別れた紫音とアイは、陽東高校の管理する学生寮の自室──何故か同室の生徒が寮から逃げ出したため一人部屋となっている──に帰宅。周りに誰もいなくなったのを見計らい、アイはプンプンと膨れっ面になりながら詰問を開始した。

 

 言うまでもないが、星野アイは紫音を一人の異性として意識している。紫音は無に還るはずだったアイの魂を現世に留め、愛する子供達に再会する機会をくれた恩人であり、唯一意思疎通できる相手として十二年間も共に暮らしてきた異性でもある。意識するなという方が無理な話だ。

 生前ならばいざ知らず、人を愛し愛されることの温かさを知った今のアイは愛に積極的である。子供達への愛情を隠しはしないし、相棒への好意も明け透けにしている。とりわけ、生きてる間に経験できなかった“恋愛”に対する欲求はいい歳して恋に恋するレベルのものだった。

 

 なのに、肝心の相手が恋愛リアリティショーなどという(たわ)けた企画に出演しようとしている。

 同年代の小娘どもとキャッキャウフフの青春に興じようとしているのだ。

 許せん。生かしてはおけぬ。

 

 特にあの鏑木勝也とかいう番組プロデューサー。生前アイも面識があった……というか色々とお世話になったことがある手前紫音に近付いたところまでは黙っていたが、こんな話を持ち掛けてきたとあっては話が別だ。あの面食いホモオヤジ(風評被害)、顔が良い相手と見ればのべつ幕なしに粉かけおってからに。言うに事欠いて私のシオンを恋愛劇に出演させようとするとは。

 許せん。生かしてはおけぬ。

 

『で? 出るの? 恋愛リアリティショー』

「……正直、迷ってるんだよね」

 

 しかし憤懣遣る方ないアイの内心に気付いた様子のない紫音は、真剣な表情で鏑木からの提案について悩んでいた。

 

「良い機会だとは思ってるんだ。これからどんどん芸能界で活躍の場を増やしていくだろう星野兄妹と今後も関係を続けていくためには、やっぱり僕も芸能の道に進む必要がある。……正直今でも迷ってはいるんだけど、いい加減僕も腹を括らないといけない」

『シオン……!』

 

 アクアとルビーに会う機会を増やすためだけに芸能界へ進む覚悟を決めようとする紫音の健気な姿を見て、アイは直前までの怒りを忘れて感動に打ち震えた。

 

 とはいえ正直なところ、アイは今となってはそこまで無理して子供達と会う必要性を感じていなかった。

 昔はいつ何の拍子に自分が消えてしまうか分からなかったため多少の焦りはあったものの、日ごとに存在強度を増しており、そこら辺を彷徨(さまよ)っている野生の幽霊と比較すれば魂の格に天と地ほどの差がある今のアイがうっかり消えてしまう心配など皆無に等しい。

 それに確かに二人と会えるのは嬉しいが、どうせ今の状態で会ったところで一方通行でしか触れ合えないのだ。それなら今は力を蓄え、どうにかして二人の目にも姿が見えるようになってから満を持して会いに行った方が良いに違いない。

 

 だがアイはそれを口にする気は今のところなかった。

 何故なら、意中の相手が自分のために心を砕いてくれていることが堪らなく気持ちいいから。紫音からの思いやりという“愛”を一身に享受できる今のこの状況に、アイは満たされ、溺れていたのである。

 

 だからこそ、やはり紫音には恋愛リアリティショーに出てほしくない。もしそれでうっかり紫音に恋人でもできようものなら──アイは自分を抑えられる自信がなかった。具体的には相手の女を呪い殺してしまうかもしれない。呪いとかよく分からないけれど。

 

(とりあえず恋敵を呪う方法は後でシオンのスマホでググっておこう)

 

「モデル業とアイドル業は似ている。“若さ”という商品を売り物にできる期間は限られていて、三十を待たずしてセカンドキャリアを考慮する必要が出てくる職業だ。それを考えれば、若い内から映像関係の仕事を経験しておくのは将来的にも大いにプラスになる」

『私も女優やったことあるしね』

「そう。アイもそうだったように、アイドルやモデル上がりの俳優ってのは案外多い。けど役者としても大成できるのはごく僅か……生粋の役者とは年季が違うんだから当たり前だけど」

