傍に立つ君は完璧で究極のアイドル 作:カミキヒカラナイ
前回は高評価を要求しているようにも見える紛らわしい発言をしてしまい申し訳ありませんでした。弁明させて頂きますと当方にそのような意図は全くなく、一気に三十以上増えた☆10評価に何事かと一頻り驚いた後に事情を察した次第です。
☆10評価は使用できる回数が限られた貴重なものです。くれぐれも使い所を誤らぬよう、そしてヒロインにゲボ吐かせるような低俗な小説にうっかり使ってしまうことがないよう、この場を借りて改めて周知させて頂きたいと思います。
それはそれとして既に付与された高評価はありがたく頂戴したいと思います。返品不可なのであしからず。唾つけちゃうもんねぺっぺっ!
「……そんなことがあったんだ。まさかあのアイが幽霊になってたなんて……」
「うん、信じられないと思うけど……」
「ううん、そうでなきゃ記録にある姿と全く同じなことに説明がつかないし、さっき突然姿を現したのも見たからね」
一時はアイの挑発で我を失いかけたあかねだったが、シオンがとりなすことで冷静さを取り戻す。
そして一度冷静になれば理解は早かった。元々科学では説明がつかないような超能力を振るう彼氏が身近にいる故に下地はあったとはいえ、あかねは持ち前の明晰かつ柔軟な思考力により驚くべき早さで目の前の光景を受容するに至る。
だが、理解できることと納得できることはまた別問題だ。恋い慕う男の傍に別の……それも自分より付き合いの長い関係性の女がいるのだ。穏やかでいられるはずもない。
(けど、ここで感情的になるのは禁物……)
ざわつく心を抑え、あかねはそう強く自分に言い聞かせる。
あかねの心の感情的な部分は少なからずショックを感じていた。自分以外の近しい異性の存在を秘密にされていたことに、裏切られていたような錯覚を覚えたのだ。
しかし、これを浮気と言ってしまうのは論理的ではない。何故ならシオンとあかねは正式に付き合っているわけではないからだ。対外的にはともかく、お互いの認識において二人の関係はあくまで
それに、どうやらシオンとアイは相当深い仲であるらしかった。それも当然だろう。両親を失い天涯孤独となったシオンにとってアイは唯一の身内と言える相手だし、死んで消滅を待つばかりだったアイにとってシオンは命の恩人とも呼べる存在だ。
互いが互いにとっての唯一無二。考えれば考えるほど、この両者の関係に割って入るのは困難なことのように思えた。恐らくシオンがあかねだけを見て、愛してくれることは──可能性はゼロとは言わないが、限りなく不可能に近い。それはアイからのスキンシップを受けて恥ずかしがりながらも拒否はしていない様子から明らかだ。
むしろあかねは歓喜に震えていた。何故なら、シオンが自分の与り知らぬ所で別の女と親しくしていたと知っても、あかねは微塵も失望を感じなかったからだ。
無論、ショックはある。しかしこの一事を以てあかねの心がシオンから離れることは僅かにもなかった。それを自覚できたからこそあかねは歓喜したのだ。この想いが一時の熱病などではない、本物の恋であると確信できたからである。
そうであるならば、もはやあかねに迷いはなかった。たとえ
遥か遠くの星に想いを馳せ、それを追い掛け続けること。それこそはあかねが最も得意とすることなのだから。
その間にどれだけの障害があろうとも、そんなものは全く諦める理由になりはしないのだ。
「それではアイさん。これからよろしくお願いしますね?」
「……へぇ、これから?」
「はい。
「ふーん……」
先程までの動揺ぶりが嘘のようにあっけらかんと告げられるあかねの言葉に、アイはやや鼻白んだような、あるいは感心したような顔で小さく鼻を鳴らす。
アイの魂胆は透けて見えていた。見せつけるようなスキンシップも、煽るような言動も全てはあかねを
たとえば感情に任せてアイに暴言*2を吐いたとしよう。だがシオンとアイの関係性を鑑みるに、それは悪手としか言いようがない。シオンにとってアイは唯一の身内、血は繋がっておらずとも家族のようなものだ。そんな相手を悪く言われては面白くないだろう。事情が事情とはいえ、少なからずシオンからの心象が悪くなることは避けられないはずだ。
ずばりアイの狙いはそれだ。即ち、シオンからあかねへの好感度を落とす巧妙な罠……!
