傍に立つ君は完璧で究極のアイドル   作:カミキヒカラナイ

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お待たせして申し訳ございません。ちゃんとプロット通りに書いているのですが、自分の書きたいお話を上手く文章化できず手こずってしまいました。ちょっとスランプ気味なのかもしれません。

何はともあれ新章スタートです。今回は導入部なので碌すっぽお話は進みませんし盛り上がりに欠ける内容ですがボルガ博士お許し下さい!



第五章 悪因悪果、天網恢恢編
45.炎上しない炎上騒動はただの日常回


 アイが実体化を果たしてから数ヶ月の時が過ぎた。

 

 それからというもの、アクアとルビーの芸能界での活動は順調すぎる程に順調だった。

 

 一見してそうは見えなくとも、やはりアイの死は二人の心に大きく影を落としていたのだろう。しかしアイが復活したことでそれもなくなった。未だに僕から離れられないため普通の家族のように一緒に過ごすことはできないが、会おうと思えばいつでも会えるという事実は二人に精神的な余裕を与えているようで、彼らから以前まで感じていた危うさといったものは今や欠片も感じられない。

 

 それがより顕著なのがアクアだった。静けさの下で常にどこか鬼気迫るようだった雰囲気は鳴りを潜め、クールなキャラクターはそのままに、険が取れ丸くなったことでより親しみやすい人物像に変化を遂げていた。

 彼がコメンテーターを務める番組「深堀れ☆ワンチャン!!」においてもそのキャラクターは人気を博し、今やアクアは番組になくてはならない人材として存在感を発揮していた。歯に衣着せぬ毒舌クールキャラというキャラクターながら、滲み出る生来の優しさが雰囲気を和らげ取っ付きやすさに繋がっている。特にアイ譲りの顔の良さも相俟(あいま)って女性人気が凄まじいらしく、アクアがレギュラーになってからというもの視聴率は伸び続けているようだ。

 

 そしてルビーもアクアに負けず劣らず日々魅力的に成長していっている。今や新生B小町は千人規模の箱なら瞬く間に埋め尽くすほどの人気アイドルグループとして成長を遂げていた。地下アイドルとしては異例の成長速度と言っていいだろう。メンバー間の雰囲気は良好で、それぞれがそれぞれのファンをしっかりと獲得し良い感じに人気を三分している状況。これといってメンバー格差は存在せず、理想的なグループとして順調に知名度を上げつつある。

 

 だが、それでも僅かにだが突出しつつあるのがルビーだった。これまでは人気インフルエンサーでもあるMEMちょと実力派の有馬さんに挟まれやや埋もれ気味だったルビーだが、アイの復活を契機として急激にアイドルとして頭角を現しつつあった。

 

 果たしてアイと再会できたというだけでここまで変わるものだろうかと、そんなことを思ってしまう程にルビーの変化もアクアに負けず劣らず大きかった。元々天真爛漫が服を着て歩いているようだったのに、最近のルビーは更に輪を掛けて溌剌とした雰囲気を放っている。アイドル活動が楽しくて仕方がないといった風情で、見ているこっちまで楽しくなってくる程だ。やはりそういう変化はファンにも伝わっているようで、今のルビーは以前にも増して魅力的になったと評判だった。

 

 しかも驚くべきことに、ルビーはB小町としての仕事以外にも活動の幅を広げつつあった。

 

 その最たるものはアクアがレギュラーを務める番組「深堀れ☆ワンチャン!!」のリポーターとして出演するようになったことだろう。突然のリポーター就任にはテレビの前でそれを見ていた僕もアイも驚いたものだが、後で聞いたところアクアにとっても完全な不意打ちだったらしい。

 何でも壱護(いちご)さんの協力の下に作成した企画書を持ち込み、ルビー自ら番組に……番組プロデューサーである鏑木(かぶらぎ)さんに営業をかけたそうだ。アイドル活動以外には目もくれていなかった今までのルビーからは考えられない行動には驚かされたが、どうもアクアと同じ番組に出演したかったというのがその理由であるらしい。何とも可愛らしい理由だが、しかし実際にそれを実現してしまうその行動力には感嘆を禁じ得なかった。

 

 アクアはアクアでドラマの脇役をやったりモデルをやったりと活動の幅を増やしているし、兄妹揃ってマルチタレントの道を着々と進んでいるようだ。アクアは舞台「東ブレ」の後一時的に無気力になっていた時期があったので、活力を取り戻してくれて一安心といったところである。

 

 一方、僕は屋外ステージでのショー以降大きな舞台は自粛するようになっていた。

 

 詳しいことは知らされていないためよく分からないのだが、何でも僕が空を飛んだことがちょっとした問題となったらしい。一応事務所の方で飛行許可申請は行っており法的には問題なかったようなのだが、流石に宇宙一歩手前まで行かれるのは想定外だったというか、そのような高高度から急降下したことが安全上問題視されたようだ。今回は何事もなかったが、もし加減を誤って市街などの人口集中地に落下した際の人的被害がどうとか……落下中に居眠りでもしない限り僕が着地点を誤るわけないし、よしんば座標がズレたとしても再度上昇すればいいだけなので事故など起きようはずもないのだが、まあ、そんなことは僕以外には知る由もないことだ。当然と言えば当然の懸念なのかもしれない。

 

 そういうわけで、その一件以降あまりに派手な演出は自重し、やるにしても小規模なステージでのショーに留まっている。まあ屋内で飛行する分には何も問題はないし、こちらの方が観客との距離が近いため演出がよく見えるとファンからも評判だった。一度に招待できる観客数が限られるためチケット購入の競争率がやたら高くなってしまったという問題はあるが、あのような大きな舞台でのショーばかり連続していたのがそもそも異常だったのだ。正直このぐらいの規模の方が身の丈に合っていると思う。

 

 そして大規模なショーを自粛するようになったのを契機に、宮田(みやた)さんは嬉々としてショー以外の様々な仕事を持って来るようになった。アプリ版東京ブレイドに登場した鍔姫(つばき)の声優を務めたのもその一環である。

 他にもモデル業を再開したり、歌を歌ったりCMに出演したりとアクア同様にマルチタレント路線で幅広く活動する日々が続いた。そうしている内に、遂にその時が訪れる。

 

