Black Dog White Knight~黒狗と白騎士~   作:大正望

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最強の双子

 連兵のリンクを阻害する術式という事実は、衝撃と共に統合軍へと広がっていった。

 統合軍による違法術者たちへの優位性は連兵というシステムに偏っているといっても過言ではない。違法術者は我が強く、組織に属してないからこそ個々でその力を振るい、だからこそ組織に属する統合軍は連兵で対抗する。

 それがアーバン・レジェンドという犯罪組織が違法術者でも連兵を作り、さらには連兵の強みでもあるリンクを阻害する術式を開発した。

 

 それが衝撃を伴わないわけがない。

 その術式は本当に存在するのかという疑義から始まり、仕掛けられた状況はどのようなものだったのか、その効き目はどれほどか、それは普遍的な術式なのか、それとも虚空蔵という魔術機動歩兵特有の術式なのか、矢継ぎ早の査問がウォルフ02とオウル04のユニットに繰り返された。

 それも連兵ユニット同時に、個別に、別ユニットを同時にと報告の齟齬を限りなく埋めるように執拗なやり方だ。

 

 石造りの廊下を歩きながらシロガネは小さく溜息を吐く。連日の査問はそれだけ統合軍が衝撃を受けているという事実だろうが、それでも一回ごとに違う相手に同じことを何度も繰り返すのは気疲れする。同じように付き合わされている第五憲兵隊のオウル04とは奇妙な友情すら芽生えており、全てが終わったら食事にでも誘うかとまで思っている。

 ここ数日はそのお陰でまともな訓練ができていないことも気鬱だったが、なによりも気がかりなのは――。

 

(黑金大尉……)

 

 自分の連兵、その相手との会話がほとんどないことだ。あの新道というアーバン・レジェンドの人間と接触し、赤銅すずめという女性を見た時に吹雪の中にあるものがシロガネに流れ込んできた。向こうもそれは理解しているだろう。

 衝撃だった。生真面目に生き、それがために軍人という道を選んだシロガネにとって吹雪の体験は思いもよらないものだ。

 そして同時に五度も連兵を喪いながらも闘い続けている理由をおぼろげながらも理解した。自分とてそうなればどのような状況であってもアーバン・レジェンドに対して牙を突き立てるだろう。

 

 それは決して報告書に書けることではない。いや、自分の一存で書くべきではない。きっと歴代の連兵たちもそうだったのだ。吹雪の深層にあるものに触れて、だからこそ共に戦った。

 それほどの記憶であるし、シロガネが第一憲兵隊に配属される切っ掛けとなった事件とも密接に関係している。

 ゆえになにも言えないでいる。正確にいえば、そこまで踏み込んでいいものかどうか迷っている。

 知っていることと、言及するということ。それは別個のことだとシロガネは理解している。誰しも他人が軽々に踏み込んではいけない領域というものはある。もちろん彼女自身にもそれはある。

 それがシロガネ・グリューネヴァルトという女性の善性でもある。

 

 もう一度溜息を吐く。今度は疲れからではなく、迷いからのものだ。

 とはいえいつまでもこうしていられない。査問もひとまずは一段落がつきそうな気配がしているし、そうなれば今度は自分たちをなんとかしなければならない。こんな状態のまま応援に駆り出されれば、間違いなく手痛い失敗を犯す。それは自分たちのみならず、関わる部隊全てに影響が及ぼされるものだ。

 今日にでも吹雪と話しあおう。そう決意して事務室の扉を開けた瞬間、複数の人影がシロガネを出迎える。

 

「おや、やっと帰ってきたよ」

「でもでも、吹雪じゃないわ」

 

 吹雪とシロガネの机に座り、あまつさえ備え付けの茶を飲みながら、二人の女性は悪びれることもなくそう言ってのける。その自然さは思わずシロガネが部屋を間違えたかと疑うほどだ。

 さらには複製したのかと思うほど全く同じという風貌が混乱に拍車をかける。

 

「この子はあれだ、吹雪と連兵を組んでる……シロ……シロ……なんかあれだ、色の名前の」

「……シロガネ・グリューネヴァルトです、少佐」

 

 二人の肩にある階級章を見て姿勢を正し、自己紹介する。だが、当の二人はそんな態度を気にすることもなく朗らかに笑う。

 

「そうそう、シロガネねシロガネ。黑金の連兵がシロガネだって二人で笑ったんだった。ねえ、(れん)?」

「そうだった。黑金とシロガネ、奇妙な符号もあったのだと思ったんだったね、(りん)

 

 二人でなにやら頷いて、わけも分からずシロガネは困惑したまま立ち尽くしている。そんな様子に気付いた二人がようやくこちらに視線を向ける。顔立ちは瓜二つだが、瞳がそれぞれ灰色と黒色で分かれている。

 そうして右側、灰色の女性が口を開く。

 