「ねーシオン、コーヒー飲んでいい?」
「いいけど、それ僕の飲みかけだよ。新しいの頼もうか?」
「二名って言って個室とったのに三杯頼んだら店員に怪しまれるじゃん? あ、でも砂糖とミルクは入れるね☆」
罠……のはずだ。しかしその割にはあかねの目も憚らずシオンの飲みかけのコーヒーをねだる*3アイからはこれと言ってわざとらしさを感じない上に、それを受けたシオンの反応もいつも通りといった風情なのが気に掛かった。
まさか煽りとかそういうのではなく、その距離感と甘ったるい猫撫で声がいつも通りの様子だとでも言うつもりだろうか。イチャイチャイチャイチャしやがって年齢考えろよぶっ飛ばすぞこの経産婦アイドルがよ……*4
(けど、そうはいかない! きっとシオン君は私とアイさんが険悪になることは望まないはず)
アイには十年の積み重ねというアドバンテージがある。愛情と時間の相関関係には諸説あるが、やはり長年に渡って培われた絆というものは無視できない強みだ。出会ってまだ一年と経っていないあかねでは容易に太刀打ちできるものではない。
あかねが最も恐れるのはシオンから拒絶されることだ。拒絶さえされなければ、どれだけ時間が掛かろうが隣に並び立つことができる。そのためにはここで勝負を急ぐべきではない。焦りは禁物、まずは地盤固めの段階である。
あかねが目指すのは、シオンにとって都合のいい女である。
他に女がいたと知っても怒らない。拒絶しない。何なら仲良くだってする。一番だの二番だのは瑣末事だ。最終的に傍にさえいられればあかねの勝ちなのだから過程に拘泥するべきではない。そのためには傍に置いても不快にならない、ストレスを感じない都合のいい女であることが望ましい。
明るくて元気でとびきり可愛い──実年齢はともかく外見的には──女の子であるアイと真っ向勝負するのは分が悪いことをあかねは理解していた。ただでさえあちらには時間的アドバンテージがあるのだ。ああいう男好きする性格の女と同じ土俵で競うのはナンセンス……持ち味をイカすべきである。
あかねは知っている。男性が彼女にしたいと思うのは確かにアイのような愛嬌のある女性だが、最終的に傍に置く相手……即ち妻として男が求めるのは、三歩下がって相手を立てられる奥ゆかしい女性像であるのだと。元は“女は男の三尺後ろを歩くべし”という江戸時代の考えだが、それは現代であっても変わらない。本質的に男は健気に自分を支えてくれるような女を好むものである。
そう……あかねは既に彼氏彼女などという
「お、怒らないの? 別の女性がいる状況で……いや、まあ、アイとは付き合ってたわけではないけど……あかねさんと交際するなんて不誠実なことをしてたのに」
「怒るわけないよ! そもそも私とシオン君の交際は番組で上手くいってなかった私を助けてくれるために始めたもので、今の関係だって番組の内容を嘘にしないためのものなんだから。ずっと私を助けてくれてたシオン君に怒るなんて筋違いだし、第一シオン君の境遇ならこれは不可抗力だよ」
そう、不可抗力だ。アイと共にいることにシオンに非は一切ないし、そのことをあかねに黙っていたことも仕方のないことだ。こうして実体化できるようになったのもつい最近のことで、あかねと出会った当初アイはシオン以外の誰にも見えなかったのだという。そんな状況では幽霊などという胡乱な存在を誰にも明かさず秘密にしておくのは当たり前だし、それを責めるのはあまりに酷というものだ。
だからあかねはシオンを責めるつもりなど一切ない。というか責められるわけがない。誰が幼い内から天涯孤独となった少年の唯一の家族の存在を非難できるというのか。
むしろあかねは嬉しく思っていた。このことを打ち明けてくれたということは、シオンがあかねのことをそれなり以上に信頼してくれていることの証明に他ならない。何とも思っていない相手にこんな大切なことを教えたりはしないだろう。
だからあかねは複雑な内心をおくびにも出さず笑顔を見せる。
誰を愛そうがどんなに汚れようが構わない。最後にシオンの隣にいるのが自分であればいいのだから。
「あ、ところでシオンのファーストキスは私が貰ったから☆」
「何だァ? てめェ……」
◆あかね、キレた!!