 ネットTV「深掘れ☆ ワンチャン!!」へのゲスト出演……ルビーとはコラボ企画以来の、そしてアクアとは実に半年ぶりとなる共演が決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、今日も始まりました深掘れ☆ ワンチャン!! 番組リポーターのルビーです! 本日はスタジオからお送りしまーす!」

 

 スタジオに星野(ほしの)ルビーの明るい声が響き渡る。

 

 美しい少女だった。照明を全身に浴びて若い情熱が燃えている。彼女が声を上げる度に、身振りを交える度にこの空間そのものが華やいでいくようですらあった。

 

 ルビーは誰の目から見ても逸材だった。類稀な容姿と卒のない振る舞いで瞬く間に番組内で頭角を現した星野アクア……その妹ならば使()()()だろうと鏑木の鶴の一声で急遽抜擢されたルビーだったが、彼女はその期待を裏切ることなく──否、期待以上の働きを示してみせた。

 

 ルビーのちょっとお馬鹿で失礼で図太い──バックにいる壱護の入れ知恵もあるが殆どは素である──キャラが大いにウケたというのもあるが、何よりもその優れた容姿が決定的だった。兄であるアクアもそうはお目に掛かれないレベルの美男子だが、ルビーのそれは更に輪を掛けて極まっている。超美形の兄と超絶美形の妹という組み合わせはそれはもうウケにウケた。初めて二人が揃ってスタジオに登場した時など某SNSのトレンド上位に番組の名が載ったほどだ。数あるネットTVの中の一つに過ぎないこの番組がである。

 

 正味なところ、兄共々何故このような番組にいるのか理解に苦しむレベルの美貌だった。何せ「深掘れ☆ ワンチャン!!」とは“競馬場で一番大負けした人を探してみた”だの“AVにモザイク掛ける人達に取材してみた”だの“ブラック企業の一発芸大会に潜入してみた”だの、グレーゾーンギリギリを狙った危うい取材ばかりを敢行するようなかなりアングラ寄りの番組である。華のアイドルがどうしてこんな所に自ら飛び込んできたのかと、関係者一同は揃って首を傾げたという。

 

 そこには「愛するお兄ちゃん(センセー)と同じ空間で一緒に仕事をしたいな☆」といういじらしい乙女心が存在するわけだが、そんなことを余人が知る由もなく。

 いずれにせよ、美形双子タレントという看板キャラを得たこの番組は順調に視聴率を伸ばしていった。元々業界視聴率の高い番組だったが、ネットTVという枠組みの中であればもう立派な人気番組の一つと言って過言ではないだろう。

 

 必然、そうなれば番組に降りる予算は増える。そして予算が増えればできることが増える。

 そして今日、ネットTV「深掘れ☆ ワンチャン!!」はその潤沢な予算を以て超豪華ゲストを招いていた。

 

「今日の深掘れ☆ ワンチャン!! は一味違う!? な、な、な、なんと! 今話題沸騰中のとある超大物芸能人をお招きしております! それではゲストさん、どうぞ〜!」

 

 ルビーの声に応じ、幕を払って一人の少年がスタジオに足を踏み入れる。

 

 瞬間、空気が変わった。

 

 黒髪の流れて、双眸には紫に奥まる虹彩が煌めく。口元に浮かぶ微かな微笑みにはどこか人ならざる妖しさを伴う。芸能入りして一年、十六歳となってより美麗さの深まった容貌は、もはやそれだけで何にも勝る一つの才であり力である。

 しかし、この場の誰もがその冠絶した美貌ですら彼の本質ではないと知る。彼の名が世に膾炙(かいしゃ)したのは、彼だけに許された異能によるものであるのだと。

 

 ──“超能力者”シオン。それが番組が莫大なギャラを投じてでも是非にと招いた豪華ゲストの正体だった。

 

「初めまして、桐生シオンです。本日はお招き頂きありがとうございます」

 

 ルビーのそれが聞かずにはいられないものだとするならば、シオンの声は聞かぬことを許さないものである。管弦の美鳴を思わせるその声音には巨大な威が込められていた。

 

 華やかに、どこまでも華やかにシオンは笑う。それだけで舞台演劇の一場面のようですらあった。一挙手一投足には人目を引かずにはおけぬ華やぎがあり、一度笑ったならばその場の主役とならずにはおかない魔力がある。天を衝く霊峰を目前にした時、人はそれ以外の何も視界に入らなくなるものだ。自然体でそうあることが彼の特質であり、それはこの場においても遺憾なく発揮されていた。

 

 正しく巨星(スター)。この存在感の強烈さを前にしては、番組が誇る二枚看板ですらその光を翳らせるよりない。しかしキャストのみならずカメラマンすらもが緊張に息を呑む中、当の星野兄妹は平常運転だった。

 何故なら二人は知っている。シオンの本来の存在感はこの比ではないのだと。数ヶ月前、カラスの妖怪変化(ツクヨミ)を前に見せた本気*1のオーラを目の当たりにした経験のある二人にとって、仕事モードのシオンなどまだ可愛いものである。イオナズンとイオグランデぐらい違う。

 

「その超能力で数々の奇跡を引き起こす現代の異能! 今回はその不思議な力をとことん深掘りしていきたいと思います!」

「よくウチの番組なんかに来てくれたもんだよ。一体どんだけギャラ積んだんですか?」

 

 いつも通りのテンションで進行するルビーと、それに普段通りの調子で合いの手を入れるアクア。固まったスタジオの空気が僅かに弛緩する。

 ギャラの話は制作側の立場にないと知り得ない。カメラマンの後ろで腕を組んでいた番組D(ディレクター)漆原(うるしばら)(てつ)は、キャスト達の視線が己に向いていることを察すると両手を上げ、渋い表情で首を横に振った。

 

 勿論凄まじい費用を投じている。何せ業界でも最大規模のプロダクションに所属する話題性抜群の旬のタレントだ。星野兄妹を起用する以前の番組の予算ではとても手が出ない人材である。

 

「めっちゃお金かかってるそうです」

「そりゃそうやろ!」

「地上波でもないのに無茶するなぁ!」

 

 どっと笑いに包まれるスタジオ。その様子を眺める漆原の心は作った表情とは裏腹に晴れやかだった。

 