「ああ、ああ、ごめんなさいねシロガネ。私は阿琉真(あるま)阿琉真燐(あるまりん)。プラティナム1よ」

 

 プラティナム1という単語に衝撃を受ける間もなく、今度は黒色の女性が言葉を継ぐ。

 

「私は阿琉真蓮(あるまれん)。プラティナム2。見ての通り双子で、私が妹だ」

「あれあれ、そうだっけ?」

「そうだよ。燐がこの前自分で姉がいいって言ったんじゃないか。だから燐が姉で私が妹だよ、お姉ちゃん」

「そっかそっか。じゃあ私が姉ね。というわけでシロガネ、よろしくね」

 

 クスクスと笑い合う。そうしてまたシロガネを見やる。プラティナム1と2ということは目の前の女性たちが統合軍の魔術機動歩兵、その頂点にいるウォルフ01ということになる。

 

「まあ立ち話もなんだ、座って座って。さあ、お茶を淹れましょう」

「え、いや、あの」

 

 ここは自分たちの事務室なのですが、という言葉を言わせる間もなく強引に二人の間に座らされる。その傍若無人な振る舞いに吹雪の言った規格外という言葉が思い出される。

 意外なほどに手際よく燐がお茶を淹れ、シロガネの前に湯飲みを置く。

 

「さあ飲んで飲んで。頭の固い上役に付き合って疲れたでしょう? まずは一服よ」

「ええと、その、いただきます」

 

 これも強引に勧められるまま、淹れられたお茶を手に取る。偶然にかその湯飲みは普段シロガネが使っているもので、二人が使っている湯飲みは来客用のものだ。

 

「あ、おいしい」

 

 一口含んで素直な感想が漏れる。自分で淹れた時とは全く違う、頭の中まで満ちるような芳醇な薫りと爽やかな味が一体化して身体に染み入ってくる。いつも飲んでいる銘柄と同じとは思えないほどの違いだ。

 その一言に茶を淹れた燐が頷く。

 

「そうでしょうそうでしょう。この品種は淹れる前に葉そのものを湯気で少し蒸して置くと味が変わるのよ。手間だけれど、そうすると香りが際立っておいしくなる。吹雪はそういうことは知らないでしょう?」

「え、ええ。というより黑金大尉は鵜戸の産に近い味の濃いものを好んでいるので、あまり香りの強いのは淹れないです」

 

 反射的に答えてから、吹雪のプライベートを喋って良かったものかと後悔がよぎる。だが、この二人にはどこか人を喋らせるような雰囲気がある。

 

「ああ、あの子はまだそういう」

「いいじゃないいいじゃない、蓮。私は嫌いじゃないわよ、そういうの」

 

 二人で納得したように頷きあう。それがどこか面白くなくて、シロガネは言葉を挟む。

 

「それで、なんの御用でしょうか?」

 

 その言葉に二人は目を見開く。まるで食事を注文した後に空腹を思い出したかのような顔だ。

 

「ああ、そういえば言ってなかったね。これはうっかり」

「気にしない気にしない。私たちがここに来た理由はね、シロガネ」

 

 そこで言葉を区切る。瞬間、得体の知れない圧力がシロガネを包み込む。今さらながら初対面であるのにファーストネームで呼ばれているのに気付く。

 

「出会ったんだろう、新道と?」

「あのいけ好かないキザ野郎と出会ったのよね?」

 

 左右から殺気にも似たものをぶつけられ、背筋に冷たいものが走る。笑顔のままでこれほどに雰囲気が変わるものなのかと戦慄すら覚えてしまう。

 これはシロガネに向けられたものではなく、自分が出会った新道という男に対してぶつけられている。それを理解していてなお、視線の鋭さは身体に差し込まれる。

 

「……ええ。それは報告書に書いた通りです」

 

 それを聞いて二人はまた笑う。だがそれはこれまでに見せたものではなく、新道を嘲笑う黒々とした笑みだ。

 

「そうね、そうよね。書いてある通りね。ふふ、ふふふふふふふッ」

 

 燐の言葉は答えにではなく、それが示す事実に対しての反応だ。

 蓮も同じなのはその顔を見れば一目瞭然である。

 

「あの、お二人はアーバン・レジェンドとなにか……なにかあるのですか?」

 

 笑みが収まり、左右から同じような表情で視線を注がれる。代表して燐が口を開く。

 

「吹雪から、私たちのことは聞いていないのかしら?」

「ウォルフ01は規格外、とだけ」

 

 その評がおかしかったのか、最初のようにくすくすと笑う。今度は蓮が口を開く。

 

「吹雪自身のことについては?」

「それは……その、交戦時のリンクで。直接は聞いてはいないです」

 

 シロガネの答えに二人、顔を見合わせる。そうして、ほんの少しだけ生真面目な顔を作ってみせる。

 