一方、アイはこの状況を楽しんでいた。
やたらとあかねのことを煽り散らしているが、殊更に悪意があるわけではない。ちょっと煽ったぐらいでは彼女がシオンのことを諦めるわけがないと理解した上でのジャブ……じゃれ合いのような感覚だった。これでもアイなりにあかねのことを認めているのだ。
アイにとっては誰かに恋をするのも初めてならば、その相手を巡って誰かと争うというのも初めての経験である。
生前にそのような機会はなく、恋も愛もすっ飛ばしていきなり子をなしたアイにとって、恋愛にまつわる全てが新鮮な驚きに満ちていた。シオンを前にして感じる胸の高鳴りも、彼に想いを寄せるあかねを見て込み上げるモヤモヤする感覚も、その全てを生前には体験できなかった未知の経験として楽しんでいた。
確かにあかねは恋敵だが、アイは怒ってなどいない。
そしたらどうも本気で怒らせてしまったらしく、あかねは見たこともないような形相で怒り狂っていた。
ウケる。撮っとこ。
「ふ、ふ、ふ、ファ、ファーストキス!?!? 婚前交渉なんて破廉恥な!!!!」
「え、怒るとこそっち? ていうかキス程度で婚前交渉とか言い出したら何もできなくない? 恋人同士なら高校生でも
「こ、これだから中学生で不純異性交遊してる人は……! 不潔! 私とシオン君は清いお付き合いをしてるんです! それをあなたという人は横から……!」
「えー私とシオンの間に後から入ってきたのはそっちじゃーん。横からって言うならそれは私のセリフじゃんね?」
「くっ……!」
ちなみにアイはあかねが思ってるような策略など考えてもいない。失言を引き出させてシオンからの好感度を下げようなんて企みは特になく、先に述べた通りただその場のノリで煽って遊んでいるだけである。
そもそもアイにはそんな奇策になど頼る理由がない。何故なら彼女は確信しているからだ。たとえこの先どれだけの女が言い寄って来ようとも、シオンが選ぶのは自身をおいて他にないと。なんかお友達からとか言われた気もするがきっと照れているだけだろう可愛いヤツめ。アイとシオンの間に存在する絆は、既に友達などという言葉で言い表せるような安いものではないのだ。
二人は既にして相思相愛……! 結ばれるのも時間の問題……! と言って差し支えないであろう……!
アイは薔薇色の未来に思いを馳せる。昔住んでいたようなマンションも良いが、斉藤家のような一軒家も悪くない。将来的に見込めるシオンの収入ならばきっと立派な家が買えるだろう。そこを二人の愛の巣とし、LoveLove ChuっChu(死語)な熱々新婚生活を送るのだ!
「アイさん、故人は除籍されるから法律的には結婚できないんですよ。籍を入れようにも入れるための籍がないんですから」
「お黙り! 二人の愛を証明するのに法律なんて必要ないんだよ!」
絶対に怒らない都合のいい女とは何だったのか、
「結婚なんてただの過程であって、重要なのは一緒になるという結果! 過程や方法なんてどうでもいいんだよ! あと法的に婚姻できなくても式は挙げられるから問題ナッシング! 実はちょっと憧れてたんだよねウェディングドレス!」
「法律を軽視するのは結構ですが、そうするとシオン君は公的には独身という扱いになるのですが。いいんですか?