 漆原は外部の制作会社のディレクターである。元々はキー局の社員だったのだが、そこで問題を起こし首を切られて現在の制作会社に移ったという経緯がある。

 その問題というのが、いわゆるパワハラやセクハラ等に端を発するコンプライアンス違反だった。

 

 その件に関して漆原は言い訳をするつもりはない。問題視されたパワハラもセクハラもしっかり身に覚えがある。だが敢えて抗弁させてもらうなら、漆原がやってきたようなコンプラ違反はテレビ局という世界では()()()()()だったのだ。

 にもかかわらず突然槍玉に挙げられ首を切られたのは、要するに生贄(いけにえ)である。昨今のコンプライアンス遵守の風潮を受け、社内の自浄作用がしっかり働いていることを内外に示すための都合の良い生贄。

 

 無論、生贄に選ばれるだけの理由はあった。視聴率のためなら手段を選ばないと言われるテレビ局の中でも漆原は特にその傾向が強いディレクターであり、とりわけ部下へのパワハラは日常茶飯事。それでいてテレビマンとしては平凡だった。

 出る杭は打たれるものだ。分かりやすいコンプラ違反の常習犯がいて、しかもそいつは首を切ってもさほど困らない程度の能力しかない。真っ先に切り捨てられるのは当然の帰結だった。

 

 そんな(すね)に傷のある漆原が今の制作会社に拾われたのは、コンプラ違反も厭わずグレーゾーンギリギリの取材を敢行できるその姿勢を買われたからに他ならない。不道徳と面白さは表裏一体だ。表現規制やコンプライアンスでどんどん業界がクリーンになってきている一方、反比例するようにどんどんテレビは無難でつまらなくなってきている。旧態依然としたテレビマンである漆原に求められているのは、まさに今のテレビ局には撮れない不道徳で面白い番組を作ることである。

 

 思うところがないわけではなかったが、漆原は理解していた。規制の中で面白いものを作れるならいいが、自分はそうではない。天才ならざる己にできるのは何かの焼き増しの泥臭いエンタメだけなのだと。

 無論のこと本意ではない。誰が好き好んで真っ先に首を切られるリスクを負ってまでコンプライアンスに抵触し続けるだろうか。真っ当な番組を作れるのなら漆原だってそうしたい。しかし今の規制と忖度が横行するテレビ業界で面白い番組を作れるような才能など彼にはなく、地上波にはできないギリギリを攻めることでしか漆原は業界での価値を証明できないのだ。

 

 そんな折に現れた星野兄妹の存在は、漆原にとってまさに福音だった。見た目に華やかで第一印象のインパクトがあり、キャラが立っていてトークが面白い。番組のキャストとしてはまさに理想的と言っていい存在である。

 何故なら、視聴者の多くは出演者を見て番組を視聴するか否か決める者が多いからだ。勿論実際の放送内容を見て視聴を決める者もいるだろうが、大抵は「この人が出てるなら見ようかな」と考える者の方が多いことだろう。

 

 しかしながら、深掘れ☆ ワンチャン!! のようなアングラ寄りのネット番組に誰もが知るような名のある芸能人などいるはずもなく。どれだけ漆原が苦心して面白い企画を考案しようが、編集に工夫を凝らそうが、集客力のあるタレントがいなければ視聴者が寄り付かないという厳しい現実がある。無論それが全てだというわけではないが、そういう側面があるというのは事実だった。地上波以上に玉石混淆(ぎょくせきこんこう)なネット番組においては特にそれが顕著で、知名度のあるタレントがいるかどうかで大幅に視聴率が変わってくる。

 

 その点、星野兄妹はまさに番組が求めていた逸材だった。

 

 兄のアクアは()()舞台「東京ブレイド」においてメインキャラクターの一人を務めた俳優であり、そこで見せた凄絶なまでの感情演技で話題を呼んだ新進気鋭の役者である。有名人とまでは言えないまでも、知る人ぞ知ると言える程度には知名度があり、その優れた容姿は初見の視聴者の印象にも残りやすい。頭の回転の速さはトーク力にも表れており、コメンテーターとしての実力も申し分ない。集客力のある知名度と容姿、集めた客を掴んで離さないトーク力とキャラクター性を併せ持った逸材と言えた。

 

 そして集客力を語るならば妹のルビーは兄以上のものがあった。現役アイドルという肩書き(ブランド)もさることながら、何よりも特筆すべきはその抜群の容姿である。

 芸能界とは才能の坩堝だ。ルビー以上の才能の持ち主など腐るほどいるが、こと容姿に限っては彼女は上澄みも上澄みのレベルにある。あどけなさを残す美麗な顔立ちに、華奢ながら女性らしいメリハリのある肢体……そして何より、全身に満ちる華やかな活力。それこそ生命力に満ち溢れていると言ってもいい程に、ルビーは躍動的な活力を全身から放っていた。

 

 噂によると、彼女の所属するアイドルグループ「新生B小町」のファンからはルビーは「見る栄養剤」と呼ばれているらしい。実際にその姿を目の当たりにしたことで、漆原のみならず番組スタッフの誰もがその風説に深い納得を覚えたものだった。

 存在感が違うのだ。まるで彼女一人だけが光り輝いているように見える程に、溢れ出る活力が彼女の存在感を一際強いものとしていた。彼女が声を上げる度に、身振りを交える度に、笑顔を浮かべる度に自然と視線が吸い寄せられてしまう。

 

 誰もが目を向けざるを得ないカリスマ性……ルビーはただあるがまま天真爛漫に振る舞うだけで、その活力を周囲に影響させる。自然と見る者を笑顔にさせる、そんな雰囲気が彼女にはあった。

 

 この二人の存在により深掘れ☆ ワンチャン!! の視聴率は右肩上がりを続けていた。特定のタレントに依存した視聴率というと不健全に感じるかもしれないが、テレビ業界においては普通のことである。著名なタレント一人の存在が視聴率を左右する事例など枚挙に(いとま)がなく、それは決して悪いことではない。とりわけ、内容に依らずタレント由来の固定ファンがつくという状況は番組に良い影響を齎していた。

 