 

 アイドルでありながら映画の主演まで務めたアイや、あの若さでマルチタレントとして縦横無尽に活躍する不知火フリルは例外だ。モデル上がりの役者は珍しくないが、その内の何割がまともに稼げているかは甚だ疑問である。

 

「今後のキャリアのことを考える上で映像関係の仕事を経験できるのは僕にとってメリットしかない。それに恋愛リアリティショーは若手の登竜門とも言われる番組……出たいと思ってる若手芸能人なんてごまんといるはず。断ろうものならわざわざ僕のためにこの仕事を紹介してくれた鏑木Pの顔に泥を塗ることになる……」

『結構しっかり考えてるんだね〜』

「そりゃそうさ。芸能界は貸し借りの世界、そんなことは素人の僕でも知ってる。そういう繋がりを軽視した人間から落伍していくんだから、これから売り出していかなきゃならない身としては慎重にもなる。……けど、それとは別に悩んでることがあってね」

『悩んでること?』

「何言ってるんだって思うかもだけど……僕は恋愛ってのがよく分からなくて」

 

(おっと、何か雲行きが怪しくなってきたぞ?)

 

 まさに恋愛対象として狙っている肝心の標的(ターゲット)が言うに事欠いて「恋愛が分からない」ときた。アイは内心で冷や汗を垂らす。

 

「知っての通り僕は転生者だ。だから肉体年齢と精神年齢にちょっと無視できないズレがある。肉体的には若いから恋愛対象として見るべきなのは同年代の女の子なのに、年齢自認が三十路だからどうしても理性がストップをかけるんだ。三十代のおじさんが若い女の子に懸想するなんて犯罪的でしょ?」

 

 だからと言って大人の女性と恋愛するのもちょっと違うし、何より相手に失礼であると。そう語る紫音の表情は至って真面目であり、彼が真剣に悩んでいることが如実に伝わってきた。

 

「そうやって悩んでたら、ますます恋愛ってのが分からなくなってきて……前世でそういう男女の付き合いは経験してるはずなのに、仮にも恋愛していた相手に自分がどういう感情を抱いてたのかももう思い出せないんだ。そんな僕が同年代相手とまともに恋愛劇ができるのか、正直不安しかなくて……」

 

(よ……予想以上に深刻なやつだったー!?)

 

 流石にこれは長年一緒にいたアイにとっても予想外の悩みであった。

 しかし考えてみれば、紫音が異性に対して()()()()()を向けている場面など見たことがない。思春期の男子などもっと性的な欲求に正直なのが普通なのに、彼はいつでも理性的で穏やかそのものだった。

 紫音は転生者というだけではない特殊な存在である。それ故に多少普通の人間とは違うところがあっても「そういうものだ」として疑問に思うことをしなかった。存在そのものが異質なため、少々の違和感など違和感とさえ思わなかったのだ。

 

 そのツケがここに来て表れていた。一時期は紫音の母代わりを自認していた身として、アイはそれに気付かなかった己を恥じる。

 そしてしばし悩んだ後、アイは一つの決断を下した。

 

『シオン、出よう。恋愛リアリティショー』

「え? さっきはあんなに渋ってたのに……」

『こうなったら荒療治だよ! 恋愛が分からないなら訓練して思い出すしかない!』

 

 恋愛を成就させるという至上命題を懸けて行われる恋愛リアリティショー。参加者全員が同じ目的を掲げて集う以上、否が応でも恋愛をすることになる。

 本音を言うと嫌だが。紫音に色目使ってくる自分以外の女とか想像するだけで怨念的なアレコレが湧き出てきそうなぐらい嫌だが、仮にも守護霊を自称する身としては相棒の真剣な悩みを捨て置くことはできない。というかそうしないと、いざ自分がという時に「恋とかよく分からないのでごめんなさい」とか言われかねない。そうなったら軽く死ねる。もう死んでるけど。

 