「ぐっ、むっ……で、でも大切なのは当人がどう思ってるかだし! 今の時代、既婚者であるかどうかは社会ステータス的にそこまで重視されないし、独身の芸能人なんて珍しくもないし!」
「そうですね。シオン君がそれで幸せだと言うのなら私がとやかく言うのはお門違いというものです……でも、一つ重要なことを忘れていませんか?」
「じ、重要なこと?」
「子供……できるんですか?」
「ッッッ……!!」
誰もが思っていても口には出さなかった問題を、あかねは容赦なく突き付けた。アイの顔が盛大に引き攣る。
そう、あかねの指摘は正しい。実体化したとはいえ、その身体は霊子が高密度に凝縮して構成された仮初の肉体。生身の人間とは根本的に異なる存在だ。食事も睡眠も必要なく、何なら呼吸の必要すらない。あらゆる活動代謝とは無縁の霊的存在であることに変わりはなく、当然ながら子をなすことは不可能である。生命なき存在に新たな命を生み出すことはできないのだ。
あかねがアイの事情について知ったのがついさっきのこと。しかも彼女はオカルト的な知識に乏しい一般人だ。にもかかわらず即座にそのことに思い至るとは、驚異的な洞察力という他ない。
「あ、アクアとルビーがいるし……」
「その二人はシオン君と同い年じゃないですか。子を産み育てる喜びは何も女性だけのものではないんです。連れ子が悪いとは言わないですけど、シオン君だってきっと自分自身の子供が欲しいと思うはず……!」
「くっ……!」
ちなみに二人とも当たり前のように結婚する前提で子供の話をしているが、アイはともかくシオンとあかねはまだ高校生である。彼氏とか彼女とかの段階をすっ飛ばした会話の飛躍について行けず、シオンは口を挟むことさえできず目を白黒させていた。
「ていうか最初の殊勝な態度はどこ行ったの!? さっきからあかねちゃんやたら辛辣じゃない!?」
「殊勝な態度は荼毘に付しました。自分の胸に手を当てて考えてみてください……初っ端から煽り全開だったアイさんに辛辣だの何だの言われる筋合いなんてないと思いませんか?」
「ぐぐぐ、それはそう……」
ぐうの音も出ないアイに対し、あかねの舌鋒は更に切れ味を増していく。アイとて決して頭が悪いわけでは──中卒なので学力はお察しだが──ないが、流石に都内でも有数の進学校に通う才女が相手では分が悪いどころではなかった。ただ勉強ができるだけではない、確かな知識と明晰な思考能力に裏打ちされた論理の刃は的確にアイを追い詰めていく。
「ところで以前シオン君から料理が趣味だと教えてもらったことがあるのですが、まさかとは思いますけどアイさん自分では一切料理しないなんてことないですよね? さっきコーヒー飲んでましたから普通に飲食はできるみたいですし……へぇ、五年前ぐらいから物質干渉できるようになって食事もできるようになったと。それ以来普通に毎日ご飯を食べているんですね。で、お料理はされるんですか? まさか食事のお世話は全部シオン君に任せてるなんてことないですよね? 確かに昨今は男性が料理をするなんて珍しくもないですし、夫婦共働きが一般的になった今のご時世に男は外で働いて家事全般は女の役割という男女分業のステレオタイプは過去のものとなりましたが、それは女も外で働くようになったからこそ言えることであって、働いていない以上は女が家事を行うべきです。……超能力関係の仕事はシオン君との共同作業? チッ惚気かよ超能力の仕事なんてこの間のマジックショーが最初じゃないですかそれで共働きを主張するのは烏滸がましいと思いませんか? その点私はちゃんと料理できますし、今もその上達に余念はないつもりです。自分も働いていようが関係ありません、だって未来の旦那様には美味しいご飯を食べてもらいたいじゃないですか。花嫁修業というやつです、私はそれだけ本気ということなんです。ところでアイさんはシオン君のために何をしてあげられますか? シオン君の力で消えずに現世に留まれてお子さんとも再会できて生身の身体も得られたアイさんはシオン君のためにどれだけ貢献してきたんですか? ちなみに私はちゃんと自分の収入があるので経済的にシオン君の負担になることはないですし仕事の兼ね合いもあるので毎日とはいかないかもしれないですがシオン君のために美味しいご飯を用意してあげられますけどあなたはアイさん?」
「うわ〜〜〜ん!! あかねちゃんがいじめる〜〜〜!!」