 タレント目当てのファンによって安定した視聴率が見込めるということは、視聴率欲しさに無茶な企画を組む必要がないということだ。以前ならば少しでも視聴率を上げるためにグレーゾーンギリギリ……どころか黒に片足突っ込んだような企画に挑む必要に迫られていたが、今はそこまでのリスクを冒さずとも安定して視聴率を得られるようになった。

 

 勿論番組らしさを損なわないようなギリギリのチョイスの取材を行うのは変わらないが、以前ほどのリスクを重ねる必要がなくなったというのは大きい。特に部下に無茶を強いることが格段に減ったと漆原は肌で実感していた。無茶な取材には相応の労力を要する。とりわけ雑務の一切を担うAD(アシスタントディレクター)の負担は大きく、以前の漆原は部下のADに相当量の業務を強いていた。

 

 担当回の制作と編集を一手に担うディレクターの仕事量もかなりのものだが、ADの負担も馬鹿にならない。それは自分もかつてADだった経験があるためよく分かっている。それでも視聴率のためには面白い番組を企画する必要があり、そのためには如何なる無理を押してでも取材を敢行しなければならない。その無理を通すためにパワハラ紛いの……否、パワハラそのものの態度で部下を駆り立てていたことは、当然ながら漆原自身も自覚するところだった。

 それこそがかつていた会社を首にされた原因であると知りながらも、漆原はそれ以外の方法を知らないでいた。所詮己は古い業界人なのだからと、まさにその在り方をこそ求められて今の現場にいるのだと己に言い訳をして、今の時代にはそぐわない己の態度から目を背けていたのだ。

 

 本当は漆原とて分かっていた。そんなことを繰り返していてはかつての二の舞を演じるだけだろうと。

 不道徳と面白さは表裏一体。確かにその通りなのだろう。だがもはやそんな時代ではないのだ。たった一度の炎上が番組の存続にすら影響するコンプライアンス重視の時代において、漆原の古いやり方は長続きするものではない。必ずリスクとリターンが釣り合わなくなる時が訪れる。部下へのパワハラが問題視されるか、倫理を欠いた形振り構わぬ取材が批判されるか、あるいはその両方か。いずれにせよ身の破滅は目に見えていた。

 

 しかし、星野兄妹の登場により状況は一変した。一流のキャストは凡作を傑作にする。現場のルビーが持ち前の容姿と可憐な──あとちょっと天然気味な──振る舞いで何の変哲もない取材風景に彩りを与え、スタジオのアクアはそんな妹の姿に辛辣なツッコミを入れ笑いに変える。これが殊の外ウケた。

 

 元々深掘れ☆ ワンチャン!! のようなドキュメントバラエティと呼ばれるジャンルは、番組が用意した過激な企画に出演者が身体を張って挑戦する模様を密着するというのが本来の特徴だ。制作側の企画力と、出演側の演技力(リアクション)の両輪で成り立つジャンルなのである。

 だが、これまで番組の面白さを担保していたのは制作側だった。どれだけギリギリのチョイスで面白い企画を用意できるかが番組の出来不出来を左右していた。それは端的に出演者サイドの力不足──地上波でもない一介のネット番組では珍しいことでもないが──であり、ドキュメントバラエティというジャンルとしてはバランスを欠いた状態だったと言える。

 

 しかしその力関係は逆転した。番組の面白さを担保するのは今やルビーとアクアのリアクションであり、身も蓋もない言い方をするなら、用意するのが平凡な企画であっても面白い番組が成り立つようになったのである。

 もはや漆原や部下のADが徹夜で企画を組むようなことはせずとも良くなった。手を抜くと言うと語弊があるが、肩の力を抜いても許されるようになったのだ。

 

 星野兄妹の台頭を契機に、漆原を取り巻く全てが好転していった。制作に手を抜くような真似はしないが、やはり限りなく黒に近いグレーから普通のグレーゾーン程度の企画で事足りるようになったのは大きい。倫理を無視した強引な取材は必要なくなり、パワハラ紛いの恫喝で部下を駆り立てることもなくなって久しい。それでいて番組の視聴率は右肩上がりだ。

 

 そうして遂にこの日が訪れた。大手も大手、業界内でも最大規模の芸能プロダクションが誇る超新星──桐生シオンを自分の番組に招くことができたのだ。

 

 あらゆるキー局が彼のスケジュールを巡って日夜激しいキャスティング競争を繰り広げていることは有名な話だ。話題性という点において今や彼に勝る若手は存在しないだろう。

 何故ならばシオンは現状、世界でただ一人の本物の超能力者だからだ。日本のみならず世界中が彼に注目していると言っても過言ではない。手で触れずに物を動かし、瞬間移動し、全身から雷や炎を放ち、生身のまま自在に空を飛ぶ……誰もがその力の秘密と、それが齎す奇跡の数々に夢中になっていた。その熱はデビューから半年経った今でも全く衰えていない。

 

 そんな雲の上の存在が一介のネット番組に……それも自分が制作に携わる番組に出演するという奇跡。それが星野兄妹のお陰であることを漆原は理解していた。

 星野兄妹とシオンが親しい間柄であることは周知の事実だった。兄のアクアとはクラスメイトで、恋愛リアリティショー「今ガチ」や舞台「東京ブレイド」で共演した仲であり。そして妹のルビーにはコーチとしてアイドルの指導を行った間柄であるという。勿論、深掘れ☆ ワンチャン!! のプロデューサーである鏑木(かぶらぎ)勝也(まさや)のツテもあるだろうが、一番の決め手となったのが二人の存在であることは明白だった。この番組はもう二人に足を向けて寝られないだろう。

 

「それでは早速シオンさんの超能力を深掘りしていきましょう! BOW!」

「ところで深掘りって具体的に何するの? 僕今回の企画についてあまり詳しく教えてもらってないんだけど」

「お任せで!」

「お任せ!?」

 

 シェフのお任せコースで、みたいなノリで企画を丸投げされたシオンがその整いすぎる程に整った顔を驚愕で彩る。

 

「もちろんこれには理由があります! 未だに世間で盛り上がっている『シオンさんの超能力は本物か偽物か』論争に終止符を打つべく、シオンさんには事前準備一切ナシで来てもらいました! 番組の段取りも何もかも知らされてはおりません!」