「あの子が言わないことを私たちが言うのはフェアじゃないな。とはいえ、連兵としては気になるか。まあ心配はいらない」

「そうねそうね。私たちも同席してあげるから、シロガネが直接聞けばいいのよ。ねえ、そうでしょう。吹雪?」

 

 二人の手の平が入り口を示す。見れば、いつの間にか吹雪がそこに立っていた。二人を見てものっぺりとした表情になにが秘められているのかは分からない。

 

「どうも、お二人とも。お久しぶりです」

 

 結局口を出たのはそんなありきたりな挨拶だ。

 

「どうも、ですって。お久しぶり、ですって。なんて他人行儀な」

「そうねえそうねえ。昔は燐ちゃん、蓮ちゃんって呼んでいたのに。お姉ちゃん、哀しいわ」

 

 言われてわずかに顔を顰める。そのまま燐が座っているのにも構わず、自分の机に書類を置く。

 

「何の用ですか?」

「分からない? それとも分からない振りをしている? どっちにしろ、それ以上とぼけるなら失望するけれど」

 

 蓮の言葉に首を振る。立ったまま二人を順に見やり、小さく息を吐く。

 

「新道のことでしょう?」

「そうね。それとすずめのことも。でもその前に――」

 

 二人がシロガネを示す。

 

「この子に全てを話すべきだわ。新道に出会った以上、伏せておくのはフェアじゃない。そうじゃないかしら?」

 

 吹雪がシロガネを見る。なにかを言おうとして、それでも紡がれたのは別の言葉だ。

 

「リンクでもう伝わっています。グリューネヴァルト大尉も、もう俺のことは分かっているんだろう? その態度とリンクから伝わる動揺で分かる」

『駄目よ。あなたが、その口で、告げなさい』

 

 吹雪の言葉を予測していたのか、間髪入れず異口同音に告げる。

 

「吹雪。知られたからそれでいい、なんていうのは駄目だ。知られたからこそ、きっちりとしなさい。彼女がどう判断するにせよ、それが連兵であるシロガネへの礼儀だ」

「そうよそうよ。けじめは大切よ。なにごとにもね」

 

 それ以上は言わず、視線を注ぎ続ける。

 数瞬、沈黙が落ちる。やがてゆっくりと吹雪の視線がシロガネへと移りゆく。

 

「グリューネヴァルト大尉、あなたはそれが美点になるほど真面目だ。第四憲兵隊から異動して俺と組むに到った経緯を鑑みれば、その人柄も善性だと思う。だからこそ俺が今から言うことを聞けば、きっと手助けしてしてしまう。今までの俺の連兵と同じように。それが……その意味が分かってなお、聞くのか? あなたは忌避するかも知れないが、それでも今なら聞かなかったふりはできる。その方がきっと安全に生きていける。君には家族がいるんだろう?」

 

 連兵殺しの死神という二つ名が吹雪の過去と繋がる。きっと、そうなのだ。今までの連兵たちとも似たようなやり取りがあったのだろう。

 だからこそシロガネは力強く頷く。

 

「君のいう通り私は家族を愛しているし、家族も私を愛してくれている。私になにかあれば家族は哀しむだろう。でも――」

 

 一拍おく。自分の言葉が三人に染み渡ったのを待ってから続きの言葉を紡ぐ。

 

「だからこそ、その愛すべき家族に育ててもらった自分は、愛すべき家族に恥じぬ人間で在ろうと軍人になった。魔術という大きな力を扱える才能があるのならば、それでなにかをするべきだと思っているし、実際にそうしてきた。だからこそ、今ここにいる」

 

 遠い目に映っているのは自らが見てきた光景か。その焦点が再び吹雪へと合わせられる。

 

「黑金大尉のまだ聞かない、それでも知ってしまった過去を見て見ぬ振りをすれば、私は私でなくなる。そうなれば私は別の意味で、死ぬ。統合軍に来たシロガネ・グリューネヴァルトはその存在の意味がなくなる。それはきっと、誰よりもなによりも恥ずべきことだと私は思うの」

 

 ゆっくりと一呼吸をしてから真っ直ぐに見据える。

 

「だから聞かせて欲しい。私に、あなたの口から。あなたの過去を」

 

 シロガネの言葉に吹雪は淡い笑みを浮かべた。儚げな、それでもどこか理解を宿した表情だ。

 燐と蓮もどこか優しげな顔でその言葉を聞いている。

 

「そうだな、そうだったな。君はそういう尊敬するべき人だった」

 

 思わぬ賞賛に反応する間もなく流しへと向かう。

 

「まずは茶を淹れよう。そこの二人の分も」

「吹雪、ちゃんと蒸らすのよ」

「薄めね薄め。二杯目だから私は薄めがいいわ」

 

 催促に肩をすくめ、茶器の音が静かに鳴った。

 

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