論理の刃ではなくマウント返しだった。先発正妻マウントを仕掛けたアイの完全な自業自得だが、あかねの後発良妻マウントの高火力に涙目で敗走。見事なしっぺ返しを食らったアイはべそかきながら引き下がるのだった。
「いじめるとは人聞きが悪いですね。私は正論を申し上げているだけです」
「え〜んシオン〜正論女が口悪くて怖いよ〜」
「どさくさ紛れに甘っっったるい声でシオン君にすり寄るのやめてもらっていいですか?」
「いいもんいいもん、料理が苦手でも家事ができなくてもシオンは私を受け入れてくれるんだから! それにあれ、あれだよあれ! 私は歌上手いから! シオンは私の歌が大好きだもんねー♡」
「わ、私だって歌くらい歌えます!」
「へー、何オクターブ何BPMまで歌えるの?」
「くっ……!」
ギスギスという擬音が質量を得て空間を満たしているようだった。加速度的に険悪になっていく空気にシオンは思わず胃の辺りを手で押さえる。たとえ超酸*5をがぶ飲みしたところでビクともしないぐらいシオンの胃壁は頑丈なので胃痛など起きようもないのだが、気分的な問題である。
しかし、いつまでも胃を押さえながら座視しているわけにもいかなかった。いくらこの喫茶店の個室が防音に優れているといっても限度がある。シオンとあかねの二人で入ったはずの部屋から女二人の言い争う声が漏れ聞こえれば流石に怪しまれるだろう。ただ怪しまれるだけならまだ良いが、異常を確かめるために店員が踏み込んでくるような事態になれば困ったことになる。まだこの段階でアイの存在が世間にバレるわけにはいかないからだ。
「二人とも、そこまで。これ以上騒ぐとお店の迷惑になるからね」
意を決したシオンの声が静かに響く。
決して大きな声だったわけではないが、しかし効果は
終始オロオロしているだけのシオンだったが、この場での発言力が一番高いのは他ならぬ彼である。本人は浮気がバレた二股男みたいな気分でこの場にいるが、事情を理解したあかねは別にそんなこと思っていないし、そもそもあかねとシオンの関係は惚れた側と惚れられた側である。アイの方も言わずもがなだ。
こと恋愛関係において主導権を有しているのは常に惚れられた側である。“惚れた弱み”という言葉があるが、まさにその力関係を端的に表していると言えるだろう。この三人の関係の中心にいるのはあくまでシオンで、故にアイとあかねは彼の言葉を無視することができない。ぶっちゃけシオンが毅然とした態度でいれば先の言い争いすら起きなかったわけだが、まあ、所詮はもしもの話である。この腕力ばかりは立派な優柔不断唐変木男にそんな対応など望むべくもない。
だが、結果として喧嘩を仲裁……いや、一時的にでも止めることができたのだから上出来だろう。これ以上ヒートアップしてアイの存在が露見してしまっては事である。
「とりあえず……アイ。今日この場はあかねさんに事情を説明して謝るために設けた席なんだから、あまり失礼な態度をとらないように。いくらあかねさんがお気に入りだからってちょっかいかけるんじゃないよ子供じゃないんだし」
「はー!? 別にお気に入りじゃないんですけどー!?」
「興味のない相手の名前なんてわざわざ覚えないでしょアイは」
「ライバル! あかねちゃんとは宿敵と書いてライバルと読む関係なだけだから!」
そんな二人の会話の様子を見たあかねはムッと唇を尖らせる。
ここまで遠慮のない物言いをするシオンを見るのは初めてだったからだ。あかねの知るシオンは常に相手への気遣いを欠かさない丁寧な物腰の少年であり、それはあかねに対しても例外ではない。丁寧と言えば聞こえは良いが、そこに少なからず隔意……というのは言い過ぎにしても、多少の距離を感じてしまうのは確かだった。少なくともアイに対するような砕けた話し方をされたことはあかねにはない。二人の距離の近さにあかねは嫉妬と羨望を禁じ得なかった。
「それで、あかねさんはどうしたい?」
「……どうしたいって?」
「この関係を続けるのかどうか。ビジネス彼氏彼女だと言っても、常に五メートル圏内に別の女性がいるような男と関係を続けるのはあかねさんにとって苦痛なんじゃないかと思うんだ」
「…………」
「だから、あかねさんが望むならすぐにでもこの関係を解消しようと思う。勿論、あかねさんの評判に傷が付かないよう僕の方から振ったように世間には公表するつもり」
絶ッッッッ対嫌ですけど????