「よくこんな滅茶苦茶な企画にOK出したよなお前のとこの事務所」

「あはは……」

 

 これまでシオンは大きな舞台でしかその超能力を披露してこなかった。故に一定数「何らかのギミックを用いているのではないか」という意見が存在しており、シオンの超能力否定派の論拠となっていたのだ。

 

「しかし当番組の低予算スタジオには大掛かりなギミックを仕込む余地など皆無!」

「低予算とか言うなよ本当のことだけど」

「ここでド派手な超能力を披露できれば、シオンさんの力は本物であると証明できることでしょう!」

 

 シオンには本当に何も知らされておらず、彼に伝えられているのは番組で超能力を披露してもらうということだけ。事務所に話は通っているとはいえ、こんな騙し討ちにも等しい企画がよく通ったものである。それだけ事務所はシオンの能力に信を置いているということなのだろう。

 

 そして漆原や番組スタッフには知る由もないことだが、アクアとルビーの二人はシオンの超能力の秘密を知っている。霊体化しているため姿は見えないが、今もシオンの傍らにいるであろう自分達の母親……星野アイこそが彼の振るう超能力の源であるのだと。

 曰く、超パワーで素手で大型トラックすら解体する、念動力により手で触れずに物を動かす、熱量(エネルギー)の吸収により対象を瞬時に凍結させる、目から呪霊を祓う怪光線を放つ(!?)等々……かつて普通の少女だったアイは、シオンという規格外から力を与えられたことでただの幽霊ではあり得ない超常的な存在へと進化を果たしたのである。

 

 だからルビーは遠慮なく企画の丸投げを敢行する。無敵のアイドルで最強の幽霊であるアイならばどんな無茶振りにも応えてくれるだろうという確信があったからだ。

 

 一方、アクアは妹ほど楽観できず一抹の不安を拭えずにいた。

 

 企画の成否そのものに不安はない。シオンとアイの超能力が種も仕掛けもない本物であることは既に明白である。問題は、これまで二人が見せつけてきた超常現象のどこからどこまでがアイの力であるか不明瞭なことだった。

 実のところ、アクアは二人が具体的にどのような能力を有していて何ができるのかまでは把握していなかった。その背景には急激に知名度を増したことで多忙となったシオンとプライベートで会える機会が激減したことがあり、今の今までその辺りを詳しく聞くタイミングを逸し続けてきたのである。

 

 果たして本当に超能力を扱うのはアイだけなのか? この期に及んでアイに力を与えている張本人に何の特殊能力もないなんてことがあり得るのか? アクアの脳裏に宮崎で目の当たりにした漆黒の太陽の威容が過ぎる。

 

 アクアが危惧しているのは、ずばり舞台東ブレの惨劇の再来だった。ここはステージアラウンドのような広い舞台ではないのだ。もしシオンの持つ力がアクアの想像通りだったとして、それをこんな狭い低予算スタジオで披露されては堪ったものではなかった。

 

(頼むから程々の手品でお茶を濁してくれよ……)

 

 だが、そんなアクアの願いも虚しくシオンは気合いを入れるようにフンスと鼻息を荒くする。どこからどう見ても張り切っていることが明らかな様子だった。

 

「お任せってことなら普段はできないことをしようかな。ゲスト参加型のイリュージョンショーなんてどうだろう」

 

 シオンはスッと右手を掲げ……グッと握りしめる。

 ガオンッという異音が鳴り響き、次の瞬間、アクアはシオンの隣に移動していた。

 

「………………え?」

 

 それは異次元の握力による空間の圧縮現象。天体級の質量すら握り潰すシオンの手の平は一瞬でアクアとの間に隔たる空間そのものを削り取ったのだ。

 そして削り取られた隙間を埋めるかのように、周囲の空間が圧縮され次元上に生じた“無”の空白が閉じる。真空状態が発生することさえ許さない絶対的な“削除”。パソコンのバックスペースキーを押したかのように、削ったところへ向かって空間が……()()が皺寄せする。

 

 それによって生じた事象……それは擬似的な空間跳躍、即ち「瞬間移動」だった。

 

 次元圧縮による力技の座標転移で強引に瞬間移動させられたアクアは、何が何だか分からず目を白黒させるばかりだった。つい一瞬前まで席に座っていたはずなのに、まるで場面が切り替わるかのように景色が一変し気付けばシオンの隣に立っていたのだ。まるで意味がわからんぞ。

 

「それではアイたっての希望により今からアクア君を女の子にしようと思います」

「なんて???」

「それでは始めます!」

 

 何やら聞き捨てならない言葉が聞こえたことで我に返ったアクアだったが、あまりに遅きに失した。

 シオンがスッと手をかざすと、アクアは頭皮のあたりに温かな熱を感じた。まるで美容室でヘッドスパを受けた時のような心地良さが頭部を包み込み──

 

 次の瞬間、ボッ! と勢いよくアクアの髪が腰の辺りまで伸び広がった。

 

「は??? は!?!!??」

「あら不思議、アクア君の髪が女の子みたいに長くなっちゃいました〜。種も仕掛けもございません」

「あはははははっ!!」

 

 一見するとシオンへの無茶振りのように感じられるこの企画だが、紛れもない本物の超能力者であるシオン(及びアイ)にとっては自分達にできることをやれば良いだけなのだから無茶でも何でもない。

 むしろリスクを負っているのは番組側だったのだ。シオンに企画内容が伝えられておらず、その中身を一任しているということは、彼が何をするのか誰も知り得ないということ。訳も分からず頭皮に生命力を流し込まれ髪を伸ばされたアクアは普段のクールキャラを取り繕う余裕もなく動転し、それを見たルビーは腹を抱えて大笑いした。

 

 そしてシオンの奇術はまだ終わらない。パチリと指を鳴らすと、アイの念動力によりスタジオの外に置かれていたシオンの手荷物から小さなポーチが飛び出した。

 それは仕事柄女装することも多いシオンがこんなこともあろうかと常に携帯している化粧道具のセットだった。飛来してきたポーチから口紅やら何やらを取り出すのを見たアクアの表情が盛大に引き攣る。

 