『まずはリハビリ! 同年代相手に恋をする感覚を掴んで、ちょっとずつ女の子を性的に見る感覚を思い出していこう!』

「そうだね……少しずつ女の子を性的に──って言い方ァ!」

『だってよく考えたらずっと一緒にいるけどシオンがオ〇ニーしてるの一度も見たことない! まさか恋愛が分からなさすぎてEDになったんじゃないよね!?』

「違いますー! 大人として鋼の理性で性欲をコントロールしてるんですぅー!」

『ウッソだぁ、男の子が性欲を我慢できるわけないじゃん! じゃあ今から私が服脱ぐから、ちゃんと勃ってるところ見せ──』

「何を口走ってるんだこの幽霊!? ちょっ、やめっ、服に手をかけるなァ!」

 

 

 かくして、桐生紫音という異端者を交えた恋愛劇が幕を開ける。

 

 そして参加者の中に星野アクアの名があることを二人が知るのはもう少し先、PV撮影のために現場を訪れた時であり。

 そこで爽やかイケメンキャラを演じるアクアの姿を見て過去の黒歴史を思い出したアイが七転八倒することになるのだが、それはまた別のお話である。

 




【桐生紫音】
 シルバニアファミリーの世界に突如として生まれ落ちた、自分をゴジラだと思い込んでいる真ゲッター。例えるならそんな規模の存在だが、幸いにも自覚がないためそこまでの影響力は持たない。それでもただそこに存在しているだけで他を圧倒するオーラを発生させている。特に仕事モードになると余計に強くなる。
 彼はその異常な気配を、際立ったスターのオーラであると他者に誤認させている。それは彼なりにこの世界に馴染もうとした努力の賜物であり、アイから“嘘を真実に見せる”嘘吐きの手法(パフォーマンス)を学んだ結果でもある。

【星野アイ】
 紫音をたった数回の撮影でプロ並のモデルに育て上げた張本人。他者の目に映らないのを良いことに、撮影中の紫音に色々とアドバイスを送っている。
 肉体を持たないため性欲は(あまり)ない。その代わり独占欲が強く表出しており、下心を持って紫音に近付く女に対しては強い敵愾心を見せる。

 なお、陽東高校の寮における紫音のルームメイトだった生徒は謎の悪寒や金縛り、原因不明のラップ音などに悩まされ数日で逃げるように寮を去ったらしい。アイは第一容疑者として真っ先に候補に挙がったが、本人は頑なに関与を否定している。

【カメラマンの男】
 紫音から発される絶対強者のオーラを圧倒的なスターのカリスマによるものと勘違いしている。強ち間違いとは言い切れないのがタチが悪い。
 仕事モードの紫音を撮影する度に極度の緊張感に襲われるが、か弱い兎が殺気立った獅子の前に立てば緊張するのは道理である。

【宮田P】
 不知火フリルも所属するプロダクションの雑誌部門を統括するファッションプロデューサー。まだ若いが実力で社内競争を勝ち抜いた勝ち組サラリマン。過去お世話になった鏑木Pの影響を強く受けており、顔の良いタレントに目がない。
 何がなんでも紫音をスカウトしたいが、あまり強引に勧誘すると逆効果になると悟る。自分の事務所で独占するメリットと芸能界そのものから逃げられてしまうデメリットを天秤に掛け、プライドを捨て鏑木Pの助力を乞うことを決めた。

【鏑木勝也】
 面食いとして有名なベテランプロデューサー。田舎から出てきたばかりのアイの面倒を見たことがあり、それが彼女と黒幕が出会う切っ掛けとなった。
 紫音を一目見てその底知れない才覚を悟り、彼を芸能界に引き込むべく一計を案じる。他の出演者が紫音のオーラに潰されようが構わないと思っているが、よもや肝心の紫音が生粋の恋愛弱者だとは見抜けなかった。
 読めなかった……この鏑木の目をもってしても……!






【疫病神ちゃん】

「だ、駄目だ、勝てない! 因果の果てに待つのがコイツでは絶対に勝てない!」

 紫音の存在もアイのことも把握しているが、相手が世界のバグすぎて手出しができない。下手に手を出して自分をゴジラだと思い込んでる真ゲッターがゲッターエンペラーに進化されたら目も当てられないため、カラスによる監視にも細心の注意を払わねばならず日々胃を痛めている。
 本の頁を破くように容易く世界を崩壊させる危険を秘めている相手だが、本人にその自覚がないのが不幸中の幸い。いつ何の拍子に地表を踏み抜くか分からない存在なので心臓に悪い。偶にアクアとルビーの方を盗み見て相対的に癒されている。

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