という本音が口から飛び出そうとするのを、あかねは理性を総動員することで何とか堪えた。舌の付け根ぐらいまで迫り上がっていたので実際ギリギリだった。
全く冗談ではない。ビジネスだろうが何だろうがこの関係はあかねとシオンを繋ぐ唯一の
「……シオン君は悪いと思ってるんだよね? アイさんがいるのを黙ってたこと」
「それは勿論。僕にもおいそれとアイのことを話せない理由はあったけど、そんなのはこっちの事情であってあかねさんには関係のないことだからね。あかねさんにとって僕のしたことは不義理でしかないと思う」
「そう。なら……」
「本当に悪いと思ってるなら……一つだけ私のお願い、聞いてくれるかな?」
「勿論、僕にできることなら
ん? とアイが怪訝そうに眉根を寄せる。今結構致命的な失言がなかっただろうか。
その直後、アイは今の一瞬に感じた不安が的中したことを悟った。暗い顔で俯いていたあかねの目がギラリと光り、口角がほんの僅かに持ち上がったのを目撃したのである。
その表情は雄弁に物語っていた。
言質頂きました、と。
「ッッ、待ってシオン! これはあかねちゃんの巧妙な罠──」
その制止の声がシオンの耳に届くより、あかねが行動に移す方が僅かに早かった。
椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったあかねが大きく身を乗り出す。普段の彼女であれば絶対にしないような急激な動作に虚をつかれたシオンが目を見張る中、その意識の隙間を縫うようにしてあかねの手が差し伸ばされ、細く白い両手がシオンの両頬に添えられた。
テーブルに片膝をついて身を乗り出したあかねとシオンの距離が近づき、重なる。テーブルを間に挟んでいたせいでやや無理のある姿勢だったためか、
「────」
「……“何でも”なんて安請け合いしちゃダメだよ。女の子は皆狡くて計算高いんだから」
乗り出していた身体を戻し、席に着いたあかねはそう言って艶然と微笑んだ。チロリと覗かせた舌先で自身の唇を舐める。それまでに抱いてきたあかねの印象からは掛け離れた妖艶さすら感じさせるその仕草に、シオンだけでなくアイまでもが愕然とし言葉もない。
忘れてはならない。黒川あかねは“役者”である。
「一つだけお願いを聞いてくれるって言ったよね? なら、お願い。別れるなんて言わないで、これまでの関係を続けさせてほしいな」
「……これまでの、関係?」
「ビジネスカップルの関係ってこと。仕事の合間にたまにデートして、SNSで今ガチのファンにその情報を発信するだけの関係。今はそれ以上を望まないよ」
ここで「正式に付き合ってくれ」と言えば、シオンは頷いてくれたかもしれない。だが、それはあかねの望むところではなかった。そんな騙し討ちのような形で得た関係では、長年に渡って培われたアイとの絆には太刀打ちできないだろう。
故にあかねが願うのは現状維持。ビジネスライクな関係だろうが何だろうが、今の立ち位置がこの上ない特等席であることには違いない。少々卑怯な手であることは否めないが、それでも死守するだけの価値が今の関係にはある。
そして、あくまで望むのは今ある関係の維持だけ。それ以上はあかね自身の力で勝ち取るべきものであり、今この場で願うものではない。今し方の行動は決意表明のようなものだった。これまでは敢えて明言することのなかった秘めた想いを、決意と共に行動で示したのである。
一番に拘泥するつもりはない。シオンにとって最も愛するべき女性がアイだと言うのならそれも良いだろう。
だが、独占することだけは許さない。これはアイと、何よりシオンに対する宣戦布告だった。
「──私、本気だからね」
恋は、戦争なのだ。
「まったくさーーー! もやもやするよーーー! マスター、まるちゃんスペシャル追加で!」
都内某所、会員制のバーにて。そんなことを叫びながらやたら度数の高いカクテルを呷る女性がいた。
美しい女性だった。容姿もそうだが、何より全身から醸し出される雰囲気が常人とは一線を画している。地味な服装や野暮ったい伊達眼鏡では隠そうにも隠し切れない、輝くように華やかなオーラ。
自然体のままに身に纏うそれは、紛うことなき