「ま、待てシオン。それを使って何をするつもりだ」

「ごめんね? でもこれもアイのお願い(しごと)だから」

「待て、早まるな! 話せばわかる!」

『待ったナシ! 大人しくママにおめかしされなさ〜い☆』

 

 聞こえるはずもない(アイ)の幻聴が聞こえたと思った次の瞬間、ファンネルよろしくシオンの周囲を滞空していた化粧道具が一斉にアクアに踊りかかった。

 一瞬だった。瞬きする暇すらありはしない。電光石火の速度で化粧品の数々が飛び交い、アクアの顔にファンデーションを塗り、コンシーラーを(まぶ)し、頬にチークを入れ、唇にリップを引き、睫毛をカールさせる。最後に長くなった髪をハーフアップにし大きなピンクのリボンでまとめてフィニッシュ。その間、シオンは微動だにすることなく腕を組んだままだった。誰の犯行であるかは一目瞭然である。

 

『ふー満足満足☆』

「はい、完成。星野アクア改め星野アクアマリンちゃんの出来上がりです!」

「………………(呆然)」

「あはははははははははっ!! お姉ちゃんだ!! お兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃった!!」

 

 母譲りの素材の良さを完璧に引き出した見事なナチュラルメイクのワザマエである。男性らしい長身と体格を除けばどこに出しても恥ずかしくない完璧な美少女の出現にスタジオに感嘆の声が満ちる。なおルビーは最初から最後までずっと大爆笑*2だった。

 

「あはははは! あーお腹いたい……いやー、流石はシオンさん! この小さなスタジオでも変わらず見事な超能力です! それでは続きまして、当番組が事前に行った取材により市井の声から選出された『シオンさんにやってみてほしいマジック』トップ10を順番に実践して頂いて……」

「あ、その前にちょっといいかな?」

「はい、何でしょう?」

 

 呆然としたままのアクアを置き去りに番組を進めようとするルビーだったが、そこでシオンから待ったがかかる。

 シオンには何も段取りを伝えられていないのだから当然だが、勿論ここで待ったが入ることは番組の進行には含まれていない。とはいえ敢えて無視する理由もないため、ルビーはセリフを中断してシオンに向き直った。……それが自分の首を絞めることになるとは知らず。

 

「今回の番組に臨むにあたって、有馬さんから言伝を預かっています」

「? 先輩から?」

「『アンタも私と同じ目に遭うといいわ。地獄に落ちなさいベイビー』だそうです」

「同じ目? …………あっ」

 

 スッとシオンの手が差し伸ばされ、その指先がルビーを照準する。ルビーの顔からサッと血の気が引いた。

 

「待って! 話せばわかるから!」

「ファンからはゲッダンって呼ばれてるらしいね。詳しくはB小町Ch.のコラボ回をチェック!」

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 実の娘とて容赦はせぬとばかりにアイの念動力がルビーをその場に浮かせ、ぐるんぐるんとダイナミックに回転させ始めた。

 

『ゲッダン☆ ゆーれるまーわるふーれるせつなーいきもちー♪』

「ギブギブギブ! ウーマンリブ!」

「俺はいつまで女装してればいいんだ……? もう化粧落としていいか……?」

「番組終わるまではダメだって」

「嘘だろ……」

 

 一瞬にして混沌に沈むスタジオ。アクアとルビーは白目を剥き、子供達と共演できて(あそべて)ご満悦なアイの楽しげな声が幽玄に響き渡る。

 その微笑ましい*3親子団欒の様子を、シオンはニコニコと満面の笑顔で見守るのだった。

 

 


 

桐生(きりゅう)紫音(シオン)

 天蓋の握力で空間を圧縮することで任意の二点間の距離をゼロにし対象を瞬時に引き寄せたり逆に移動したりすることができるスタンド能力者にしてショーを派手にやり過ぎて行政からストップが掛かってしまった完璧で究極のゲッター。一万回繰り返したところで事故など起きようはずもないので本人は遺憾に思っているが、人力神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)など見せられればこうなるのは残当である。俺自身が衛星兵器になることだ……

 ちなみに人間大の質量が大気圏外からスペースシャトルと同速のマッハ25で落下した際に発生する衝撃力は約2500MJ(メガジュール)とされ、これは約600kgのTNT火薬の炸裂と同程度の衝撃になる。参考までに、手榴弾一個の爆発が約1MJ、ダイナマイト一束が約25MJなので、シオンのセルフ神の杖アタックの衝撃力は手榴弾なら2500個、ダイナマイトなら100束分を一斉爆破したものと同等ということになる。

 

 案外大したことねェな!*4 もう一度飛行許可貰ってくるわ!

 

 

星野(ほしの)アイ】

 愛する子供達と共演できてテンションMAXな完璧で究極のアイドル。だがこれでも元プロのタレントなので番組を盛り上げるためなら実の子とて容赦はしない。ニッコニコの笑顔でアクアを女の子にしたりルビーをゲッダンさせたりとやりたい放題。撮れ高OKでーす☆

 

 ちなみにあれ以降シオンとの仲はこれといって進展はないが、たまに私生活のツーショットを撮ってはあかねちゃんに送り付けて彼女を発狂させている。そういうとこやぞ。

 

 

漆原(うるしばら)(てつ)

 原作第七章「中堅編」における重要人物にしてハラスメントの常習犯。とりわけ直属の部下であるADの吉住(よしずみ)シュンへのパワハラはかなりのもので、彼を精神的・肉体的に追い詰めていた。

 漆原のパワハラ体質が形成されるに至った経緯はいくつかあるが──もちろん本人の気質も大いにあるだろうが──その最たるものは「環境」である。

 

 前提として、ハラスメントという言葉が生まれる以前、コンプライアンスの“コ”の字もない時代のテレビ業界はパワハラ・セクハラのオンパレードである。というかそれが普通だった。これは別にテレビ業界に限った話ではなく芸能界など大概そんなものだが、特にテレビ業界においては「業界の暗黙の文化」として長年放置されてきたという背景があった。何なら今現在においても完全には払拭されておらず、度々問題視されることがある。

 こういった背景を鑑みるに、パワハラ上司の背中を見て育っただろう漆原が長じて自身もパワハラ上司になるのは必然だったと言える。

 