「スケジュールだけ押さえられて何やるか決まってないって何よ! 作品ありきでこの役お願いします、って言われるなら分かるけど、結局実力じゃなくて私の知名度しか見られてないってことでしょ!? もやもやするなー!」
「まあまあ、ドラマとかではよくあることですし。それにゆらさんの場合はちゃんと実力も加味されてのキャスティングですよ。今を時めく大女優じゃないですか」
そんな管を巻く彼女の酌に付き合う男がいた。
容姿について語るならば、彼の見目の良さは片寄ゆらにも見劣りしていなかった。日本人離れした金髪の地毛に、整った目鼻立ち。しかし明確に彼女と異なるのは、その男には思わず目を惹かれるような雰囲気が……きらめくような
容姿に優れるだけの一般人。それが男の第一印象から感じ取れるものであり、事実としてそうだった。彼はタレントではなく、小規模な芸能事務所の社長という立場の人物だった。
片寄ゆらと言えば、それこそ日本人であれば今や誰もがその名を知る大女優。二十五という若さながら数々のドラマや映画で主演を務めた実力派俳優である。その知名度の高さはあの
そんな押しも押されもせぬ大女優と、中小プロダクションの社長──それも若く見目の良い──がプライベートで酒を酌み交わしている。ともすればスキャンダルにもなりかねない一場面だが、こうした行いは二人にとって珍しいことではなく、今回のこれも何度となく繰り返した内の一回でしかなかった。
何故いち芸プロの社長に過ぎない彼が片寄ゆら程の人物とここまで近い距離で接しているのか……この立場を得るまでに想像を絶するほどの地道な
「
「ゆらさん役に入り込んだら凄いじゃないですか。制服着たら本物の女子校生より女子校生らしくて、全然キツいなんて思いませんけど」
「あはは、ありがと。でも本当はさ、向こうももっと若い役者使いたいって思ってるはずだよ。ただ看板張れるほどの知名度がある若手がいないから私を使おうとしてるっていうか……不知火フリルレベルならまた違うんだろうけど、あの子はあの子でスケジュールキツキツだろうしね〜」
「不知火さんですか。マルチタレントから始まり、最近は女優業を主にしつつある……よく考えればゆらさんと似たキャリアを辿ってますね、彼女。顔も抜群に良いですし」
「そうそう、顔良い枠っていくらでも需要あるから。最近特にノリに乗ってるし、色んなとこから死ぬほどオファー来てるだろうなー……あ、そういえば」
思い出したようにスマホを取り出した片寄ゆらは、慣れた手つきでとあるネット記事を検索すると男に見せた。
「顔が良いと言えば、今話題沸騰中の彼! 彼……彼女? いや彼。ミキさんはどう思う?」
「何で三人称が曖昧なんです? どれどれ……」
ミキさん、と呼ばれた男はスマホの画面を覗き込み、示されたネット記事に目を通す。その見出しには「美貌の超能力者の謎に迫る!」と大きく記されていた。
「超能力? このご時世にまた珍しい……」
「あれ、ミキさん知らないんだ? 今かなり話題になってると思うんだけど」
「いやぁ、生憎と最近色々と立て込んでまして。少しばかり世間に疎くなってました」
具体的にはとある登山道の下見になど精を出していたのだが、男はそれを口にすることはなかった。
「わかるー。今の情報化社会、ちょっと数日目を離すだけであっという間に浦島太郎状態だもんねぇ。でも、流石に彼のことを知らないのは芸能界の人間としてどうかと思うよ? ちょっと待ってて、今画像検索するから……あった、これこれ!」
ほら! と言って突き付けられるスマホの画面。そこに映し出されていたものに、男はその一瞬呼吸を忘れて息を呑んだ。
そこに映っていたのは寒気がするほどに美しい人物だった。どことなく幼さを残した顔立ちと体つきは妖精のような神秘性を醸し出し、一方で完全な左右対称を描く顔立ちは人形のような無機質さも感じさせる。それでいて非人間的と感じさせないのは、その表情があまりに人間的な熱量に満ちているからだろうか。目は口ほどに物を言うという言葉があるが、まさに彼の瞳には思わず目を惹かれるような輝きで満ちていた。
それは宝石を思わせる紫紺の瞳だった。
その目を、男は知っていた。天より授かった才の輝きが星のようにきらめくその瞳。あらゆる欺瞞すら眩く覆い隠す星光を両の瞳に宿したその人物は──
舞台の上で笑顔のまま
男は派手に椅子から転げ落ちた。
【
やめて! 僕のために争わないで!