 働き方改革による労働時間制限の厳格化に伴い、短時間で成果を出すことが求められ、その皺寄せが若手社員やAD、フリーランススタッフへ向かっているという構造的な問題もある。原作で吉住が独白している通り様々な雑務を一手に担うADの負担は大きく、彼は仕事を自宅に持ち帰っての秘密の時間外労働を余儀なくされていた……が、それは漆原自身にも言える話であり、彼もまた徹夜続きの過酷な業務を行っていた。

 テレビとは成果主義であり視聴率こそが全て。元いたキー局を追われた身である漆原にはもはや後がなく、今いる現場で成果を出さなければ家族を路頭に迷わせてしまうという焦りが常にあった。そういった状況が彼のパワハラを後押しした。それが良くないことだと頭では理解しつつも、そのようなやり方しか知り得なかった。自らを省みて改善するだけの余裕のある現場ではなかったのだ。

 

 以上が漆原を取り巻く状況だった。いずれにせよパワハラは良くないことでそこに反駁の余地はないのだが、ただの悪人の一言では片付けられないキャラクターなのが漆原という人物である。原作においては炎上事件を通じて“(みそぎ)”を行い、心からの反省と共に彼のパワハラ体質は改善されることになる……

 

 というのが原作の流れだが、この世界線ではアイが元気に復活したことで闇堕ちの“や”の字もない綺麗な星野兄妹が殴り込んできたため全く異なる展開を迎えた。裏のないアクアなどただの毒舌クール系美少年だし、闇のないルビーなどただの天真爛漫お馬鹿系美少女である。そんな二人の影響で番組の視聴率は右肩上がり。特にこれと言ったドラマもなく急速に漆原や吉住にかかる現場の負担は軽減され、別にパワハラ紛いの恫喝で部下を駆り立てずとも仕事が回るようになったのである。

 

 炎上事件を経ていないため反省したり改心したりするイベントこそなかったものの、肉体的にも精神的にも余裕ができたことで自然消滅的に漆原のパワハラは鳴りを潜めた。端的に丸くなったのである。

 根本的解決とは言えないこの結末が果たして良いことかどうかは意見が分かれるところだろうが、どうあれ漆原のパワハラはなくなったし、倫理を軽視した無茶な取材もなくなった。ADの吉住は複雑そうな顔をしつつも、どこかホッとした様子で日々の業務に励むのだった。

 

 

星野(ほしの)アクア】

 対象を失った(?)ことで彼の復讐は終わってしまったが、そもそもの原因であるアイが普通に元気にしてるせいで十年間の努力が水泡に帰した虚しさとかそういうのを感じる間もなく光堕ちした。大泉洋の進化前だが既にリアクション芸人の片鱗を見せ始めている。なつき度が高い状態で北海道でレベルアップすると進化する。またレベルアップには長距離移動を伴うドッキリ企画が最も効率が良いと実しやかに囁かれていたりいなかったり。

 ザ・ハンド(物理)で瞬間移動させられたり光の速さで化粧させられたりした。これが、私……?(戦慄)

 

 

星野(ほしの)ルビー】

 ママは若いツバメ捕まえて元気してるし、愛しのセンセーはお兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないしで闇堕ちする要素が欠片もない。星野ルビー(光明面(ライトサイド)のすがた)。

 原作では売名のために「深堀れ☆ ワンチャン!!」に企画持ち込みの上出演したが、こっちの世界線ではただアクア(センセー)と共演したいがために壱護(いちご)さんを脅迫してと協力して企画書を作り上げた。この手に限る。

 

 大恩あるシオンとまた共演できてニコニコだったが、特に理由のある報復が数ヶ月越しにルビーを襲い抵抗虚しくゲッダンさせられる羽目になった。敗因:日頃の行い(イジりすぎ)

 

 

 

 

 

 

【特別ゲスト:不知火(しらぬい)フリル】

 

「さあ、スタジオも盛り上がってきたところで次に参りましょう! BOW!」

 

 まるで強風に煽られた後のように髪をボサボサにしたルビーが引き攣った笑顔で番組を進行する。その後ろでは元の位置に戻ったアクア改めアクアマリンちゃんが死んだ目で席に座っていた。

 

「なんと! 本日はもう一人特別なゲストをお招きしております!」

 

 えっ、なにそれ聞いてない。漆原は唖然とした顔でスタジオを見回す。

 誰もが「そんな話あったっけ?」と困惑を浮かべる中、一人だけ驚いた様子もなく人を食ったような笑みを浮かべている人物がいた。

 

 鏑木(かぶらぎ)勝也(まさや)。「深堀れ☆ ワンチャン!!」の統括プロデューサーを務める男であり、当番組におけるキャスティングの一切を担っている人物でもある。

 出演者(キャスト)の選定から交渉、契約、現場調整までの全てがプロデューサーたる彼の仕事だ。今回の企画でシオンをゲストとして引っ張ってきたのも鏑木の手腕によるものである。それだけでも喝采ものの仕事ぶりであるのだが、流石の彼でもシオンのスケジュールを確保するだけで限界だったはずだ。主に予算的に。

 

 そのはずだったのに、まさかの特別ゲストがもう一人いるという異常事態。一体どこの誰がやって来たというのか。というかシオンというビッグネームの後に登場させるというのは果たしてどうなのか。余程の大物でもなければ名前負けは必至だろう。

 

「それではゲストさん、どうぞ!」

 

 果たして焚かれたスモークを掻き分け、肩で風を切りながら登場した人物は──

 

 

「 私 が 来 た 」

 

 

 絹糸のような艶やかな黒髪、宝石のような翠玉(エメラルド)色の瞳、見る者の目を奪う絶世の美貌。

 

 若手筆頭、今を時めく国民的アイドルにして女優──不知火(しらぬい)フリルその人だった。

 

(ええええええええええええ!?!?)

 

 ファサッ、と長い黒髪を手で払いながら華麗に登場した超大物の姿に、漆原は目玉が飛び出るほどに驚愕する。

 堪らずガクンと顎が落ち、目と口を大きく開かせた漆原は慌てて鏑木に視線を向ける。その熱視線に気が付いた鏑木はフッと不敵な笑みを浮かべて肩を竦めた。

 

 ──予算は大丈夫なんですか!?

 ──大丈夫じゃないねぇ。

 ──はあああああ!?