→対義語:争え! 勝った方を愛してやる!
……というのは流石に冗談だが、それはそれとして本当にそう言えばガチで争いをおっぱじめていた可能性がある。コイツはもう少し自分が他者に与える影響力というものを自覚した方がいい。
実際のところシオンがあかねのことをどう思っているのかと言うと、実は既にかなり絆されている。誰だって自分のことを健気に慕ってくれる可愛い女の子を無下にはできないもので、それはシオンも例外ではなかった。所詮は男なので。
それまでは「自分は転生者で肉体的にはともかく精神的にはオジサンだから……」と一線引くようにしていたが、ここに来てのあかねの一転攻勢に押され気味。そして今回の一件で王手を掛けられた。
ギャルゲの攻略ヒロイン風に例えるならば、シオンは数回の親愛度上昇イベントを挟んだ辺りで告白すれば付き合えてしまえるチュートリアル系チョロインタイプ。自分から浮気とかはしないので誰かに先を越されさえしなければ付き合ってそのままゴールインするのは簡単である。
ただし良くも悪くも純朴で惚れっぽい
【
あかね「でも……“子供”できないですよね?」
アイ「それを言ったら殺されても文句は言えねぇぞ!」グオッ
子作りだけが男女関係の全てじゃない! それに君にはアクアとルビーという良くできた子供が二人もいるんだ!頑張れアイ! 負けるなアイ! この仁義なきヒロインレースで星野アイに清き一票を!
ところで
【
実は原作あかねと違ってこの時点ではまだキス未経験のウブなネンネだった。
だがここからのあかねはひと味違う。自分からキス&恋敵への宣戦布告を同時に済ませたのである。つよい。一方でアイとのレスバはマウントの取り合いに終始しており、折角の偏差値78の頭脳が十分に活かされることはなかった。掛かってしまっているかもしれません。冷静さを取り戻せるといいのですが。
天才達の恋愛頭脳戦ならぬ
ちなみにキスと宣戦布告を済ませたあかねは、この後会計伝票を持って颯爽とその場を後にした。このヒロイン男らしすぎる……
だが後ろ姿からでも分かるほど耳が真っ赤だった。かわいい。
【
原作において不知火フリルが国民的アイドルと作中で呼ばれている一方、彼女は今を時めく大女優と評されている。世間的な知名度に関しては同程度かもしれないが、恐らく芸能人としての実力では片寄ゆらの方がキャリア的に上だと思われる。
某黒幕(笑)からは「アイを超え得る才能の持ち主」と評価されており、それを裏付けるように未来を語る彼女の両目には星の光が映し出されていた。しかしその才能がために黒幕(爆笑)に目を付けられることになる。そして趣味の登山の途中、遂に黒幕(大爆笑)の魔の手にかかりその命を散らす──
というのが本来の流れだったが、唐突に完璧で究極のゲッターがインターセプトしてきたことで運命は覆される。サンキューゲッター。
【謎の男(ミキさん)】
名前を言わなくても分かるあの人。いったい誰キヒカルなんだ……
“星野アイを超え得る者を殺すことで星野アイの重みが増す”とかいう「お前は何を言っているんだ」理論で何人もの未来の大女優を暗殺してきた
【
実はアイの目論見が上手くいってしまうと、念願叶ってアクアと結ばれた場合シオンが
有馬「抱けえっ!!(焦り) 抱けっ!!(焦り) 抱けーっ!!(焦り) 抱けーっ!!(焦り)」
有馬かな……おもしれー女だ……噛んでも噛んでも味がする……
ちなみにようやっと登場したカミキなんとか君ですが、当分の間は霊圧が行方不明になります。そんなすぐ終わらせるわけないじゃないですかやだー。というか時間稼ぎしないと接近した瞬間にアイレーダーに引っ掛かってお陀仏ですよ。まだしばらく踊ってもらうからなぁ?(ニチャァ)