 

 一瞬で交わされたアイコンタクトの内容はそのようなものだった。

 鏑木勝也。彼は他所に人材を送る際には手堅い人選を行うが、自分の番組になると途端に趣味に走ることで有名な男だった。極端すぎる。

 

「不知火さん!? どうしてここに……」

「あなたがいつまで経ってもコラボしてくれないからよ。同じプロダクションの仲間なのに半年近く放置とはいい度胸ね」

「それは事務所の方針で……というか不知火さんいつもとキャラ違くない?」

「気のせいよ。匂わせるばかりで一向に本編で出番がないからって後書きではしゃいでるとかそういうわけじゃないわ」

 

 今この瞬間に大赤字が確定したわけだが、フリルはそれに一切構うことなくズカズカとシオンに歩み寄るや何やら難癖をつけ始める。同年代だが事務所の大先輩であるフリルにシオンはタジタジだった。

 

「『シオンさんにやってみてほしいマジック』を調査する中で露わになった市井の声にこのようなものがありました!」

「はぁ」

「ズバリ! 『衣装が普通でつまらない』!」

「衣装?」

 

 言われてシオンは自身の服装を顧みる。超能力者を自称しているが立ち位置的には手品師であるシオンの出で立ちはオーソドックスなタキシード姿である。元ファッションプロデューサーである宮田(みやた)Pが手掛けただけあって生地もデザインも上質なものだが、特に奇を(てら)った意匠があるわけではない。良くも悪くも普通のタキシードだった。

 

「以下が市井の方々から寄せられた実際の声です。『やることはメチャクチャ派手なのに服が普通でつまらない』『顔が良すぎて服が負けてる』『もっと腕にシルバー巻くとかさ』」

「シルバー巻くのは良いけどファッションの方向性が迷子になっちゃわない? 一応クラシックスタイルの手品師をイメージしてるつもりなんだけど」

「『あと露出が足りない』『色々足りてないけど主に露出が足りてない』『胸と脇と鼠径部の風通しが悪そうで窒息しないか心配になる』」

「仕事着に露出は要らないよね? て言うか胸と脇と鼠径部が露出してるのは鍔姫(つばき)の衣装でしょ。嫌だよ僕マジックショーでまで女装したくないよ」

 

 街角インタビューで性癖を暴露する人間がいることにシオンは日本の未来を憂いた。

 

「分かるわ。そんなにカッチリ着込んで息苦しくないか見てて心配になるわよね」

「不知火さん? 僕そこまで皮膚呼吸に依存してないからね? 普通に肺呼吸だし何なら別に呼吸しなくても大じょ」

「と言うわけで今からシオン君の新衣装案について深掘りしていこうと思うわ」

「もしかして“深掘り”って言っておけば何しても許されると思ってる?」

「ルビー、BOW(ゴー)!」

BOW(ラジャー)!」

「仲良いね君ら!?」

 

 ルビー、みなみ、フリルの三人で一年芸能科仲良しトリオをやっているだけあり二人の息はピッタリだった。フリルの号令に合わせてルビーが飛びつき、背後からガッシリとシオンの両肩を押さえる。

 常人であればそのまま肩が外れるどころかもげるレベルの腕力だが、当然ながらシオンの動きを止めるには圧倒的に不足していた。脱出するのは容易いが、しかし無理に振りほどこうとすればルビーに怪我を負わせてしまう恐れがある。一瞬の逡巡がシオンの動きを止めた。

 

 その一瞬が命取りとなる。ジロジロと舐め回すようにシオンの全身を検めたフリルは「袖が邪魔ね」と呟いた。

 

「私脇フェチなのよね。ルビー、まずはその野暮ったい袖をキャストオフよ!」

「アイ・アイ・サー!」

 

 ルビーの腕力でシオンを直接的にどうこうすることはできないが、着ている服は別である。素材は上質だが所詮は普通の服に過ぎないシオンのタキシードでは0.8有馬かな程度はあるルビーの力に抗うことは不可能。ベリッという音と共にあっさりと肩から引きちぎられた。

 

 肩から下を覆っていた邪魔な布が取り払われ、折れそうなほどに細く白い肩が露わになる。フリルは目を輝かせた。

 

「ウッヒョー!」

「今ウッヒョーって言った!? 不知火さんほんとにそのキャラで大丈夫!?」

「ルビー、次は下よ! 下も脱がせましょう! 膝が見えてる方が興奮するゲフンゲフン可愛いと思うわ!」

「ごめんねシオンさん! でも常にギリギリを攻めるのがこの番組だから! 仕方ないことなの!」

「今ギリギリを攻めてるのは番組じゃなくて僕の布面積なんだけどね!?」

 

 ハァハァという荒い息遣いとビリビリと布の裂ける音がスタジオに響く。端的に放送事故だった。生放送じゃないから良いとかそういう問題ではない。

 

「いやコレは駄目だろ……シオンは男だけど……いやあの見た目で男だからは通らねぇだろ放送事故だろコレはコンプラ違反もいいとこだよ! おいカメラ止めろ! 折角シオンとフリルの共演なのにこの()じゃ使えねぇよ二人分のギャラ丸々(ドブ)に捨ててるようなもんだろ! カメラ止め……え、吉住なんでお前カメラ持ってんの? 機材トラブルに備えてサブのカメラを回してた? それは結構なことだが今はそもそも撮るなって話で……吉住? だからカメラ回すの止めろって……吉住? 吉住さん!? 止め……ちょ、力つよ……吉っ、いや一旦カメラ止めろって……止めっ、カメラ止めろォ!」

 

 

おわり

 

*1
当社比

*2
m9(^д^)

*3
諸説あり

*4
ゲッター基準




皆さんは推しの子アニメ三期、楽しんでますか?
私は原作を読んでこの展開を知っているはずなのに胃が痛いです。

ところで何かあかねちゃん胸でかくね?

でもオイラ知ってるよ。この鬱展開を乗り越えればキャッキャウフフなアクルビもといゴロさなが待ってるって。今期お労しいばかりの重曹ちゃんもアクアに振り向いてもらえてハッピーになるって。もう少しの辛抱だぜ皆。


ところで何かあかねちゃん原作より胸でかくね???
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